非効率な商談準備や属人的な営業活動、勘や経験にもとづくマネジメントなど、従来の営業組織からの脱却が、求められています。属人化していた営業を、データを活用して組織化する「営業DX」は、どのように進めていけばよいのでしょうか。
ウイングアーク1stでは、2016年ごろから「データ駆動型の組織」への変革を進め、商材を変更することなく、営業成果をV字回復しました。
1月27日に開催された株式会社ナレッジワーク主催のウェビナーでは、株式会社ナレッジワークCEOの麻野耕司氏をモデレーターに、ウイングアーク1st 執行役員 マーケティング本部長の職務に就く久我温紀が、「営業データを活用したマネジメント&組織論」について講演しました。その内容をお届けします。
「労働人口:12%減少(2020〜35年)」「転職者数:155%増加(2010〜19年)」「生産性:米国の58%(2021年調査)」など、人的資本の不足・生産性の課題にまつわるデータを論拠に、久我は「賃金上昇の圧力もかかる中、限られた資源を有効に活用し、生産を拡大しなければならない」と営業組織の変革の必要性を述べます。そしてその解決手段として「データドリブン」を掲げました。
データドリブンとは「目的達成に必要なデータを収集・分析して意思決定・活用を行うプロセスとサイクル」です。
「その潜在価値の試算額は日本のGDPの約3倍=1500兆円とも言われています。投資対効果も高く、データドリブンの“フロントランナー”であれば5〜7年で投資回収が可能。しかし“ラガード(遅延層)”になってしまうと投資回収ができません。日本企業の中でも人員構成比が比較的高い『営業』『マーケティング』は、データドリブンの成果が最も見込める領域です。データドリブンを実装することで、『エビデンスをもとにPDCAを回していける』『組織知が蓄積される』『自動化』『組織連携』などを期待できます」(久我)
さらに久我は、データドリブンを導入した組織の「マネジメント」について解説を加えました。そもそもマネジメントの狙いは「投資(=インプット)」を「売上(=アウトプット)」につなげていくことにあります。売り上げは、結果として出てくるものであるためコントロールするのは難しく、前段階のプロセスをコントロールする必要があります。
「例えば、売上を分解すると次スライドのようになります。ここでは『自組織のパフォーマンスを上げるパラメーターがどこにあるか・どこを重視するか』の観点が必要です。他方、投資のマネジメントでは『自分たちが持つ経営資源をいかに効果的に投資するか』という概念が必要になります」(久我)
「現在地から目標に行くまでの道筋には、必ず期限とギャップ(必要な成果)があります。それらを成すための手段が『戦略』です。その戦略に経営資源を投資しそれを管理するための指標が『KPI』です。データドリブンはそうしたマネジメントの要素を整理・可視化し、運用しやすい状態へと転換してくれます」(久我)
ウイングアーク1stには過去、2期連続営業未達成の時期がありました。2012〜14年がその停滞期に当たります。
とりわけ営業部門の新規販売数(営業成果)は停滞期中ずっと右肩下がりで、営業職の大量退職も起こりました。しかし15年からは商材を変更することなくV字回復を達成。それは、営業組織改革により「データ駆動型の組織」へと変革したことによって成し遂げたものでした。
久我は、当時を振り返り「事実やデータにもとづかない報告がされていた」と話します。
「マネジメント側はその報告をもとに組織の状況を把握しようとしますが、事実や情報が歯抜け(不十分な)状態では正確には捉えられません。そのような状況で、議論して取り急ぎの方針を出していたため、たとえ成果が出ても因果が分からないため、再現できない。そのような状態でした。これは多くの営業組織に共通する課題なのではないでしょうか」(久我)
下のスライドは、ウイングアーク1stの2期連続営業未達成時期の営業組織での数値報告の状況です。
「営業部の部下は日頃からExcelで案件管理を行い、その報告を受ける上司は自部門の成果をさらに上の上司に報告しなければならないためPowerPointで資料を作成します。しかし資料には上司自らの着地見込みも加わり、情報の変質が発生していました。かつ、情報変質が起こったPowerPoint資料上の数値がSFAに入力されるため、正しい情報の社内共有もなされません。まさしく『報告のための報告』『経営資源の無駄遣い』の状況に陥っていたといえるかと思います」(久我)
もう1つ問題視されていたのが、営業部社員の業務効率化でした。当時(2014年)の営業の活動時間を分析すると、全体に占める商談時間の割合はわずか34%。移動時間(19%)、事務(21%)、会議(10%)などが後に続きます。営業活動に直接的には結びつかない他の活動時間を省力化し、営業部のミッション=商談時間を捻出していく必要がありました。
これらを踏まえ、当時の営業組織が目指すべき状態は「案件管理の徹底→正確な状況把握→根拠にもとづく方針策定→PDCAサイクルとシステム化→リアルタイム性の向上→営業組織のパフォーマンス改善」とつなげていくことだと仮説を立て、以下の取り組みを実行しました。
①データドリブンで達成したい目的を明確にする
・売上目標の達成、パフォーマンス向上
・正確な状況をリアルタイムで把握し、マネジメントを可能にする
②必要なデータを収集・分析できる状態を整える
・売上構造を再点検し、組織の役割と管理指標を定める
・必要なデータ収集の仕組みを決定(ツールやシステム化の検討)
・システム導入や運用を含めた専任体制を構築
③データに基づき意思決定するプロセスを定着させる
・Excelの管理、PowerPointの報告を廃止
・ダッシュボードの数字にもとづき意思決定を行う
・営業の予算報告や週報の自動化、経営〜現場への自動配信
「特に影響が大きかったのは、ExcelとPowerPointを撤廃したことです。現在は、経営会議の場では数値・進捗状況の全てをダッシュボードから確認。営業部がSFAやCRMにデータ入力しないとダッシュボード上で確認ができないルールにしています。最初はやはり入力してくれない社員もいましたが、半年〜9カ月間くらいで定着しました。非常にシンプルで美しい構造になったと思います」(久我)
コンサルティング領域ではたびたび、データ活用やデータドリブン組織の理想像が「空・雨・傘」で例えられます。「空が曇っているから、雨が降りそう。だから傘を持っていこう」。これをデータドリブンに置き換えると「○○という事実があるから、○○という状態になりそう。だから○○を実施しよう」となります。つまり、事実により予想が可能となり、的確な判断ができるようになるということです。
「先ほども述べましたが、私たちもかつては不明瞭な現状から『この状況はやばいよね』と、『ああでもない、こうでもない』と議論する機会が多かった。しかしデータが整備・可視化されてからは、今置かれている状況がよく分かるようになり、『この先どうなる?』という事実にもとづいた予測から議論をスタートできるようになりました。これは非常に大きな違いです」(久我)
データドリブンでチームワークが向上すれば、社員同士・部門同士が自律的に助け合う機運も生まれます。例えば、あるチームのパイプライン(商談から受注までの業務)が減ったとしても、他のチームがいち早くそれに気づきサポートしています。組織の機動力も向上し、継続的な組織改善のプロセスも高速化。また日常業務に散在していた細かな業務が自動化あるいは廃止され、組織にかかるストレスのようなものがなくなりました。数値変化を見るとデータドリブンの効果は絶大で、報告作業は7500時間削減、会議も1500時間削減。売上110%、見込135%を達成しています。
「2014年度からのマネジメントやセールスの経験がデータとして蓄積されているため、今ではそれらデータからの売上予測・人材配置(キャパシティプラン)もできています。ウェブでの会議・商談の様子もデータとして残し新人教育にも活用中です。これらは1人のマネジャーが代わっても、ずっと残っていく組織のナレッジです。データの蓄積が組織の武器になっていくのです」(久我)
ウイングアーク1stではこれらのデータ活用に自社製品を含むさまざまなサービスを導入しています。
「かつてのシステム導入では情報システム部門(情シス)へ導入申請手続きを行い、希望するシステムを情シスに用意してもらっていました。情シス部=アプリの“提供者”、営業部門=“利用者”の役割分担です。しかし情シスは元来ITの専門家であり、現場の要件には疎いのが現実です。情シスが用意したダッシュボードを使いながらも、『使いにくい』と感じている営業部門も多いのではないでしょうか」(久我)
この課題に対してはクラウドサービスを活用することで、解説を図れます。「情シス=専門性を活用したプラットフォームの提供・運用者」「営業=必要な要件を知る現場が自ら仕組みをつくる部隊」という新たな役割分担が構築され、お互いの強みを存分に生かせるようになります。
久我は「DXの課題の1つは人材です。当社のDXは派遣社員による1人体制でスタートしました。クラウドサービスを活用することで、このようなスモールスタートが切れる点もデータドリブンの良き点だと思います」と話し、最後にデータドリブンによる組織変革の要点を3点にまとめました。
・レベニュープロセスの可視化
専任のデータマネジメントチームによる組織全体の活動状況とROIのモニタリング
・データドリブンな組織マネジメント
経験・勘・度胸に加えてデータやエビデンスによる状況把握により意思決定を高度化
・アジャイルな組織
自動化・省人化を実現し効率化に加え、リアルタイムマネジメントと高速PDCAを実現する組織へ
久我の講演を受け、本ウェビナーモデレーターである株式会社ナレッジワークCEOの麻野耕司氏は「データ活用は“総論賛成だけど各論は反対!”みたいなことにもなりがち。今日のお話で非常に具体的なイメージが湧いた」とコメントしました。さらに久我には「データ以外の部分で営業組織変革への有効策はあったか?」と質問。これに対して久我は「組織文化の変革と、教育の変革」の2つを挙げました。
「組織文化を変えていこう、という話をしました。何しろ当時の営業部は“負け癖”がつき、気持ちで負けていました。『頑張ってもどうせ目標を達成できない』という空気が充満していたように思います。それを変えるべく新たな営業組織をつくるためのチームを立ち上げ、その中でこれからの営業を明文化していきました。現在は、『ナレッジワーク』などを使い、ノウハウを蓄積して組織の武器へと変えていく仕組みづくりを進めています。労働人口が減り人材の流動性は高くなる中、入社した社員が自社商材をしっかり提案できるようにするためにも、とても重要な取り組みになると考えています」(久我)
麻野 耕司 氏
株式会社ナレッジワーク CEO
ナレッジワーク CEO。2003年 慶應義塾大学法学部卒業。同年、株式会社リンクアンドモチベーション入社。2016年、国内初の組織改善クラウド「モチベーションクラウド」立ち上げ。国内HR Techの牽引役として注目を集める。2018年、同社取締役に着任。2020年4月、「できる喜びが巡る日々を届ける」をミッションに、株式会社ナレッジワークを創業。 2022年4月、「みんなが売れる営業になる」セールスイネーブルメントクラウド「ナレッジワーク」をリリース。著書:『NEW SALES』 (ダイヤモンド社)、『THE TEAM』 (幻冬舎)、『すべての組織は変えられる』(PHP研究所)
久我 温紀
ウイングアーク1st株式会社 執行役員 マーケティング本部長
セールス&レベニューエヴァンジェリスト
ウイングアーク創業時に事業へ参画。法人向けソフトウェアのアカウントセールスとして5期連続トップセールスを達成し、マネージャーに最年少で就任。成績不振の営業部門の再建に関わり全部門予算達成を実現、過去最大の事業成長を牽引する。2016年 営業統括責任者に就任。2017年 経営戦略担当を兼任し、2018年よりマーケティング統括責任者。2019年9月より現職。セールス&レベニューエヴァンジェリストとして、メディアへの寄稿や講演等を行う。最近の寄稿にSalesZineの「“データドリブンな営業投資”とは」など。
(TEXT・取材: MGT 編集:野島光太郎)
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