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私たちは「知能」と聞くと、中央で意思決定を行うリーダーや、高度な判断を下す個人を思い浮かべがちです。しかし、自然界をよく観察してみると、その常識を覆すような“知性”のあり方が数多く存在します。例えば、アリの行列、鳥の群れ、魚の群泳──これらはすべて、「スウォームインテリジェンス(Swarm Intelligence)」と呼ばれる現象の一例です。
スウォームインテリジェンスとは、群れ(swarm)を構成する個体同士が、単純なルールにもとづいて局所的に行動することで、全体として秩序だった知的な振る舞いが創発される現象を指します。この「創発(emergence)」とは、個々の構成要素には備わっていないような性質や機能が、全体として自然に現れることを意味します。
重要なのは、この秩序が中央からの指令によってではなく、個体の相互作用から自律的に生まれているという点です。アリの群れに指揮官は存在せず、ハチの巣にも中央管理システムはありません。それでも彼らは、巣作りや餌集めといった複雑なタスクを見事にこなします。
スウォームインテリジェンスの基本特性は以下の通り。
・ロバスト性(頑健性):一部の個体が脱落しても全体の行動に大きな支障が出にくい。
・スケーラビリティ(拡張性):個体数が増えても管理が破綻せず、むしろ全体の効率が上がることもある。
・柔軟性:状況の変化に対し、全体が即座に適応する。
個体が局所的な情報をもとに判断し、その結果がフィードバックループとして全体に影響を与える。こうした、中央集権的なシステムにはないしなやかな強さをスウォームインテリジェンスは持ちます。
アリの行動は、スウォームインテリジェンスの代表的な例です。彼らは食料を見つけると、その経路にフェロモンを残します。ほかのアリはその匂いを辿って移動し、やがて効率的な経路に集中するようになります。
面白いのは、より短い経路を通ったアリほど多く往復するため、フェロモンの濃度が自然と高くなるという点です。これにより、‟短く効率的なルートが自然と選ばれる”ことになるのです。
この仕組みを模倣した「Ant Colony Optimization(ACO:蟻コロニー最適化)」と呼ばれるアルゴリズムが1992年、ベルギーの情報工学博士Marco Dorigo氏によって発表されました。同手法はルート最適化やネットワーク構築、スケジューリングなどの分野で応用されており、スウォームインテリジェンスが情報工学や実学に生かされる好例と言えます。
スウォームインテリジェンス(群知能)は、AIやロボット工学の分野で様々に応用されています。「中央制御に頼らず、複数の個体が協調して目的を達成する」という特徴は、予測不能な環境や複雑な課題に対して、柔軟かつロバストな対応を可能にします。
ここでは、群知能の社会実装を3つの領域に分けて整理します。
物理的なロボットの領域では、「Swarm Robotics」と呼ばれるアプローチが注目されています。各ロボットは単純な構造であるものの、多数が連携して行動することで、高度なタスクをこなすというモデルです。
Amazonやアリババといった企業の大規模物流倉庫では、数百台の搬送ロボットがリアルタイムに位置や経路を調整しながら、効率的に商品を運搬します。
倒壊した建物内を小型ドローンの群れが捜索し、最適な避難経路を探索するシステムが研究・実証されています。
NASAでは、火星や月面に複数の小型探査ロボットを群れで投入する構想を進行中。個体が故障しても群全体でカバーできる冗長性が強みです。
前述の通り、スウォームインテリジェンスは、物理的なロボットだけでなく、アルゴリズムやネットワークの最適化といった領域でも活用されています。複雑な選択肢の中から、協調的かつ動的に最適解を導ける点が群知能特有の強みとして注目されているのです。
工場や倉庫、街における配送経路や移動経路を、群知能的なアルゴリズムで効率化。自動車、ドローンといった個体同士の情報共有により、渋滞や障害物を避けた柔軟なルート選択が可能になります。
自律的に中継ポイントを見つけてネットワークを形成する通信システム(アドホックネットワーク)などの研究でも群知能の応用に注目が集まっています。
生産工程や人的リソースのスケジューリングに、群知能を応用できる可能性にも注目が集まっています。
ビジネスやテクノロジーの領域で今最もホットな領域と目される「AI」の世界にもスウォームインテリジェンスの考え方は広がっています。
複数のAIがそれぞれ異なる役割や視点を持ちつつ、協調して問題を解決する「マルチエージェントシステム(Multi-Agent Systems)」もその一つ。
AIエージェントを複数走らせ、それぞれが自らの推測をほかのAIと比べながらひとつの問いに対して多角的な解を出す。こうした設計は、単一の大規模言語モデル(LLM)だけでは到達しにくい複雑な思考や検証能力を実現する可能性があります。
スウォームインテリジェンスは、AIやロボティクスの可能性を押し広げてきました。
しかしその一方で、この“群れの知性”は攻撃の手段としても活用され始めています。サイバーセキュリティの新たな脅威として注目を高める「スウォーム型サイバー攻撃」についても押さえておきましょう。
従来のサイバー攻撃では、1台または少数のマシンが指令を受け、標的に対して行動を起こすのが一般的でした。あるいは、ボットネットのように大量の端末が一斉に同じ行動を取ることもありました。
しかしスウォーム型サイバー攻撃では、攻撃を仕掛けるAIやボットが互いに連携し、学習しながら状況に応じて動きを変えるのが特徴です。まるで昆虫の群れのように、標的の防御を分析し、突破口を探りながら攻撃を展開するのです。
たとえば、以下のようなケースを考えてみてください。
あるボットがセキュリティの弱点を見つけると、周囲のボットに共有
→別のボットがその情報を元に攻撃方法を選択し、自律的に侵入
→一部が検知されても、他のボットが代替経路を見つけて攻撃を継続
これは、従来型の“命令に従うだけのボット”ではありません。リアルタイムで相互に適応しながら攻撃を継続する“知能化された群れ”のような存在です。
このようなスウォーム型攻撃に対抗するには、従来のシグネチャベースの防御や、単一ポイントでの監視だけでは不十分です。防御側にも、スウォーム的なアプローチが求められるでしょう。
その具体例としては、例えば以下のようなものが挙げられます。
・ネットワーク内の各ノードに簡易AIを配置し、不審な振る舞いを局所的に検知
・検知情報を周囲に即座に共有し、未然に防御体制を構築
・異常検知のロジックも共有・更新しながら、”群れ”としての防御態勢を高速に強化
こうしたスウォーム型のサイバー防御はサイバーセキュリティの領域で今後も発展を続け、一般的なものとなっていくはずです。
スウォームインテリジェンスの技術は、現実世界における軍事や監視技術とも結びつきつつあります。
・小型ドローンの群れによる標的追尾・攻撃(“スウォーム兵器”)
・監視カメラやセンサーネットワークが協調し、人や車両の動きをリアルタイム分析
・自律的に判断し行動する戦闘ロボット群
こうした技術のなかにはすでに実現されたものもあり、私たちは今、分散型知性にいかなる倫理的ガバナンスを適用すべきかという難題にも直面しています。
スウォームインテリジェンスは、効率的で強靭な「知能の新しいかたち」として、社会のさまざまな分野に応用されつつあります。しかしその力が善にも悪にもなる以上、技術そのものだけでなく、それを運用する“人間側の設計思想”が試される時代に入っているのかもしれません。
──知性は必ずしも人間だけのものではなく、個人の中にあるだけのものでもない。
AIの発展やアフォーダンス、スウォームインテリジェンスといった概念の発見が私たちにそのことを教えてくれます。
スウォームインテリジェンスは、個々のエージェントが単純であっても、関係性そのものが知性を生むという視点を私たちに与えてくれます。事実、生成AIの分野でも「エージェント同士が議論し合う」「役割分担しながら共同作業を行う」といった内容の研究が進んでいます。
一方で、そうしたネットワーク型の知性は、ブラックボックス化しやすいという課題もはらみます。個々のエージェントが何を基準に意思決定し、どんな関係性が生まれているのか。これを可視化・検証・説明可能にするためには、“透明性のある群れ”を設計する工学倫理の研究も必要になるでしょう。
そして最終的に問われるのは、「私たち人間自身もまた、スウォーム的な存在である」という自覚です。都市も、経済も、インターネットも、無数の判断と相互作用によって形づくられる“知性ある群れ”です。
だからこそ、私たちは「関係の設計」にもっと自覚的であるべきなのかもしれません。
スウォームインテリジェンスについて考えることは、テクノロジーの未来だけではなく、知性の定義そのものを再構築する試みでもあるのです。
(宮田文机)
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