
環境心理学の研究によれば、景観と音環境は相互補完的に人間の体験を形づくることが示されています。美しい景観と調和した音(例えば水の音や鳥のさえずり)は、滞在時間を延ばし、交流行動を促進するという結果が報告されています。
例えば、Xiaochao ChenとJian Kangの研究によると、自然音がある環境ではグループでの社会的交流が約10%増えることが裏付けられました。この点から音が人と人をつなぐきっかけになることが分かります。
また、中国・広州の「Maofeng Mountain Forest Park」を対象とした調査では、6〜14歳の子どもたちが樹木や舗装材に触れる経験が活動意欲や空間評価に影響することが示されました。
研究チームは、子どもたちに「木の幹に触る」「芝生に寝転ぶ」「舗装路の石畳に手を置く」といった体験をアンケート形式で評価させました。その結果、自然素材(木・草)に触れる経験は「また来たい」という肯定的評価を高め、人工素材(コンクリート)では逆に活動意欲が低下するという傾向が見られました。都市デザインにおいても、素材の手触りが「居心地」や「遊びの誘発」に直結することを示す定量データといえるでしょう。
さらに、嗅覚は海馬や扁桃体と直結しているため、都市空間における「匂い」は記憶の想起や感情喚起に強い影響を与えます。観光研究では「食と匂いの体験」が再訪意向に強く寄与することが示されており、商店街や市場におけるデザイン戦略に直結します。
ニュージーランドのオークランドの2つのタウンセンターを比較した研究では、視覚だけでなく、視覚情報、音、匂いといった複数の感覚的経験が、行き交う人たちの活動パターンや肥満誘発行動にどのように影響するかが調査されました。
例えば、色は感情的な反応を刺激しますが、特に赤を主体としたメッセージは空腹を刺激し、潜在的に摂食行動を誘発します。また、飲食店エリアに漂う匂いは歩行者の速度を低下させ、滞在行動を増加させ、結果的に肥満を助長します。
そのため、健康的なコミュニティをつくるためには物理的な要素のデザインだけでは不十分です。また、単に肥満を助長する要素を排除するだけでなく、それらの要素が人々の感覚にどのような影響を与え、習慣的な行動につながるのかを解き明かし、デザインしなければならないということが分かります。
都市に新しい感覚体験を生み出し続ける組織にニューヨーク・ブルックリンを拠点とするデザインスタジオ 「Urban Conga(アーバン・コンガ)」を挙げることができます。
Urban Congaは、インタラクティブな光・音のインスタレーションを通じて、公共空間に「遊び」を持ち込み、都市に新しい感覚的体験を創出しています。彼らの哲学は「遊びは社会を動かす」というものであり、都市に潜在する空き地や使われていない公共空間を、五感を刺激する遊び場に変えることで、人々に交流と発見の機会を与えています。
代表作の一つである 「Optik」 は、幾何学的な光のリングを並べ、触れると色と音が変化する大型インスタレーションです。訪れた人々はリングを回したり叩いたりしながら、光と音が自分の動作に呼応する体験を楽しみます。このとき観客は単なる鑑賞者ではなく「演奏者」や「参加者」へと変わり、通りすがりの人々も自然と関わり合いながら場に参加していきます。都市の一角が、瞬間的にインタラクティブな「遊びの舞台」へと変容するのです。
もう一つの代表作である 「Molecules」 は、大小の球体が連結したモジュールを用いた作品です。人が触れたり押したりすると光が流れるように伝わり、まるで分子が反応するかのような効果を生み出します。子どもたちは走り回りながら触れ、大人たちはその様子を眺めたり一緒に参加したりと、世代や文化を超えたコミュニケーションが自然に生まれます。こうした作品は、視覚・触覚・聴覚を同時に刺激する「マルチセンサリー・インターフェース」として設計されています。
【参考:Instagram】
https://www.instagram.com/reel/DC4el2qRNPu/?utm_source=ig_web_copy_link
Urban Conga の活動の価値は、一時的なインスタレーションであっても「都市に新しい記憶」を刻むことにあります。遊びの体験を共有することで、その場所への愛着や再訪意欲が高まり、結果的にシビックプライドや地域コミュニティの強化につながります。ニューヨークのみならず、ヨーロッパやアジアの都市でも作品を展開しており、各地で「公共空間を遊びの視点から再定義する」事例を積み重ねています。
感覚と都市デザインを組み合わせることで観光地のロイヤリティやブランドの向上、またさらに心地よい、健康的なコミュニティにつながることは前述したとおりです。
さらに五感を意識した都市デザインは、「防災」や「サステナビリティ」といった多面的な価値も生み出します。例えば、防災設計においては光と音声案内に加え、床の突起など触覚サインを組み合わせることで避難速度が約30%向上することが示されています。これは高齢者や外国人など視覚情報に頼りにくい人々にも有効な方法であり、多文化が共生する都市に不可欠になるはずです。
サステナビリティの観点からも、素材選択と感覚価値は深く関係します。前出の「Maofeng Mountain Forest Park」の調査では、子どもたちの61.61%が建材として木材を支持し、コンクリートなど人工素材よりも「触覚・嗅覚的な心地よさ」を重視する傾向が確認されました。
さらに、循環型舗装材や自然素材の利用は、単なる環境負荷低減にとどまらず、都市空間における安心感・居心地の良さを高め、結果として利用者満足度や施設の維持管理効率の向上に寄与することが示されています。
「五感+α」による都市デザインは、都市を単なるインフラから「共感と共生の場」へと変える可能性を秘めています。視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚を含めたマルチセンサリーな都市設計は、シビックプライドを醸成し、観光・健康・防災・持続可能性といった多様な価値を生み出していくことでしょう。
書き手:河合良成
2008年より中国に渡航、10年にわたり大学などで教鞭を取り、中国文化や市況への造詣が深い。その後、アフリカのガーナに1年半滞在し、地元の言語トゥイ語をマスターすべく奮闘。現在は福岡在住、主に翻訳者、ライターとして活動中。
(TEXT:河合良成 、編集:藤冨啓之)
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