経済産業省が「DXレポート」を発表してから早くも6年が経ち、幅広い産業においてDXという言葉が定着したといっても過言ではないのではないでしょう。一方、DXの推進やデジタル化といった言葉が一人歩きして、「なにやればいいのか」「どうすればいいのか」「そもそも自分に関係があるのか」とDXやデジタル化との距離間を測りかねている人も少なくないのではないでしょうか。
そんな人におすすめのイベント「身の丈DXワークショップで学ぶ『現場主導のデジタル化』」が、2024年1月26日に名古屋で開催されました。データのじかんの主筆の大川による同ワークショップでは、アイデアの検討から発表・共有、進め方やコアとなる人材の育て方まで、「DX・デジタル化のハードルを下げる」ことが大きなポイントです。会場では約30名の参加者の方々からは「あるある」な課題からユニークなものまで、始終和やかな雰囲気で積極的な意見が交わされました。
冒頭は会場をお借りした「コラボベース NAGOYA」のコミュニティマネージャーの藤井麻由さんのご挨拶から始まり、オープニングとして「nest」と「nest中部Working Group」の活動紹介が、nest中部リーダーである株式会社買取王国の永坂通康さんと同じくnest中部リーダーである株式会社木村鋳造所 鈴木泰地さんより行われました。
コラボベース NAGOYA
株式会社コラボスタイル(愛知県名古屋市)が提供している会員制コミュニティスペース。同社のオフィスの約半分のスペースを開放しており、「ワークスタイルの未来を切り拓く」という理念に共感するメンバーが集い、共創活動を行う実証実験の場。様々なコミュニティの活動拠点にもなっている。
コラボスペース公式サイト
今回はセミナー会場の雰囲気をそのままに、データのじかんの読者の方も今からできる「現場主導のデジタル化」の考え方と実践方法を紹介します。
ユーザーコミュニティ「nest」
ウイングアーク1stの製品・サービスを利用していただいている方々の成功を支援する活動。ポータルサイトでスタッフやユーザー同士の交流する「nest Membership Portal」。 ユーザー主導型コミュニティで課題共有・解決を図る「nest Working Group」。企業と個人のサクセスストーリーをお届けする 「nest Success Story」。製品開発、事業企画のメンバーとユーザーが直接意見交換する 「nest Round Table」の4つのコンテンツをつうじて成功への近道をサポートしている。
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本ワークショップではキーワードである「身の丈」の感覚をインプットするために、5つの身の丈DXの事例が紹介されました。まずはイベント冒頭で登壇した「現場主導のデジタル化」を実現した株式会社アイサンテクノロジーの豊田聡さんと、大川が事例紹介した株式会社タカハシの2例から身の丈感をイメージしてみましょう。
アイサンテクノロジー株式会社
1970年創業で愛知県名古屋市に本社を置く。公共測量・登記測量・土木建設業向けCADシステムの設計・開発・販売及びサポート業務を手掛けており、長年培った高精度の測量技術・ノウハウを活かした自動運転分野へも進出している。
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豊田 聡さん(以下、敬称略)
「まずご紹介したいのは、私を含めた管理部門の方々の悩みの種である『集計』に関する現場主導のデジタル化の事例です。今の会社に転職した十数年前の頃、引き継ぎ資料などもなくいきなり管理業務を任されたのが始まりでした。幸い、伝票などの資料のデータベースはあったものの、集計して『今どのくらいなのか』というところまでなかなか見えていませんでした」
そこで豊田さんは、まずはExcelを使った集計作業に着手。膨大な量の情報を整理するために毎晩、夜中まで必死に手作業を繰り返していたといいます。
豊田「Excelとはいえ基本的にマンパワーなので、やっぱりミスも多かったうえ、私自身も『このままいくといつ倒れるか分からん』と常に思っていました。そこで個人用にWebの集計システムを作ってみることにしたのです。これが現場主導のデジタル化や身の丈DXに通じる最初のアクションだったと思います。当時、集計システムを自作したのは実は会社にはこっそりとでしたが(笑)」
集計システムを自作したことで、従来は営業に週1回共有していた集計結果をリアルタイムで共有できるようになるなどの改善が図れたといいます。その結果、こっそりつくったはずのツールが半ば会社公式ツールのように扱われるようになりました。しばらくは同じシステムで問題はなかったといいますが、次第に新たな課題や改善を図る必要が出てきました。
豊田「いくつか課題はありましたが、代表的なのは個人的に使うために作ったシステムなので、私個人にUIやUX、システム運用の仕組みが属人化してしまっていたことでした。そこで自作ではなく、プロが制作したツールを探し始めてウィングアーク1stが提供しているMotionBoard(モーションボード)を導入する流れになりました。ここが大きな転換点となり、都度、MotionBoardの機能を使い、サービスを受けながら最適化していくという流れに乗れましたね」
自分自身の集計作業を改善するために、まずはこっそりつくったWeb集計システムを運用して営業の「毎日伝票データの集計が見たい」という要望に応え、誰もが使えるシステムの導入につなげていく。少しずつより多く、より広くDXを実現する豊田さんの取り組みは、まさに身の丈DXといえるのではないでしょうか。会場からも「一人でシステムを作ったのがまず凄いが、それをみんなが使えるように変えていく姿勢を見習いたい」という声も上がっていました。
荒川区にある昔ながらの加工屋の株式会社タカハシの身の丈DXの事例です。従業員が5名程度の中小零細企業で、そのほとんどが高齢女性というのもDXやデジタル化とは距離感が遠い企業だと感じてしまいがちではないでしょうか。そのようななか、同社の社長が開発言語「COBOL」の権威に出会ったことで自らも独学で同言語を習得し、製造/SCMシステムを開発したのです。システムを作ったのは良いものの、このままでは誰も使ってくれないのは目に見えています。それでもせっかく開発したシステムを使用してもらうと、社長は様々な現場の声をくみ取りながら環境を整備していきます。
大川「最終的に同社は現場で使用する資材や作業予定、進捗、実績などのすべての情報をバーコードで管理することで、現実と情報が一致する『現情管理』を可能にする体制の構築を実現しました。ただ、その経過には『バーコードが読み取りづらい』、『キーボードのどのキーを打てばいいか分からない』、『画面上のフィールドとキーボードの色が一致しない』、『スマホに慣れているため従業員が画面をタッチしてしまう』といった現場からの声に一つひとつ対応していったというわけです。その方法も身の丈感満載ですよ」
同社の社長は①使用しないキーを全て抜く②フィールドと対応した色のフェルトで抜いたキーの跡を塞ぐ③画面に短焦点カメラを設置し、疑似的なタッチパネルをつくる④工場の計10箇所以上に、①~③などを施したPCを設置する。といったある意味、力技のような施策を打ち出してようやく「身の丈DX」を実現したのです。
大川「一見するといびつに思えるシステムの組み合わせですが、この会社の従業員の方には最適なUI/UXであったのです。いびつに思った感覚は現場で働いていないから起きたものなのです。ユーザーじゃない人の『使いやすい』は実際には使いにくいものですし、ユーザーじゃない人が何を言ってもユーザーが使いやすければ良いのだと確信しました。ぜひ皆さんにも意識して欲しいですね」
その他事例の「身の丈」ポイント
・プログラミング未経験の人が主導している
・画像AIの学習のために2万5000枚の商品を自力で撮影するなど、アナログな「力技」の手法が功を成した
・AIが入口になり、高齢のスタッフたちがシステム思考に自然と変化した
・同業などの同じ悩みを抱える業者向けに自社向けだったサービスを展開
いずれの事例もデジタル化に取り組むきっかけは現場で生じる身近な課題であり、その中心人物もITの知識や経験は少ない方ばかり。そのアプローチ方法もスマートなものばかりではなくカタチも様々で、まさにかしこまらない「身の丈DX」を体現しています。皆さんも少しでも「できるかも」と思えたなら、ぜひワークショップの振り返りを実践してみてください。
大川「身の丈DXでとにかく大事なのは、皆さんも含めた『一人のユーザー』です。そのユーザーが収集したデータをダッシュボードで確認して、何かアクションしなければならなくなったときにふさわしいデータの『見せ方』と現場の『作り方』を身に着けておくことが重要だと考えています。今回のワークショップではそのための入口と出口を学んでいきましょう」
ワークショップは、アイデア検討①(個人ワーク)、アイデア検討②(グループワーク)、発表・共有の3つのセクションが設けられています。その内容とポイント、さらに会場でどのような声が上がったのかお伝えします。誰でも今すぐ、実践できる内容なのでぜひ皆さんもメモもしくは大き目の付箋を片手に実践しながら読んでみてください。
まずは個人ワークからスタートです。各5~6人程度のテーブルに分かれて簡単な自己紹介と名刺交換が行われた後、各人に異なる色の付箋が配られました。その付箋にそれぞれが「現場の判断やアクションに役立つ情報」のキーワードにまとめて、5分間で最低でも5つ以上、記入していきます。
大川「重要なのは仕組みややり方、システム、在り方、実現する方法といった具体的なことは『全く考えないこと』です。もちろん、皆さんの考えに正解や不正解もありません。まずは自分自身や自分の職場のことからアイデアを考えていきましょう。何もなくなったら取引先やパートナー先などに広げても問題ありませんが、なるべく『自分事』で考えることが大切です。自分や後輩が痛みを感じている要素から書き上げていきましょう。その際『日常』、『ツール』、『事例』の3つの観点から振り返っていくと、アイデアを思い浮かべやすくなります」
個人のワークショップの次は、いよいよワークショップのスタートです。模造紙を以下の項目で区分し、個々のアイデアを貼り付けていきましょう。その際、最初の一人は付箋を1枚だけ貼り、その内容を説明してください。その後、1枚目の内容に関連するアイデアがあればその付箋の下に貼り付けながら順々に説明していきます。関連するアイデアがなくなったら、新しい付箋を貼り付ける……。といった作業を繰り返します。
上記の班では、以下のような「あるある」なアイデアが展開されていきました。
Eグループの例
①スケジュールの候補日調整が難しい
②部内の人がどこにいるのか分からない
③(テレワーク時の)出社スケジュール確認が手間
④チーム全員の進捗が確認できない
⑤昼休みに電話をかけてくる人がいる
そのほかには「チャットやメールの使用頻度が人によって異なる」や「チャットをしたのに電話をしてくる人がいる」といったアイデアも盛り上がっていました。日常、ツール、事例のなかでも特に日常のアイデアから共感が生まれていた様子でした。
ワークショップの後段は席替えからスタート。アイデアを貼り付けたアイデアはそのまま、7卓を囲んでいた参加者の方々は、各卓に一人いるウイングアーク1stの社員を残して総入れ替えになりました。自己紹介の後、ウイングアーク1stの社員から前の卓が作成しアイデアについて概要を説明受け、参加者の方々はポストイットに対して共感する部分などがあれば「あるある!」や「なるほど!」という付箋を貼り付けていきます。
大川「できるだけ、どんなことが『ある』のか。何に対して『なるほど』と思ったのか、具体的に文字や言葉にしながら貼り付けていきましょう。説明が難しい場合は『あるある!』だけでも構いません。そしてもし可能であれば、共感したポストイットに対してどうすれば実現できるのかも考えられたらベストです」
先に例に挙げたポストイットについては、すぐに「あるある!」という共有が生まれました。さらに関連付いて「⑥昼休みに業者がやってくる」といった身近な課題などがさらにポストイットされていきました。計10分という短い時間ですが、各席ごとにコミュニケーションが盛り上がっており、その内容、切り口は様々。他のグループのアイデアであっても、共感する部分やそこから生まれるアイデア、新たに発見する課題などが和気あいあいとした雰囲気のなかで次々とポストイットされていました。
グループワークの最後は、ステップ2でテーブル内で共有したことをまとめたことを他のテーブルの人たちにも共有します。発表するトピックは3つ程度が目安でした。改善案を提案したテーブルもあれば、そこまで辿り付けはできなかったものの課題に強く共感して「皆さんにもぜひ一緒に考えてほしい」と訴える人もいるなど、取材をしていて本当に「正解のない」発表になっていたと感じました。
共感・課題・共有 | 解決案・ツール |
緊急時のためにトイレの空き状況を見える化してほしい | センサーを使って使用状況を確認し、ブラウザで見れるようにするなど社内でもどのトイレが空いているか把握することはできないか |
名刺交換しても後日、相手の顔を思い出せないことがある | 動画のようなものを残しておいて、ドラゴンボールに登場する「スカウター」のようなデバイスを通じて瞬時に再生できるととても便利になる |
改善資料などを作成して展開しても途中で止まってしまい、作業者などに届いていないことがある | SNSやデジタルサイネージで素早く公開・共有できるシステムを構築したい |
上司がITツールなどに関する興味関心がなく、何をするにも「費用対効果を出せ」と言われる。このようなときの対処法を教えて欲しい | – |
車両日報の作成が手書きで手間がかかる | GPSやログデータを収集して自動化が図れるのでは |
休みをとるときに言い出しづらい雰囲気がある | 「休みたいボタン」で簡単かつシステマチックに休暇申請できれば心理的な負担も軽くなるのでは |
午前中のモチベーションをアップしたい | 元気の源は食事から。「社食」のメニューや栄養素を可視化することでモチベーション向上につながると共感 |
実に多様な観点からの発表があり、普段のワークショップと比べるとテーブル同士で被る内容も少なかったようです。それでも発表中は自然と相槌が起こったり、笑い声があがるなど関心を引く内容が多かったと感じました。ちなみにEグループの発表はどのようなものだったのか、例に挙げてみましょう。
「私たちのグループでは改善案がすごく出たというわけではなく、どちらかというと『共感の嵐』でした。例えば、昼休みに電話をかけてくる人がいる、チャットをしたにも関わらず電話をかけてくる人がいるというというポストイットにはほぼ全員がすごく共感する人がいました。未だに電話文化は残っていて、ビジネスチャットツールなどを導入したとしても個々の使い方について、会社や個人単位で共通する課題があるのだと改めて気付きました」
ワークショップによって数十のアイデアが生まれて共有されました。このアイデアについてどう取り組んでいくべきかという、「出口」の話も気になるポイントです。キーワードは「試行錯誤」です。大川曰く、試行錯誤とは見直しと改善を繰り返すことであり、その先にデータに基づく判断やアクションに最適なUXを見つけることができるというのです。
「当たり前ですが試行錯誤は、失敗して当然でありむしろ『失敗しなければ試行錯誤ではありません』。アジャイルにやりましょう!と言っても本当に失敗が許される会社はそう多くありません。実際、ツールアプリを導入したあとに後の活用定着の取り組みを国別で調査したデータがありまして、操作マニュアルの作成や社内説明会の実施といった施策の数は日本とドイツやアメリカではほとんど変わりません。唯一、大きく変わるのはUI・UXの改良改善の維持で、日本では導入した後に改善する企業の割合が顕著に少ないのです」
だからこそ、現場の当事者が主導して改善を図ることが重要なのだと本ワークショップの内容と紹介された事例を振り返り、私は感じました。
「あくまで個人的な意見ですが、計画書を作成したときに『これをやるために』とか『これが成果です』と書いてあるものより、当初は考えてもいなかった副次的な効果の方が遥かに意味があると感じています。例えば受付を自動化して無人化を達成したというよりも、その現場の人たちがシステム的に物事を考えられるようになったということの方が、現場としては遥かに良いですよね」
大川曰く、成功事例に共有する取り組みの最初期のイメージは「インターネットなどに転がっている情報を頼りに真似てやってみる」ということ。逆に、まずはプログラミング教室に通い始めたり、資格取得を目指したりする人は、現場でデジタル化を主導した人の中には一例もなかったようです。まずは手を動かして試行錯誤を重ね、最適な手段が見つかった後は成果の認識を「成果の認識し直し」をすることが大切といえるでしょう。
本ワークショップでは、身の丈DXを実現するための入り口を中心にその出口までを知ることができました。発表や共有のなかで意外とアイデアは身近な現場にあることを体感し、事例などではアナログ的な手法も踏まえ、まずは今あるもので試行錯誤を重ねて少し足りないもののを加えることで成果を上げることも理解できたと思います。なにより、敷居が高いと感じたDXやデジタル化に対するハードルが低くなったと感じたことが、大きな意味があると思いました。皆さんもぜひ、ワークショップの内容をまず真似てみて、現場の仕事を便利にするためのアイデアについて考えて、誰かと共有してみることから始めてはみませんか。もしかしたら考えもしなかった大きな副次的な成果にもつながるかもしれません。
デジタル化に必要な取り組みのワークショップについて、以下の記事でも釧路市での取り組みを解説しています。興味のある方はぜひ確認してください。
(取材・TEXT:藤冨啓之 PHOTO:渡邉大智 編集:野島光太郎)
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