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米カリフォルニア州の著名なデザイン・コンサルティング会社IDEO(アイディオ)。優れたデザインの製品やサービスを世に送り出しているだけでなく、企業のサービス、コミュニケーション、マーケティング、さらには企業の経営戦略をもデザインするコンサルティングで多くの顧客から支持されている。
IDEOは世界7都市で事業を手がけている。そのうちの一つがIDEO Tokyoだ。同社の油木田大祐氏も、自らデザインを手がけながら、デザイン思考について学ぶ機会を提供したり、モノづくりの価値を広める活動にも取り組んでいる。肩書はインタラクション・デザイン・リードだ。
「大学時代はコンピューターサイエンスを専攻していました。大学院に進むときにデザインに興味を持ち、メディアデザイン研究科で修士を取得しました。大学院に進学したばかりのころはデザインの知識に疎く、著名な建築家のフランク・ゲーリーを知らないと言ったら、大学院の同期に驚かれました」
大学院では米国ニューヨークのプラット・インスティテュート、英国ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)などで、あらゆる角度からデザインやモノづくりを学んだ。
「もともとエンジニアリング畑だったこともあって、デザインそのものを手がけるだけでなく、それをどう作れるかという部分も常にセットで考える癖が付いていました。 」
IDEOの本業は、大手企業などと一緒になって、未来のクルマ、未来のお菓子、未来の金融機関など“新しいもの”をつくるのが大枠だが、「それらを仕事とする傍らで、つくることの楽しさやつくることを通して解放される“感覚”に気づきました。それを一人でも多くの人に伝えたいという思いがあって、そのような活動も行ってきました」と油木田氏は話す。
油木田氏がデザイン思考について学ぶ機会を提供したり、モノづくりの価値を広める活動を重視する背景には、IDEOならではの理念や文化がある。
「IDEOのDNAとして、デザインを民主化させるという創業理念を持っています。会社としてかっこいいものを世に送り出すことも大切ですが、私たちがどれだけいいものをデザインしても、世の中に対するインパクトは限られています。いいものをつくるのと同時に、クライアント企業が自らそれができるようになる状態にするのも、私たちの仕事だと考えています」
油木田氏の活動の原動力ともなっている「つくることを通して解放される感覚」とは具体的にどのようなものなのか。
「IDEOのメンバーを含め、“つくる”というスキルを持っている人は、例えば『○○のようなテーブルが欲しい』と思ったら、真っ先にどうやって自分でつくるかということを考えます。それは、つくること自体が楽しいというだけでなく、すでに存在しているものにとらわれずに自分が欲しいものを生み出すという、ぜいたくな行為だと思います。さらに自己効力感と心理学でいうのですが、何かやりたいと思ったときにそれを達成する力が自分にあると思える感覚が得られます」
IDEOではこれをクリエイティブ・コンフィデンスと呼んでおり、これは創業者であるトム・ケリー氏とデビッド・ケリー氏が提唱したものだという。
「ものをつくる行為を通してクリエイティブ・コンフィデンスが上がります。そして、クリエイティブ・コンフィデンスが上がることによって、身の回りにある問題が全部自分ごとに思えてきます。そこが“解放”の正体なのではないかと思っています」
「VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)」の時代ともいわれるほど変化が激しく、企業にとって将来予測が難しくなってきている。価値創造につながる事業を「つくり出す」こと、「つくり出し続ける」ことの重要性が高まっている。
「確かにその通りですが、やみくもにつくればいいというわけではありません。私たちはサーキュラーエコノミー(循環型経済)のデザインやものづくりにも携わっており、その責任の一端を担っているとも感じています」
一方で、特に日本の企業では、社員からアイデアが出てもそれが形にならなかったり、事業化につながらないケースも多い。
「私たちがデザインのコンサルティングに携わるときにも、そのような場面を間近で見ることが多いです。デザイン会社としては、依頼されたデザインをつくって納品すれば、役割を果たしたと割り切ることもできますが、プロジェクトが終わった後にもクライアントは製品化に向けて長い期間をかけて走っていかなければいけない距離が残っています。その問題をずっと内包したまま、デザイン業界は来ていることに課題感を持っていました。それを解決するために、有効な手法の一つが『プロトタイピング』のノウハウも一緒に納品することではないかと考えるようになりました」
プロトタイプ(prototype)は、製品などの原型、試作品を意味する。
「私は以前から、『絵に描いた餅と食べられる餅』と表現しているのですが、いくらおいしそうな餅の絵を描いたところで、プロジェクトは前に進みません。組織の論理では、いくらきれいな企画書を上司に提案しても、なかなか形になりません。その一方で、『食べられる餅』を提供すると社長決裁がすぐに降りたり、製造サイドでのイメージの共通理解が一瞬で図れたりといったことがあります」
油木田氏によれば、プロトタイプはフィジカルなものだけでなく、アプリなどソフトウエアやデジタルサービスにも効果的だという。「アイデアが詰められていない状態でも、まずはつくってみること、さらにつくったものを想定されるユーザーに実際に使ってもらうことが大切です」と油木田氏。「食べられる餅」をつくるとともにそれを届けたい人に届け、それが自分たちの意図したように動いているのか、ユーザーのためになっているか、動いていない・なっていないとしたら何が問題なのかを議論し、修正していくことが大事なのだ。
企業によっては新規事業を創出するための部署を設置している企業もあるが、プロトタイピングの手法は同シーンおいても有効な打開策となり得る。
「事業の発案者が自らプロトタイプを製作することが、非常に有効です。それができれば、社内で稟議(りんぎ)を回し、他部署や社外に試作品の製作を依頼する必要がなくなります。熱意が高いうちに『食べられる餅』を用意することができるのです」
IDEOでは新たな取り組みも進めている。2023年春に「プロトタイプの学校」を開校する予定だ。対象は大学生や社会人で、IDEOのデザイナーたちによる実践的なプログラムが用意されるという。
「アイデアを最短距離で実現し検証するためのマインドセットおよび方法を学べる場を提供したいと考えています。基本的には、熟練者よりも初心者を対象にしています。企画職をずっとやってきたけれど、ものはつくったことがないという人が自分でプロトタイプをつくれるようにしていきたい。それにより、アイデアが勢いを落とさずに事業化に向けて進んでいくようになるでしょう」
「プロトタイプの学校」では具体的にどのようなカリキュラムになっているのか。後編では、2022年11月に行われた「プロトタイプの学校」体験授業の様子なども含めて紹介する。
油木田 大祐 氏
IDEO Tokyo インタラクション・デザイン・リード
IDEO Tokyoのインタラクション・デザイン・リード。ヒトに優しいインタフェースや体験のデザイン、そして「つくる」行為を通じて全ての人のクリエイティビティを解き放つことに情熱を注ぐ。IDEO入社前は、クリエイティブスタジオdot by dotに勤務。日本の様々な学校でモノづくりやプロトタイピングを教えている。
慶應義塾大学でコンピューターサイエンスにて学士号、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科にて修士号を取得。また、プラット・インスティテュート及びロイヤル・カレッジ・オブ・アートにて、グローバル・イノベーション・デザイン(GID)プログラムを修了。
プライベートではサーフィンしたり家でヘンなものを作ったりしている。子供が生まれたことを機に保育士資格取得。
春の本格始動に向け、体験授業の第2弾を開催決定。現在参加者を募集中。今回のテーマは、フィジカルモックアップ/3Dプリンター/ビジュアルアイデンティティ。企画開発関連の方々に限らず、全くの別分野の方々も大歓迎で、初学者も参加できるとのこと。詳細、お申し込みは以下イベントページをご確認ください。
「プロトタイプの学校」体験授業
(取材・TEXT:JBPRESS+稲垣 PHOTO:Inoue Syuhei 企画・編集:野島光太郎)
10/31(火)~11/2(木)開催のデータでビジネスをアップデートする3日間のビジネスカンファレンス「updataNOW23」に油木田氏も登壇。「updataNOW23」はウイングアーク1st社主催の国内最大級のカンファレンスイベントで、DX・データ活用を軸にした約70セッションと30社以上が出展する展示など、会場とオンラインのハイブリッド形式で開催されます。
自分で作る力をぶち上げろ!
~IDEO流プロトタイピングを通じて高めるクリエイティブコンフィデンス
不安定な世界を悲観せず、新たなチャンスととらえるためには、他人任せにならずに自分で変化を生み、自分で事業をドライブさせる力が必要となります。本セッションでは、IDEOの油木田大祐氏が、AIやノーコードツールを駆使した最新のプロトタイピング手法を活用し、専門性や職種に関わらずアイデアを最短距離で実現し検証することで、クリエイティブコンフィデンスを向上させる方法について話します。油木田氏が手がける「プロトタイプの学校」の取り組みから見えた、具体的なプロトタイピング手法や事例を元に、あなた自身が自分で変化を作り出す力をぶち上げ、新たなチャンスを掴み取る方法を探求しましょう。
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