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地殻変動とも言える巨大な変化がいま起こっている。マクロの産業構造と、ミクロの中小・個人製造業の両視点から。

         

世界的なDXの広がりの中で、日本の製造業もイノベーションへの道を模索しているが、いま一つ成果が得られないと悩む企業も多い。各企業が解決すべき課題とも言えるが、その要因の根本が産業構造にもあるのであれば、大局的に見ていく必要がある。

そこで「データのじかん」主筆であり、ウイングアーク1stのエヴァンジェリストとしてIoT、AIなどデジタル化による産業構造転換に関する調査研究、政策提言、情報発信などを行う大川真史による新シリーズをスタート。
産業構造というマクロと、中小・個人製造業のケーススタディーというミクロの両視点から、日本企業のDXの道筋を描いていく。シリーズの初回は、同シリーズの全体像を見渡すために、産業構造の転換と課題、そして目指すべき方向について大川に聞いた。

「データのじかん」主筆 兼 ウイングアーク1st株式会社 エバンジェリスト 大川 真史

今起こりつつある巨大な変化の正体

──大川さんは、IT企業を経て、前職の三菱総合研究所でも製造業をメインにコンサルタントとしての実績を持っています。そもそも産業構造転換に関する活動(調査研究、政策提言、情報発信)を開始したのには、どのような背景があるのですか。

大学卒業後に大手SIerに就職し、SAPコンサルタント、業務コンサルタントとして従事したのですが、経営計画や戦略への関心が高まり、シンクタンクである三菱総合研究所に転職しました。ここで初めて製造業のサービスビジネスを手掛けたのですが、これが非常に面白くて、製造業のサービスビジネスコンサルティングに本格的に取り組み始めました。そのうちに、今度は経済産業省から声が掛かり、現在も多くの企業が経営課題として取り組む第4次産業革命、これは第3次産業革命(自動化や省力化などIT化)の次に来る産業構造のシフトですが、これをテーマに調査研究を開始しました。

一方、三菱総合研究所ではR&Dも担当するようになり、そこから現在も続いている中小規模のビジネスや技術コミュニティーともネットワークができました。今は東京商工会議所の学識委員や、明治大学での客員研究員なども兼任し、内閣府SIPにも個人として参画しています。

──今回のシリーズでは、マクロ視点で産業構造を取り上げ、ミクロ視点では製造業をメインにケーススタディーを取り上げると聞いています。さまざまな産業がある中で、製造業に焦点を置く理由は。

いま世の中は、第4次産業革命と呼ばれる100年に1度の産業構造転換期にありますが、同時に工業化社会からポスト工業化社会への転換期でもあります。2つの転換期に、ほぼ同時に差し掛かっているのです。私はこのポスト工業化社会に強い関心を持っていて、製造業はその変化の象徴的な産業と考えています。

現在は、第4次産業革命とポスト工業化社会への転換が同時に起こっている激動の時期

現在の製造業は、19世紀の第1次産業革命から100年以上続いた「工業化社会」に最適化された組織やマネジメントを受け継いで動いています。それがここ数年で、急速にDXによる変化を迫られるようになりました。組織構造やマネジメント構造、ひいては企業の在り方自体に切り込む必要が出てきています。この急速かつ劇的に変化していく先にあるのが、ポスト工業化社会としての「デジタルサービス化社会」です。

この地殻変動とも言える変化に、工業化社会にいるほとんどの人たちは気付いていません。もちろん言葉では知っているし、そこに向けて変化しようとも考えています。でも、あまりにも長く変わらない工業化社会にいたため、何が本質的なところで変化しているかをリアルに理解できないのです。むしろ、日本ほど工業化が進んでいなかった新興国の方が、デジタルサービス化社会に早くシフトする可能性が高いと思っています。

ダイナミック・ケイパビリティで時代の変化に敏感な組織をつくる

──日本の製造業が、デジタルサービス化社会への転換を考える際に最重な視点を教えてください。

構造化社会とデジタルサービス社会の違いについて、下図のように仮説を立てました。特に注視すべきは、競争優位の源泉が「技術→機能・製造」から、「ユーザーインサイト→UX」に取って代わること。その他の企業システムの項目(リソース獲得、役割分担など)も、それぞれ取って代わります。

当然、全体的な組織的能力(ケイパビリティ)の捉え方にも、変化が必要です。工業化社会において企業のケイパビリティは、組織内の資源を使い利益最大化に関わるルーティンを形成する能力「オーディナリー・ケイパビリティ」に重きを置いていました。しかし、デジタルサービス化社会では、環境変化に柔軟に対応する能力「ダイナミック・ケイパビリティ」が、より重要になってきます。つまり顧客や市場などのビジネス環境の激しい変化に合わせて、企業が組織内外の経営資源の再結合や再構成を、迅速かつ的確に行っていくことが、製造業だけでなく全ての企業に求められています。

環境の変化を素早く感知し対応するにはデジタルの力が欠かせない

例えば、これまでの企業の組織では「オペレーション・管理・ガバナンス」が重視されてきました。ビジネス環境が安定している時代は、これでよかったのです。しかし現在は、「感知・補足・変容」、つまり不確実な状況の変化にいち早く気付き、動きを捉え、そこに合わせてみずからを変化させていく能力がなければ生き残れません。

──ダイナミック・ケイパビリティを効果的に実践するために不可欠なのが、DXであり、デジタル化というわけですね。

はい、その通りです。デジタル化にしても、従来の ITというのはオペレーションや管理のために使われてきました。製造の品質管理とか、従業員の勤怠管理のような「既存業務の改善」です。しかしダイナミック・ケイパビリティの実践に当たっては、未知の変化を捉え、分析し、即時に対応するためにデジタルのパワーを利用する方法を考えていく必要があります。

じっくり考えれば、いつか不変の「正解」にたどり着くということではなく、周囲の環境の変化を見ながら素早く仮説を立て、実践して駄目なら、その失敗を分析して次の打ち手を考えるという繰り返しがポイントです。いわゆるアジャイルなサイクルを猛スピードで回しながら、その時々の「正解」を探っていく。そのための能力として、ダイナミック・ケイパビリティを会得する必要があるのです。

日本の産業構造に即したDXに有利な組織づくりを考える

──本シリーズの次回からは、ケースタディーとして中小規模の事業者のDXを主に取り上げると聞いています。あえて中小規模に着目する理由は。

結論から述べると、大企業には、先述したようなダイナミック・ケイパビリティを備えた第4次産業革命後の世界へ移行するのが難しいと考えるからです。それは経営者や従業員のマインドや組織能力が不足という側面だけでなく、バランスシートの問題も見逃せません。有形固定資産が大きい企業は設備の稼働率を維持せざるを得ないからです。

──製造業こそ伝統の長い大企業がそろっています。それが次の世界に移行できないとすると、日本の産業はどうなってしまうのでしょう。

あえて厳しいことを言うと、大企業はリソースを世の中に早く解放すべきです。既存のリソースを大量に保有している大手製造業が動けないというのは、日本の非常に大きな欠点です。

もちろんこのまま製造業が衰退してしまうわけではありません。日本の大手製造業も、デジタルサービス化社会で生き続ける道を探ればよいのです。身軽になれないなら、無理にDXに挑んで疲弊することもありません。

──本気でDX推進を目指すなら、組織のサイジングそのものを根本から変える決断も必要ですね。

はい。もう一つ、日本のDXには中小企業が向いているというのは、産業構造の特殊性があります。日本と欧米の企業の利益率を比較すると、日本は専業でしかも小規模企業が最も利益率が高く、反対に多角化した大企業ほど低くなります。欧米はその正反対です。というのも、欧米は資本のシナジーが働くので大企業が有利なのに加え、会社という器は同じでも、その中の事業モデルやビジネスモデルそのものを、時代に合わせて常に変化させているからです。

一方で日本の企業は、産業構造が複雑なので多角化するほど利益率が下がり、ビジネスモデルもほとんど変わらないので、時代に取り残されて稼げなくなっていっていきます。決して怠けていたわけではありません。むしろ50年間にわたりモデルを研さんしてきたのです。そのような方々に、いきなり「DX推進」と言う方が無茶なのです。だからこそ、挑戦するなら規模を小さくして取り組む仕組みが必要になります。

日本の産業構造の特殊性からDX推進には専業・小規模の組織が有利

生半可なDX, so what?
誰も見たことがない「本気のDX事例」

──次回以降で取り上げていくケーススタディーには、どのようなものがあるのでしょうか。

例えば、UX (ユーザー体験)を重視して、試行錯誤を重ねながらデジタルを活用したイノベーションを実現した事業者や、新しいものを創造した人などを、製造業に限らずさまざまな業界から紹介していきたいと思います。“お題目”としてのDXではとても理解できないような、生半可ではない「本気のDX」事例を取り上げていきます。

また、デジタルサービス開発でよく言われる「0→1→10→100」のケースタディーも取り上げます。デジタル技術によってプロトタイプを簡単につくれるようになった結果、最初の「0」から市場にリリースする「100」までの開発の進め方が、これまでとはまったく異なってきています。それを実際にやっている人たちに焦点を当てて紹介したいと思っています。

DXでは発想から市場リリースまでプロセスもこれまでと大きく異なる

──ソフトウエア開発の世界で言う「アジャイル」を、ビジネス創出に生かしている事例ということですか。

そこで大事なのは、試行錯誤の結果、意図しない成果が出てきても失敗だと片付けないこと。むしろそれを何かに使えないか、どんどん次につなげていく発想の柔軟性がDXでは問われるのです。今までの大企業のお約束で、ExcelとPowerPoint上で考え込むほど何も生まれない。とにかくやってみて、そこで出てきたものから考えて、最終的に予定とは全然違う着地をして成功した事例なども紹介していきます。どうぞ、ご期待ください。

記事中で利用した図版も含む全スライドはこちら

大川真史氏

ウイングアーク1st株式会社 IT企業を経て三菱総合研究所に約12年在籍し2018年から現職。専門はデジタル化による産業・企業構造転換、中小企業のデジタル化、BtoBデジタルサービス開発。東京商工会議所ものづくり推進委員会学識委員兼専門家WG座長、東京商工会議所東京の将来を考える懇談会学識委員、明治大学サービス創新研究所客員研究員、内閣府SIPメンバー、Garage Sumida研究所主席研究員、Factory Art Museum TOYAMA DXエヴァンジェリストなど兼務。経済産業省・日本経団連・経済同友会・各地商工会議所・自治体等での講演、新聞・雑誌の寄稿多数。直近の出版物は「マーケティングDX最新戦略」「最新マーケティングの教科書2021」(ともに日経BP社)
 

(取材・TEXT:JBPRESS+工藤  企画・編集:野島光太郎)

 

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