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神社の運営事情について「厳しい」というイメージを抱く人は少なくないのではないだろうか。実際、後継者・経済的問題、さらに人口減少に伴う氏子の減少によって多くが厳しい状態にあるという。その大きな要因として挙げられるのが少子高齢化に伴う地方の人口減少であり、その影響は深刻だという。例えば、國學院大學の石井研士教授の調査によると若年女性人口が2020年から2050年までの30年間で50%以上減少する自治体「消滅可能性都市」にある将来的な存続が困難な「限界宗教法人」は、6万2,971にも上るという。
神道系 | 仏教系 | キリスト教系 | 諸教 | 合計 | |
宗教法人の全数 | 8万2028 | 7万5711 | 4362 | 1万4354 | 17万6455 |
限界宗教法人数 | 3万2867 | 2万4770 | 934 | 4400 | 6万2971 |
全体に占める割合 | 40.1% | 32.7% | 21.4% | 30.7% | 35.6% |
人口減少は氏子の減少にも直結するので、神社を存続するにあたって深刻な状況だといえるだろう。さらに神社の「後継者不足」も避けられない課題である。2019年3月に埼玉県神社庁が県内の神社の本務宮司、宮司配偶者、後継者を対象として作成した「神職実態調査報告書」では、前回、調査した10年前と比較すると『後継者がいる』と回答した神社は10%減少していた。さらに『後継者がいなくなってもやむを得ない』という回答は16%増加し、後継者の選定における課題としては『神社の経済的基盤に不安を感じている』と回答した人も多かったという。
武田さん:「神社において一般企業の社長のような立ち位置の方を『宮司』といい、神主はもちろん宮司は複数の神社を運営することも珍しくありません。埼玉県の場合、1,980社に対する宮司の数は280人程度。もちろん1社のみ運営するケースもありますが、単純計算だと平均1人あたり8社程度、実際は多い人だと30〜40社を管理・運営していることもあります。専業で神社を運営しているケースは多くて各市町村に1社程度というのが現状です。※また、神主も県内全体でおよそ600人と決して十分な体制で運営できているとはいえないでしょう」
※出典:埼玉県神社庁教化委員会「『神職実態調査』報告書」
神職は神社、神道において祭祀に奉仕し、社務を行う者を指す。宮司は各神社につき一人しかおらず、維持管理や祭祀の最高責任者を担う。
神職の仕事は所謂、祭典の実施や準備だけではない。受付事務や御守・御神札の頒布、管理、経理事務、神社庁とのやりとりといった社務も発生する。兼業の社長一人、もしくは少人数の従業員で複数の会社の業務をこなすと考えると大きな負担につながっているのは容易に想像できるだろう。さらに今後、後継者が不足して宮司がいなくなる神社が増えるとなると早急な対応が求められるのは明白だ。
武田さん:「私自身、平成16年からこの仕事に携わっていますが、最近は特に『神社を畳みたい』『最小限に縮小したい』といった声が聞こえ始め、実際に複数の神社が合併するなど当初と比べると様相が変わってきたと感じています。だからこそ、非常に困難な課題でその有効な施策は未だ打てていない状況でも解決に向けて模索を続けなければならないと考えているのです」
神社がなくなることは、一般人にとっても決して他人事ではない。貴重な地域コミュニティの喪失にもつながるという。
武田さん:「神社がなくなるということは、地域共同体の基盤の喪失につながると考えています。神社はお参りするだけではなく、様々な理由でみんなで集まって飲食を共にし、地域のことを考えるといった『地域の人々の交流が生まれる貴重な場所』なのです。普段はあまり気にしないつながりかもしれませんが、東日本大震災や能登半島の地震では地域コミュニティの助け合いによって救われた人々が多分にあったと聞いています。もし、隣の家の顔も知らないのが当たり前になっている首都圏で直下型地震があった場合、地方で被災した人々と同じようなことができるのかは少し疑わしいのではないでしょうか」
未だ有効的な打ち手が見つかっていない神社を巡る課題を解決するための重要な要素として、武田さんが考えているのがデジタル化による神社の運営の効率化「神社のDX」だ。その理由は現在の神社運営における強烈なアナログ環境だという。
武田さん:「神社の運営業務におけるデジタル活用はほとんど進んでいないのが現状です。例えば、ホームページの開設状況においても全国では2047社と全体の3%未満であり、埼玉県でも約2%ほどしかありません」
ちなみに総務省が実施した「令和3年通信利用動向調査報告書(企業編)」によると、ホームページを開設している企業は回答者の90%以上を占める。宗教法人という立場や規模を考慮する必要があるとはいえ、特筆して少ないといえるのではないだろうか。
武田さん:「神社庁と各神社とのやりとりも基本は郵便とFAXです。コロナ禍以降はメールやSNSを使う人も少しずつ増えていますが、下手するとやりとりに一週間かかるケースも未だにあります。また、経済的に厳しい状況が続くなかで、値上げが続く郵送料や宅配料金の影響を受けてしまいやすい環境なのも見逃せないポイントといえるでしょう。さらに参拝や祈祷の予約も基本的に電話なので、地鎮祭や起工式などに一人で出かけることが多い現状だと、何度もお互いが電話を掛け直して調整しなければならないといったコミュニケーションコストも無視できない状況だと感じています」
武田さんが掲げる神社のDXは、従来の業務を効率化して生まれた時間を有効活用するとともに暗黙知をデータ化して「教化活動」を強化するのが目的だ。そして、その具体的な取り組みも既に始まっており、一定の手応えも感じているという。
「実際に進展があるのは埼玉県神社庁で行っている定期的な研修会のオンライン開催です。従来は対面で行っていたのですが、コロナがきっかけでリアルでの実施が難しくなってしまいました。その際になんとか実施するための施策として夜な夜なzoomで全国の神社庁の職員の皆さんと話し合いながら、オンライン研修のマニュアルを作成して本庁に提案して許可をもらいました。その結果、現在でも必要に応じてオンラインで開催しています。効率化はもちろんですが、結果的に県内から二時間かけて参加していただいていた宮司さんや一人で祭祀を行っていて予定が合わない方も参加してもらいやすくなり『機会損失の防止』にも役立っていると実感しています」
過去はFAXの導入にも混乱が多かったというが、今回はオンライン会議ツールの導入においては周囲の反応はどうだったのだろうか。
武田さん:「オンライン会議ツールの導入は最初は抵抗がある方も少なくなかったですね。『パソコンを持っていない』『使用したことがない』といった意見もいただきました。ただ、数を重ねるごとにネガティブなコメントは少なくなりました。振り返ってみるとまずは『やってみること』が重要で、いただいたフィードバックを反映しながら改善を進めるのが大切だと思います。次は参加の可否もオンラインで行えるようにするなど、少しずつ神社のDXを浸透させていきたいですね」
普段の連絡の電子化やホームページのフォームを活用した祭祀の予約など、これから実施すべき施策は多い。これらに加えて、武田さんは従来データに残らなかった記録も、可視化して蓄積し、活用する必要があると考えているという。
武田さん:「御守や御札などがどの時期にどれだけ必要とする人がいるのか、といったデータを各神社で収集する体制を構築したいと考えています。所謂、在庫管理にも役立てられますし神主さんに何かあったときも、その後継者がスムーズに引き継ぎやすくなるでしょう。社務に関しては現状では感覚で行っていて帳簿すらなく、急に亡くなってしまわれるとどのようにどこにどう注文したかも分からなくなってしまうケースもこれまで目にしてきましたから。効率的にデータ収集するためにキャッシュレス決済を導入することも選択肢の1つになるでしょう。連絡手段の電子化とペーパーレス化を併せて進めるなど、大局的な視点でもDXを推進する必要があると考えています」
デジタルツールを活用した業務効率化などが「内側」の施策と位置づけるのであれば、武田さんが参拝客を巻き込んだ「外側」の施策として注目しているのがヴァーチャル参拝だ。ヴァーチャル参拝の定義はもちろん、その是非についても明確化はされていないが、既に全国の一部の神社でその領域の活動が行われている。武田さんは「宗教研究者の卵」としてそれらの研究に取り組んでいるという。
武田さん:「まず、ぼんやりと語られることが多い『デジタルを活用する参拝』を区別して考えるのが重要です。例えば私の定義試案でありますが、インターネットを通じた参拝の総称を『インターネット・オンライン参拝』とし、そのうち実在する神社に対するインターネットを通じた参拝を『ヴァーチャル参拝』、架空の神社に対してインターネットを通じて参拝することを『イマジナリー参拝』としましょう。そのうえで既存の参拝方法と比較と、取り組み事例のある神社を表したのが以下の図になります」
武田さん:「インターネットが日常生活に組み込まれた今、一部の神社においてオンライン参拝・祈祷が行われているほか、授与品も多様化し、ECサイトなどのインターネット経由で頒布も実施されるケースが増えてきています。人々のライフスタイルが変化し、神社を守る立場の神職においても多様な考え方を持つ人達が現れているのは確かでしょう。その一方、神社から離れた場所で拝む『遙拝』や『代拝』といった既存の参拝方法とインターネット・オンライン参拝の同一性に対する考え方は個々人で異なりますし、神社本庁は例え遙拝であっても『勧奨すべきではない』としています」
武田さん自身は、インターネット・オンライン参拝をめぐる議論についてどのように考えているのだろうか。
武田さん:「神社神道は神社のある地域、土地、自然景観から成り立っているため、実際に足を運んでいただく『在地性』は軽んじてはならないと考えています。デジタル化社会において神社神道が大変革期を迎えていると感じているからこそ、地域コミュニティの一端を担ってきた神社が、地域社会のつながりの崩壊の要因ともえるインターネットをどこまで活用するのかは大いに議論すべきテーマだと思います。今後は神符守札の意義も問い直し、今後のデジタル化社会において遙拝や神符守札をどの様に位置付けるのかを課題としていきたいです」
武田さんは令和3年4月に國學院大學大学院の博士課程(前期)に入学し、現在も後期課程で神道学・宗教学を研究している。神社のDXに対する意識にも大きな影響を与えているが、40歳を超えてから有給休暇などを使って大学院で学び直すきっかけは何だったのだろうか。
武田さん:「15年以上、神社・神社庁で働く中で自分自身の勉強不足や知識不足を痛感してしました。そんな心境のなか、令和2年2月に全国の神社庁としては初めて東京の神田神社を会場に『キャッシュレスに関する研修会』を実施したのです。神社やお寺といった宗教法人のキャッシュレス化の是非を問う前にキャッシュレス化の基礎を学ぼう、というのがテーマで金融ジャーナリストや銀行の方に講義を行っていただきました。そのなかで客観的にメリットや問題点を見るという『視座』の重要性に気付き、最先端の研究を行なっている大学院に身を置くのも一つかと思ったのです」
実際にリカレント教育を実践するときに何に気を付け、どのような成果を得られたのだろうか。
武田さん:「大学院に身を置く事により、研究方法や視点などを学べる事はもちろんの事、神社庁の業務では出会う事が出来ない人との出会いがあり、様々な刺激をもらっています。また敢えて立場を使い分ける事も大事で、時には内部の人間として、またある時は研究者の卵として神社に取材することもあります。そうすることで内部だけにいたのでは見えない視点が養えると思います。そしてこれから先もずっと学び続けていき、そこで得た知見を神社界にフィードバックしていきたいと考えています」
(取材・TEXT:藤冨啓之 PHOTO:Inoue Syuhei 編集:野島光太郎)
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