宮西 京華(みやにし けいか)
保険会社で事務職をやっているデータマネジメント担当。歌い手動画を見るのが好き。
松田 紗友里(まつだ さゆり)
マーケティングが専門でSQLが得意。データ分析担当。ゲームやアニメが好き。
データマネジメント解説、連載の第23回が始まりました。
宮西さんは無事にAI-OCRのPoCを終えて、業務改善にむけて本格導入していくことを決めました。
進めるために、部長に承認を取ることになりました。
・・・・・
「おお、うまく動いた……!」
思わず声が漏れた。パソコンの画面に表示された申込書の画像から、氏名や住所が自動で読み取られ、Excelの表に整然と並んでいく。その光景を見ながら、私は小さくガッツポーズを決めた。
Google CloudのVision API、最初は呪文のようにしか見えなかったあの仕組みが、やっと形になった。手書き文字の読み取り精度も悪くない。ミスがあったとしても、手入力でゼロから打ち直すよりは、圧倒的に楽になるはず。 これならいける。PoC(概念実証)としては十分。自信を持って、次に進める。
そう思った私は、本格導入に向けた進め方を松田先輩に相談した。
「本格導入って、どうやって動かしていけばいいですか?」
いつものようにコーヒーを飲んでいた松田先輩は、ふんわりと微笑んで言った。
「まずは企画書ね。PoCの結果と、業務のどこをどう変えられそうか、どういう効果が得られそうか、それをまとめて部長に見せないと」
企画書……正直、初めてのことで気が重かった。でも、PoCがうまくいった今、ここで止まるわけにはいかない。
「よし、やってみます。Vision APIの仕組みと検証結果を説明するってことですね……」
「うん、それも大事。でもね、宮西さん企画書に必要なのは技術的な説明だけではないのよ」
ふいに、松田先輩の声が少しだけ引き締まった。
「企画書は本格導入したときの成果を語ることが重要なの。便利な技術がありますだけじゃ、決裁者には響かないの。月何時間削減されるかとか人件費換算でどれくらいのコスト削減かとか、成果を示す定量的な数字があると説得力がぜんぜん違う」
「……あ、それ、入れてなかったです」
「それからね、導入してうまくいかなかった場合のことも、少し触れておくといいよ。文字が読めなかったときの手順とか、リスクと対策をちゃんと添えておくと、上の人も安心するから」
「なるほど……リスクも、ですね……」
「あともうひとつ。プロジェクトをどういう体制で進めるのかを忘れずに。PoCは宮西さんがやったのかもしれないけど、本番導入は他の部署との協力が不可欠でしょ?運用体制とか、想定される作業分担も、簡単でいいから書いておく必要があるわね」
私は、ふだん穏やかな松田先輩の中に、こういう芯のあるアドバイスが出てくる瞬間が好きだった。言葉の一つひとつに経験の重みがある。
「……ありがとうございます。すっごく助かります」
私はその晩、アドバイスを反映する形で企画書を練り直した。松田先輩からのアドバイスを参考に業務改善ポイント、期待される効果、API利用に必要なコストと体制、導入後の業務、定量的な効果予測、リスクとその対応策、簡易な運用体制図も加えた。慣れない作業だったけれど、資料をつくる手にも、ようやく実感と手応えが伴ってきた。
そして、提出の日。部長に企画書を渡して説明すると、少しの沈黙のあと、静かに頷いてこう言った。
「わかりました。これで進めてください」
承認が下りた。私は思わず小さく息を吐いた。肩の荷が少しだけ軽くなった気がした。仕事を終え、資料を片づけて帰ろうとしたとき、松田先輩が背後から声をかけてきた。
「宮西さん、おつかれさま。ちゃんと企画が通ったみたいね」
「はい、なんとか……。先輩のおかげです」
「ふふ、そんなことないよ。自分でやったんでしょ。……でもね」
言葉のトーンが、少しだけ変わった。
「ひとつだけ、忘れないで。あなた、データマネジメント担当なんだからね」
そう言い残して、松田先輩はエレベーターのほうへ歩いていった。
私はその場に立ち尽くしたまま、データマネジメント担当という言葉を、何度か頭の中で反芻していた。
今、私がやっていることは業務改善だ。そして、データマネジメントのための業務改善だと思っている。
けれど、松田先輩の言い方は、何か別のことを含んでいるようにも感じられた。私はそのままパソコンを閉じ、オフィスの明かりを背に、静かに帰路についた。
その言葉の意味を、私はまだ知らない。でもたぶん、この先、知ることになる気がする。
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PoCが成功し、実際の業務に効果があると分かったとしても、そこから本格導入へとつなげるためには、内容を取りまとめ、企画が承認される必要があります。これは、どれだけ良い取り組みでも、伝え方が弱ければ前に進まないという現実に向き合う作業でもあります。
企画書において大切なのは、その施策が何を解決しどれだけの効果が見込めるのかを定量的に説明することです。
宮西さんが最初に書いたような業務が楽になります、といった抽象的な表現だけでは、判断者の心は動きません。
今回のケースでは、毎月500件の申込書にかかっていた入力作業が、OCR導入によって80%削減される見込みであり、担当者1人分の作業が月20時間、部門全体では400時間浮くというように、数値を使って効果を説明することが不可欠です。
そしてもう一つのポイントは、本格導入をどういう体制で進めるのかを明確にすることです。PoC段階では個人の熱意で動いていたプロジェクトも、本格導入となると複数部署の連携が必要になります。その際に、導入後の運用担当者、メンテナンス対応の窓口、問い合わせのフローなどが企画書の段階で整理されていれば、上層部としても安心してGoサインを出すことができます。
宮西さんは最初、そのあたりを見落としていましたが、松田先輩のアドバイスを受けて修正し、結果的に企画は承認されました。これは偶然の成功ではなく、具体的な成果と達成するための手段を筋道立てて丁寧に構成したからこそ、通った企画書だったといえるでしょう。
企画書とは、未来に起こるべき変化のシナリオを描き、それを実行に移すための約束のようなものです。だからこそ承認者に響くように書くことが何より重要なのです。
よしむら@データマネジメント担当
IT業界、金融業界、エンタメ業界でデータマネジメントを担当した経験を持ち、現在もデータマネジメント担当している。データマネジメント業界を盛り上げるために、経験を通して得た知識の発信活動を行っている。
本記事は「よしむら@データマネジメント担当」さんのデータマネジメントを学べることをコンセプトの4コマ漫画「AI事務員宮西さん–データ組織立ち上げ編」のコンテンツを許可を得て掲載しています。
保険会社で事務員として働く宮西さんは、会社がAI時代に対応するために新設したデータ部門に突然配属されました。事務員からデータマネジメントのリーダーへと成長していく宮西さんの奮闘記を描いた物語。
本シリーズ「データ組織立ち上げ編」では、宮西さんがデータ利活用組織を立ち上げるまでの挑戦を描きます。IT業界、金融業界、エンタメ業界でデータマネジメントを担当した経験を持つ著者「よしむら@データマネジメント担当」さんが豊富な経験を基に執筆しています。データ組織の一員の皆様には、ぜひご一読ください。
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