DXの取り組みが成果につながっていない。あるいは、検討段階から実行フェーズへなかなか進めない。
企画・社内検討やプロジェクト遂行に着手した企業が増えたからこそ、そのような声も多く聞かれるようになっています。『ビジネストランスレーター データ分析を成果につなげる最強のビジネス思考術』(日経BP、2023)は、そのような悩みに対し「ビジネストランスレーター」という役割が発揮すべき4つの能力とその力を身につけ発揮する方法についてのビジネス書です。
前作にあたる『データ分析人材になる。 目指すは「ビジネストランスレーター」』(日経BP、2020)との比較などを通し、同書の内容やターゲットとなる人材像についてご紹介します!
『ビジネストランスレーター』とは? 前作『データ分析人材になる』との違いは何?
「ビジネストランスレーター」とは、データサイエンティストなどデータ分析の専門家と、ビジネス部門の間に立ち、データ活用プロジェクトがスムーズにいくよう、両者のコミュニケーションの「通訳者」的な役割や、現場の課題を発見する「コンサルタント」的な役割を担う、データ時代の新たな職種です。
『ビジネストランスレーター データ分析を成果につなげる最強のビジネス思考術』(以下、『ビジネストランスレーター』)は、『データ分析人材になる。 目指すは「ビジネストランスレーター」』(以下、『データ分析人材になる』)とどこが違うのでしょうか?
答えは、各書籍のメインターゲットにあります。
『データ分析人材になる』は、前書きで「無理に「データサイエンティスト」を目指さなくてよい(※)」という見出しが用意されている通り、「データ時代、データサイエンティストのようなデータの専門スキルを身につけなければいけないのか?」と悩む経営者やビジネスパーソンに目線が向けられています。そして、同書はそんな人々に、文系からでもなりやすくDXへの大きな貢献が期待される一方、不足しているポジション──ビジネストランスレーターとはなんぞや? について「5Dフレームワーク」に沿って解説する書籍でした。
一方、『ビジネストランスレーター』は、「ビジネストランスレーター」や「5Dフレームワーク」の解説はプロローグにまとめ、本文では「実際、ビジネストランスレーターがプロジェクトを成功に導くにはどんなスキルが必要とされるのか?」を具体的なフレームワークや方法論とともに説いています。すなわち、この本のメインターゲットは「ビジネストランスレーターになりたい・ビジネストランスレーターとして力を発揮すればいいがどうすればいいのか?」と悩むビジネスパーソンと考えられます。
3年の時を経て、ビジネストランスレーターの存在がある程度社会に浸透したからこそリリースされた『データ分析人材になる』の正統な続編が『ビジネストランスレーター』である、といえるでしょう。
※…木田 浩理 (著), 伊藤 豪 (著), 高階 勇人 (著), 山田 紘史 (著)『データ分析人材になる。 目指すは「ビジネストランスレーター」 Kindle版』日経BP、2020、ロケーション2623の82
その立ち位置が明らかになったところで、『ビジネストランスレーター』の具体的な内容をもう少し深く掘り下げてみましょう。
この本の前半で多く描かれるのが、ビジネストランスレーターとしての具体的な体験談とそこから得られた教訓です。著者の一人である三井住友海上火災保険株式会社経営企画部部長CMO CXマーケティングチーム長 木田浩理(きだ・ひろまさ)氏は、『第1章 ビジネストランスレータースキル1 「ビジネススキーマ活用力」』にて、百貨店勤務時代、売り場・役職ごとに異なるビジネススキーマ(仕事を進めるうえで暗黙知となっている考え方や行動の基盤)を理解するため、現場の観察、体感、そして同質化に時間と手間を費やした体験をつづっています。
そこにあるのは、DXという言葉のスマートなイメージとは対極にあるような泥臭く粘り強いリサーチです。
『第3章 ビジネストランスレータースキル3 「ビジネス背景理解力」』以降では、SWOT分析、KPIツリー、3C/5C分析などマーケティングフレームワークの登場機会が増加します。そして、『第4章 ビジネストランスレータースキル4 「データ解釈基礎力」』において、具体的なデータ分析のコツや誤った解釈をしないための注意点などが解説されることになります。
本書を通じて痛感したのが、完璧なデータサイエンティストとなるために必要なスキルの幅広さです。
・優秀な営業担当やコンサルタントのように関係者のビジネススキーマや心の動き、それぞれの関係性の理解に努める
・リーダー・マネージャーとしてステークホルダーを巻き込みつつプロジェクトを前に進める
・マーケッターのようにフレームワークを活用して戦略を立てる
・データ活用を成果につなげるための精査・通訳を実施する
5DマーケティングのDemand(要求)→Deoploy(展開する)のフェーズに至るまで、上記の通りビジネストランスレーターはさまざまな役割をこなすことになります。
「こんなに多くのスキルを身につけるのは無理!」と諦めてしまいそうになりますよね?
しかし、各スキルを体系的に分解することで「どうすれば実践できるのか」「なぜ必要なのか」をレクチャーしてくれるのが『ビジネストランスレーター』の一番大きな価値なのです。また、必ずしも上記の業務をすべて一人でこなす必要はありません。複数人のビジネストランスレーターがそれぞれの得意分野を持ち寄る形で、各機能を担うDXプロジェクトチーム構築の参考に同書を生かすのも効果的でしょう。
『データ分析人材になる』から『ビジネストランスレーター』に至る変化として上げられることはもう一つあります。
それは、メインの訴求対象が「文系人材」から「文系・理系を問わないすべてのビジネストランスレーター」に広がったことです。書影において黒丸に白文字で記載された惹句も「文系がデータ分析する時代」→「文系もデータ分析を主導する時代」に変化しました。そして、文系データ人材になる方法や育成方法をメインで取り扱っていた前作に対し、『ビジネストランスレーター』の第5章「ビジネストランスレーターになる」では、理系からビジネストランスレーターへ転身したAさん、文系からビジネストランスレーターへ転身したBさんの軌跡が並列して紹介されています。
DXブームのなか、「ビジネストランスレーター」という役割は徐々に浸透しつつありますが、文系からでもなれる・データ分析で活躍できるという側面が強調され、むしろ理系人材は見落とされがちな傾向にあったように思います。しかし、理系=「統計分析に強い人材」ではなく、またデータサイエンスやR、Pythonを用いたデータ分析に長けていても、データ活用が役立つ課題を引き出す能力やマーケティングスキルが不足していれば、実務においては価値が発揮されません。
その点をカバーするにあたって、すでにデータサイエンティストやデータアナリストとして一定の能力を身につけた人物にも、『ビジネストランスレーター』はおすすめの書籍といえるでしょう。
デジタル人材とビジネス人材など異なる領域の橋渡しを行い、プロジェクトを成功に導く人材を、ブリッジ人材(ブリッジパーソン)といい、中部経済産業局が育成に取り組む「ITものづくりブリッジ人材」など、DX領域でも注目を集めています。ビジネストランスレーターはデータとビジネスとつなぐブリッジ人材ですが、そこで身につけたスキルは“ITとものづくり”、”国内と海外”など他領域の間をつなぐ際にも役立つはずです。
前作の書評などデータのじかんの他記事も参考にしつつ、ビジネストランスレーターへの理解を深めていきましょう!
(宮田文机)
・木田 浩理 (著), 石原 一志 (著), 佐藤 祐規 (著), 神山 貴弘 (著), 山田 紘史 (著), 伊藤 豪 (著)『ビジネストランスレーター データ分析を成果につなげる最強のビジネス思考術 Kindle版』日経BP、2023 ・木田 浩理 (著), 伊藤 豪 (著), 高階 勇人 (著), 山田 紘史 (著)『データ分析人材になる。 目指すは「ビジネストランスレーター」 Kindle版』日経BP、2020 ・「DXの大半は成果なし」の現実、ITR内山氏が語るDXの5つの要件、4つの打ち手┃ビジネス+IT ・ITものづくりブリッジ人材┃経済産業省 中部経済産業局
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