
図版:筆者作成「チューリング・テストの概念」
このテストは、機械・人間・判定者がいて、機械と人間が、テキストを使って会話したときに、両者の区別ができなければ、この機械には知能がある、と判断しようというものです。
えー?でもそれだったら、ChatGPTでも、チューリングテストに受かりそうだな。
そうですね。では、人工知能の研究の歴史から、始めましょう。今回の人工知能ブームは、実は3回目になります。
あれ?4回目という話を、聞いたことがありますよ。
まあ、諸説ありますが。そこはともかく、みなさんが生まれる前にも、何度か人工知能ブームがあったのです。最初は1950年頃になりますね。サルくんの想像以上に、昔からAIの研究は始まっていたのですよ。
へー、そうなんだ。でも、そんな昔から、コンピューターがあったんですか?
いいえ、最初にAIと呼ばれたものは、デジタル式ではなく、じつは何と、アナログ回路で構成されていたのです。
えー?ホントですか?
そもそもコンピューターつまり計算機とは、アラン・チューリングが夢見た、思考する機械の概念を具現化したものなのです。AIとコンピューターの長い歴史は不可分なので、世界で初めてコンピューターの概念を作り上げた天才、アラン・チューリングの物語からお話を始めましょう。
1954年6月。アラン・チューリングは、アパートの自室で毒リンゴを持ち、死んでいるのが発見された。同性愛の罪で有罪となったあとの、41歳のことだった。
チューリングは1912年に、イギリスのロンドンで生まれた。幼いころから、科学と数学の才能を発揮していたチューリングの愛読書には、有名な一節がある。
「もちろん人間の体は機械みたいなものだ。ものすごく複雑な機械で、人間の手で作られたどんな機械よりも、ずっと、ずっと複雑だ。でもやっぱり機械なんだ」
チューリングはケンブリッジ大学で学び、フェローに選ばれる。1936年に“On computable numbers, with an application to the Entscheidungsproblem”(計算可能な数について)という有名な論文を発表し、万能チューリング・マシン、という重要な概念を打ち出した。
図版:筆者作成「チューリング・マシンの概念図」
これは、たった1つの機能のために使われる機械を、多数作るのではなく、機械が1本のテープから、順番に命令を読みだしていけば、様々なタスクを実行できる。
つまり、他のあらゆる機械のモデルとなる、万能マシンを作ることができる、としたのだ。
多種多様な作業を行うために、エンジニアは、多種多様な機械を、無限に作る必要はなく、万能マシンをプログラムすればよいのだとーー。
これは、現在のコンピューターの、基本的なアーキテクチャを確定する、最重要の理論だった。
第2次世界大戦が始まると、イギリスはドイツ海軍の潜水艦Uボートに痛めつけられる。ドイツはエニグマ暗号を使い、Uボートの位置を悟られなかったのだ。
当時、解読不可能と言われたこの暗号は、タイプライター型の機械に、その日の設定をして、暗号文を作成し、受信側の機械を同じ設定にすれば、元の文が出てくる、という仕組みだった。この設定は、天文学的な数の組み合わせがあり、その組み合わせをしらみつぶしに試すには、人手で計算すると、何万年もかかってしまうのだ。
イギリス政府は、エニグマ暗号を解読するため、ブレッチリー・パークに、チューリングたち科学者を集める。チューリングを筆頭に、多くの暗号解読者が、解読作業を長年試みたが、失敗の連続だった。
しかし1941年、チューリングが電気機械式の暗号解読装置を生み出し、エニグマ暗号は解読できるようになる。解読装置は200台以上作られ、ドイツ海軍のUボートの位置を、正確に把握することが出来るようになった。この成果により、ノルマンディー上陸作戦は成功し、終戦を大幅に早めることができたのだ。
イギリスの首相、チャーチルは、終戦後もエニグマ暗号が解読できたことを極秘扱いにする。第2次世界大戦中のチューリングたちの功績と記録は、抹消されたのだ。ブレッチリー・パークにおける彼や彼の同僚の活動に関わるあらゆる痕跡も消された。チャーチルは、ドイツから没収した数千台のエニグマ式暗号機を、旧植民地などに普及させる。
そして絶対に破られない暗号機と偽って使用させ、密かにその通信を傍受し、各国の内情を把握していた。
チャーチルは彼らを「金の卵を産んでも、決して鳴かないガチョウたち」と称した。
関係者たちはみなその秘密を守り、1974年に一般公開されるまで、イギリス国民は誰も、チューリングの偉業を知ることはなかったのだ。
物語の途中ですが、続きは次回にします。チューリングが発表した著名な論文と、悲劇的な最期について解説するのでお楽しみに。
図版・書き手:谷田部卓
AI講師、サイエンスライター、CGアーティスト、主な著書に、MdN社「アフターコロナのITソリューション」「これからのAIビジネス」、日経メディカル「医療AI概論」他、複数の美術展での入賞実績がある。
(図版・TEXT:谷田部卓 編集:藤冨啓之)
メルマガ登録をしていただくと、記事やイベントなどの最新情報をお届けいたします。
30秒で理解!インフォグラフィックや動画で解説!フォローして『1日1記事』インプットしよう!
講師のチクタクです。この講座では、人工知能研究の歴史をしばらく続けますが、主に研究者に焦点をあてて、物語のように紹介します。
猿田です。人工知能の研究内容の紹介だけだと、分かりづらいので、物語形式の方が面白そうですね。
では、さっそく始めましょう。現在、ChatGPTのような生成AIが大ブームとなって、広くビジネスでも利用されていることは知っていますね。では「人工の知能」とは、どのように考えていますか?
えーと、人工知能ですね。ひと昔前だったらターミネーターだけど。やっぱり流行りのChatGPTかな。
普通はそうなりますね。でも人工の知能なら、まず知能そのものを定義しないと、人工的に知能をつくれませんね。できたと言っても、定義がなければ、本物かどうか判定できませんよ。
それはそうだな。
では知能とはなんですか?サルくん。
そうだな。物知りだったり、考えたりできたら、知能があるように思いますね。
でも、20年ぐらい前から、ググれば何でも調べられるようになりましたが検索エンジンが知能を持っているとは、誰も言いませんでしたね。それに人が、考えているかどうかは他の人にはわかりませんよ。
そうか。
それに、言葉がまったく通じない外国人だと、物知りかどうかわかりませんよ。まして考えているかどうかは、外観からじゃ判別できません。
じゃあ、そうか、他の人と、コミュニケーションできるかどうかが、知能の判断では重要なのかな?
このような議論が、かなり昔からありました。そして機械が人間の知能と比べて区別できなければ「その機械に知能がある」と判断しよう。と提案したのが、アラン・チューリングです。それが有名なチューリングテストなのです。
そうなんですか。