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何かに対して批判的(Critical:クリティカル)ではないほうがよい。
この一文に対し「その通りだ/どちらかといえばその通りだ」と感じた方は多く、またそう考えることがベターとされやすいのが現代という時代ではないでしょうか。
しかし、2024年4月に刊行された『クリティカル・ビジネス・パラダイム:社会運動とビジネスの交わるところ』((著)山口周、プレジデント社、2024)は、「クリティカル・ビジネス(直訳で批判的なビジネス)」こそが、新時代に必要なパラダイム(多くの人々に共通するものの見方・考え方の規範)だと力強く主張しています。
それはいったいなぜなのか、クリティカル・ビジネス・パラダイムとは何なのか?
本記事でクリティカル・ビジネス・パラダイムの基本を知り、ビジネス・社会運動に関する見方を更新してみませんか。
早速、先に挙げた2つの問いにお答えしましょう。
A.それは、現代において企業は、社会の要請にこたえるのではなく社会に対しオルタナティブな回答を提示することが求められているからです。
A.それは、既存の社会の在り方に対し批判的な立場から問いかけを行い、新たな価値観や市場を作り出すビジネスが当たり前となったパラダイムです。
『クリティカル・ビジネス・パラダイム』は、コンサルティングとリベラルアーツの2領域にまたがる知識をバックボーンに仕事術や新たな社会像の提示を行う著作家・経営コンサルタントの山口周(やまぐち しゅう)氏によって執筆されました。
山口氏は、従来の既存の社会の要求に応えるビジネスを「アファーマティブ・ビジネス」(アファーマティブ<Affirmative>:肯定的)と名付け、「クリティカル・ビジネス」と対置しています。
たとえば、両者は以下のような特徴で区別されます。
クリティカル・ビジネス | アファーマテティブ・ビジネス | |
社会に対して | 新たな問題を見出し、解決する | ビジネスを通して貢献する |
顧客は | 啓蒙対象あるいはチームの一員 | 金銭と製品・サービスの取引相手 |
競合企業は | 同じ問題に向かうライバル | 市場を奪い合う敵 |
市場は | 作り出すもの | 奪い合うもの |
ここで重要なのは、クリティカル・ビジネスがその批判の対象としているのが「既存の社会」だということです。すなわち、これまで対立させられがちだった「ビジネス/社会運動」がむしろ連携したものとして捉えなおされ、‟ビジネスの主役が社会”になったのが「クリティカル・ビジネス・パラダイム」という考え方の画期的な点のひとつといえるでしょう。
ただし、書籍中では「クリティカル・ビジネスはソーシャル・ビジネスとは異なる」ことについても言及されています。
それは、ソーシャル・ビジネスがすでに社会一般で「問題がある」と認識されている問題の解決を目的としているのに対し、クリティカル・ビジネスは「新たな問題を提示する」ことからスタートするからです。
たとえば、書籍中では「クルマは大きくうるさいほどいい」とされていた時代に「Think Small」のコピーを掲げたフォルクスワーゲン社の事例が紹介されています。
『クリティカル・ビジネス・パラダイム』には、「社会運動とビジネスの交わるところ」という副題が冠せられています。その「社会運動」の部分に着目してここまで、その特性を紹介してきましたが、筆者が書籍を読んでより印象に残ったのが「ビジネス」の部分でした。
山口氏は、現代の企業がビジネス上大きな存在感を発揮し、‟勝つ”ために必要な戦略としてクリティカル・ビジネスを紹介しています。
クリティカル・ビジネスは既存の社会にない問いを見出すことから始まることはすでに言及しました。すなわち、市場は作り出すものであり、当然ながら競合は0の状態からスタートすることになります。
たとえば、その例として挙げられているのが2003年にまだまだ実現には早いと考えられていた電気自動車市場に乗り出したTesla(テスラ)です。ワープロはいずれなくなるか、AIが将棋で人間に勝つことはあるかなど、現在では明らかになった結果と過去の予測が大きく食い違っていたことが時折インターネットで話題になります。電気自動車の需要についても同様で、2024年現在においてもまだまだガソリン車やハイブリッド車の時代は続くと考える方は少なくないはずです。
しかし、ここで重要なのは電気自動車の未来についての予測が当たるかどうかではありません。テスラが当時は月とすっぽん以上の差があった数々の老舗自動車メーカーを超える世界有数の時価総額の企業となったということです。
技術力や時代の趨勢などテスラが‟勝った”要因はひとつに留まりませんが、そもそも既存のガソリン社会に対してオルタナティブな価値観を打ち立てたことがステークホルダーの共感やブランドイメージの確立につながり、最初からテスラを単なる自動車メーカーのひとつとは決定的に異なるものとした理由であるということには多くの方が同意されるでしょう。
『クリティカル・ビジネス・パラダイム』ではテスラの例以外にバングラデシュの貧困層の方々を新たな顧客とした金融市場を拓いた「グラミン銀行」や1976年の創業時から反動物実験や、ルッキズムへの違和感をコンセプトとしたイギリスの化粧品メーカー「ザ・ボディショップ」などさまざまな事例が、それらが何に対してクリティカルだったのかとともに紹介されています。
「クリティカル・ビジネス」はこれらの企業の成功から何が学べるかについてのアイディアです。それは必ず成功すると断言できるものではありませんが(未来はだれにも予測できないため)、ビジネスで大きな‟勝ち”を手にすることと社会に新たな‟価値”を打ち立てることを達成するために重要であることは間違いありません。
1990年代後半~2000年代前半に生まれたZ世代は社会運動への関心が高いとよく言われます。
実際、『Z世代が考える社会を良くするための社会運動調査2022(日本労働組合総連合会)』によると、Z世代の87.0%が「関心のある社会課題がある」と回答しています。そして、社会課題に関心がある人が参加したい社会運動として多く回答されたのは「政府や団体、企業への要請」(37.1%)でした。
引用元:・Z世代が考える社会を良くするための社会運動調査2022┃日本労働組合総連合会、17ページ
一方、反対に参加したくない社会運動として全体の46.8%が「集会やデモ、マーチ、パレードなど」を選択しています。
引用元:・Z世代が考える社会を良くするための社会運動調査2022┃日本労働組合総連合会、16ページ
そして、社会課題を解決するための社会運動に参加したことがない理由として最も回答されたのが「顔や名前が出てしまうことに抵抗があるから」であり、参加できると思う社会運動の条件1位は「顔や名前を出さずに参加できる」でした。
ここで目を向けたいのが「顔や名前を出さずに参加できる社会運動」としてのクリティカル・ビジネスの可能性です。もちろん創業者や事業の旗振り役はむしろ顔や名前を表に出して運動・ビジネスをけん引する役割を求められる場面もあるでしょう。しかし、先述の通り、クリティカル・ビジネスにおいて、顧客は「啓蒙対象あるいはチームの一員」となります。すなわち、その商品を購入したり企業に対する意見を述べることで、匿名にもかかわらず直接的に社会運動にかかわる機会が得られるのです。
さらに、その体験は、「政府や団体、企業への要請」以上にエキサイティングなものになり得ます。なぜなら、クリティカル・ビジネスでは外部から要請する個人としてだけでなく、チームの一員として顧客は社会運動に携わる権利が得られるからです。
顔や名前を出さずに社会運動に携わりたいという気持ちは、きっとZ世代だけのものではないでしょう。このようにまだ発見されていない人々の欲望を見出すことで、クリティカル・ビジネスは大きなインパクトを生み出す可能性があります。
『クリティカル・ビジネス・パラダイム:社会運動とビジネスの交わるところ』について書評し、クリティカル・ビジネスはなぜ重要なのかのエッセンスをお伝えしてきました。書籍では「アクティヴィストのための10の弾丸」など、クリティカル・ビジネス実践のためのより具体的な要素も記述されています。ぜひ本記事でインストールしたクリティカル・ビジネスの考えを本格的に実行する手段として、書籍にも目を通してみてください。
(宮田文机)
・山口周 (著)『クリティカル・ビジネス・パラダイム:社会運動とビジネスの交わるところ』プレジデント社、2024 ・西田宗千佳,ITmedia『「ワープロはいずれなくなるか?」への回答を今のわれわれは笑えるか あれから30年、コンピュータと文書の関係を考える』ITmediaNEWS ・Z世代が考える社会を良くするための社会運動調査2022┃日本労働組合総連合会
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