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AI(人工知能)は<こころ>を持ちうるのか?
近年の生成AI技術・サービスの急速な進歩により、人間のような柔軟な知性や物を感じる能力さえもAIが手にするのではないかと感じる機会が増えました。
となると、そもそも人間の知能とは何か? という疑問に我々が直面することになるのは必然です。2016年に出版された『人工知能の哲学塾』(ビー・エヌ・エヌ新社)は、デカルト(1596-1650)からユクスキュル(1864-1944)、メルロ=ポンティ(1908-1961)に至るまで‟人間の内面は世界のなかでどう存在しているのか”についての研究を解説し、人工知能に人間のような知能を持たせるための研究とそれらを絡めて紹介する書籍です。
人工知能を単なる機械ではなく、人間が生み出す新たな知性として捉えるための哲学的な集積を、同書を通して獲得していきましょう。ここでは、もう少し詳しくその内容や関連する情報をご紹介します。
“人工知能は人間生き物の内面を模して作っていくので、「世界は時計仕掛けでできている」という世界観だけで作っていくことはできず、より深い哲学的足場を必要とします。”
※引用元:三宅 陽一郎『人工知能のための哲学塾 kindle版』┃ビー・エヌ・エヌ新社、p.11
まえがきで、人工知能研究者・エンジニア/ゲームAI開発者/文筆家の三宅 陽一郎氏はこう語ります。
あらかじめ決められた規則に従って返答を行うチャットボット等は、人工知能と区別してしばしば「人口無能」と呼ばれます。ChatGPTやCladle3などデータをもとに回答を生成し、柔軟な対応を行える「人工知能」はそう称されることはなく、十分に人間のようなコミュニーケーションも可能に感じられますが、それには‟何かが足りない”ように見えるのもまた事実です。
それはデータ量の増大による「創発」によって解決される可能性もあり、実際LLMが他者の心を想像する人間独自の能力──「心の理論(ToM:Theory of Mind)」を獲得しているという研究が、以下の記事では紹介されています。
とはいえ、2023年3月にはスタンフォード大学の研究者らによって『Are Emergent Abilities of Large Language Models a Mirage?(大規模言語モデルの創発的能力は幻か?)』と題した論文が発表されてもいますし、「人工知能」としてのAIに心を獲得させるにあたって「そもそも人間の心や世界とは何か?」という哲学的な研究成果の集積を用いてアプローチすることも正攻法のひとつでしょう。
『人工知能のための哲学塾』はそのための体系的な学習にあたって最適な一冊です。
そもそも『人工知能のための哲学塾』は、2015年5月~2016年4月に開催された全六回の講演をもとにしています。
その動画はすべてNPO法人国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)のYouTubeチャンネルで公開されています。
また、その資料やレポート記事はslideshareやIGDAサイトで公開されており、三宅氏のnote記事にアクセス先のURLがまとめられています。
このように講義の内容は丸ごと無料で公開されており、「人工知能 × 哲学」の世界はオープンに開かれていることが分かります。そんななかで書籍としての『人工知能の哲学塾』は、全6時間以上にわたる講義の内容を整理し、多角的な視点で我々の知能についての誤解(というより考えもしなかった領域)に光を当て、知能とは何か、人工知能はそれをどう再現しようとしているのかを把握することを助ける役割を持ちます。
『人工知能のための哲学塾』を読むことでアーキテクチャやエンジニアリング技術、シンボリズムとコネクショニズムなど‟人工知能”の領域に属する知識以上に、「我々は我々の知能や心についてこれまでこんなに考えたことはなかった!」という‟人間”の領域での新発見の感覚に驚く方は多いでしょう。
たとえば、下記の記事で取り扱った「現象学」について『人工知能のための哲学塾』でも詳しく取り上げられています。
現象学では、意識・無意識に行っている判断や解釈を停止(エポケー)し、世界やそれに対して志向性(常に特定の対象に向けられる意識の特性)を向ける自己、経験だけが存在すると前提します。それはすなわち私たちの知能は普遍的に定立されているわけではなく、世界との関係性のなかで瞬間瞬間に成立する状態の連なりであるということです。
難しい表現になってしまいましたが、要するに人間の知能は普遍的な仕組みではなく、世界から独立して成立するものでもないということが私が伝えたい気づきでした。
すなわち、人工知能を人間のような知能として発展させるには、どのように判断や解釈、命令が先立たず世界との関係性のなかで存在する知能を生み出すかという課題が立ち上ってくると考えられるのです。
『人工知能のための哲学塾』で、先述の現象学の基礎的なコンセプトについて詳しく取り上げられているのは「第一夜 フッサールの現象学」であり、その前提としてデカルトの有名な「我思う、故に我在り(コギト‐エルゴ‐スム)」が取り上げられます。さらに、「第二夜 ユクスキュルと環世界」「第三夜 デカルトと機械論」と、生物学、運動学、数学などの観点からの論も紹介しながら、三宅氏は人間の知能と人工知能の違いと、人工知能にどのようにして前者のような意識を持たせられるのかについてのアイディアを記述しています。
書籍を通読すればわかるのが、我々の知能は脳だけでなく、身体や世界・時間の中での位置づけなど無数の要素によって構築されているということです。
身体機能や成り立ち自体が知能の要素であるとすれば機械と生体の間の境目自体もあいまい化し、AIにとってロボット技術やバイオ技術がますます重要になっていくのではないかとも感じられました。
また、ロボットの知能の一部である身体や世界を丸ごと生み出す環境として、三宅氏がこれまで開発者として深くかかわってきたゲームの世界は最適でしょう。F1などのモータースポーツが自動車メーカーにとってハイエンドな車両性能を試す環境ともなっていたように、ゲームの世界は人工知能開発者にとって大いなる実験の場となるのでしょう(これまでもずっとそうだったのでしょうが……)。
人工知能開発者でありながら哲学の領域に深い知見を持ち、さらにフロム・ソフトウェア、スクウェア・エニックスと錚々たる企業でゲームAIの開発に従事してきた三宅 陽一郎氏の6夜の講義を一冊にまとめた『人工知能のための哲学塾』を書評いたしました。同書は『人工知能のための哲学塾 東洋哲学篇』『人工知能のための哲学塾 未来社会篇 〜響きあう社会、他者、自己〜』とシリーズ化もされています。まずは無料公開されている動画やレポート記事だけでも眼を通してみてはいかがでしょうか。
・三宅 陽一郎『人工知能のための哲学塾 kindle版』┃ビー・エヌ・エヌ新社、2016年 ・三宅 陽一郎『なぜ人工知能は人と会話ができるのか』┃マイナビ新書、2017年 ・亀松太郎『「ゲームAIの世界はフロンティアだらけ」スクエニ・三宅陽一郎さんが語る「知能を作り出す面白さ」』┃外資就活 ・三宅 陽一郎 Yoichiro Miyake┃東京大学生産技術研究所5部 豊田研究室 ・Rylan Schaeffer, Brando Miranda, Sanmi Koyejo『Are Emergent Abilities of Large Language Models a Mirage?』arxiv ・人工知能のための哲学塾 (第零夜+全五夜)全資料┃三宅 陽一郎note ・青木慎一「AI進化のカギ「身体性」 ヒト型ロボットと融合で加速も」┃日本経済新聞
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