
データスペースは、「信頼性・透明性を担保したうえで、企業や自治体、国境を越えてデータを安全に共有・活用する仕組み」であり、今後のデータ利活用インフラの鍵を握る存在として注目されています。
その背景には、どのような事情があるのでしょうか?
これまで企業は、業務システムやIoT機器から得られるデータを、基本的には自社内で管理・活用することで競争力につなげてきました。しかし、DX の進展とともに明らかになってきたのが「自社のデータだけでは限界がある」という課題です。
たとえば、百年に一度の変革期を迎えているといわれる自動車業界をテーマに考えてみましょう。同業界では、コネクテッドカーが生成する走行データに加えて、地図・気象・道路情報などさまざまな企業・団体が所有するデータをリアルタイムで統合することで、交通渋滞の緩和や安全運転支援サービスの高度化を実現しようとしています。また、EV蓄電池の劣化データなどを企業の垣根を超えて共有することで、資源の回収を効率化する取り組みなどもはじまっています。
一方医療分野では、病院・研究機関間での臨床データの共有により、希少疾患の診断精度を向上させる取り組みが行われています。これは、AIによる画像診断や創薬研究にもつながっており、厚生労働省主導の「医療情報利活用基盤整備事業」や「全国医療情報プラットフォーム構想」に反映されています。
サプライチェーン領域では、メーカーやサプライヤー、物流事業者がリアルタイムにデータを共有、原材料の調達状況や在庫状況を可視化し、配送の効率化や脱炭素経営を実現する取り組みが進んでいます。「サプライチェーン イノベーション大賞2025」を受賞したキユーピー、キユーソー流通システム、加藤産業の「共同配送におけるASN入荷検品レスの実現」の事例などはこの好例と言えるでしょう。
こうした時代の要請を受けて、欧州では自動車業界の「Catena-X」、農業分野の「Agri-Gaia」など、産業別データスペースが次々に立ち上がり、日本でも日本発の産業横断型データスペースとして「ウラノス・エコシステム(Ouranos Ecosystem)」構想が2023年より経済産業省主導でスタート。すでにトヨタ・ホンダといった自動車メーカーと自動車部品・蓄電池の業界団体が参画する「自動車・蓄電池トレーサビリティ推進センター」が発足し、公益デジタルプラットフォーム運営事業者(公益DPF)として認定されています。
このように、企業単独では収集できない多様なデータを「信頼できる枠組み」で結び付けることが、イノベーションと社会課題解決の両立に不可欠になりつつある時代。データスペースは単なる情報共有の仕組みにとどまらず、ガバナンス・透明性・トレーサビリティを備えた“次世代の社会インフラ”としての役割を担い始めているのです。
「安心してデータを共有できる仕組み」はどう実現されるのか?
「データスペース」とは単なる“データの共有基盤”ではありません。異なる組織同士が信頼できる形でデータを持ち寄り、自律的に連携・活用できる分散型のエコシステムを指します。
最大のポイントは、データそのものを集中管理するのではなく、各参加者が「データの主権(Data Sovereignty)」を持ち続けながら、安全かつ目的に応じて共有できる点にあります。その機能は、以下の4つの基本要素によって支えられています。
参加者の組織やユーザーを確実に認証し、信頼できる相手であることを保証する仕組みです。たとえば「誰が」「どの立場で」「どの範囲まで」データを利用できるのかを明確化し、不正利用を防ぎます。
データの利用目的や保持期間、再提供の可否といったルールを契約として定義し、メタデータに付与する仕組みです。これにより、自動化された形でデータの適正利用をコントロールできます。
組織やシステムごとに使われるデータ形式・通信プロトコルが多様であっても、標準化されたインターフェースや変換モジュールを介してスムーズにやり取りできる仕組みを備えています。
データを中央に集約するのではなく、各参加者が自社環境に保持したまま、必要なときだけ連携する分散型のモデルを多くのデータスペースでは採用しています。これにより、データ主権を守りつつセキュリティやプライバシーを確保できます。
データスペースを社会に実装する枠組みとして、欧州で進んでいるのが、欧州統合データ基盤プロジェクト「GAIA-X」です。
これは、ドイツ・フランスが中心となり2020年に立ち上げられた欧州主導のプロジェクト。目的は、欧州域内のデータ主権を守りながら、信頼できるクラウド/データインフラを構築することです。産業界・政府・学術機関などが参画し、現在では20以上の国と300以上の組織が関与しています。前述のCatena-XやAgri-GaiaもGAIA-Xのフレームワークを土台に生み出されました。
GAIA-Xの実現に必要な技術仕様やアーキテクチャを定め、国際標準化を進めている団体が「IDSA(International Data Spaces Association)」です。IDSAは、Usage Control(利用制御)やConnector(接続モジュール)といった仕組みを定義し、DIN SPECやISOといった国際規格への展開を進めています。
こうした欧州発の動きは、単に地域内のルールづくりにとどまらず、グローバル市場でも注目されており、アジアや北米の企業も参画を始めています。日本では、前述の「ウラノス・エコシステム」を軸に、産業横断的なデータスペースづくりが本格化しています。
IPA(情報処理推進機構)は2025年2月に、「ウラノス・エコシステム・データスペーシズ リファレンスアーキテクチャモデル(ODS-RAM)」を公開しました。これは、「データスペースをつくるときにどんな仕組みをどう組み合わせればよいのか」を示した共通の参照モデルであり、産業の垣根や国境を越えても使えるように、技術構成や階層構造、相互運用性を意識した設計原則が整理されています。
さらに、このODS-RAMをもとにしたオープンソースソフトウェア(OSS)や、企業同士がデータをやり取りする際に使える契約書のひな形、ルール集なども整備して公開されています。
一方、米国では、AWS・Microsoft・Googleといったクラウド大手が、オープンデータの推進や業界ごとのデータ連携基盤を事実上リードしています。その例としては「Open Data Initiative」や「AWS Clean Rooms」などが挙げられます。
また、中国では国家主導で「データセキュリティ法」「個人情報保護法(PIPL)」が施行されています。こうしてデータの越境移転を厳しく制限しつつ、国家データ局の新設やデータ取引所の開設などを通して、国内でのデータ市場形成を急速に進めているのです。
そのなかで日本は、ウラノス・エコシステムやODS-RAMを通じて欧州標準との相互運用性を確保しつつ、産業横断のデータスペース構築を加速させている段階にあります。データスペースを活用したエコシステムの構築を各国が進める中で、日本企業は産業ごとの仕組みやルール、慣習を整え、データ活用のあり方を前に進めることが求められています。
「データスペース」は、単なるITインフラでも一過性のトレンドでもありません。データを“囲い込む資産”から“共有によって価値を増やす資源”へと転換する新たな視座であり、DX を次のステージに進めるカギとなります。
欧州では標準化とユースケースの実装が先行しており、医療、モビリティ、製造業など多分野で着実に社会実装が始まっています。一方、日本では制度や文化、技術の面で課題は多いものの、スマートシティや脱炭素、医療DX といった領域を起点にデータスペース的発想が求められる機会は急増しています。
まずは「他者とどのようなデータを、どのようなルールで共有するか」を明確にし、データスペースに参画する小さな一歩を踏み出してみましょう。
(宮田文机)
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