Apple、Tesla、Uber……、誰もが知るグローバル企業のある特徴を指す言葉、「フルスタックスタートアップ」を皆さんはご存じでしょうか。その概念を知ることは、スタートアップのみならず、大企業が経営戦略を見直す上でも少なからず役に立つはずです。
本記事では、「フルスタックスタートアップ」の特徴やメリット、実現課題などについてご紹介し、スタートアップや新規事業の立ち上げ、企業の競争力確保に役立つ観点や知識をお届けします。
フルスタックスタートアップ(Full-Stack Startup)とは、‟製品やサービスの提供に必要なすべての要素をフルスタック(=全部載せ)で、開発・運営・提供するスタートアップ”です。通常、スタートアップは特定の分野に特化し、大企業にその製品を売り込むなど、数多くの機能を外部に依存するのに対し、フルスタックスタートアップは可能な限り多くのプロセスを自社でコントロールします。
そのメリットとして挙げられるのが、以下のようなポイントです。
既存の慣習や文化に合わせることなく、市場に直接売り込めるため、外部パートナーやサプライチェーンの制約に左右されにくく、意思決定から実行までのスピードが向上します。また、市場の変化に柔軟に対応し、新しい技術やアイデアを最速で実装できる可能性も高まります。
製品やサービスの開発から販売、カスタマーサポートまでを一貫して自社で管理することで、ブランドの世界観を統一しやすくなります。ユーザー体験を一気通貫でコントロールすることで、ブランド価値を向上させ、独自性のあるマーケティング戦略を展開できます。たとえば、Appleがハードウェアからソフトウェア、店舗運営まで自社で統括することで、ブランドの一貫性を保っているのはその典型例でしょう。
フルスタックスタートアップはデータドリブンな企業経営にもプラスに働きます。開発、製造、販売、マーケティングなど、ビジネスの主要なプロセスを自社で管理することで、ノウハウやデータが不足なく蓄積され、企業の競争優位性につながります。特に、顧客データの活用や、プロダクト開発のフィードバックループを短縮することで、より洗練されたビジネスモデルの構築が期待されます。
外部パートナーに依存しないため、自社のビジョンに沿った戦略を自由に展開できます。価格設定、サービス設計、カスタマーサポートの品質管理などを自社で決定できるため、市場のニーズに応じた独自のビジネスモデルを構築可能。最適なビジネス環境を構築できれば、自社にしかない強みとなり、他社が介在しないことによる高い利益率の実現も期待できます。
オブジェクト指向の提唱者であり、現代のコンピュータの発展に大きく寄与したことで知られるアラン・ケイは、初期コンピュータAltoの開発に携わった後の講演で、次のような言葉を残したといいます。
“People who are really serious about software should make their own hardware.”
(ソフトウェアに対して本当に本気で取り組むなら、自身のハードウェアを作るべきだ)
この言葉は、フルスタックスタートアップの考え方と深く結びついています。ソフトウェアだけでなくハードウェア、さらにはインフラ、サービスの運用までも自社で統合的に構築・管理することは、企業が非常に高いレベルでユーザー体験を提供し、ハイスピードでイノベーションを起こし、可能な限り投資対効果を高めることを可能にするのです。
アラン・ケイの言葉が示すように、ソフトウェアの制約はハードウェアに大きく依存します。つまり、最高のソフトウェア体験を提供するには、ハードウェア設計から最適化する必要があるということです。
たとえば、Apple はOSとハードウェアの一体設計を行うことで、競争優位性を確保しています。一般的なPCメーカーがサードパーティのOS(Windowsなど)に依存するのに対し、AppleはMacOSをMacのために設計 することで、パフォーマンスとUXの両面で大きな差を生み出しました。
また、Tesla もこの思想を体現しています。従来の自動車メーカーは、エンジンや車載ソフトウェアを外部サプライヤーに頼ることが一般的でした。しかし、Teslaはバッテリー技術、ソフトウェア、AI自動運転、充電ネットワークまでも一貫して開発し、EV市場での競争優位を確立しました。
あるいは、OpenAI社CEOのサム・アルトマン氏が生成AI専用端末の開発を表明したのも、同様の思想を背景としているのかもしれません。
AI、バイオテクノロジー、IoT、自動運転など今後の発展が期待されるテクノロジー分野ではハードウェアとソフトウェアの融合が競争のカギとなると予想され、フルスタックスタートアップ的なアプローチは多くの企業で重要性を増していくはずです。
フルスタックスタートアップは多くのメリットをもたらしますが、すべてのプロセスを自社で抱えるという特性上、乗り越えるべき課題も少なくありません。これらの課題を理解し、適切な戦略を立てることで、持続可能なフルスタック経営が可能になります。
フルスタックで事業を展開するには、製品開発、インフラ構築、人材採用など、多方面にわたる初期投資が必要です。特に、ハードウェアや製造工程を内製化する場合、多額の設備投資が求められることになります。
開発、製造、マーケティング、カスタマーサポートなど、事業全体を内製化するには、多岐にわたる専門知識を持つ人材が必要です。しかし、すべての分野に優れた人材を確保するのは容易ではありません。
フルスタックモデルでは事業が拡大するにつれて、スケーラビリティの課題に対処する必要もあります。生産体制の拡充、サプライチェーンの最適化、カスタマーサポートの拡大など、成長とともに管理負荷が増加するため、事業運営の効率化が求められます。
すべての事業プロセスを自社で管理するフルスタックモデルでは、一部の機能が停止すると、ビジネス全体に大きな影響を及ぼすリスクがあります。特に、システム障害や物流のトラブル、法規制の変更など、さまざまな要因に対して適切なリスク管理が求められます。
これらを解決するにあたっては、MVP(Minimum Viable Product)やクラウド、生成AI、クラウドファウンディング、サプライチェーンの多元化など、現代だからこそ可能となったさまざまな事業・組織戦略やツールを導入し、企業を強化する必要があります。
「すべてを自社で担うこと」ではなく、「事業の競争優位性を最大化すること」がフルスタック的なアプローチの本来の目的です。そのため、競争力の源泉となる領域を明確にし、必要に応じて外部との連携も柔軟に取り入れることもまた重要です。
企業や事業が競争優位性を確保するにあたって重要なアプローチ、「フルスタックスタートアップ」についてご紹介しました。その実現は容易ではありませんが、たとえばソフトウェアだけでなくハードウェア、さらにはインフラもといったようにこれまでの思考のスケールを広げて考えることが、新たなアイディアの創出につながることは多く、またそのための環境も時代を追うごとに整ってきています。
ぜひ、今回紹介したフルスタックスタートアップの考え方を、自社の事業戦略や新規プロジェクトにどう活かせるかを考えてみてください。すべてを内製化する必要はありませんが、競争力の源泉となる領域を見極め、戦略的にフルスタックのアプローチを取り入れることで、より強固で持続可能なビジネスを構築できるはずです。
(宮田文机)
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