TRAILBLAZERは2023年10月、JR西日本グループのデジタル戦略子会社として設立された。背景には、パンデミックの影響で旅客需要が激減した未曽有の危機がある。これを機にJR西日本の経営陣は、「会社としての価値を再定義する必要がある」との認識を共有し、グループ全体のDXをリードする新会社の設立を決定した。
同社で取締役を務める宮崎祐丞氏は、設立の背景について次のように語る。
「大量輸送を担う鉄道だけに依存するのではなく、移動の先にある楽しみや新しい価値を提供する会社へと進化する必要があると考えました。その推進の原動力として選んだのがデジタルです。しかし、既存のアセットだけでは競争力を確保するのが難しいと判断し、デジタル領域で豊富な経験を持つ外部人材を集め、新会社として立ち上げたのです」(宮崎氏)
まさにその外部人材が、同経営企画部統括部長の長谷川大祐氏と、ソリューション事業部部長の直井和久氏だ。外資系大手ECサイトを運営する企業で顧客の需要予測を担当していた長谷川氏は、TRAILBLAZERのミドルオフィス・バックオフィス全般を担当している。一方の直井氏は、国内大手ECサイトでサービス企画・プロダクト開発などを担当してきたが、現在はTRAILBLAZERのソリューション事業部で部長を務め、JR西日本のプロダクト開発の内製化を推進している。
TRAILBLAZERは、ミッション「GO WILD WEST!」、ビジョン「日本はいつも西から変わる」、バリュー「伸びしろしかない/西からいこか/はよやろう」を掲げる。これらは単なるスローガンではなく、グループのデジタル戦略子会社としての役割を定義する指針である。
特筆すべきは、これらの言葉に込められた「西日本」への強いこだわりと「迅速な変革」というテーマだ。「GO WILD WEST!」というミッションには、従来の鉄道業界の堅実なイメージを刷新し、大胆で革新的な変化を起こす意志が込められている。この斬新な表現は、JR西日本の社内でも議論を呼んだ。
株式会社TRAILBLAZER 取締役 宮崎 祐丞 氏
「『GO WILD WEST!』については、『鉄道会社としてこの表現は適切なのか』という意見もありました」と宮崎氏は振り返る。「社名に関しても、一時は『JR西日本〇〇』のような伝統的な形式が提案されました。しかし、文化そのものを刷新する必要性から『鉄分を除く』という意味を込めて『TRAILBLAZER』(先駆者)と名付けたのです」(宮崎氏)
文化の刷新を象徴しているのが、「誰が言ったかではなく、何を言ったかで判断する。そしてスピード重視で決定する」という意思決定基準だと宮崎氏は語る。また、同社のバリューの1つである「伸びしろしかない」という言葉には、同社の挑戦的な文化が凝縮されている。直井氏はこれについて、「新しいことに挑む以上、失敗を恐れずに行動することが大切です。それが成長、つまり『伸びしろ』につながるのであれば、どんどんチャレンジしていけばいい。そうした意欲的な空気が社内には満ちています」と話す。
TRAILBLAZERは、2025年4月で創業から1年半を迎えた。組織としての若さはあるものの、バリューの「はよやろう」に象徴される迅速な意思決定や行動が組織全体に浸透している。
「スピード感はそれなりにあると思う。自分の前職がトップスピードだった時代と比べてるとまだまだ遅いが、皆、意思決定のタイムラインをどれだけ縮められるかを考えながら行動することを意識してくれていると感じています」(直井氏)
この文化はに関連して、長谷川氏は特に採用活動における迅速な意思決定の重要性を強調する。
株式会社TRAILBLAZER 経営企画部統括部長 長谷川 大祐 氏
「高度デジタル人材の採用ではスピードが命です。高い年収帯のオファーレターの発行には稟議に数日を要するのが一般的ですが、当社では半日程度で決裁することができます」(長谷川氏)
長谷川氏は具体例として、最近の採用エピソードを挙げる。ある応募者は非常に優秀な人材であったが、当社の面接翌日には第1志望の会社で最終面接を控えていた。そこで、長谷川氏は迅速な意思決定を提起した。
「その場で『今日中にオファーレターを出しましょう』と決定し、当日中にレターをお渡ししました。結果として、『スピードの速さに驚いた。ここまで熱意を感じる会社は他にない』と応募者が感銘を受け、当社への入社を決めていただけました」(長谷川氏)
TRAILBLAZERの挑戦的な文化は、組織運営にも色濃く反映されている。その象徴ともいえるのが、「フルリモート勤務」と「リアルタイムプロモーション制度」という人事施策だ。
「パンデミックから時間が経ち、多くの企業のワークスタイルがリアル出社へ回帰する中で、当社の方針は『逆張り』に見えるかもしれません。しかし、これは当社のビジネスモデルに合致しているだけでなく、競争力を高めるための必然といえる選択です。今後もこの方針を変えるつもりはありません」と宮崎氏は語る。
同社の主要クライアントであるJR西日本自身も、開発部門ではほぼフルリモートを採用している。そのためリアル出社に固執する必要はなく、むしろリモートワークの方が採用活動や業務効率にプラスになるという。「通勤を前提に採用範囲を地域限定してしまうと、優秀な人材を確保することが難しくなります。フルリモートは、私たちの事業にとって、もはや欠かせない仕組みです」と長谷川氏も断言する。
実際、TRAILBLAZERの従業員の半数以上は大阪以外に居住している。東京や名古屋、福岡といった主要都市だけでなく、埼玉や長野、金沢といった地方都市にも従業員が在住しており、同社が地理的制約に縛られない採用を実現していることがうかがえる。長谷川氏も直井氏も大阪以外に住んでおり、会社運営のリーダー達が率先してフルリモート勤務を実践することで、同社の働き方が単なる制度ではなく、ビジネスのインフラとして機能していることを証明している。
もう1つの「リアルタイムプロモーション制度」は、従業員の意欲や努力を即座に評価し、昇進・昇給に反映するというシンプルかつ革新的な仕組みだ。
「一般的な企業では、年に1回や四半期ごとに実績で評価を行い、その結果をもとに昇進や昇給を決定します。しかし、それでは意欲や努力に対して、タイムリーに報いることができません。そこで当社では、『毎月、昇進・昇給のチャンスがある』制度をつくったのです」と長谷川氏は説明する。
この制度の運用においてポイントとなるのが、透明性の確保である。同社ではスキルのチェックシートや評価基準を明文化し、全員が閲覧可能な状態にしているという。
「評価基準が明確であることに加え、上司と社員が定期的に目標を確認し合い、達成度を共有しています。目標が達成されれば、翌月から給料が上がります。このプロセスが、社員一人一人の意欲を引き出し、成果を出しやすい環境をつくっています」(長谷川氏)
株式会社TRAILBLAZERソリューション事業部 部長 直井 和久 氏
こうした制度の運用には、周囲の納得感も欠かせない。直井氏は「『みんなから見えている』こと、つまりプレゼンスをいかに高めていくかが重要です。実際、その人がどのランクにいるのかが明確に見えるため、昇進や昇給の判断が公正であることが全員に伝わります。それが従業員間の信頼感を高め、他の従業員にとっても『自分も頑張れば昇進できる』というモチベーションにつながるのです」と述べる。
対話の最後に宮崎氏は、この先TRAILBLAZERが成長し、より多彩な方向性を持ってビジネスを広げていく上で、最も重要なテーマの1つとして「リモートワーク」の継続と発展を挙げる。
「リアルとデジタルを融合させた新しい働き方に、多くの企業が取り組んでいます。しかし、それを一定以上の規模で定着させ、少子化が進む中でもあえて『明るい人口減社会』を実現する方法を示した会社はまだないでしょう。このテーマは自社の人材確保だけでなく、ビジネスの『最後の一丁目一番地』でもあります」(宮崎氏)
JR西日本グループのDX推進をけん引するTRAILBLAZERのキーパーソン3人の「内輪トーク」から、DXは単なる技術革新ではなく、既存の枠組みを超えた文化の融合と、新たな価値創造を伴う社会的挑戦であることが見てとれる。
宮崎氏、長谷川氏、直井氏の対話は、以下の動画で視聴できる。
【ボクらのデータの時代 #3】TRAILBLAZER(前編)
【ボクらのデータの時代 #4】TRAILBLAZER(後編)
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