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企業がこれまで手がけていなかった新しい分野に参入したり、個人が独立して手がけるチャレンジは総じて『新規事業』と呼ばれる。とくにコロナ禍において、各企業は積極的に新規事業に取り組んだ。アフターコロナの時代に突入し、新規事業に活路を見出そうとする企業が増えたはいいが、その事業を軌道に乗せようと悪戦苦闘しているビジネスマンは多いのではないだろうか。
『失敗から学ぶ技術 新規事業開発を成功に導くプロトタイピングの教科書』(著者:三冨敬太)は、そのようなビジネスマンを対象にした書籍。
本書は、新規事業を成功に導くための“質の高い失敗”が題材だ。
とくに“プロトタイピング”という手法をメインテーマに据えている。
著者は、大学院でプロトタイピングの研究をしている研究者でありながら、プロトタイピング専門の会社を経営している実務家でもある。
プロトタイピングとは、完成前のモノや体験をユーザーに提供し、それが本当に価値のあるものかどうかを見極めるプロセスや手法のことを指す。
変化の激しい時代を言われる現代社会において、新商品に時間をかけて世に送り出しても、そのときにはすでにユーザーの価値基準が変わっている可能性がある。また、作り手がどんなに「この商品・サービスは価値のあるものだ!」と確信して世にリリースしたとしても、それが的外れな希望的観測に過ぎなかった例も多々ある。
代表的な事例として、本書ではセグウェイを取り上げている。当時100億円以上の資金が投入され、「人間の移動形態を変える革命的な製品」とされていた電動立ち乗り二輪車のセグウェイは2020年に生産が終了した。そもそもターゲットとしていた富裕層は健康意識が高く、セグウェイに乗って移動するよりも歩くことを好んだのである。
このように作り手側の仮説と、ユーザーが求める現実には、往々にしてギャップがある。このギャップを埋めるための手法が、まさにプロトタイピングなのだ。
著者はまず、プロトタイピングに必要なマインドセットと行動原則について説明している。
「子どものような遊び心と熱意」こそ、プロトタイピングに必要なマインドセットなのだ。失敗を学びの機会として捉え直し、少しずつでも前に進んでいる感覚を重要視して、チームのメンバーで知見を共有する。早く安くプロトタイピングを実施して、失敗の損失を最小限に抑えること。このあとに紹介する様々な手法を用いて何度もチャレンジすること。これが新規事業を成功に導くための要諦といえるだろう。
では、上に述べたようなマインドセットを徹底することができれば万事解決なのか。もちろんそんなことはない。プロトタイピングを実践する際には、「設計・構築・評価」といったプロセスを大切にすることだ。全体を設計せずに、行き当たりばったりでプロトタイピングを行うと、当然ながら期待外れの結果になるだろう。著者は次のように指摘する。
具体的にはゴールとスケジュールを決めた上で、プロトタイピングをするべき仮説などの対象と、使用できるリソースと、構築とテスト方法を決めます。(P64)
さらに著者は、プロトタイピングに活用できる10種類のプロトタイプ(試作品)を紹介している。
この中でも、ダーティーエクスペリエンスは汎用性の高いプロトタイプではないだろうか。
ダーティーエクスペリエンスは、考えているアイデアを、既存のモノと組み合わせるなどして、粗い状態で実際に体験するプロトタイプです。(P78)
例えば、想定される利用者の趣味・嗜好に基づきリコメンドしてくれるようなサービスを展開したいと考えた場合、利用者の情報を集める必要がある。だが、その目的に沿ったプロトタイプをゼロベースで構築していくのは時間もお金もかかってくる。そこで既存のサービスであるLINEの機能を使うのだ。情報収集であればLINEでも十分に目的を果たせる。ダーティーエクスペリエンスは、既存のサービスを活用するので、汎用性が高くコストも省略でき、イメージしづらい新規事業のアイディアもチームメンバーで共有できる。
書籍の最終章(第5章)では、プロトタイピングを用いて新規事業を成功に導いたいくつかの事例を紹介している。
創業者の育児経験に基づき事業化されたホーミールは、安全な幼児食を提供するスタートアップだ。1歳から6歳までを対象とした幼児食は取扱量が少ない上、工場などの大規模な設備を必要とする。そのため、既存の企業はこの幼児食事業に手を出していなかった。だが、ホーミールは幼児食の事業に挑戦。サービス開始後、半年で10万食を販売するなど急成長を遂げている。この成功の裏にはプロトタイピングを経た上での確信があった。
鬼海氏は自分で作った手作りの幼児食をプロトタイプとして、冷凍食品の専門家に事業化の可能性をリサーチした。結果的に、このプロトタイプが冷凍食品の専門家を動かし、事業が前進していく。鬼海氏は試食会を行い、保護者の反応も確認。試食会では、食のアレルギー対策や栄養バランスが高く評価された。それだけではなく、子どもたちが美味しそうにプロトタイプの幼児食を食べる姿を見て、鬼海氏はサービスの価値を確信したと話す。
具体的に商品化が進む中で、鬼海氏は幼児食をECサイトで販売することにした。だが、ゼロからサイトを構築するにはコストがかかりすぎる。そこで鬼海氏は、既存のサービスであるBASEを活用した。これこそ、まさにダーティーエクスペリエンスである。また、LINEの機能を使って「幼児食相談」も開始した。そこで集められた知見をもとに、サービスの内容を改善し続け、現在はShopifyというECサイトを活用して事業を展開している。
個人の問題意識から生まれたサービスが注目を集める事業にまで昇華したのは、プロトタイピングの実行がうまくいったからと言っても過言ではない。
今後もグローバル化は進み、ますます変化のスピードは激しくなるだろう。価値観は多様化し、画一的な商品やサービスでは対応することができない時代がやってくる。そのような不確実性の高い社会において、プロトタイピングの手法は活路を見出す一手になるはずだ。
新規事業の開発手法は、どのような立場の社員であれ学んでおく必要がある。その意味でも、『失敗から学ぶ技術 新規事業開発を成功に導くプロトタイピングの教科書』はこれからのビジネスを勝ち抜く上で、必読の一冊と言える。
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