
1980年、日本はバブル時代の幕開けで、当時の日本は世界で最も勢いのある国だった。日本のビデオテープレコーダーやオーディオ機器が世界を席巻し、日本車がアメリカに大量に輸出され、マンハッタンの象徴的高層ビルロックフェラーセンターまで買いあさっていた。今では信じられないかもしれないが、アメリカの社会学者が『ジャパン・アズ・ナンバーワン』という本を出して、ベストセラーとなった時代だ。通産省は『電子立国日本』を掲げて安定成長を演出し、日本製半導体でアメリカ製を駆逐しようとしていた。次はIBMが市場を独占しているコンピュータに挑もうと、前例のない独創的コンピュータを創ろうとしていたのだ。アメリカでのエキスパートシステムブームを睨んで、ここで一気に人工知能に関して世界のトップランナーになろうとして、産・学・官で目論み、密かに研究を進めていた。
そして1981年、世界の著名な人工知能研究者を一堂に集め、『第5世代コンピュータ国際会議』を開催する。スモッグでかすむ、大手町の経団連会館の大講堂で、4日間にわたる大規模な国際会議となった。
渕一博(ふちかずひろ)博士
数百人規模の関係者と80名近い外国からの研究者を集めた大規模な会議において、電子技術総合研究所の渕一博(ふちかずひろ)博士は、日本の第5世代コンピュータのアーキテクチャーを示した。この第5世代とは、第1世代(真空管)、第2世代(トランジスタ)、第3世代(IC)、第4世代(LSI)に続く、人工知能対応の次世代技術である。
渕博士は、「これは、知識工学の延長線上にあるもので、1990年代の情報処理の形式を代表するものになると、考えられます」と、世界に向けて高らかに発言をしている。
エキスパートシステムの父と呼ばれたスタンフォード大学のエドワード・ファイゲンバウムは、招待講演のために来日していたが、この大規模な国際会議の印象を「まるでユダヤ人の成人式パーティーのようだった」と、自著で述べている。日本の情報処理研究は、勤勉な少年のようだったが、今では立派な大人になった、と感じたようだ。ファイゲンバウムに対して渕博士は、次のように言っている。「あなたの国が大人なら日本は赤ん坊かもしれません。しかし少年期に達しつつあり、大人から学び意見を尊重しなければなりませんが、大人はときに経験を持ちすぎているかもしれません。」
エドワード・ファイゲンバウム
1982年、35歳以下の優秀な研究者だけを、渋る企業から集め「新世代コンピュータ開発機構・ICOT」を設立。カリスマ性があり人望のある渕博士が、研究所所長に就任した。当時の日本は年功序列が当たり前だったので、若者だけを集めて組織を構成したことだけでも、画期的なことだ。日本人工知能学会はまだなく、人工知能の研究者は、まだまだ少ない時代である。
すごいプロジェクトを日本でもやっていたんだ。知らなかったなぁ。でも、あのころIBM産業スパイ事件があって、日本のコンピュータメーカーの社員が、逮捕されてましたよね。
第5世代コンピュータは知らないのに、その事件は知っているんですね。1982年にIBM互換機を販売していた日立や三菱の社員が、おとり捜査に引っ掛かり、アメリカで逮捕されています。IBMの大型機の設計情報を盗んだ産業スパイ行為だと、世界に大きく報道され、日本に衝撃を与えました。
あの事件の影響は、なかったんですか?
IBMには先進企業のイメージがありますが、実態は非常に保守的な経営をしていました。すでにスーパーコンピュータのような超高速コンピュータを、他社が出荷していましたが、IBMはニッチな市場は見向きもせずに、古典的なフォンノイマン型の大型機を開発していたのです。ましてや人工知能のような夢物語は相手にしていなかったので、ICOTのプロジェクトには、まったく影響しませんでした。
へーそうなんだ。
とにかくICOT発足の時点では、第3世代のIC世代末期で、まだ第4世代のLSIのコンピュータは実現できていませんでした。そんな時代に、第4世代を飛び越え、しかもフォンノイマン型ではない、画期的な並列マシンを目標とした第5世代コンピュータ計画は、先駆的で斬新な国家プロジェクトとして、世界各国の研究者に衝撃を与えたのです。
しかし聞けば聞くほど、素晴らしい計画だったようだな。
この会議に出席した各国の代表団たちは、自国に戻って政府に警告を発しました。このままでは日本のコンピュータに席巻されてしまうと。英国病で衰退していた当時のイギリスは、小さな政府を目指したサッチャー政権によって、科学予算が大幅に削られていました。専門家たちは、日本の野心的計画を、無視したり絶賛したり空想だと決めつけたりと、見解はバラバラでしたが、1年後に政府は高度情報技術の国家計画を提示します。しかし問題が山積みなので、これらの技術で最先端にたつこともできるが、輸入技術に頼ることにしてもよい、というオチがついていたのです。ファイゲンバウムは、イギリスのような間違った政策で転落していった国から、アメリカは学ぶべきだ、と述べています。
最近、総理大臣になった高市総理が目標としているサッチャー政権は、高市政権と真逆の緊縮財政派だったからそうなるな。ファイゲンバウムは辛辣だけど、イギリスに先見の明がなかったのは確かだな。じゃあ当時の日本の国家戦略は、世界のお手本だったんだ。
そうですよ。焼け野原となった敗戦後、日本を高度経済成長の軌道にのせるまで、けん引させた経済政策は、優秀な官僚が大勢いた通商産業省の成果です。産業構造を大きく変換して技術革新を進め、国際競争力を強化させることを目指したのです。そのため徹底的な貿易障壁と補助金で国内産業を保護し、安い賃金と円安によって、クルマと半導体を怒涛のようにアメリカへ輸出したのです。
やっぱり、日本はそんなことをしてきたのか。だからアメリカで「ジャパンバッシング」がおきて、日本車がハンマーでぶち壊されていたんだ。近年の韓国や中国の政策は、日本を真似ていただけか。
かなり話が逸れてしまったので戻します。フランスはイギリスと異なり、知識情報処理の分野でリーダーになることを目指していました。情報技術を重視して、家庭に電子端末ミニテルを配布し広く普及させ、電話回線を使った様々な情報を提供できるサービスを始めたのです。ミッテラン政権は、日本に対抗して知識基盤システムを構築し、「世界情報技術・人材センター」構想まで発表しています。
フランスの電子端末「ミニテル」
へー、インターネット以前にミニテルなんてサービスをやっていたんだ。フランスって昔はIT先進国だったんだ。
ミニテルは、長い間フランスの情報通信インフラの中心的役割をはたしていました。しかし逆に、インターネットの普及を大幅に遅らせてもいます。ちなみにですが、2014年にソフトバンクが20万円で発売したヒューマノイド・ロボット「ペッパー」は、フランスのアルデバランロボティクスという会社の、ヒューマノイド・ロボット「なお」をベースに開発したものです。
ソフトバンク「ペッパー」
あー、昔そんな受付ロボットがソフトバンクの店に置いてありましたね。いつのまにか消えていきましたが。
それにフランスは2025年、100か国を集めて「AIアクションサミット」を開催し、AI関連投資に18兆円投入すると、マクロン大統領が宣伝してました。
そうなんだ。しかしどの国も、AI投資に金に糸目をつけないなあ。投資のチキンレースをしたって、アメリカや中国には勝てないと思うけどなあ。そういえば、アメリカでの第5世代コンピュータへの反応は、どうなったんですか?
だいぶ長くなってしまったので、この続きは次回にしましょう。
第6話に続く
図版・書き手:谷田部卓
AI講師、サイエンスライター、CGアーティスト、主な著書に、MdN社「アフターコロナのITソリューション」「これからのAIビジネス」、日経メディカル「医療AI概論」他、複数の美術展での入賞実績がある。
(図版・TEXT:谷田部卓 編集:藤冨啓之)
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前回は、第1次と第2次の人工知能ブームの話でした。今まで日本の人工知能研究に触れてきませんでしたが、1980年代に世界最先端の人工知能研究が、日本で進んでいたのです。今回は、バブル時代における日本での人工知能研究の話をしましょう。
そういえばAIの教科書には、なぜか日本のAI研究についてほとんど書いてないな。
そうなのです。そこで今回紹介することにしました。前回エキスパートシステムをきっかけにして、第2次人工知能ブームが起きた話をしましたが、その1980年ごろに日本でも人工知能ブームがやってきたのです。