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「Google Cloud のスタンス」と「製造業のAI活用の要点」(前編) 特集|AI実装の現在地点–トップITベンダーの捉え方

今や生成AIという言葉を聞かない日はないほど、世の中は「生成AIブーム」と言えるほどの状況です。そうした中でトップITベンダーは、どのような未来を見通し、AI実装を進めているのでしょうか。

本特集「AI実装の現在地点-トップITベンダーの捉え方-」では、ウイングアーク1st株式会社CTOの島澤甲をホストに、トップITベンダーのキーパソンとの対話を通して、AIの社会実装の現在地点を探ります。
今回は、グーグル・クラウド・ジャパン合同会社 インフラストラクチャー・ソリューションズ 技術理事の黒田晴彦氏に、Google CloudのAIに関する理念やAI実装に向けた取り組み、今後の可能性などについて、前編(本記事)・後編の2回にわたってお聞きしました。

         

(左|ゲスト)グーグル・クラウド・ジャパン合同会社インフラストラクチャー・ソリューションズ技術理事 黒田 晴彦氏
(右|ホスト)ウイングアーク1st株式会社 取締役 執行役員事業統括担当 兼 CTO 島澤 甲

自己の経験をもとに「お客様に役立つ技術とは何か?」を考える

グーグル・クラウド・ジャパン合同会社インフラストラクチャー・ソリューションズ技術理事 黒田 晴彦氏

島澤:黒田さんといえば、三井物産、デル(デルジャパン、デル・テクノロジーズ)で最高技術責任者を務め、2021年9月から現在のグーグル・クラウド・ジャパンでご活躍されています。まさにエンタープライズITの最前線を走り続けて来られたわけですが、改めて自己紹介をかねて、これまでのお仕事についてお聞かせいただけますか。

黒田:長い間、総合商社である三井物産に在籍して、ユーザー企業側でITの仕事をしていました。最後は、Chief IT Architectとして技術面における責任者を務めて、システム全体像のデザイン、グローバルに広がる業態の異なるグループ会社の支援から日々のシステム障害対応まで、幅広く仕事をさせて頂きました。

また海外では、イギリスに赴任して欧州全体のシステム責任者として、日本との違いも含めてさまざまな経験をしました。

当時は、日米欧の複数のベンダーのユーザーコミュニティやカスタマーアドバイザリーボードにも加わっていました。その場を通じて各社の皆様と情報交換させていただいたことも貴重な経験になっています。

島澤:まさにITがビジネスの隅々に浸透していく時期に、グローバルでエンタープライズITの現場をご覧になってきたわけですね。そのご経験を生かして、2016年にベンダー側に移られたわけですね。

黒田:2016年からデルで約5年間CTOを務め、そして2021年にグーグル・クラウド・ジャパンに移りました。

どんなに優れた技術でも企業のお客様がうまく使えなければ価値を感じていただくことはできません。お客様の状況は各社異なりますので、お客様のニーズを伺って最も価値のある形で技術をご利用頂くことが大変重要になります。Google Cloudには数多くのユニークな技術や製品がありますので、お客様のニーズに適した形で採用頂き、最終的にお客様にGoogle Cloudのメリットをフルに享受頂く、そのことに貢献するのが私の役割となります。

島澤:黒田さんのお立場だと、企業の経営層の方々と会話することも多いのではないですか。

黒田:そうですね。ユーザー側に長くいた経験を生かし、ベンダーとユーザーの両者の視点から、お客様のお役に立ちそうな技術分野を探るようにしています。今日のテーマである生成AIも、まさに今ブームですが、同様のスタンスで取り組んでいます。

島澤:クラウドのサービスを提供するに当たり、両者の視点を持つことは重要ですね。

黒田:グーグル・クラウド・ジャパンに入社して、外部からでは見えなかった部分が見えるようになりました。Google全体の技術への取り組み姿勢、Innovationを起こすための工夫、技術者の相互連携など、ベンダー視点での理解が進みました。その上で、ユーザー視点を持ち続けて、IT活用やDX推進における価値訴求についてお客様とコミュニケーションできるように務めたいと思っています。

「AIの原則」に基づいて「責任ある AI 」を提供し、お客様に貢献する

島澤:Googleは生成AIにしても、ChatGPTのベースとなったTransformerを2017年に発表するなど、先陣を切っている印象があります。R&Dの投資も積極的であり、非常に優れたエンジニアがそろっているのは、外から見ても一目瞭然です。

ウイングアーク1st株式会社 取締役 執行役員事業統括担当 兼 CTO 島澤 甲

スピード感のある社風の根底には、どのような思想やスタンスがあるのか大変興味があります。

黒田:Googleは創業以来、イノベーションを追求していて、検索やGmailをはじめとして世界中で数多くの方に利用いただいているサービスを多数創出し続けていますが、この背景には、Googleの文化の中に「イノベーションの原則」(Innovation Principles)が根付いていることがあげられるのではないか、と思います。

Googleのイノベーションの原則はこれまでも何度かメディアで取り上げられていますが、「小さくスタートして賢く失敗せよ」(Fail fast)」というものや、「(製品を)出荷し(改善を)繰り返せ」(Ship and iterate)など、スピード感に繋がるメッセージが入っています。この他にも「10x Thinking」「社員には20%の自由時間を与えよ」(Give employees 20 percent time)などがあります。これらは私達の日常の会話の中によく出てきますので、スピード感を生む一つの要因になっているのではないかと思います。

一方、Googleには慎重な一面もあります。例えば、Google はTransformer発表後、実際に生成AIをサービスに仕立て上げるまでに長い時間を掛けています。これは「AIの原則(AI Principles)」(*1)を踏まえて「責任あるAI(Responsible AI)」(*2)をご提供すべく、実際にサービスやソリューションをお客様にお届けする前に長い時間を掛けていることによります。お客様に安心して安全に使って頂けるように、さまざまなチェックを行っています。

(*1)「AIの原則」 https://ai.google/responsibility/principles/
(*2)「責任あるAI」 https://cloud.google.com/responsible-ai?hl=ja

島澤:私も含めて技術者というのは、その技術の良し悪しや新しさを評価軸に捉えてしまいがちですが、今のお話をお聞きしていると、テクノロジーだけの問題では不十分で、製品やサービスとしてビジネスの現場で真価を発揮できるかどうかが重要なのですね。

黒田:新技術は開発できても、それが社会実装された時に社会が受け入れる準備ができているかどうか。AIに限らずテクノロジーにはもろ刃の剣の側面があります。今このテクノロジーを世の中に出して大丈夫かどうかという判断が非常に重要です。この点について、Googleはかなり慎重だと思います。

ユーザーの多様なニーズに応えるAIのエコシステムを提供する

島澤:これまでのお話の内容も踏まえ、Googleの生成AIについてお聞きします。2024年2月にGoogleは生成AIのブランドを「Gemini(ジェミニ)」に統一しました。これまで以上に生成AIの世界をリードしていく意気込みを感じますが、OpenAIをはじめ他社の生成AIサービスと対比して、どのような特徴、Googleらしさを盛り込んでいく戦略なのでしょうか。

2024年2月8日、Googleは会話型AIの「Bard(バード)」の名称を「Gemini(ジェミニ)」に変更することを含む、一連の生成AIプロダクトに関する新たな取り組みを発表。https://blog.google/intl/ja-jp/company-news/technology/gemini-update-2024-jp/

黒田:GoogleはもちろんGemini自体にも大きな投資を続けていますが、個々の基盤モデルのみならず、AIワークロードに最適化された AI Hypercomputerと呼ばれるインフラの提供、AIアプリケーションの開発・実装を効率化するためのAIプラットフォームの強化など、Google Cloud全体で企業のお客様のAIシステムをご支援すべく取り組んでいます。

島澤:本体の製品やサービスとして競合他社と差別化するという次元ではなく、生成AIを含んだAIのエコシステムがあって、そのパーツであるGeminiのような機能を、どうすればお客様の役に立つかを考えながら提供していくのが、Google Cloudのスタンスだと理解すればよいでしょうか。

黒田:その通りだと思います。Google Cloudとしては「企業のお客様に役立つAI」の提供が重要になります。生成AIの基盤モデルについても、費用対効果や稼働環境を考慮すると、必ずしも大きければ良い、というわけではありません。用途を明確にすることで、小さなモデルをベースにしたシステムが適しているケースもあるでしょうし、Androidなどのモバイルデバイス上でオフラインで使えるシステムが必須になるユースケースもあると考えています。

生成AIの活用で日本の製造業はどう変わるか

島澤:Google CloudのAIをウイングアーク1stのプロダクトに使うなどの可能性についてもお聞きしたいと思います。当社も生成AIを試していますが、現在のオンラインベースのLLM(大規模言語モデル)は、私たちのプロダクトとの相性が十分でないと感じています。

黒田:同様の課題感を他でもお聞きしています。それに対する取り組みを、Gemini Nanoで進めているところです。Gemini Nanoは、2023年12月からPixel 8 シリーズへ順次搭載されている、Geminiの最小サイズモデルです。島澤さんの話をお聞きし、ぜひお勧めしたいと思いました。Geminiにはさまざまなバリエーションがありますので、プロダクトに適合するものを採用いただければと思います。

初の AI 内蔵スマートフォン、Google Pixel 8 Pro にて Gemini の実行開始。Google Pixel ポートフォリオにさらなる AI アップデートを追加
https://blog.google/intl/ja-jp/products/devices-services/pixel-feature-drop-december-2023-jp/

島澤:ありがとうございます。いろいろなバリエーションを試してプロダクトに合うものを選べるというお話しですが、それは当社に限らず、あらゆる業種・業態の企業が、自分たちのビジネスに最適な生成AIを手に入れて、DXの推進はもちろん、今後の成長や事業創造に活用できるということですね。

黒田:生成AIは、人間が分かる言葉や画像を生成できるのが大きな特徴で様々な用途が考えられていますが、例えばシステムのヒューマンインターフェースの部分(UI)に活用が可能です。

あらゆる業種で利用が見込まれていますが、その中でもGoogle Cloudとして非常に期待しているのは、製造業での活用です。私も総合商社時代、さまざまな製造業の皆様にお世話になりました。生成AIをうまく使って頂くことは、労働生産性を向上させていくきっかけになるのでは、と期待しています。

今回の対談はウイングアーク1stが開設したイノベーションラボ「D.E.BASE」で行われた。

島澤:私たちのお客様にも製造業は多く、ウイングアーク1stでは帳票運用の効率化やデータ活用といった領域でお手伝いさせていただいています。黒田さんとしては、具体的にどのような生成AIの活用を考えているのでしょうか。

黒田:先ほどもお話ししたように、Googleは用途に合わせてさまざまな基盤モデルを活用頂けるように用意しています。Vertex AIのModel Gardenでは、Google製、サードパーティ製、オープンソース製など、既に130を超えるモデルセットをご利用頂けますので、ニーズに合ったモデルが選択できます。既に多くの製造業のお客様が生成AI活用を検討されていますが、特に、人材の課題解決に向けた取り組みの優先度が高いのではないかと思います。

製造業の皆様とお話ししていると、人材に関わる課題がよく話題に上がります。ものづくり白書によると、製造業の85%において人材に関わる課題を抱えています。同書では、この解決のためにAIを含むデジタル技術の活用が重要だと指摘しています。

能力開発や人材育成は製造業における大きな課題。(黒田氏のスライドより)

製造業でAIを活用しているのはまだ10%程度にとどまっていますが、生成AIに注目が集まる今、その必要性を再認識頂いて活用の道筋を立てていく大きなチャンスではないか、と思います。

製造業でのAI、ビックデータの活用はこれから。(黒田氏のスライドより)

後編では、製造業をはじめとした企業における「生成AIの具体的なステップ」、そしてこの先のビジネスにおける生成AIの活用についてお届けします。

 
黒田 晴彦 氏(写真左)グーグル・クラウド・ジャパン合同会社 インフラストラクチャー・ソリューションズ 技術理事
2009年、三井物産(株)においてIT推進部 副部長に就任、情報戦略委員会の技術担当委員を務め、Chief IT Architectとしてグローバルシステム全体像(IT-Landscape)の設計・構築を担当。また、SAP社、マイクロソフト社、アマゾンウェブサービス社などの日米欧各地のコミュニティ活動に参画。2016年、デルジャパン最高技術責任者に就任、2020年8月からはデル・テクノロジーズ(株)最高技術責任者として、エンド・ツー・エンド ソリューションの展開を統括。2021年9月より、現職。
 
島澤 甲(写真右)ウイングアーク1st取締役 執行役員 事業統括担当 兼 CTO
1981年東京生まれ。幼少期より、廃棄機器を解体し仕組みを理解することに没頭。大学時代はスパコンで解析する日々を送り、卒業研究は「遺伝子の解析」。遺伝子操作プログラムで特許を取得する。2010年 ウイングアーク(現ウイングアーク1st)に入社後は「データの活用」を追求。電気使用量や温度や湿度の変化など自宅を実証実験場として遠隔地からでもコントロールできるようIoT化を実践。2016年、執行役員CTOに就任。2021年 取締役 執行役員事業統括担当 兼 CTOに就任、現在に至る。
 

(取材・TEXT:JBPRESS+稲垣 PHOTO:Inoue Syuhei 編集:野島光太郎)

 

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