
筆者撮影「レベル0の昭和期のロングシート」
鉄道の専門用語に馴染みがない読者に向け、ロングシート自体の解説から入る。ロングシートは座席と平行に配置されている座席を指す。具体的には、JR山手線の電車、Osaka Metro御堂筋線の電車がロングシート車である。例外はあるものの、「ロングシート車=通勤電車」と考えても、差し支えはない。
一方、ロングシートと対になる座席がクロスシートである。クロスシートはレールに対し、直角に配置されている。首都圏だと、東武東上線の「TJライナー」、京王線の「京王ライナー」、関西だとJRが運行する新快速が該当する。ちなみに、ロングシートとクロスシートが混在した車両も存在し、一般的に「セミクロスシート車」と呼ばれる。
さて、なぜ通勤電車にロングシート車が用いられるのだろうか。ひとつには、1両あたりの乗車定員が多いことが挙げられる。乗車定員は座席の定員(座席定員)と立席定員を足すことで求められる。立席定員の算出方法は、車両の有効床面積を乗客1人に必要な床面積で割る。ポイントは乗客1人に必要な床面積が車両によって異なることだ。一般的にロングシート車では0.35平方メートル、クロスシート車では0.4平方メートルとなっている。
筆者撮影「阪急8000系クロスシート車)
ふたつめは、乗降のしやすさだ。これはドア数もあるが、車内の座席間の通路も乗降に多大な影響をもたらすように感じる。ここでは、阪急8000系のロングシート車とクロスシート車の通路の寸法を比較したい。ロングシート車の場合、通路の横幅は1342ミリである。一方、クロスシート車は座席幅(980ミリ)から算出すると、通路の横幅は562ミリとなる。多少のズレはあるが、ロングシート車とクロスシート車の通路の横幅の差は780ミリ(78センチ)にもなる。人が1人通れる幅(荷物を持った場合)は75センチと言われているため、1人分も違うのだ。
実際、私は学生時代に阪急の某駅でアルバイトをしていた。その時の経験から述べると、クロスシート車は乗降に時間を要していた。朝ラッシュ時は多くの列車が運行することから、1秒たりとも無駄はできない。そのため、混雑が激しく、停車駅が多い列車に対して、クロスシート車は不適なのだ。上記の理由か否かわからないが、近年、阪急はクロスシート車を減らしている。
以上の理由により、通勤電車はロングシート車が主流なのだ。
関西大手私鉄(阪急、阪神、近鉄、京阪、南海)は関東大手私鉄(東武、西武、京王、小田急、東京メトロ、京成、京急、京成)と比較すると、車両の使用年数が長い。関東大手私鉄では、昭和生まれの名車に出会うことは難しいが、関西大手私鉄では昭和生まれの車両が本線で活躍している。しかも、リニューアルされていない車両も現存し、ロングシートの進化を把握しやすい。ここからは各社の車両を取り上げ、ロングシートの進化を見ていく。なお、旧泉北高速鉄道の車両は含めない。
フェーズ0のロングシートは、仕切りもなく、単純に長いシートがあるだけだ。昭和のロングシートはレベル0である。わずかな差として、座席端に仕切板の有無がある。仕切板を持つ昭和生まれの代表車両は、阪急7000系、近鉄7000系、南海9000系、京阪6000系だ。これらの車両は昭和50年以降の生まれであることも指摘しておきたい。
筆者撮影「バケットシートを採用した阪神」
フェーズ1は、1990年代に登場したバケットシートタイプのロングシートだ。バケットシートとは、凹凸により1人分を区切ったシートを指す。バケットシートの採用により、隣客の割り込みがなくなり、座り心地が大幅に改善した。関西大手私鉄では、1992年登場の南海1000系、1995年登場の阪神5500系、2000年以降登場の近鉄「シリーズ21」車両において、バケットシートを採用した。一方、阪急では今日もバケットシートタイプのロングシートは見られない。
フェーズ2は2000年代以降の車両に見られる座席間に設けた仕切りだ。2006年登場の阪急9000系では2人~3人ごとに仕切りが設けられた。2015年登場の阪神5700系も座席間に仕切りがある。近鉄のシリーズ21では、座席端の両側に肘掛けが設置され、お年寄りに配慮した座席となっている。一方、最新鋭の京阪13000系、南海8300系には座席間の仕切りはない。京阪13000系は、バケットシートでの対応といった感じだ。
フェーズ3は座席の中間に設けられたポールだ。ポールの増設により、つかまる場所が増えている。
フェーズ3に該当する車両は2025年2月に登場した阪急2000系、2012年登場の京阪13000系、2008年登場の南海8000系、2015年登場の8300系だ。
今までの議論を整理すると、阪急はフェーズ1がなく、フェーズ3を先取りしている点が特徴だ。阪神はフェーズ0の車両はなく、昭和生まれの車両もリニューアルにより、フェーズ1になっている。近鉄は車両年数が高いこともあり、レベル0の車両が多い。一方、他の関西大手私鉄にはない新規的な仕掛けが存在するのも事実である。京阪もレベル0の車両は多いが、フェーズ3の13000系が急増している。南海もフェーズ0の車両は数多く存在するが、フェーズ1やフェーズ3を先んじて採用した点が光る。
ところで、1人あたりの座席幅も広くなっている。京阪13000系の1人あたりの着席幅は2002年登場の10000系よりも20ミリ広い470ミリとなっている。その分、座席定員は減った。
このように、地味ながらも、ロングシートは進化している。コロナ禍以降に登場したロングシートも進化しているのだ。
筆者撮影「2026年にデビューした近鉄1A系」
令和最新のロングシートを探るべく、1月デビューの近鉄1A系の試乗会に参加した。1A系は2024年にデビューした8A系をベースにし、多目的トイレが設置されるなど、長距離輸送に適した仕様となっている。1月16日から運行を開始した。投入する路線は名古屋線、山田線、鳥羽線、大阪線だ。
筆者撮影「ロングシート時の車内」
1A系のシートはロングシート、クロスシートを切り替えられる「L/C(デュアル)シート」となっている。近年は関東大手私鉄でも、ロングシート、クロスシートを切り替えられる車両が登場したが、元祖は1990年代に導入した近鉄だ。
筆者撮影「従来よりも1人あたりの座面幅は拡大している」
ロングシート時は6人掛けで、1人あたりの座面幅は従来のL/Cシートよりも10ミリ拡張した460ミリとなっている。また、座席のクッションも従来車両より柔らかくなり、座り心地が改善されている。
筆者撮影「8A系から導入された「やさしば」」
1A系の車内レイアウトで忘れてはならないのが、車両中央の扉付近に設置されたスペース「やさしば」だ。「やさしば」はベビーカーやキャリーケースを持った乗客を想定している。「やさしば」の床面にはストッパーがあり、キャリケースなどのタイヤをストッパーに入れることで、キャリーケースに手を掛けることなく座れる。
実際にロングシートに座ると、どこに座っても肘掛けがあることから、1人あたりのスペースが確実に確保されている点に好感が持てる。ところで、1A系のロングシートはクロスシートに切り替える都合上、座席中央のポールは設けられていない。ポールがない代わりに、肘掛けの設置により、着席区分が明確化されている。ちなみに、近鉄は一般ロングシートを持つ従来車両のリニューアルを進めているが、そちらは肘掛けの代わりに、座席中央にポールを設けている。このように、同じロングシートではあるが、車両の仕様に合わせて、さまざまな工夫が施されている。
鉄道会社の話を聞くと、ロングシートに対するこだわりが垣間見え、実に興味深かった。冒頭にも述べたとおり、旅行者にとってロングシートは人気がない。しかし、ロングシートの哲学を知れば、ロングシートに対する見方も変わるのではないだろうか。
(TEXT:新田浩之 編集:藤冨啓之)
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