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人材のエキスパート、パーソル流 デジタル戦略(DX)をリードするIT部門のつくり方

         

各界のITリーダーが一堂に会する「CIO Japan Summit 2022」が、さる5月10日(火)・11日(水)の両日、ホテル椿山荘東京で開催された。今回で13回目を迎えた同サミットでは、さまざまな業界のCIOによる講演が実施された。特集「CIO Japan Summit 2022:注目企業のITリーダーに聞く!」では、CIO Japan Summitの登壇者であるITリーダーの話からDXの勘所を探っていく。第1弾は人や組織や組織に関する多彩なサービスやソリューションを展開する、パーソルホールディングス株式会社グループデジタル変革推進本部の本部長を務める朝比奈ゆり子氏に、リモートワークやデータセキュリティー、よりセキュアなシステム運用基盤など、一歩先を行く取り組みでデジタル戦略をリードするIT部門のつくり方についてお聞きした。

IT部門はもう「縁の下の力持ち」ではない~業務と情シスが対等な関係の組織づくりを

「はたらいて、笑おう。」をグループビジョンに掲げるパーソルホールディングス(以下、パーソルHD)は、人材派遣などで知られるパーソルグループの持ち株会社として、国内外130社以上(2022年5月現在)の企業を統括する。

朝比奈氏は、2014年株式会社インテリジェンス(2017年よりパーソルキャリア株式会社)に入社。アルバイトサービス「an」のIT責任者を務めた後、2018年にはパーソルHDへ移り、さらに翌2019年には、現在のグループデジタル変革推進本部の前身となる組織のテクノロジー統括責任者に就任。2020年からは、パーソルグループにおけるDX推進やIT活用の責任者を務めてきた。

パーソルホールディングス株式会社 グループデジタル変革推進本部 本部長 朝比奈 ゆり子氏

パーソルグループのグループビジョン「はたらいて、笑おう。」には、一人一人違う多様な働き方や価値観に寄り添っていくという意思と、人々が自分の働き方を自分で決めて豊かな人生を送ることができる社会の実現を目指したいという思いが込められている。

朝比奈氏がパーソルグループの情報責任者として、今後のIT部門づくりを考える上で特に重視したのは、IT人材や社内SEたちの「疲弊問題」だったという。グループ内でも社内にIT部門を抱える企業では「業務量が圧倒的に多い」「業務へのモチベーションがなかなか上がらない」などエンジニアの働き方について、課題を感じていたからだ。

「企業のIT部門や情報システム部門は、間接部門として見られがちで、社内でもあまり発言力を持っていないことも多い。このため、いまだにハードワークを黙認するような悪しき根性論も残っているのではないかと思います。しかし今の時代、IT部門はもはや縁の下の力持ちなどではなく、事業部門や企画部門と一緒に会社のDXを推進し、ビジネスの成長を技術面から支える重要な役割を担った人たちです。その意味でも、当社のこれからのIT組織づくりに当たっては、業務の現場との距離感や上下を含めた関係性を見直す必要があると考えたのです」

一般に、情報システム部門と業務の現場はお互いの立場を主張し合って、意見が対立するケースも少なくない。朝比奈氏が両者の協調を訴えるのも、かつて自身が「an」という看板サービスの現場で責任者を務めた経験から、ITと業務が手を取り合う必要性を痛感していたからだろう。企業が的確かつ俊敏にITを活用してビジネスを成長させていくためには、組織の人や部門の関係性もフラットでオープンなものでなくてはならない。加えて、優秀なIT人材を引き止め、また獲得するためにも、そうした意識の変化は不可欠だと朝比奈氏は示唆する。

「現在、人材不足からIT人材の市場価値は高騰する一方です。なのに、そんなIT部門が意欲を持てない状況を放置しておけば、優秀な人ほど必ず他社に移っていってしまいます。自社のIT人材が高いモチベーションとエンゲージメントを保ちながら、会社の未来に向けて働いてくれる文化や仕組みづくりが、多くの企業にとって最重要の経営課題の一つだと言えます」

業務とITが一体になって課題と向き合い正解を見つける体制とは?

エンジニアのモチベーションの源泉は「Why、How、What」、すなわち「何のために作るのか、そのために自分はどうすればよいのか、そして何をつくるのか」という 内発的動機付けにあると朝比奈氏は言う。

「せっかくつくったのに全く使われないシステムを開発することほど、エンジニアのモチベーションを下げることはありません。しかもそうなる原因は、ほとんどの場合はユーザー(使用する業務部門)とのコミュニケーション不足です。ユーザーがエンジニアに『これつくって』と一方的に投げるのではなく、双方の間で『なぜやるのか(理由)→どうやるのか(方法)→何を実現するのか(目的)』をきちんと共有することで、エンジニアは、自分ががんばる意味や、会社に貢献できることを理解して意欲的に取り組んでくれます。もし組織の中でIT部門の長が権限や発言権を持たない会社があるなら、今すぐ体制を見直す必要があるでしょう」

パーソルグループは先ごろ「新たな価値の創造を通じ、社会からの期待に応えることで、グループビジョン『はたらいて、笑おう。』の実現を目指す」という、「2030年に向けた価値創造ストーリー」を発表した。そのグループ重点戦略の1つが「テクノロジーを武器にする」であり、それを牽引するのが、朝比奈氏が本部長を務めるグループデジタル変革推進本部だ。

同本部がこれまで手がけてきたいくつものDXの試みの中でも、ひときわ大きな成果を挙げつつあるのが、2020年度から取り組んできた「Scrum@Scale(スクラムアットスケール)」だ。これはソフトウエアのアジャイル開発手法であるスクラムを組織全体に応用する、いわば「全社規模でのアジャイル化」への挑戦だ。

Scrum@Scale導入により、「プロダクト」と「組織・文化・人材」の2つの側面で成果が出ている。

このScrum@Scale導入後、全ての業務チームの実績が大幅に上がり、中には生産性が4~5倍になったチームもあるという。その成功の理由を朝比奈氏は、「Scrum@Scale導入で、IT部門が無駄なものをつくらない、そして自分たちで技術的負債をつくらない仕組みが構築されたから」だと説明する。では、そもそもなぜScrum@Scaleに注目したのか。同氏はその理由を「アジャイルマインドこそが、今パーソルにとって一番大事だと思っているから」だと語る。

「スクラムは、顧客からの学びとプロセス改善がその中心となるフレームワークです。スクラムを走らせることで、チーム自らが仕事の仕方を、絶え間なく改善し続けられる点が特に優れています。課題に対してチーム一丸で対処する仕組みをつくることで、エンジニア個人の疲弊を解消できるし、一方的に情報システム部門を消耗させる昔からの組織構造を変えられる点でも、Scrum@Scaleには以前から強い関心を抱いていました」

実際の導入に当たっては、2020年4月に部門キックオフでスクラムを採択する旨をメンバーに宣言。以降はマネージャーを対象に、組織デザインワークショップの開催や、「スクラムマスター研修」「プロダクトオーナー研修」の実施。そして10月には、部門全体でのScrum@Scale化を実現した。この過程ではマネージャー陣と議論を重ね、チームの一体感を高めるとともに、「変革のビジョン」の制定など、「私たち」としての一体感の醸成に力を注いだという。

期初にはマネージャー陣と組織デザインワークショップを通してチームの「変革のビジョン」を制定し本格導入へと進んだ。

ソフトウエア開発にとどまらず、ビジネスシーン全般でもかなり普及したアジャイル開発だが、一方では、表面的な理解でバズワード化している懸念もあると、朝比奈氏は警鐘を鳴らす。

「そもそもアジャイル(迅速な・素早い、の意味)の価値は、『迅速な開発』だけではありません。顧客の課題と向き合い、課題へのリーチを考え、机上の空論ではなく必ず検証を伴って、時にはその検証結果から逆に仮説を修正することもあります。そのサイクルを高速で回しながら、スクラムチームが顧客や市場と正面から向き合い、最適なソリューションを見つける。そうしたことが、アジャイル本来の価値なのです」

これまで情報システム部門にとっての顧客は「各事業部門」や「企画部門」であって、直接社外のビジネスに関わっていく「攻めの部隊」とは見なされていなかった。もちろん従来通りのシステム保守・運用を担う「守り」の業務も重要なことは変わりないが、「業務部門からの依頼を実装したり保守したりするだけの仕事という、状況を根底から変えたかったのです」と朝比奈氏は振り返る。

Scrum@Scaleのフレームワーク。プロセスを扱うスクラムマスターサイクル(SMサイクル)とプロダクトを扱うプロダクトオーナーサイクル(POサイクル)が、2つのコンポーネントで交わり、3つ目のコンポーネントを共有する。全体のサイクルにより、一つの道筋に沿って複数のチームの取り組みを調整することを強力にサポートする構造をつくり出す。

IT部門が当事者として全社DXを引っ張る未来

とはいえ、Scrum@Scaleの導入当初は、必ずしも全員の理解を得られたわけではなかった。そこで朝比奈氏は、エンジニア一人一人と向き合いながら、彼らを根気よく説得していったという。

「中でも、ある程度の経験があるマネージャー層に向けては、『組織変革ワークショップ』などを開催し、何度も議論を重ねました。とかくITのようなバックエンド部門は、ユーザー(社員)のために一生開発して課題を解決してあげても、なかなか評価が得られず手応えを感じにくい。でも私たちの仕事は、必ず世の中の役立つことにつながっているのです。そんな話を繰り返しては、時にはワークショップ後に酒を酌み交わしたりしながらも皆さんの理解を得ていきました。仕事で取り扱うのはデジタルですが、泥臭く人間的なコミュニケーションを大切にしています」

Scrum@Scale導入の軌跡

今後、朝比奈氏は、開発チームを自律的に成長できる組織として、技術とビジネス両面にわたる高度な知見やスキルを強化していきたいと考えている。今では、従来の「誰かの要望を受けてシステムをつくるだけの部門」ではなく、自分たちの課題に正面から向き合う経験を重ねる中で、チームの各人に自律的な考え方や動きが生まれてきているという。

働き方が変わったことを実感した新卒4年目の社員が、その変化の価値を全社向けに熱くプレゼンした。

「これまでのような保守・運用だけでなく、自社を組織変革に導く力量を持ったIT部門を目指していきたいと思います。先日の『CIO Japan Summit2022』の私の担当セッションでも、今回お話しした『IT部門の在り方』や『パーソル流IT人材育成法』『リモートワーク環境整備を踏まえた新たな働き方改革』などについて、具体例を挙げながらご紹介しました」

組織や部門の壁にとらわれることなく、一人一人がパーソルグループのビジネスを担う当事者として、同社のDXをリードしていくパーソルHDのエンジニアたち。今後も活躍に注目したい。

 

朝比奈 ゆり子氏
パーソルホールディングス株式会社 グループデジタル変革推進本部 本部長

外資系プロジェクトマネジメントソリューションベンダーにて、製品開発、マーケティング、経理などを幅広く担当。外資系ITセキュリティ会社2社でのCorporate IT部門長を経て、2014年、パーソルキャリア入社。アルバイトサービス「an」のIT責任者に就任。2018年、パーソルホールディングスへ転籍し、新規事業創造・オープンイノベーション推進を担う新会社パーソルイノベーションの法人設立に従事。2020年、パーソルホールディングス グループデジタル変革推進本部 ビジネスITアーキテクト部 部長としてコーポレートIT部門の組織変革を推進。2021年より、現職。

 

(取材・TEXT:JBPRESS+稲垣 企画・編集:野島光太郎)
 
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