ウイングアーク1stは2022年4月、それまでのCustomer Success部をCustomer Experienceへ拡充する組織改編を行った。背景には、商品やサービスの売り方が変化する中で、PLGを視野に入れた、本当の意味でのCX(顧客体験)の提供を目指す姿勢がある。
SaaSの普及に伴い、サブスクリプションなど新たな販売スタイルが定着しつつある。SLG(Sales-Led Growth:営業主導の成長)から、PLG(Product-Led Growth:製品主導の成長)へと販売手法をシフトさせる企業も増えている。
PLGは、従来のSLGのように営業が商品やサービスを売ることによって事業を成長させるのではなく、無料版などを顧客にまず利用してもらい、そこに営業やマーケティング活動を取り込み、有料版への移行や継続利用を促すことで事業を成長させていく。「UXグロース」という言葉を聞く機会も増えてきているように、ユーザーに価値を提供する「UX(User Experience)」という視点が重要になっている。
カスタマーサクセス(CX)部などで、このUXへの取り組みを始めている企業も多い。しかし、下記3つの課題により、活動の限界がきているところも多い。
ウイングアーク1stは2022年4月、それまでのCustomer Success部(CS)をCustomer Experience(CX)へ拡充する組織改編を行った。
CS部部長の小池尚樹はその背景について、次のように説明する。「最大の理由は、契約前のプロセスから契約後までをきちんとつなぐための組織にすることです。従来ももちろん連携はしていましたが、営業部門は売ることに注力しがちになり他の対応が手薄になってしまっていたり、サービス部門は契約後の多様な問い合わせやクレーム処理などが中心になってしまったりしがちでした」(小池)。
同社に限らず、マーケティング部門、営業部門、カスタマーサービスが単独で活動を行っているため、サイロ化してしまっている例は珍しくない。「それでは、本当の意味のカスタマーサクセスは実現しません。そもそも、プリセールスの部隊は、お客様に販売する際の技術支援などを行います。お客様にはトライアルで製品を使っていただくので、私たちにとっては『買っていただく前』でも、お客様にとっては、この製品を試す『真剣勝負』なのです。そこに対する支援という意味では、カスタマーサクセスの提供ということができるかもしれません」(小池)。
そのためにも、各部門が密接に連携していく必要があるわけだ。「各部門のKPIは異なりますが、それでも同じ方向を向いて行動できることが大切。CX統括部では『顧客に迷わない導線を、そして顧客に成功を』というスローガンも掲げています」と小池は紹介する。
「迷わない導線が確保できること」とは、顧客が正しく同社のプロダクトを使い始めることを表す。手段はデジタル、フィジカルを問わない。「小さな成功を体験してもらうこと」にも留意している。顧客が同社のプロダクトを通じて課題解決の一歩を踏み出し、その成功の積み重ねが顧客企業の変革を促進できると考えているという。
具体的に、組織の拡充を行ったCX統括部ではどのような活動を行っているのだろうか。青空広幸は次のように説明する。「小池が話したように、お客様が捉えるトライアルと、私たちが認識しているトライアルとのギャップを埋めることが大切です。そこで、まずはお客様を成功に導くオンボーディングのプロセスにテクニカルセールス部(プリセールス)の協力を仰ぐようにした。」(青空)。
その結果、プリセールスの段階で、オンボーディングで必要なきめ細かなユーザー情報の収集が可能になったという。「その一方で、CMK(カスタマー・マーケット・ナレッジ)と呼ぶ、インターネットのコンテンツやチャットボットなどを制作する部門も新設しました。人による対応とは異なる情報提供を担います。これらの多面的な支援により、契約の段階ですでに『成功まであと半歩』まで来ているようなお客様も増えてきました」と青空は語る。これにより、サポート部門の労力も軽減できるわけだ。
ただ、そこで疑問が生じるのは、プリセールス段階に経営リソースを配分することで、売り上げなどの増加につながるのかという点だ。受注にもなっていない顧客の問い合わせに一つ一つ対応していると、コスト面でも影響があると考えられる。その問いに対して、青空は次のように答える。
「CX統括部のスローガンとは別に、独自のスローガンを掲げています。それは『お客様(なかま)と共に、データ活用のその先へ』です。お客様という単語にあえて『なかま』とルビを振りました。そこには、どちらが上、どちらが下というのではなく、対等な立場で一緒にゴールを目指していこうという思いを込めています」(青空)
「CX統括部のスローガンにしても、CS部のスローガンにしても、常に中心にいるのはお客様です。我々が業務を遂行する上ではお客様を中心にすべてを考えることを徹底しています。」(渡部)
スローガンにもとづく、具体的な行動指針も定められている。むろん、その結果として、最終的には、カスタマーサクセスを自社の売り上げや利益につなげ、アップセル、クロスセルを向上させることが大事だ。データドリブンで追っていく必要もあるだろう。顧客の購買行動がSLGからPLGへシフトする中で、ウイングアーク1stではどのように取り組みを進めているのだろうか。
「お客様の解約離脱を防ぐためには、お客様のツールの利用状況などを正しく把握することが必須になります。当社ではそのために、『CSuP(シーズアップ)』と呼ぶデータ活用基盤を利用しています」(青空)
CSuPは、顧客企業内での社内展開率や活用率などの指標をリアルタイムで可視化するとともに、必要に応じて担当者にプッシュ型で顧客情報を提供する。まさに、プロアクティブな(顧客から要望が来る前に動く)アクションを可能にするものだ。「NNR(売上継続率)」や「チャーンレート(解約離脱率)」などもダッシュボードで容易に確認できる。
青空は「従来、顧客への働きかけなどは、営業担当者やエンジニアによってまちまちでした。このため、解約離脱を防止するタイミングを逸することもありました。CSuPの導入により、これらを未然に防ぎ、改善することが可能になりました」と話す。
小池は「CX統括部の組織再編で最も大切なのは、メンバー一人一人が、チャーン(解約離脱)やエクスパンション(顧客の利用拡大)、さらに売上高や利益を意識して行動できるような仕組みや風土をつくることです」と語る。
欧米のSaaS企業やスタートアップの中では最近、CMO(Chief Marketing Officer:最高マーケティング責任者)に代わり、CRO(Chief Revenue Officer:最高収益責任者)を置く企業が増えている。マーケティングの視点だけでは、マーケティング、セールス、CSなどのチームが分断化されがちだが、CROを置くことによって、それぞれのチームを統一的にマネジメントし、コラボレーションさせることができる。ウイングアーク1stのCX統括部の再編も同様の効果を期待している。「ただし」と青空は加える。「そこで大切なのはこれらを実践する人財です。お客様の成功を実現するためには、当社の社員一人一人の活動の質を上げることが不可欠です。そうでないと、お客様の満足度は上がりません」(青空)。
CSuPなどのツールを導入することで、顧客情報の可視化などは容易になったが、それだけでは最適な対応や提案はできないという。製品によって顧客が検討している選択肢も異なる。そもそも、顧客が抱えている課題そのものが同じではない。従来はそのあたりについても、経験と勘による属人的なところが多かったが、同社ではこれを定量化する取り組みも進めている。
「カスタマーサクセスを実現するという観点で、初級者から上級者まで複数のグレードを設定し、それぞれに求められるスキルを文字化しました。その上で、個人個人で足らないスキルがあれば、それを補うための研修なども行っていきます。」(青空)
さまざまなデータをつなげることで、本当の意味でのカスタマーサクセスを実現しようとしているわけだ。小池は「繰り返しになりますが、カスタマーサクセスはサポートの延長線上にあるのではなく、お客様と一緒に伴走し、お客様を成功に導くことです。CX統括部がカバーしている製品は現在、当社の主力製品に限られていますが、今後はさらに活動の幅を広げていきたいと考えています。その上で、さまざまな部門と連携して、カスタマーサクセスを当社の強みにできるよう、全社的にカルチャーを浸透させていきたいと思います」と力を込める。
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Customer Experience部
部長 小池尚樹