
ただ今回はGoogleの戦略についての話なので、この話は詳しい情報が入ってから紹介しましょう。前回の講義で説明しましたが、GoogleのNotebookLM やGemini 3はビジネスユースをメインターゲットにしています。それに対して、AIユーザー数が世界最大のOpenAIは、いまだに無料のチャットサービスが大半なので、回収不可能としか思えない莫大な赤字を出し続けています。ここがGoogleの狙い目です。
なるほど。ビジネスユーザーなら確実に料金を支払うので、ターゲットをビジネスユースにしたのか。広告費用を原資に多数の無料サービスを提供してきたGoogleにしたら、大きな方針転換だな。
そうなのですが、エンタープライズ向けLLMでは、AnthropicのClaudeが信頼性の高さでトップシェアを掴んでいます。プラットフォーマーであるGoogleは有利だとは思いますが、ライバル企業同士の戦いは熾烈なので、簡単にはいかないでしょうね。
そうですよね。どこの企業も考えていることは同じだから、レッドオーシャンだな。
そこでGoogleが繰り出した次の手があるのです。それが、日本ではあまり注目されていなかった決済サービスなので、これを紹介しましょう。
Googleは「Agent Payments Protocol(AP2)」を2025年9月に発表。AP2とは、AIエージェントがユーザーに代わって安全かつ自動的に支払いを行うための、オープンで標準化された決済プロトコルである。
ユーザーの意図(Intent)、購入内容(Cart)、支払い(Payment)を、デジタル署名されたMandates(委任状)でやり取りし、信頼性と透明性を確保することで、従来の「人が購入ボタンを押す」前提の決済から、AIエージェント主導の決済(Agentic Commerce)が実現できるようになる。
・安全な取引:デジタル署名されたMandates(委任状)を利用して、取引の真正性と責任追跡性を確保。
・多様な決済手段に対応:クレジットカード、デビットカードに加え、ステーブルコインや銀行振込など、様々な決済方法に対応。
・柔軟な運用:ユーザー決済と、AIエージェントに一任する場合の両方をサポート。
・オープンな標準:Googleが主要企業と共同開発し、オープンソースとして公開されており、プラットフォームを横断して利用が可能。
・既存システムとの連携:AIエージェントのための企画である「Agent2Agent(A2A)プロトコル」や、「Model Context Protocol(MCP)」を拡張し、既存のエージェントエコシステムに統合。
ようするに、決済権限をAIに渡せるようになったということか。でもなんでそれがGoogleの新戦略になるんですか?
プラットフォーマーであるGoogleは、ビジネスユースだけでなくコンシューマー向けのAndroidスマホでも圧倒的シェアがあります。現在のビジネスユース用AIエージェントは、いずれスマホでAIアシスタントとして常駐していくはずです。大半のコンシューマーは、スマホでのネット購入をするので、その決済権限をAIアシスタントが持つことになると、ビジネスユースをはるかに超える規模のAI利用者が生まれることになります。
そうか、そうなれば決済手数料がチャリンチャリンと入ってくるんだ。でもAP2はオープンソースで公開されているから、他の企業も参入して、やはりレッドオーシャンの世界ですよ。
例えば、ユーザーがECサイトでワイヤレスイヤフォンを買いたい場合、「このモデルが2万円以下になったら自動で購入すること」とMandates(委任状)に設定します。すると、エージェントは複数のECサイトを巡回し、価格・送料・返品条件・在庫など諸条件を評価して、条件を満たした瞬間に発注と決済を実行します。確認作業のAPI利用料は、数円単位の支払いとして都度処理されます。つまり、このようにユーザーにとって利便性が非常に高いサービスを、安全に利用できたら、毎秒何万回もの決済とAPI利用が発生するはずです。
なるほど。決済料金に加えてAI企業には、生成AIを利用するためのAPI使用料金で儲かるのか。
しかも、誰が・どこで・いつ・何を・いくらで・どんな条件で買ったのかを、プラットフォーマーであるGoogleが全部把握できるのです。現在の広告モデルより、もっとユーザーの個人情報に踏み込めることになりますね。もっとも、独占禁止法など様々な規制が、少なくとも欧州では入ると思いますが。
そう聞くと、恐ろしい世界になりそうだな。だからOpenAIは、そのプラットフォームそのものを切り崩そうとしているのか。
※筆者作成「エージェンティック・コマースの世界(Google NotebookLM)
これだけではありませんでした。2026年1月になると、今度は小売業界向けオープン標準規格「Universal Commerce Protocol」(UCP)」を、全米小売業協会(NRF)主催の年次イベント「NRF 2026」で、Googleのサンダー・ピチャイCEOが発表しました。これはAIエージェントによる商取引「agentic commerce」時代に向けた、新しい小売業の枠組みなのです。
さっきのAP2との違いは?
AP2はAIエージェントに決済権限を与える公開プロトコルなので、だれでもECに参入できるようになりました。しかし既存大手ECプラットフォーム企業のECシステムは、自社で構築しています。AIエージェントが各ECサイトを巡回して情報収集しようとしても、独自システムでありAPIがバラバラなので、現実的ではありません。UCPはこの問題を解決するための、AIエージェントのための統一プロトコルなのです。つまり、商品の発見、比較検討、購入サポートまで、ユーザーの購買プロセス全体をAP2でカバーできるのです。
でもそんなことAIエージェントにされたら、ECサイトは比較されるだけでユーザーの囲い込みができなくなるな。これじゃECサイトにはメリットがないですよ。
鋭い指摘ですね。これだけの機能だと、ECサイト側はAP2を積極的には採用しません。そこでECサイトが喜ぶ新たな機能の一つが「動的割引(Dynamic Discounting)」の提供です。これは、特定の条件下でのみ発動するキャンペーンを設定できる機能です。例えば「このユーザーは本気で購入を検討している」とECシステム側が判断した場合、その瞬間に限定的な割引クーポンなどを提示し、購入への最後の一押しをすることができるのです。今までの一律の割引クーポンより、はるかに高精度のターゲティングになります。さらに自社ブランド専用のAIエージェントをGoogle検索内に統合できる機能や、構造化された豊富なデータを持つ商品なら、AIチャットボットがより詳細に紹介するようになります。
なるほどだけど、それだけ?
そもそも購買者は、自分が欲しい商品を正しく言語化できないので、現在の検索型ショッピングでは、偶然見つかったという運任せショッピングの状況です。しかしエージェンティック・コマースなら、AIエージェントが蓄積してきた購買者の好みや生活スタイルの情報から判断できるので、大量にある商品群の中から最適な商品を選ぶことができる、と主張しています。
本当ですかね。ボクは買い物する時、いろんなサイトで雑多な商品を見つけて比較すること、自体も楽しみなんだけどな。一発で買いたいものが見つかるのは早くて便利だけど、ECサイト側としては「ついでに余計なモノ」を買ってくれなくなるぞ。
まぁ既存の巨大なECサイトが多数賛同しているので、一大勢力になることは間違いないです。ただすぐに、エージェンティック・コマースに特化したECサイトがたくさん出現してくるはずなので、現在の検索型ショッピングにも対応できる古い巨大システムを抱えているECサイトは、ブランドだけに頼るとジリ貧になると思います。
このGoogleとそのパートナー企業が、EC事業に本格参入しようとする野望に対して、ECプラットファーマーであるAmazonが、どのように対抗するのかは、まだ分かりません。MetaもECサイトに参入しようとしている噂や、前述したOpenAIの新たなプラットフォーム投入の話など、他の勢力の話については、また次回にしたいと思います。
【第7回に続く】
・Google最大の収益源であるネット広告が、AI検索によって揺らいでいる。このため提供サービスを、無料の個人ユースから、有料のビジネスユースに変えてきている。
・さらにネット購買プラットフォーム構築のために、便利で安全に買い物できるAIエージェント用オープン規格AP2とUCPを、多数のECサイトの賛同を得て公開した。
・AP2はユーザーが希望する商品をAIエージェントが自ら決済して購入できる規格で、UCPはネット上での新しい購買プロセスを構築できる規格である。
図版・書き手:谷田部卓
AI講師、サイエンスライター、CGアーティスト、主な著書に、MdN社「アフターコロナのITソリューション」「これからのAIビジネス」、日経メディカル「医療AI概論」他、複数の美術展での入賞実績がある。
(図版・TEXT:谷田部卓 編集:藤冨啓之)
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2025年はAIエージェントの時代と言われました。年初の頃は、いつものIT界隈の喧伝だろうと懐疑的でした。しかし生成AI自体は、予想通りというか予定通りに急激な進化を遂げており、天文学的な資金を投じることによってAGIへと突き進んでいます。この辺りは以前紹介しましたね。
そうですね。じゃあ、2026年はどんなキャッチフレーズになるんですか?
そこはAI企業やIT企業などのビッグテックが、また新しいフレーズを創作するので分かりません。それよりITプラットフォーマーとして長らく世界に君臨してきたGoogleは、その莫大な収益の大半をネット広告事業から得ています。ところが、何度も指摘してきましたが、Google自ら開発したAIによって、情報ソースにアクセスしない「ゼロクリックサーチ」が64%にまで増大し、広告事業そのものが大きなダメージを受けてきています。特に生成AIを牽引するOpenAIは、その圧倒的な技術力と知名度で、Googleが支配するITプラットフォームを破壊しようと画策しています。
そうなんですか?AGIに突き進んでいるんじゃないんですか?
基本はそうなのですが、PCでのブラウザはChromeが圧倒しており、AndroidのスマホもGoogleが有利です。現代はメールなどのサービスを含めると、Googleのサービスを利用しないユーザーは存在しないのではないかという世界になってしまいました。そこにOpenAIは、今年PCとスマホに代わる「第3のコアデバイス」として、画面のない音声・環境認識型のウェアラブル端末の投入を計画しているようなのです。
へ~、そうなんだ。面白そうな展開だな。