FanTechとは、サイバーエージェントによれば、「FanTechアプリを通じて、オンライン上で新しいエンターテインメント体験を提供すること」とある。同社がこのFanTechという言葉を打ち出し始めたのは、2022年のことだ。同社がそれまでABEMAなどのサービスで培ってきた配信技術やコンテンツ制作のノウハウと、さまざまなエンターテインメントを結び付けて新しいサービスを創造する狙いがあった、とFanTech事業の立ち上げから全体を見てきた伊達氏は振り返る。
「もともとFanTechという言葉自体は、いろいろなところで使われていたもので、サイバーエージェントが最初ではありません。しかし、その言葉を自他共に認める第一人者として世の中に普及させていくことで、マーケットにおける存在感を示していこうと考えました。当社の強みであるクリエイティブとテクノロジーの力で、世界を代表するFanTechサービスを作るという意思も込められています。」(伊達氏)
すでに複数のFanTechサービスが提供されている中で、例えば「CL(シーエル)」は、エンタテインメント企業である株式会社LDH JAPANとの合弁事業として生まれたデジタルコミュニケーションサービスだ。これはまさにABEMAの運営を通じて得た、大量のトラフィックを確実に処理する技術やUI/UXデザインを巧みに組み合わせて高品質なコンテンツに仕上げるクリエイティビティなどの融合で生まれたものだと明かす。
「特にCLでは、グローバル配信に字幕機能や同時翻訳機能を組み込んで、世界中のファンの方にも国内と同時進行で楽しんでいただくなどの実績を築いています。そうした世界規模のコンテンツ提供を最高レベルの品質で実現できるのも、私たちならではの強みだと思います」(伊達氏)
FANTECH本部が自らの組織づくりや事業戦略において重視しているのが、「データにもとづいたコミュニケーション」だ。エンターテインメント系のコンテンツやサービスにおいて、定量化しにくいエモーショナルな部分を突き詰めていくことが成功の要素になる。だが同社では、それだけでなく明確なデータにもとづいて判断・行動する重要性に着目しているという。FANTECH本部でも現在、データに特化した組織をつくるための準備を進めており、それが今後のデータにもとづいた意思決定や事業戦略策定につながっていくとFANTECH本部でデータの分析や活用の責任者を務める遠藤氏は語る。
「データに基づいた判断軸を設計し、整えていくことが、まさに今私が抱いている課題点でもあります。これまで事業開発などの意思決定の際には、経験からいくつか仮説を立て、どれにインパクトがあるかや既存のサービスでの成功体験や知見から新しいサービスの意思決定をするといったことが行われていました」(遠藤氏)
しかし既存のサービスは、それぞれ個別の背景や事情があり、ユーザーも異なる。当然、意思決定の方法も異なるため、過去の成功が他の領域でも通用するとは限らない。「そこで、特に新規事業の意思決定には、客観的なデータも活用していく必要があります。そうしたデータにもとづいたコミュニケーションを今後は推進していくことが、最短ルートで事業成果を導き出す上で重要だと考えています」と遠藤氏は言う。
ここで1つ注目したいのは、「データにもとづいたコミュニケーション」という表現だ。一般にデータをもとにした判断や戦略策定というと、データ(数値)の良い方を「正解」とするイメージがある。だが、実はその判断が正解かどうかも含めて関係者みんなが議論し、アイデアを出し合うこと、すなわちコミュニケーションこそが重要というのが、サイバーエージェントの考え方だと伊達氏は紹介する。
「私がFANTECH本部のメンバーによく言うのは、『結局ファクトは何なのか?』ということです。例えばサービス改善にしても、いくつもある課題の中で、その施策の優先順位とインパクトをきちんと評価できないと、本当にやるべきことが後回しにされたりするリスクがある。どれも『良い意見』だけど、そのプライオリティを的確に評価する上で、やはりデータがあることは大きな基準になるし、それによってジャッジを下したことが、全員にとって納得のいく結論になるというメリットもあります」(伊達氏)
ビジネス、開発、デザインの複合チームになることの多いFANTECHチームのマネジメントにおいても、そうした合意形成は非常に大切だと伊達氏は強調する。例えばサービスのUI/UX改善などでも、感覚的に「こっちが良い」「これが好評だった」ではなく、データが示す客観的かつ合理的な改善を重視しているという。
データにもとづくコミュニケーションをさらに推進し、ビジネスの成果としてアウトプットしていくために、FANTECH本部では「North Star Metric(NSM:ノース・スター・メトリック)」を取り入れていくのだという。これはその名の通り「北極星指標」と呼ばれ、プロジェクトやチームのメンバーが、常にその指標を意識しながら自分たちの現状を把握、成長の進捗を長期的に確認する基準となるものだ。
「これまでもKPIのシミュレーションを行なったり、中長期のKPI目標を決めたりしていたのですが、結局足元の数字改善のためにひたすら頑張るといったことがよくあったのです。そこで、顧客目線も考慮した進むべき方向を遠くに据え、プロダクトのコンセプトづくりなども含めてNSMという指標に着目することにしたのです」(遠藤氏)
NSMの設定に当たっても、やはりコミュニケーションが非常に重要になるという。プロジェクトに関わるメンバーや関連部署、そして経営層が納得のいくものでなければ、共通の指標として機能しないからだ。
もう1つ、コミュニケーションと同様に大切なのが「事業全体を俯瞰した上で、何を指標にするか」だ。ビッグデータを集めて、設定し得る限りの指標を設定しても、本質的な指標を設定することは難しい。逆に少なすぎれば、データ同士の関係性やその影響が見えない。必要な指標を最適な数に絞り込むことが成功のカギとなる。
データを活用する上でミスリードしないためのコミュニケーションとして遠藤氏は、「その仮説が証明できるデータの形はどうあるべきか、そこに一番時間をかけています」と明かす。しばしばデータサイエンティストやエンジニアの課題として、「データをいかにビジネスに翻訳するのか」が挙げられるが、データを集めてからどう翻訳するかを考えるのでは遅いと遠藤氏は言う。
「私のスタンスは、仮説の段階からビジネスサイドを巻き込み、一緒に議論しながら進めていきます。そのため、データが出てきた時点でやるべきことはかなり明確になっています。大前提として事業メンバーが施策を打てない分析をしても意味がありませんから、最初から課題を理解するためのデータ、あるいは計画につながるデータとして抽出することが、翻訳(=コミュニケーションコストを最小化して成果につなげる)のポイントだと思います」(遠藤氏)
前章までの「データ活用とコミュニケーション」の関係を、いかにチームの活性化や合意形成に当てはめていくのか。伊達氏はマネージャーの視点から、「やはりカルチャーが何よりも大事」と示唆する。
「そのサービスに携わることで、自分のスキルが上がる、自己実現ができるなども仕事の醍醐味ですが、やはり最終的に目標を達成し、そのビジネスをグロースさせることが喜びだというカルチャーが根底にある組織は強いと思います。まさにそれがサイバーエージェントのカルチャーです。そういう組織では、データというのはエンジニアにとって、扱いが面倒なものではなく、むしろ『開発の資源』になり得ると思うのです」(伊達氏)
データを媒介にコミュニケーションできる組織なら、ビジネスサイドからの要請に対してデータサイエンティストやエンジニアが根拠になる数字を示し、それにもとづいて仮説の優劣を付ける。そして全員が納得した「最もスジのいい仮説」という船に乗ってNSMを羅針盤に勝負していくことになる。
そうしたプロセスと成果は、エンジニアにとっても自分の技術で得た自社サービスの成長であり、納得感や満足感につながる。そして更なる意欲を育てていく。データを活用する風土を自社のカルチャーとして育てていくには、数字の羅列ではなくまずコミュニケーションが必要だといえそうだ。
FanTechサービスをさらに充実させていく上で、今後は人的リソースの充実を図っていきたいとFANTECH本部では考えている。遠藤氏は、「まさに今人材募集中なのですが、さまざまなサービスの事業戦略や事業の成果出しを、データにもとづいて最短ルートで実現する試みを一緒にできる方にぜひ来ていただきたい」と呼びかける。
また伊達氏は、日本発のIPをFanTechサービスを通じて世界に広げていきたいと展望を語る。
「日本にはゲームやアニメなど素晴らしいコンテンツがたくさんありますが、世界規模ではもっと勢力を伸ばしていけると思います。これをインターネットという基盤とテクノロジーデザインを活用して展開していけば、日本は世界で勝負できる。それを、FANTECH本部で実現していきたい」(伊達氏)
そのためにも今後は、ファンの気持ちや動向をグローバルでモニターして次の仮説を立て、よりダイナミックな仕事につなげていきたいとする。「FanTechの代名詞」を目指すサイバーエージェントのチャレンジに、引き続き注目していきたい。
※IP:英語で知的財産を意味するIntellectual Propertyの頭文字
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