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特集「CIOの履歴書」 周回遅れからの逆転を一気に進める中外デジタル(中編) 中外製薬 志済聡子氏

当協議会では「CIOの履歴書」と題し、CIOとして活躍されている方々の「CIOに至るまでのキャリア」、「CIOの後のキャリア」について迫りCIOのキャリアについて考察するとともに、読者の皆様に「CIOの魅力」をお伝えできればと考えています。 第7弾となる今回は、中外製薬株式会社で上席執行役員 デジタルトランスフォーメーション統括 デジタルトランスフォーメーションユニット長を務める志済さんにお話を伺いました。 どの業界に行っても、所属している会社を出ても、自分が価値のある人間と見られるようなセルフブランディング、セルフディベロップメントが大切と語る志済さんのこれまでのキャリアや現在のポジションに至った経緯、また、IT責任者やDX統括というポジションの魅力、今後の展望について前編、中編、後編に分けてご紹介いたします。

         

IT責任者に就任してからの取り組み

── 入社前からこういったミッションでやるというようなイメージを持って入られたのか、それとも入ってから色々状況把握していく中でやるべきことを組み立てられたのか等も含めて、今のお仕事についてお話を頂ければと思います。

志済氏:情報システム担当と聞いて自分なりにイメージを持っていたのですが、入社直前に社長が情報システムだけではなくていわゆるDXを重視していることを知りました。「DXで何を実現されたいですか?デジタルマーケティングでしょうか?」と聞いたところ、「デジタルを創薬に生かしたい」という話をされたので、これは難しいなあと思って聞いていました。実際入社してみると「本気でDXで創薬に取り組む」ということがよく伝わってきましたので、ここを本丸にするしかないということで取り組みを始めました。何でもいいからやってくれという形ではなく目指すことが明確だったという意味では、非常に進めやすかったです。

坂本:入社前にご想像されていたIT部門をIT統轄部門長として見るという役割に加えて、デジタルで創薬を実現するという2つの大きなテーマに取り組まれているということですね。

志済氏:はい。デジタルトランスフォーメーションユニットとなった今では、ITそのものよりもDXの旗振りの方が求められていると思っています。

ただ、両方の部門を一緒に担当できることはいいと思います。DX部門と相反しがちなIT部門が別の組織にあるとおそらくコンフリクトが多いと思います。

── 大きく2つの役割を持っていらっしゃるということですので、それぞれ詳しくお伺いできればと思います。部長はいるものの役員クラスでITを統括する方がいなかった中IT統轄部門長という役割で入られたとお伺いしました。IT統轄部門長として注力している取り組みなどについてお伺いさせてください。

志済氏:特に最初に注力したことはIT組織の立て直しです。

他のCIOの方もお感じかもしれませんが、多くの企業にとってITは経営から見ると必ずしもプライオリティは高くないと思います。当社もITの専任役員を設置しておらず、情報システム部長の立場も会社の大きな意思決定に参画するものではありませんでした。

70~80人いた情報システム部員も、基幹システムのお守りをしているメンバーが多く、ITアーキテクト、プロジェクトマネージャー等スキルの高いプロ集団とは言えない状況でした。

プロジェクトにおいてもベンダー丸投げ体質で、ベンダーが担当者に属人的についていて、毎年自動的に契約が更新され、RFP Basedではない状況でした。つきあっているベンダー数の多さにも驚きました。

坂本:ITガバナンスが全くない状況だったのですね。

志済氏:そうです。さらに言うと、各本部にもIT担当がいて部門システムが数多くあり、部門システムに関しては情報システム部は関与せず、「部門の製作費でやっていますからIT部門は関係ないです。何かあっても我々のせいではありません」といったスタンスでした。まずは全社のITガバナンス体制から正していかなければいけないと思いました。

2019年10月の組織改定で情報システム部はITソリューション部になり、新任部長とともにIT部門の改革を開始しました。キャリア採用を人事部と合意し、主にシステムアーキテクトやプロジェクトマネジメント経験がある人材を獲得していき、徐々にプロフェッショナル性を高めていきました。あくまでスキルベースでジョブディスクリプションを作って「こういうスキルのある人にきてほしい」と外部サイトに掲載し、1つ1つスキルの充足をしている状況です。

坂本:プロジェクトの立て直しというよりもまずIT部門の組織そのもののあり方や人材の質を高めるといったことに注力されていらっしゃるということですね。

志済氏:そうですね。あとはガバナンスに注力しています。企画調達プロセスからプロジェクトマネジメントの方法等、調達プロセス全体を変えることに注力して取り組んできました。

坂本:IBM時代に民間企業とお付き合いしてきた中で同規模の企業から想像するに、中外製薬さんも同じような状況だったのか、思ったより酷かったぞと感じられたのか、いかがでしたか?

志済氏:ひどいとは思いませんでしたが決して進んでいるとも思いませんでした。 「DXの観点では周回遅れじゃないか」と。IBM時代に担当したDXリーディングカンパニーとはどの程度かわかっていたので、中外は穏やかでいい社風ですが、DXでの大変革ができるのか?と心配もありました。

ただ、ロシュ社とのアライアンス関係があり、ロシュ社のITアセットを活用していたり人材交流があったりと、日本企業でありながら外資系的な要素を持っていたことは意外でした。

デジタル責任者としての取り組み

── デジタル推進責任者の立場としてのお話も伺いたいと思っています。デジタル推進責任者に就任された経緯や、周回遅れの状況の中、デジタルで創薬なんて無理じゃないの?というのが最初の印象だったという話でしたが、お話しできる範囲で今目指していること等志済さんがどのように貢献してこられているかについてお伺いさせてください。

志済氏:私が5月に入社した際、役員レベルでいわゆるDXをどう推進するかということが議論になっていました。データ利活用チームと呼ばれるCoE(センターオブエクセレンス)チームを立ち上げて約2年継続していたのですが、CoEやタスクチームではなく、組織作って取り組もうという議論でした。

また、特定の本部に一時的に出島部門を作る案と、全社横断のDX組織を作る案の2つについても議論していました。

タイムラインについても、パイロットとして1年間くらいやってみるという案と今すぐに組織を作る案がありましたが、結局結論が出ず、最終的に社長の判断を仰ぐと、社長は明確に「全社横断的な組織をしっかり作って10月からやるべし」と言い、鶴の一声で決まりました。その組織をコーポレートに置くことなり、統轄は志済が担当するべきと決まりました。

この結果を受けてデジタル戦略推進部という組織を10月1日に発足させることとなり、グループの設置と要員のアサインを進めました。部長にはDXの中心となるR&D 出身のリーダーを選抜し、各グループリーダーもビジネス部門から優秀な中堅若手集めました。その力仕事は、私は当時入社したばかりで誰が優秀なのか全くわからなかったので、経営企画と人事が選抜し、最後は社長が決めました。

自分の中では、10月1日に新しい組織が発足してから何をするかを考え始めるのではなく、発足したときには最低限DXのビジョンと戦略とオペレーションモデルが出来上がっていて、新装開店した時点から即稼働できることを目指しました。自分たちだけでは難しいと考えたのでコンサルティング会社にPMOを委託し8月から10月までの2か月間でビジョンと戦略とオペレーションモデルの検討をしました。

でも決してテンポラリー的に、あるいは突貫工事で作ったのではなく、議論とコンセンサスを重ねて作成したものでしたので、今3年経って完全に根付いています。組織の発足に間に合うように、ビジョンと戦略とオペレーションモデルを策定し、ロケットスタートできたことは非常に重要だったと思います。

並行してITソリューション部(以下、ISOL)も、作成したビジョンに向けてデジタル戦略推進部(以下、デジ推)に引きずられてトランスフォーメーションを加速していく流れを作った感じです。

── デジ推に引きずられてISOLが変わっていったというのは、一般的に分断しがちな2つの部門をまたがる責任者を設けることが重要だったのか、それとも2部門がシナジーを生むような動きを作られたのでしょうか?

志済氏:2部門が一緒にプロジェクトを進めていく流れを作りました。日本の会社の組織はすぐに‘すみ分けを’考えがちですよね。我々も例外ではありませんでした。

私はそのすみ分けをどうするかという議論にはあえて入りませんでした。さらに言うと、線引きできないようにわざと曖昧にしていました。メンバーは気持ち悪かったと思います。「これは誰の仕事?三遊間をどうするの?」と思っていたでしょうが、それはお互いに歩み寄って拾っていかなければいけないでしょうということで、線引きができないような関わり方をさせました。

デジタルイノベーションラボというデジ推が主導で進めているアイディエーションの場がありますが、そこに必ずISOLが入ってテクノロジー観点で検証しソフトウェアを選択する、工場のデジタル化のようなデジタルプロジェクトもプロジェクトが進んだときにはISOLからPMをアサインする等、デジ推でやっていることは関係ないということは絶対にないようになっています。

会社のDXを「CHUGAI DIGITAL」とブランディングをして進めていますが、中外デジタルはISOLだけあるいはデジ推だけではなく、両者で進めるものだということを常に意識してオペレーションをしてきました。彼ら自身はすみ分けたい気持ちを持っていたとしても、一緒に進めていくモードに変えていくことが重要だと思います。

── あえて線引きをせず一体感を持った組織に変える取組みを行ったことで、変化や手応えを感じるところはありますか?

志済氏:創薬に対する AI、データの利活用や、あるいはデジタルバイオマーカーと呼ばれる患者さんをモニタリングするようなデバイスやアプリなど、フォーカスエリアを決めてそこに対してプロジェクトを起こしていく、そのための共通のプラットフォームを作ってビジネス部門を一緒に支援していくことで、プロジェクトが進むようになりました。

既にAIを活用した分子設計の単純化、高速化や、画像解析のスピード向上等の成果が上がっています。また、各バリューチェーンの効率化をテーマにした取組みを行っていますが、進捗はプロジェクトによって違い、営業本部のデジタルマーケティングのプロジェクトはアジャイル開発で早期に成果を上げていますが、スマート工場の取組みは今年から目に見える成果が出てくるかなという感じです。

── 中外製薬の場合はフルタイムでのCIOの雇用が必要な企業規模だと思いますが、中外製薬に入社されてからの社外での活動はいかがでしょうか?

志済氏:私もCIOに準ずる、ユーザーの立場になって初めてわかったのですが、実はお客様同士は横で繋がっていたり、競合なのに交流があるのだということです。

いつも私とお客様の1対1の関係しか想像できていませんでしたが、実際に立場が変わると横で様々な連携があったり、CIOシェアリング協議会もそうですが、事例を共有したりディスカッションしたりする場があって、それはすごく有意義だなと思いました。

一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)でも委員をやっていますが、JUASのボードの皆さんとのディスカッションも、一般社団法人CDO Club Japan でのCDOの皆さんとのディスカッションでも、皆さん哲学を持って熱く語っていて、おもしろいな、刺激になるなと思っています。

同友会も普段は決してお話しできないような会社の社長さんと委員会で席を並べて議論したり、副委員長を務めさせていただいたりしました。最初はそこで発言するのがとても苦痛で、自分の考えの浅さも思い知りましたが、慣れてくるとそれなりに発言できるようになりました。良い悪いではなく、自分の思いや意見を自分なりにコメントすることが大切だと思っています。

坂本:優秀な方たちは少ない時間でも複数の団体に関わることで大きなバリューが発揮できるということもあると思います。1つの会社だけでは得られない幅広い知見を得て自社に還元する動きがすごく重要だなと思っています。

お話を伺ったCIO:志済聡子氏のプロフィール

志済 聡子(しさい・さとこ)氏
中外製薬株式会社 上席執行役員 デジタルトランスフォーメーション統括 デジタルトランスフォーメーションユニット長
パナソニックコネクト株式会社 社外取締役
北海道大学 新渡戸カレッジフェロー
内閣サイバーセキュリティ戦略本部 専門調査会委員
北海道北広島市 CIO補佐官
経団連 Society5.0時代のデジタル・ガバナンス検討会 委員

 
 

1986年に北海道大学を卒業後、日本IBMに入社。官公庁システム事業部第二営業部長、ソフトウェア事業 公共ソフトウェア営業担当(部長職)や理事 インダストリーソフトウェア事業部長などを歴任後、2009年から同社執行役員として公共やセキュリティ事業を担当。2019年5月に中外製薬にキャリアチェンジし、執行役員 IT統轄部門長に就任。2019年10月に執行役員 デジタル・IT統轄部門長、2022年1月に執行役員 デジタルトランスフォーメーションユニット長を経て、2022年4月より現職。


聞き手:坂本俊輔
CIOシェアリング協議会 副代表理事、GPTech 代表取締役社長、元政府CIO補佐官

大手SIerでの業務従事ののち、ITコンサルティングファームの役員を経て、2010年にCIOアウトソーシングを提供する株式会社グローバル・パートナーズ・テクノロジーを設立。以降、一貫してユーザ企業のIT体制強化の活動に従事している。2017年からは政府CIO補佐官を兼業で務めた他、IT政策担当大臣補佐官や株式会社カーチスホールディングスのCIOなども務めた。

 
 

本記事は「一般社団法人CIOシェアリング協議会」に掲載された「CIOの履歴書」のコンテンツを許可を得て掲載しています。(インタビュー実施日 2021年5月7日)

 

 

 

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