ホフステードの6次元モデルは、人々の価値観が国民文化によってどのように異なるかを6つの次元(ものさし)でスコア化したものです。グローバルなスケールでデータを扱う際、特に人々の意識や動向に関わるものの場合は必須のデータベースといえます。さらに異文化間のコミュニケーションや組織マネジメントといった観点からも大きな示唆を与えてくれます。(第4回)
前回は、ホフステードの6次元モデルの「集団主義/個人主義」についてみてきました。今回は「女性性/男性性」です。
① 権力格差(小さい/大きい) ② 集団主義/個人主義 ③ 女性性/男性性 ④ 不確実性の回避(低い/高い) ⑤ 短期志向/長期志向 ⑥ 人生の楽しみ方(抑制的/充足的) |
Power Distance(Low/High) Collectivism/Individualism Femininity/Masculinity Uncertainty Avoidance(Low/High) Short term/Long term Indulgence(Restraint/Indulgence) |
この「女性らしさ vs. 男性らしさ」という次元(軸・ものさし)が発見されたのは、「仕事の目標」に関する多国籍間の質問で、男性と女性の間で国をまたいで一貫した差異が認められたからです。以下がその質問です。
これは直感的にわかるでしょう。前半の4つの項目が男性が重視したもので、後半の4つが女性が重視した項目です。
全般の傾向として、男性性の強い社会では男女の役割が明確に分かれており、女性性が強い社会では性別の役割が重なり合っています。いくつかの特徴をピックアップしてみましょう。
女性性 |
男性性 |
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それではスコアをみてみましょう。このように日本のスコアは突出しています。抜きん出て男性性の強い国ということになります。
他には、米国・英国・ニュージーランドといったアングロサクソン諸国、中国、香港、ドイツなども男性性の傾向をもつ社会です。また、女性性の強い国に北欧諸国が集まっているのが特徴的です。
ホフステード・インサイツ・ジャパンのファウンダーである宮森千嘉子氏は、男性性の強い日本文化について、「自らに課した目標に向かって『道を極めていく』という特徴が顕著」と述べています。そしてその例として、世界で活躍するミシュランの星付きシェフや、寿司職人の「グリット(Grit:やり抜く力)」を指摘しています。グリットとは、物事に対する情熱と、継続的な粘り強い努力を通じて目標を達成する力です。
ひと言でいえば、日本はストイックな自助努力が高く評価される社会といえるでしょう。
いっぽうで、米国プロスポーツのチアリーディング、日本の部活の女子マネジャーなど、女性が男性を支え、応援する仕組みは、男性性の強い社会にしか存在しないことを指摘しています。これは、男性と女性が果たす役割について異なるものを期待するひとつの現れです。
女性性/男性性の次元は、国の政策について次のような領域でどちらが優先されるかに影響を及ぼしています。
弱者との連帯‐強者への報酬
海外援助‐軍 事 費
環境保護‐経済成長
より具体的には、次のような違いが出てきます。
女性性 |
男性性 |
|
|
ホフステード博士は研究のなかで、女性性の強い文化がヨーロッパの北西部、デンマーク、フィンランド、ノルウェー、スウェーデンの北欧諸国とオランダに集中していることに注目しています。
これらの国々の女性性のスコアをみてみましょう。次いで、世界76か国を女性性の強い順番に並べたランキングをみていきます。
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女性性のスコア (100-男性性のスコア) |
女性性のランキング (76か国中) |
スウェーデン |
95 |
1 |
ノルウェー |
92 |
2 |
オランダ |
86 |
5 |
デンマーク |
84 |
6 |
フィンランド |
74 |
9 |
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|
|
日本 |
5 |
75 |
ここで、「世界幸福度調査(World Happiness Research)2020」をはじめとする各種のデータと突き合わせてみるとある傾向がみえてきます。
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幸福度 ランキング |
SDGs ランキング |
政府信頼度 平均41.4% |
報道自由度 ランキング |
人口 (2021年) |
スウェーデン |
7 |
3 |
39.0% |
3 |
1,042万 |
ノルウェー |
3 |
4 |
63.8% |
1 |
541万 |
オランダ |
5 |
17 |
49.1% |
4 |
1,753万 |
デンマーク |
2 |
2 |
48.8% |
5 |
586万 |
フィンランド |
1 |
1 |
61.5% |
2 |
554万 |
|
|
|
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|
|
日本 |
62 |
19 |
24.0% |
67 |
12,570万 |
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1) |
2) |
3) |
4) |
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1)世界幸福度調査(World Happiness Research)2020:このデータは2019年までに採られているため、コロナによるパンデミックやロシアによるウクライナ侵攻の影響を免れています。ランキングは、世界153か国によるものです。
2)SDGs達成度ランキング:国際的な研究組織「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク」(SDSN)が、「Sustainable Development Report」(持続可能な開発報告書)の2022版で発表したランキングです。対象は世界163か国です。
3)政府の信頼度調査:政府に対する国民の信頼度に関して、経済協力開発機構(OECD)がOECDの20か国を対象に2022年に実施したデータ。平均が41.4%で、日本の24.0%は20か国中19位です。コロナへの各国の対応で、数値にバイアスが掛かっている可能性があります。
4)世界報道自由度ランキング:国境なき記者団 (RSF) が、2002年より毎年発表している指数です。世界180か国、2019年のランクです。日本は2010年には11位にランキングしていましたが、その後の順位は急落しています。
5か国の指標は確かに素晴らしいものです。しかし、こうしたデータを比較することが主旨ではありません。ホフステード博士がたびたび忠告しているように、国民文化に優劣はなく、ただ違うだけなのだと心得るべきなのです。
北欧諸国と日本では何といっても人口のボリュームが決定的に違います。国のサイズが小さければ市民と政府の距離も短く、社会の実証実験もやりやすいでしょう。先端の施策を取り入れる社会的コストもずっと小さいはずです。
「北欧モデル」といわれ、特に働き方や環境の分野で北欧諸国の仕組みや仕方を取り入れようという気運が日本にもあります。しかし、異なるOSで開発されたアプリがそのままでは機能しないように、そのまま取り入れても定着させるのはかなり難しいと思われます。
それを受け入れる国民文化(社会の空気)が、今回みてきた「女性性/男性性」のように “そもそも違うのだ” ということを十分に考慮して、日本に移していく必要があるでしょう。ある面で水と油ほどにも違う文化を融合させて、ハイブリットな文化を醸成するくらいの構想力と、小さく始める、少しずつ始めるといったしたたかな戦略性が求められるのではないでしょうか。
ホフステード博士、およびホフステード・インサイツ・グループについて オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステード博士(1928 – 2020)は、1960年代の後半から「国民文化」という曖昧な対象をモデル化する研究に着手しました。その成果は半世紀以上にわたって引き継がれ、現在ではホフステード・インサイツ・グループが100か国以上の国と地域の文化スコアを開発し、それを活用して企業などの組織のグローバル対応支援を行っています。 |
書き手:下平博文氏
事業会社において企業理念(Corporate Philosophy)を活用した組織開発、インターナルコミュニケーション等に携わる。2018年よりフリーランスのライターとして活動。
【参考資料】 ・『多文化世界』G.ホフステード・G. J. ホフステード・M. ミンコフ(有斐閣) ・『経営戦略としての異文化適応力』宮森千嘉子・宮林隆吉(日本能率協会マネジメントセンター) ・世界幸福度ランキング2020!1位〜最下位・日本の順位低迷の原因まで解説(ESGTimes) ・SDGs達成度ランキング 日本、2022年は19位にダウン 6目標に「深刻な課題」(The Asahi Shinbun ESG Action) ・政府に対する国民の信頼度 韓国はOECD7位=日本19位(聯合ニュース) ・OECD主要国の政府信頼度(聯合ニュース) ・世界報道自由度ランキング(ウィキペディア) ・「ホフステード・インサイツ・ジャパン」 本テキストではテクニカルターム等の表記をホフステード・インサイツ・ジャパンのものに準拠しています。
(TEXT:下平博文 編集:藤冨啓之)
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