2022年10月、岸田首相は所信表明演説の中で、個人のリスキリング支援策として5年間で1兆円投資することを表明しました。それ以降も矢継ぎ早に具体的な方策が提示され、「リスキリング」という言葉を耳にすることも増えました。
DX時代に対応していくために「学び」のニーズが高いことは分かっても、「何を」「どのように」学べばよいのか、雲をつかむような思いの方も少なくないのではないでしょうか?このシリーズでは、学びの森で迷子になっている方々に向けて、DX時代の学び方を照らす光を提供できればと考えています。
第1回目は、日本人の「学び」の現状についてです。
株式会社学情が2022年に20代のビジネスパーソンを対象に行った調査によると、「リスキリングに取り組みたいと思いますか?」という質問に対し、42.1%は「取り組みたい」、38.0%は「どちらかと言うと取り組みたい」と回答しています。つまり、約8割の20代ビジネスパーソンはリスキリングに積極的な姿勢を持っていることが分かります。
ところが、パーソル総合研究所の「グローバル就業・成長意識調査」(2022年)によると、社外学習・自己啓発を「何もやっていない」日本人の割合は52.6%、世界平均の18.0%を圧倒的に上回りました。
この相違を一体どう見たらよいのでしょうか?
一つ考えられるのは、年齢層による学びに対する姿勢の違いです。同じくパーソル研究所と中原淳立教大学教授の調査によると、確かに50歳を境に社外学習・自己啓発を「特に学んでいない」と回答する人の割合はうなぎ登りに増え、58~59歳では約7割に近づきます。ただ、20代で「特に学んでいない」と回答する人の割合がとりわけ低いわけではなく、20代のどの世代も軒並み50%超えています。
そこで注目できるのが、株式会社学情が行った調査はあくまでも「学びたい」人の割合であり、パーソル研究所の調査は「学んでいない」人の割合であるという点です。学ぶ意欲はあっても、結果的に学ぶことをあきらめてしまうビジネスパーソンが日本では非常に多いという現実が浮かび上がってくるのではないでしょうか?
では、「学びたい」と「学ばない」の間には何があるのでしょうか?参考になるのが、教育サービスのクロービスが2022年に行った調査です。
同社が20~34歳の若手社会人を対象に行った調査によると、全体の58.3%が「必要な学びを業務外・業務時間外で実践できていない」と回答しました。その理由として最も多かったのは「時間がないから」(41.4%)でしたが、「必要な学びが分からない」(34.8%)、「自分が何を学びたいかが分からない」(31.9%)、「どの学習から手をつけるべきか分からない」(27.4%)など、「学びの森」で五里霧中に陥っている人たちがたくさんいることが分かります。
つまり、日本では漠然とした学びの意欲を具体的な形に変えられる人が少なく、その起爆剤となるシステムも整っていないのです。
前出の株式会社学情が行った調査によると、リスキリングに意欲的な人が「活用したい」と考えているもので最も多かったのが、社内の研修制度で84.4%に達しました。にもかかわらず「何も学んでいない」人が5割を越えている現実をみると、20代のビジネスパーソンから次のような声が聞こえてきそうです。
「自分にはもともと学ぶ意欲もあったし、そのことを期待して就職(転職)したのに、企業は期待したものをちゃんと提供してくれなかった」
働く側から見ればもっともな意見のようにも聞こえますし、企業側からすれば単に責任転嫁をしているようにも思えます。では、責められるべきなのは「学ばせない」企業なのでしょうか?それとも「学ばない」個人なのでしょうか?
小林祐児氏は企業も個人も責められず、日本の企業には「学ばせたくない」企業と「学びたくない」個人の共犯関係があると言います。同氏は、日本人の「学ばなさ」の核心にあるのは、「『学び』に対する主体性が『発生しない』ようなメカニズムが企業の人材マネジメントに内包されている」点だと主張します。
見えてくるのは、20代で「学びたい」と漠然と意欲を持っていても、企業主導の人材配置や組織異動に巻き込まれ、主体的な学びをどんどん失っていく姿です。キャリアを重ねていく中で参加を強制される出世レースの中では、職場主導のOJTによるトレーニングにキャッチアップするのが精一杯です。
前出の小林氏は、哲学者の國分功一郎が用いた「中動態」の議論によって日本人のキャリアを説明しようとします。ここでいう「中動態的キャリア」とは「自分が主語ではないが、かといって完全に受け身でもない」状態を指します。
日本人のキャリアを中動態的であるとするなら、実際のところ日本人が全く「学んでいない」というのは語弊があるでしょう。企業主導のトレーニングや研修、OJTを一生懸命に受け入れているからです。ただ、それが主体的な「学び」かといえば、疑問符が残ると言わざるを得ません。
ここまでの議論をまとめると、日本人の多くは漠然とした学びの意欲を持ちながらも、「学びの迷子」になり、主体的な学びをしていないことが分かりました。しかし、だからといって何も学んでない訳ではなく、中動態的なキャリアを採用する企業主導のトレーニングという意味での「学び」はあるのです。
問題は、今回のテーマであるリスキリングが一体どのような「学び」なのか、ということです。簡単に言えば、従来の企業主導のトレーニングや研修のようなものに過ぎないのか、それとも個人が達成感や成長、やりがいを感じられる、本来的な意味における「学び」のどちらに近いのか、とも言い換えられるでしょう。
経済産業省によると、リスキリングは次のように定義されています。
「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」
「新しい職業」と漠然と定義されていますが、経済産業省が主に想定しているのはデジタル化と同時に生まれる新しい職業や、仕事の進め方が大幅に変わるであろう職業です。
日本語では「学び直し」と訳されることが多いですが、経済産業省によると、リスキリングは単なる「学び直し」ではありません。単に個人の関心に基づいて行う「学び」ではなく、「これからも職業で価値を創出し続けるために必要なスキルを学ぶ」点が強調されます。
また、新しいことを学ぶために職を離れることが前提になっている「リカレント教育」とも異なります。ビジネスモデルや人材戦略と不可分一体という意味では、企業を離れたリスキリングは成立しえません。かといって、企業があたかも工場で製品を生産するようにしてDX人材が生み出される訳でもありません。それだとこれまで経験したこともないような業務やビジネスには対応できないでしょう。
では、企業はイニシアティブをとりながら、従来とは異なる充実した「学び」を個人にいかにして提供できるのでしょうか?(次回に続く)
書き手:河合良成氏
2008年より中国に渡航、10年にわたり大学などで教鞭を取り、中国文化や市況への造詣が深い。その後、アフリカのガーナに1年半滞在し、地元の言語トゥイ語をマスターすべく奮闘。現在は福岡在住、主に翻訳者、ライターとして活動中。
(著者:河合良成 編集:藤冨啓之)
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