大川:
「まずはいわゆる同族企業の二代目ですよね。関さんの幼少期から後継ぎを意識をしてきたのでしょうか?」
関将人代表取締役社長(以下、関氏):
「幼い頃から、父親には『後継ぎになるため理系になれ、高専へ行け』とプレッシャーをかけられていましたが、常に反発していましたね(笑)。事業内容も子供の頃はよく知ろうとはせず、なんとなく『ロボットをつくっている』程度の理解でした。そんな背景もあり、高校を卒業後は地元の南魚沼市を離れて県外大学の法学部に進学した後、2010年に星野リゾートに入社しました」
関氏が星野リゾートに入社したのは、星野社長が参考にした事業戦略やマーケティングに関する書籍とその実践例をまとめた「星野リゾートの教科書」に感銘を受けたからだ。製造業とは異なるサービス業への就職であったが、結果的に関氏とセキ技研にとって重要なポイントになった。
関氏:
「星野リゾートが素晴らしかったのは『業務を専門化していなかった』ということです。旅館やリゾート施設の接客や調理といったオペレーションから、事業改善のための施策の立案・実行までマルチタスクという言葉で全部やらせていただきました。そのおかげで入社から1年も経てばビジネスの基本が大体理解できるんですよね。だから結果的には、経営を勉強するのであれば、とても優れた会社に入社できたと思いますね」
大川:
「なるほど。僕の知ってる限りだと、星野リゾートはかなり早い段階からCS(顧客満足度)アンケートを宿泊客全員に配布し、収集したデジタルデータをオープンにして現場に考えさせる取り組みを実践していましたよね。関さんやセキ技研のデータドリブン経営やDXの取り組みにも大きな影響を与えたのでは?」
関氏:
「そうですね。正直、星野リゾートの経験がなければ今はなかったと思います。当時はDXという言葉なんてありませんでしたが、CSデータを当たり前のように閲覧して分析できる環境でした。現場の裁量が大きかったのでオペレーションの改善施策も柔軟にいじれましたから」
一方、当時としては貴重な簡単にデータに触れられる環境であったとしても、見ない人は見ないし当然使うこともしなかった。その点は製造業とも類似しているという。
関氏:
「同じCSデータを社員であれば誰でも確認できる環境であったにもかかわらず、先輩社員やベテランスタッフの方は、データを根拠とするのではなく、感覚的な判断に基づいて「CS向上のため夏のおしぼりは冷たい方が喜ばれるのではないか」といった議論を重ね、その結果、会議が夜中まで続くこともありました。ただ、データを分析したところ、チェックイン時の不満要因で圧倒的だったのは、ロビーで待機させられることであり、人数の多いゲストほど不満意見が出ていることが分かりました。そこでオペレーションを調査すると、大人数のゲストであっても一人ひとりに宿帳を書かせておしぼりとお茶を配る流れになっており、そのためにロビーで長く滞在させられることが判明しました。さらにチェックイン時刻を厳守するあまり、早く到着したお客様をロビーで待たせていたことも、データ分析の結果から見えてきましたね。そこでピーク時の来客数の平準化のためにも、どんどん客室に案内するようにしたらチェックインの満足度がグループ内でナンバーワンになりました。そのような成果はもちろんですが『お客様が求めているのはお茶やおしぼりじゃないよね』という考え方が、組織内で共通言語になっていくのが個人的にとても楽しみでした」
2014年、転機が訪れる。父親に初期のがんが発見されたのだ。元々は「後継ぎプレッシャー」に反発していた関氏だったが、周囲の期待は日に日に大きくなっていくなか、ついに覚悟を決めたのは、同じく同族企業で事業承継した星野佳路代表にかけられた言葉だった。
関氏:
「日本経済にとっては中小企業の発展は重要だけど洗練はされていない。それでも、親の七光りと言われてもいいから、帰る場所と意思があるのならば事業を伸ばすことが後継者にとって一番良い。そういっていただき、涙が出るほど嬉しくなりました」
星野社長の言葉に背中を押された関氏は、2015年にセキ技研に入社した。石原健太郎氏もいるEMS事業部に配属されて「下働き」からスタートすることになった。
当時のセキ技研の業績は非常に好調であり、関氏が入社後まもなく社員旅行でハワイに行くほどだった。一方、経営的にピークを迎えている現場は新人の関氏の目には違和感が強かったという。
関氏:
「手待ちに見える人が多く、前職と比べると、どうしても非効率な現場という印象を受けてしまいました。8時間中6時間はただ立っているような人もいたほか、清掃や簡易な作業も定時内でなくあえて残業としてやるなど、とにかく人数を切り詰めていた前職と比べると悪い意味でギャップが大きかったです」
業績や収益への不安を、当時の社長が連れてきた顧問に尋ねると「自分もお金のことはよくわからないが儲かっているから大丈夫。君はみんなと馴染むことに集中すればよい」との返答があった。しかし、関氏の不安は的中し「あ、これピンチだな」と感じたのは2016年の頃だった。
関氏:
「当時は事業はもちろん、製造業の文化すら分かっていませんでした。それでも人間関係も含めて仕事を覚えようと下働きする一方、お客様のIRや市況などのデータを収集して、父親である社長に注意喚起を投げかけてはいました。ただ、返答に多分に含まれているのは『いい仕事をしてお客さんに張り付いていれば、また昔みたいに戻る』という強い思想です。でも、その考え方は私には素直に受け入れられませんでした」
その大きな理由は「旅行代理店に依存しすぎていた温泉旅館がバブル崩壊とともに淘汰された」という、1990年代に起こった宿泊業界の前例と製造業の「系列」という産業構造に類似性を強く感じたからだ。
関氏:
「系列のようにごく少数の大手メーカーとその他大多数のサプライヤーという構造であれば、営業機能がなくても大手メーカーが仕事を受注できればみんな飯が食える。ただ、サービス業でも過去に似たような産業構造が存在して、それが崩れていった歴史がありました。だからこそ、トップメーカーや日本の製造業そのものの競争力が弱くなっていくことに強烈に危機感を抱きました」
売上減少の外的要因、内的要因は様々だが、関氏は当時の環境を振り返って決定的に問題なのは「データがない」ことだと断言する。
関氏:
「当時の現場では売上しか報告されず、赤字か黒字かは共有されませんでした。損益は考えずにとにかく仕事を取ってきてたくさん作業すれば良し。利益よりも仕事量を確保してとにかく現場を手空きにさせないことを優先する経営方針だったと思います。実際、当時の社内には『目標売上、月1億円』という紙が張られていました」
大川:
「なるほど。製造データといった細かなデータ以前に、関さんや石原さんのような事業部長レベルであっても、経営レベルで必要な判断材料となる情報がブラックボックスだったということなんですね。確かに利益を出すことが目的になっていないのであれば、数字は出てこないですよね」
関氏:
「製造業全体の市況が伸びていて、やればやるだけ儲かった時期はそれでも良かったのだと思います。ただ、私が入社して間もなくして訪れた『そうでないフェーズ』に突っ込んだ瞬間、自立した企業になれるかどうかの差異が生じたのではないでしょうか。実際、コロナ後に傾いて廃業や倒産しそうな企業の多くは、かつての弊社と似たようなスタイルだったと思います」
判断材料となる情報を共有していないため、営業会議や経営会議では理念や思いといった感情的な訓示が中心だった。17年、18年、19年と関氏は自身の裁量内でコツコツとできることをこなしつつ、自身の交代を予測して「優秀な人」を探しながら機を待っていた。
大川:
「なかなか難しい状況ですがそのなかでも突破口を見出さなければいけませんよね」
関氏:
「会社の風土が大きく変わるきっかけとなったのは、ある意味で自然な組織の新陳代謝でした。長年活躍されていたベテランの専務が次のステージへ進み、経理担当者も定年退職したことによって、私自身が事業判断を担う立場となりました。そのため、経営情報の流れや意思決定プロセスが以前よりシンプルとなり、スピード感を持って動ける組織へと変化していきました。石原さんをはじめとした若手メンバーが自由に挑戦できる環境を整えられたのは、2020年頃からです」
関氏が考えるDX推進における経営者の役割は「①DX方針を明確かつ繰り返し伝える」「②DX社内広報として小さな成功事例も共有する」ことだ。反発する社員がいたとしても、しつこく広報を繰り返せば諦めて従うか、自ずと会社を辞めていく。その結果、新陳代謝が生じるともいえるだろう。
大川:
「関さんの立場が変わってから、組織文化を変化させるために行ったことなどはありますか?」
関氏:
「まずは情報共有の場を設けることです。会社の状況を社員に伝える場づくりを行い、定着したころに事業方針説明会や業績報告会などを定期的に開催するようにしました。また、設備収支といった工場の数字は、現場でしっかりとデータで共有できる環境を整備しました」
大川:
「その結果、会社の風土や文化は変わりましたか?」
関氏:
「すぐには変わりませんが、徐々に業績を意識してくれるようになりましたね。データを示してフィードバックすることで仕事への姿勢が『やれと言われたからやる』ではなく、自分事として向き合ってくれるようになりました。あとは予算化もできるようになって原価構成、顧客別の売上や利益といったデータも共有すれば、みんなしっかりと考えてくれるようになったと思います。すごくシンプルですけど、大きな変化だと思います」
①データ収集、ペーパーレス
・検査帳票の電子化、データ手入力業務の削減、設備稼働状況の自動収集
②データの視える化(BIツール)
・設備稼働状況の視える化と分析、受注状況の視える化と分析
③全社展開:管理業務の自動化
・RPA導入、PC業務自動化、VBA、WEBアプリ、ワークフロー化
往々にしてDX推進者は孤独を抱えることが少なくない。社内外の協力者を見つけられず、現場と経営層の板挟みになってしまうケースは珍しくないだろう。各部署にとって「よそ者」として扱われやすい環境のなか、異業種から入社し、短期間で経営のあり方を大きく変えた関氏はどのようなマインドで取り組んだのでしょうか。
関氏:
「市況変化のタイミングで入社したこともあり、厳しい環境だからこそ『自分の来た意味があるな』というワクワク感を抱いていました。出来上がったことや自分が今までしてきたことの延長線上だったとしたら、自分の存在意義はありませんし、エンジニアがすでにいっぱいいるなかで見習いから同じことを学んで成長できる業界でもありません。だからこそ、異質の組み合わせやギャップを楽しんで新しいことを創造できるし、しなければならないという腹積もりではいましたね」
社内外のセミナーで積極的にDXとデータ活用の実践を発信する関将人代表取締役社長(中央)。隣にはEMS事業部長の石原健太郎氏。
参照:https://www.sekigiken.co.jp/news18.html
製造業をとりまく経営環境の変化をDXで乗り越える 短期間でデータドリブンを推進し、大幅な生産性向上と営業効率化を実現 自社で培った知見・成功事例を元にDX事業も展開|ウイングアーク1st
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