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「夜を美しく守る」メイカームーブメント発、Yolniができるまでの9年の軌跡

夜道を歩く、すべての人に安心を与える防犯アクセサリー「Yolni(ヨルニ)」。一見すると洗練されたアクセサリーのようだが、いざという時には家族や友人に助けを求めることができる防犯アイテムである。このプロダクトが生まれるまでには、実に9年という長い歳月が費やされたという。

開発を手掛けるのは、合同会社techika代表社員であり、Yolni株式会社の取締役を務める矢島 佳澄氏をはじめとする4人のチームだ。矢島氏のものづくりの原点は、2010年代初頭のメイカームーブメントの熱気にあった。そこから一貫して続く「ユーザーの物語に寄り添う」ナラティブな設計思想は、どのようにして生まれ、Yolniというプロダクトに活かされているのか。データのじかんの主筆の大川が、 Yolniローンチまでの道のりと、単なる防犯グッズにとどまらない独自のコンセプト、この先の展望について矢島氏に話を伺った。

■製品紹介:Yolni


Yolniは、スマートフォンと連携するスマートアクセサリー型の防犯デバイス。ストラップは高品質なレザーをあしらったデザインで、日常のコーディネートに溶け込みながら、もしもの時にユーザーを守る。本体を握るとスマートフォンから着信が鳴る機能、ピンを引くとブザー音が鳴り、登録済みの連絡先へSOSメッセージと位置情報を送る機能、AIでパーソナライズされたレポートやアドバイスを提供する機能などが備わっている。2025年10月31日までクラウドファンディングで支援を募っている。

         

原点はメイカームーブメント黎明期。作りたい世界は、自分の手で作れる

大川「まずは矢島さんの自己紹介と、現在の活動についてお聞かせください」

矢島氏(以下、敬称略)合同会社techikaの代表社員と、Yolni株式会社の取締役をしています。その他に大学での非常勤講師を務めており、学生時代から続く『乙女電芸部』というサークル活動も15年ほど続けています。techikaでは、柔らかい素材と電子工作を組み合わせた『柔らかいハードウェア』をテーマに、企業からの受託制作や、お子さん向けのワークショップなど、広くものづくりに関わる仕事をしています。Yolniでは、夜道を誰もが安心して歩ける社会をつくりたいという思いで、防犯アクセサリーの開発に注力しています」

大川「矢島さんのものづくりの原点は、どのようなところにあるのでしょうか」

矢島「高校時代に文化庁の主催するメディア芸術祭を見て、感銘を受けたのが大きなきっかけです。大学は慶應義塾大学のSFCに進学し、物理的なオブジェクトと映像を組み合わせるような、バーチャルとリアルが交差するインタラクティブアートを研究していました。昔からゲームボーイのような画面の中だけで完結するコンテンツには限界があると感じていて、もっと触れたり、身体的に関われたりするものに興味がありました」

大川「大学時代に結成された『乙女電芸部』の活動と、当時盛り上がりを見せていたメイカームーブメントとの関わりについて教えてください。」

■メイカームーブメント

オープンソースハードウェアなどの技術を用いて、個人でものづくりを行う人々(メイカーズ)によるサブカル的なカルチャー。3Dプリンターの登場などによって2010年代前後に勃興し、ハイテクな分野はもちろん、手芸やフィギュアなど多様な領域で発展した。「ものづくり民主化」とも称される。一方、事業運営費を獲得するためのビジネスモデルの確立が難しいなど、事業化への課題も挙げられている。

矢島「大学の研究とは別に、趣味の活動として友人たちと乙女電芸部を立ち上げました。当時、テクノ手芸部というユニットが、かわいい手芸の世界にLEDを光らせるような電子工作を持ち込んでいるのを見て、ものすごく衝撃を受けたんです。すぐに私たちも『作りたい』と思い、見よう見まねで活動を始めました。ちょうどその頃はメイカームーブメントの黎明期で、私たちは電子工作やプログラミングによるものづくりのイベント『Make: Tokyo Meeting 05』に初出展しました。当時は企業のエンジニアの方などが多かった中で、私たちの活動は少し異質に見えたかもしれませんね。ただ、当人としては『デジタルと手芸を組み合わせる新しい文化を広げる一助になれば』という思いで活動していました」

大川「矢島さんの活動は、単なるワークショップや作品制作に留まらず、『電子手芸』という新しい文化そのものを作っているように感じます」

矢島「私自身が文化を作ったとは全く思っていなくて、先達の方々が切り拓いた文化を、より多くの人に広げるための基地になれれば、と考えています。ものづくりが民主化している今、お子さんたちに『自分が作りたい世界は自分の手で作れる』という可能性を伝えたいんです。それが、将来理系を選んだり、様々な道に進んだりする選択肢を広げることに繋がると信じて活動しています」

機能ではなく「物語」をデザインする。Yolniのナラティブな設計思考と世界観

大川「Yolniの開発が始まる直接のきっかけは何だったのでしょうか」

矢島「2016年に、Google社の主催するAndroidと連携するデバイスのコンテスト『Android Experiments OBJECT』に参加したのが始まりです。当時、3G回線に繋がる基板があり、この基板を使えば、電話ができる防犯ブザーが作れるんじゃないかと思いついて、『それ面白いね』となりました。締め切りが1日後だったのですが、急いで企画を立てて応募したら、ファイナリストに選ばれたんです。ところが、追加課題として3Dデータの提出を求められ、当時の私たちにはそのスキルがありませんでした。そこで『もう、現物を作っちゃおう!』と(笑)。秋葉原で部品を買い集め、夜な夜なハンダ付けをして泥臭くプロトタイプを作り上げました。この時の手作り感や、まず動くものを作ってみるという精神が、私たちのものづくりの原点になっています」

大川「まさにプロトタイピングの精神ですね。Yolniは一般的な防犯ブザーと一線を画すコンセプトですが、その設計思想はどのようにして生まれたのでしょうか」

矢島「コンテストの後、本格的に製品化を目指す中でユーザーインタビューを重ねました。そこで分かったのは、多くの人が被害に遭った直後に、知らない警察官にすぐ通報することへためらいを感じている、ということでした。『まずは信頼できる家族や友人に状況を伝えたい』という声が、私たちのプロダクトの核になりました。また、『後ろから人が来たけど、スマホの着信音が鳴ったフリをしたら相手が離れていった』といった、具体的な日常の物語をチームで出し合い、その場面でユーザーがどう感じるか、どう行動したいかを徹底的に議論しています。単に機能を追加するのではなく、ユーザーの感情や物語に寄り添うことを何よりも大切にしています」

大川「創業から9年間、同じ4人のチームで開発を続けることができたのはなぜでしょうか」

※出典:Yolni株式会社公式HP

矢島「私たちは、自分たちのペースで地に足をつけた開発をしよう、と決めていました。これは初期のメイカームーブメントの精神にも通じるかもしれません。全員が創業者であり、意思決定は必ず4人全員で行います。毎週定例会を開き、議論を重ねる。時間はかかりますが、誰かに急かされることなく、こだわりを捨てずにこられたのは、このスタイルだったからだと思います。メンバーとはもともと友人や先輩後輩という関係性があったので、信頼をベースに9年間やってこられました」

大川「プロダクトの向かうべき方向性などを決める時、チームとして大切にしているルールはありますか」

矢島「明文化された厳しいルールはありませんが、会社のフィロソフィーとビジョンは非常に大切にしています。代表がデザイン思考の専門家ということもあり、会社の哲学を記したものをメンバー全員がデスクの横に貼っているんです。リモートで会議をしていて、議論の方向性が少しずれたなと感じた時には、その哲学に立ち返って、目指すべき方向を改めて確認するようにしています」

アイデアをプロダクトとして形にするまでの、試行錯誤の道のり

大川「9年間で、プロトタイプはどのくらい作られたのでしょうか」

矢島「細かいバージョンの違いも含めると、おそらく100回近くは試作を繰り返していると思います。通信モジュールが新しいものに変わったり、センサーが小型化したりといった技術的な変化に対応する必要もありましたし、筐体の形状も3Dプリンターで何度も出力して、最適な形を探りました。ただ、形ができたとしても、この部品構成だと量産したら赤字になってしまう、などという厳しい現実に直面します。性能が良い部品を見つけても、さらに安く買えるパートナーを探し回ったりして、常にコストとの戦いでもありました」

大川「ハードウェアの開発において、特に時間と労力をかけたこだわりの部分を教えてください」

矢島「スイッチの押し心地にはこだわりました。ボタンのどこを押しても均等に反応するように、内部に特殊なスポンジを入れるという工夫をしているのですが、その最適解を見つけるのに1年ほどかかりました。あとは、本体とバッグなどを繋ぐストラップです。これも1年以上試行錯誤しましたね。引き抜いて使う時の耐久性はもちろんですが、ストラップを付けたままでもスムーズに電池交換ができる形状や素材である必要がありました。様々な素材を試し、最終的にFABRIK®というレザーブランドと出会うことで、ようやく理想の形にたどり着きました」

大川「ストラップをつけたまま、中の電池を変えられるという機構は面白いですね」

矢島「いざという時に『電池が切れていて使えない』というのが一番怖いので、そこも徹底的にこだわりました。当初、機構設計のパートナーからはネジ止めを提案されたのですが、それだと工具がないと交換できませんよね。電池が切れた際には、コンビニで電池を買って、その場で誰でもすぐに交換できるという体験が、ユーザーの安心にとって重要だと考え、ネジ止めではない現在の形にしてもらいました」

挑戦は「作って売って終わり」ではない。Yolniが見据える、その先の未来

大川「Yolniは防犯製品としては珍しく、危機感を煽らないアプローチを取っていると感じます。その意図を詳しく教えてください」

矢島「一般的な防犯製品は、どうしても『怖いから持つ』『不安だから買う』という動機に繋がりがちです。でも私たちは、Yolniをそういう存在にしたくありませんでした。Yolniが目指すのは、綺麗なアクセサリーや新しいバッグを身につけた時のような、自分に自信を与えてくれるお守りのような存在です。これを持っているから、夜桜を見に散歩しようとか、少しお洒落してバーに行ってみようとか、夜の時間を前向きに、自分らしく楽しむきっかけになってほしい。だから私たちとしては、不安への対策を売るのではなく、美しく夜を守ることで、夜の素敵な時間を手に入れるというポジティブな体験を届けたいと思っています」

大川「9年という歳月を経て、今このタイミングでローンチを決断した理由は何でしょうか」

矢島「まさに『機が熟した』という言葉がぴったりです。ハードウェアの面では、量産のラインを動かせる見通しが立ち、こだわっていたストラップの製造パートナーも見つかりました。ソフトウェアの面でも、生成AIなどの技術を活用することで、よりユーザーひとりひとりにパーソナライズされた機能を提供できるタイミングになりました。ハードとソフト、両方の準備がようやく整ったのが今、ということです。ただ、本格的な量産にはまだまだ資金が必要です。現在クラウドファンディングを実施していますが、私たちの想いに共感し、応援してくださる方が増えていくとうれしいですね」

大川「最後に、Yolniが目指す今後のビジョンについてお聞かせください」

矢島「Yolniを多くの人に届けたいのはもちろんですが、私たちの挑戦はプロダクトを作って売って終わり、ではありません。将来的には、個人が持つYolniが街の自動販売機や街灯と連携するような、『街づくり』へと繋げていきたいと考えています。夜を美しく守るというコンセプトを、個人だけでなく街全体へと広げていくイメージです。安全を守ることにとどまらず、街歩きそのものがもっと楽しく、冒険に満ちたものになるような世界を実現したいです。そのために、まずはこのプロダクトを信頼できるサービスとして長く続けていく覚悟を持って、取り組んでいきたいと思っています」

■取材後記

防犯アクセサリーYolniは、とてもシンプルで美しい形状をしています。しかし、矢島氏の話を伺ううちに、その滑らかな曲線の裏に隠された思考の密度と、試行錯誤の熱量に圧倒されました。「機能ではなく、物語をデザインする。不安ではなく、自信を届ける」という一貫した哲学に基づき、短期的な利益や流行を追うのではなく、自分たちが本当に作りたい世界を、ただひたすらに追い求め続けた9年間の結晶が、Yolniというプロダクトなのだと感じました。
Yolniをはじめ、多くの活動を通して今後も続いていく矢島氏の挑戦が、これからどのような未来を私たちの社会に届けてくれるのか、心から楽しみに感じています。

 
矢島 佳澄氏(やじま・かすみ)Yolni株式会社 取締役
2012年慶應義塾大学環境情報学部卒業。2015年東京藝術大学大学院映像研究科メディア映像専攻修了。2015年に合同会社techika(テチカ) を設立。代表社員をつとめる。電子工作・手芸・プログラミングを組み合わせて、ワークショップの運営や展示作品制作、工業製品のプロトタイプ製作などを行っている。乙女電芸部というグループを主宰し、「毎日がちょっと楽しくなる『自分のためのものづくり』をしよう!」を合言葉に、手芸と電子工作を組み合わせたワークショップを、全国の科学館やMaker Faireで実施するほか、makezine.jpにて「おとでん通信」を連載している。2019年より慶應義塾大学環境情報学部非常勤講師、2021年より武蔵野美術大学非常勤講師・女子美術大学非常勤講師をつとめ、電子工作の授業を担当している。2016年にIoT防犯アクセサリー「しっぽコール」の開発を開始。その後Yolniに名前を変え、2023年3月に、東京都立産業技術研究センター主催のTokyoものづくりMovement2023において最優秀賞を受賞し、それをきっかけに2023年4月にYolni株式会社を創業。Startup Hub Tokyo TAMA コンシェルジュ。TIB FAB会員。
 
聞き手 大川 真司(おおかわ・まさし)データのじかん主筆
IT企業を経て三菱総合研究所に約12年在籍し2018年から現職。専門はデジタル化による産業・企業構造転換、製造業のデジタルサービス事業、中小企業のデジタル化。(一社)エッジプラットフォームコンソーシアム理事、東京商工会議所ものづくり専門家WG座長、ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会 中堅中小AG副主査、イノベーション・ラボラトリ(i.lab)、リアクタージャパン、Garage Sumida研究所、Factory Art Museum TOYAMAを兼務。官公庁・自治体・経済団体等での講演、新聞・雑誌の寄稿多数。直近の出版物は「アイデアをカタチにする!M5Stack入門&実践ガイド」(大川真史編、技術評論社)
 
執筆 羽守 ゆき(はもり・ゆき)
大学を卒業後、大手IT企業に就職。システム開発、営業を経て、企業のデータ活用を支援するITコンサルタントとして10年超のキャリアを積む。官公庁、金融、メディア、メーカー、小売など携わったプロジェクトは多岐にわたる。2児の母になった現在もITコンサルタントに従事しつつ、ライターとしても活動中。
 

(取材・TEXT:羽守ゆき PHOTO:渡邉大智 編集:藤冨啓之)

 

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