宮西 京華(みやにし けいか)
保険会社で事務職をやっているデータマネジメント担当。歌い手動画を見るのが好き。
松田 紗友里(まつだ さゆり)
マーケティングが専門でSQLが得意。データ分析担当。ゲームやアニメが好き。
吉田 剛士(よしだ たけし)
専門はシステムだけどジェネラリストデータ基盤の構築担当。新しい技術を試してみるのが好き。
データマネジメント解説、連載の第20回が始まりました。
宮西さんはデータマネジメント成熟度アセスメントからどうやって計画を作ればいいのかわかりません。
そんな時は原点に立ち返ればよいと松田先輩からアドバイスをもらいました。
・・・・・
データマネジメント成熟度アセスメントを見て計画を立てる。それだけのことなのに、どうして私は今、机に突っ伏しているんだろう。
「はぁ……」
うっかり漏れた溜息が、ディスプレイを曇らせる。顔を上げると、目の前にはPC画面に広がる、あのドキュメントが鎮座している。データマネジメント成熟度アセスメント。
思い出すだけで胃が痛い。
あれだけ苦労して、社内各所にヒアリングをかけて、システム部門にも何度も頭を下げて……やっと終わったアセスメント。これがゴールだと、心のどこかで信じてた。でも違った。全然違った。
「で、これから何すんだっけ……」
ひとりごとが虚しく空を切る。
私は、保険会社のDX推進部に異動してきたばかりの社会人一年生。なぜか今は“データマネジメント担当”として、会社のデジタル改革を担うことになっている。
しかも、いきなり一年目で今年度計画の立案担当。しかもそのベースが「データマネジメント成熟度アセスメント」だなんて。
「成熟度って言われても……私自身が未熟なんだけどなぁ……」
机に突っ伏したまま、画面を横目に見る。資料には、項目ごとに評価が並び、それっぽいグラフも添えられてる。でも、どこからどう計画に落とし込めばいいのか、正直ちっともピンとこない。その時だった。背後からふんわりとした声が聞こえてきた。
「困ってる?」
振り返ると、優雅に紅茶のカップを持った松田先輩が立っていた。この部署での私の教育係。おっとりしていて、どんな時でも慌てない。温泉みたいな人。話していると、体の芯がふわっと温まる。
「……はい。アセスメントまでは終わったんですけど、ここから先がまるでわからなくて」
「うんうん、そうなるよねぇ」
なぜかとても共感されてしまった。
「計画って、アセスメントの結果から何を伸ばすか考えて作るんじゃないんですか?」
「もちろん、それも正しいよ。でもね、もっと基本的なところから見直すと、計画って立てやすくなるよ」
「基本……ですか?」
「うん。合宿で考えた目標に立ち返ってみるの。困った時はね」
目標。ああ、そういえば合宿で決めたんだった。モニターの横に貼ってある付箋にこう書いてある。
『データを使い利益貢献した金額1億円』
「貢献利益……1億円」
「そう、それが私たちの今年の約束だよ」
たった一言なのに、松田先輩の声は芯がある。ふにゃっとした口調でも、その言葉だけはぐっと響いた。私は再び資料を開き、じっくりと見つめた。
貢献利益。つまり、データを活用して、何かしらの形で1億円分の価値を会社にもたらす。コスト削減でもいいし、売上増加でもいい。なんでもいいけど、数字で語れる結果を出すこと。
このアセスメント結果のどこが、その道筋につながる?
――そういえば評価表の中で、データとビジネスの関係性を示す重要な軸が低かった。
データアーキテクチャ(著者作成)
社内のビジネスとデータがどのように連携されて
社内のデータがどう構造化されていて、どの業務にどう使われているか、誰も把握してない。集めてみたけど、実態はバラバラ。業務ごとに違うExcel、違う言葉、違う基準。分析以前の問題だった。
ああ、これだ。利益につながるためにまず改善するところは、これだ。
「ビジネスアーキテクチャも曖昧なまま、データ利活用って言っても無理なんですね」
「うん。だから、まずはビジネスを見える化するところから始めよう。どの業務がどれくらい時間かかって、どんな非効率があるのか。それが見えれば、データで改善できるポイントも見えてくるから」
そうか。業務改善から始める。利益につながる業務を、まずは探し出す。それを改善するためのデータを整備する。その基盤に、アーキテクチャがある。
「……ありがとうございます、松田先輩。ちょっと、見えてきました」
「ふふ、よかった」
そう言ってカップを軽く傾ける松田先輩の後ろで、私のモニターが再び輝く。
私は改めてアセスメント結果に目を通す。そして、別のウィンドウで新しいドキュメントを立ち上げた。
『2025年度 データマネジメント計画(草案)』
私は、まだ新人だ。でも、やるべきことは見えてきた。まずは業務を知ること。利益につながるポイントを見つけること。そして、それを支えるデータの土台を整えること。
「貢献利益1億円? ……やってやろうじゃないの」
静かに、でも確かに、私は前を向いた。
・・・・・
アセスメントというのは、現在地を知るための手段です。どの領域が整っていて、どの領域に課題があるのか。それを評価すること自体は意義があります。ただし、それだけでは不十分です。なぜなら「どこが未熟か」はわかっても、「だからどこをどう改善すればよいか」までは教えてくれないからです。言い換えれば、アセスメントの結果は現状でしかなく、そこから計画をつくるには、何をつくるのかというゴールが必要になるのです。
宮西さんが直面した悩みは、まさにこの部分だったと言えます。アセスメントの報告書を前にして、どこから手をつけていいかわからなくなった。数値はある、評価もある、けれど優先順位が見えない。これは決して珍しいことではなく、多くの組織で同じような行き詰まりが起きています。
では、どうすればそこから一歩踏み出せるのか。その答えが「目標に立ち返ること」です。宮西さんの部門は、『データを使い利益貢献した金額1億円』という明確な目標が掲げられていました。金額で定義されたこの目標は、一見すると数字だけが独り歩きしているように感じるかもしれませんが、実は非常に強力な計画づくりの軸になります。
なぜなら、何をすれば貢献利益につながるのかという視点で、アセスメント結果を再解釈できるからです。単に点数の低い領域に注目するのではなく、利益に対して最も影響を与えうる改善ポイントはどこかを探す。その視点に切り替えるだけで、同じ結果表の中から見える情報がガラリと変わります。
宮西さんがデータアーキテクチャの低さに着目し、それが業務改善の足かせになっていることに気づいたのは、まさに目標に照らして再考したからこそです。そして、その課題を解決するために、ビジネスアーキテクチャの可視化から着手しようと決めた。その一連の流れは、データマネジメントの計画を立てる際の理想的な思考プロセスだと思います。
計画を立てるうえで大切なのは、アセスメントのスコアを順番に埋めていくことではなく、自分たちがどんな変化を実現したいのかという目標を軸に据えることです。目標は、計画を選び取るためのフィルターであり、指針です。だからこそ、困ったときには一度立ち止まり、最初に掲げた目標に立ち返る。それが、ブレないデータマネジメントの計画をつくるための、出発点になります。
よしむら@データマネジメント担当
IT業界、金融業界、エンタメ業界でデータマネジメントを担当した経験を持ち、現在もデータマネジメント担当している。データマネジメント業界を盛り上げるために、経験を通して得た知識の発信活動を行っている。
本記事は「よしむら@データマネジメント担当」さんのデータマネジメントを学べることをコンセプトの4コマ漫画「AI事務員宮西さん–データ組織立ち上げ編」のコンテンツを許可を得て掲載しています。
保険会社で事務員として働く宮西さんは、会社がAI時代に対応するために新設したデータ部門に突然配属されました。事務員からデータマネジメントのリーダーへと成長していく宮西さんの奮闘記を描いた物語。
本シリーズ「データ組織立ち上げ編」では、宮西さんがデータ利活用組織を立ち上げるまでの挑戦を描きます。IT業界、金融業界、エンタメ業界でデータマネジメントを担当した経験を持つ著者「よしむら@データマネジメント担当」さんが豊富な経験を基に執筆しています。データ組織の一員の皆様には、ぜひご一読ください。
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