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第3回目は小林製薬株式会社 藤城克也氏との対談。DXがIT部門だけの課題ではなく、経営陣から業務の現場まで全ての人の課題として浮かび上がる今、CIOやIT責任者はどのような思想のもとでリーダーシップを取っていくべきなのか。小林製薬株式会社では、DXを視野に入れたシステム内製化体制の構築を進めており、RPAやAIといったテクノロジーを業務現場レベルで積極的に導入している。それを引っ張っているのは、人事からIT責任者/業務改革のリーダーになった藤城克也氏だ。“人事脳”を持つITを活用し業務改革を担う藤城氏は、DX戦略をどのように捉え、実践しているのか、NPO法人CIO Loungeの矢島孝應氏が、対談を通して探った。
藤城氏は、入社2年目の1986年以来、一貫して人事畑を歩み、2006年にはグループ統括本社の人事部長に就任した企業人事のエキスパートだ。その後はコーポレートブランド、業務改革、経営企画など、各経営の中枢に関わる部門の責任者を歴任。現在は、小林製薬グループ全体のシステム管理と開発およびシェアードサービスを担う「業務改革センター」のリーダーとして、ITを軸にしたさまざまな業務支援の施策を推進している。
藤城 矢島さんとの最初のご縁は、矢島さんがヤンマーの取締役を務めておられた時にされた講演を聞いた時でした。視点を広げれば敵も味方として見てとれると言うような表現をサッカーチームの比喩で説明されたお話しを聞き、感銘を受けたのを覚えています。
矢島 確かこんな話でした。私がパナソニックに務めていた時にEUが統合され、パナソニックのヨーロッパ各国にある組織も統合することになった。しかしパナソニック各国組織のメンバーを集めると、それぞれが主権を執りたがって思うようにいかない。そこで私は彼らを集めた会合でこうあいさつしました。
皆さんには、それぞれ応援しているサッカーチームがいて、ライバルチームの選手のことなんて大嫌いだと思う。でもワールドカップなどの国際試合になれば、彼のことも応援するでしょう。さらにオールヨーロッパで中南米チームに挑むとなれば、今度はヨーロッパの他国選手も応援する。環境が変われば、一番ライバル視している相手が、実は手を組みやすい仲間になることもある。そういう視点でみんなもまとまってみないか、という内容でした。
藤城 小林製薬では、グループ統括本社の直下に私が現在センター長を務めている業務改革センターが配置され、そこにIT部門(生産システム部・販売システム部・業務支援部)が置かれています。しかし、かつては各事業部に外部の協力企業も含めたIT部隊(SE)が分散・常駐していました。
もちろん、業務現場にSEがいることに良い面はあるのですが、一方では「うちは製造のシステムだから」「うちは営業のシステムだから」と、部門の利害で何かとコンフリクトを起こしやすい。そこで分散していたSEを1つに統合したのですが、そのときメンバーの気持ちをまとめるのに矢島さんの話を拝借したら、効果がありました。
矢島 1919年設立の小林製薬は、大阪に本社を置く老舗の医療品・衛生材料の製造・販売会社です。藤城さんは1985年のご入社ですが、どういう会社だと感じますか。
藤城 歴史のある会社なので、かつては上意下達な面もあったのかもしれません。しかし、現会長の小林一雅が1976年に4代目の社長に就任してからは、卸売中心からメーカーへと転換が図られるとともに、社内改革として「全社員参加型経営」が掲げられ、それ以降は全社員提案制度など、ボトムアップ型でいろいろなアイデアが湧き出てくる会社へ変革されました。
矢島 ユニークな商品名一つを取ってみても、それは感じます。
藤城 ありがとうございます。今も非常に自由闊達(かったつ)ですが、いい意味で大真面目な部分もある会社です。
矢島 本日お話ししたいテーマは、CIOやIT責任者の役割についてです。私が8年前にヤンマーへ転職した際、新聞や雑誌に異色の転職と言う記事を書かれました。ただ、先日CIO Loungeによるアンケート調査を行いましたが、情報システム部門からアサインされたCIOはわずか33%で、自社の他部門からのアサインが約半分、そして他社からアサインされたCIOがこの8年間で17%に増えていることに驚かされました。
この17%という数字、昔に比べるとかなり伸長しており、経営者がIT・デジタルによる変革を求めていることの表れだと感じています。藤城さんは2000年代半ばまで人事一筋で、ある時期を境に突然IT部門へ転籍された。いわば「自社の他部門からアサイン」組です。当初は、苦労も多かったのではないですか。
藤城 入社以来24年間、人事でした。私がIT部門に移った十数年前というのは「攻めのIT」、すなわち自社のIT資産を、社内業務の効率化・利便性向上を目的とした「守り」にとどめるのではなく、新規事業などの「攻め」にシフトさせていくべきという価値観が経営トレンドでした。当然、私も当時は経営陣からそれを求められました。
私の前任者はずっとIT部門出身者だったので、そうしたオーダーの軽重を正確に見極めながら適正に処理していたのですが、私は、ITは全く不案内です。それで言われたとおり、オーダーを愚直に受け止めました。しかし「攻めのIT」が具体的に何を指すのか、周りの人にいくら聞いても納得のいく答えは返ってきませんでした。
矢島 今、いきなり「DXをやれ」と言われているIT担当者と、ほぼ同じ状況ですね。
藤城 そこでITアドバイザリー企業の支援を受けながら、ITについて勉強しました。そうして自分の中である程度まで理解が進んだ後は、逆に「攻めのITとは何ぞや」という概念からきちんと経営陣に理解してもらいたいという思いを抱き、積極的に対話をしました。最初の2年間は、経営陣との論戦はすれ違いばかりだし、同僚や部下にも味方はほとんどいない。孤軍奮闘の状態でした。
矢島 CIOは、いつだって孤独なものです。
藤城 本当に世の中のITへの理解が、まだまだ進んでいない時代でした。それで同じような苦境に置かれた他社のCIOの方々と会うと、お互い愚痴を言い合ったものでした。
矢島 「攻めのIT」と言われていた経営トレンドは、いつしか「DX」と呼ばれるようになりました。御社では、近年どんな変化がありましたか。
藤城 2018年末、当社ではデジタル経営推進委員会を立ち上げ、私が委員長に就任しました。当時はまだDXという言葉があまり広まっていませんでしたが、当社ではその時点からすでに事業部門担当者と委員会が連携を取って動く「横断型」でのデジタル施策に乗り出していました。とはいえ、直ちにボトムアップ型の取り組みが全社に広がったかわけではなく、一時は足踏み状態にもなりました。
そんな折、社外取締役の伊藤邦雄先生からの助言もあり、2021年に小林章浩社長を委員長としたDX推進委員会が発足。現在は、このトップダウン(DX推進委員会)とボトムアップ(デジタル経営推進委員会)の両面から取り組んでいます。
矢島 素晴らしいことです。十年以上前に、藤城さんがIT部門に転籍されたときは、社内のITやデジタルへの理解はまだまだだったとのことですが、そうした取り組みを経た現在の経営陣からの反応はいかがですか。
藤城 当社は、2020〜2022年の中期経営計画のテーマに「国際ファースト」を掲げています。これは具体的には「①全社挙げて国際事業の成長に取り組む」「②既存事業のレベルアップ」「③ESG(環境・社会・ガバナンス)視点で経営を磨く」「④イノベーションや新規事業創出の土台づくり」を指していますが、現社長は「この次はデジタルファーストだ」と、熱く語っています。
さらに昨年からは、私の直談判に応えてもらい、私からDXに関する情報を社長に伝える場を月2回、各15分程度設けています。また、2021年12月からは、経営会議のメンバーを対象にした研修会も実施しています。出席者からは積極的な質問が寄せられるなど、経営陣のDXに対する感度の高まりを感じています。
矢島 経営陣が前向きにIT・デジタルに取り組んでくれているのは、藤城さんによる長年の対話の賜物なのでしょう。ある調査によると、DXに積極的な経営者は、4割未満に止まり、日本の経営者の6割以上は、いまだに消極的です。
中にはIT・デジタルを、いまだコストと捉える経営者もいます。マクロで見れば、それらの投資は先々の企業成長につながるはずなのに、なかなか理解が進まない。そうした意味でも、藤城さんのように積極的に経営陣に働きかける意思を持ったIT責任者に、私は大いに期待しているところです。
藤城 ありがとうございます。しかし私の場合は、ITを知らないがゆえに「経営陣と話す」以外にできることがなかったというのが正直なところです。自分がITを知らないからこそ、同じくITを知らない経営陣の気持ちが理解できるので、経営会議ではSaaSなどの専門用語を使わないように心がけています。
矢島 それは素晴らしいですね。もう一方で、センター長としてのマネジメントについてもお聞きしたいのですが、古い体制のIT部門・情報システム部門の中には、IT・デジタルにどこかネガティブなイメージを持つ人もしばしば見かけます。そうした人たちが、時に抵抗勢力になることがあります。
藤城 よく分かります。当社が最初にRPAにチャレンジしようした時、反対してきたのはIT部門でした。「藤城さん、昔Excelのマクロを組むことになって大変な目に遭った。だからやめた方がいいのでは」と。IT部門は実体験として苦い経験があるので、このような反応があるのは自然なことでしょう。
しかし、IT・デジタルが置かれている状況・環境は、随分と変化しています。「文句はあとで受け付けるから、まずはやってほしい」と、半ば強引に進めてもらいました。彼らは現在、私に協力というよりは、むしろそれ以上に率先してRPAを推進してくれており、助けられています。
矢島 1つの会社で、攻めのITと守りのITを同時に回していくには、そのために最適化された組織やチームを編成しなければいけません。そのことについては、どのようにお考えですか。
藤城 いわゆる「モード1」の人と「モード2」の人をはっきり分ける組織づくり、あるいはITを企画・開発・運用のチームにそれぞれ分ける組織づくりなどの方法がありますが、そんなことをしなくても、おのずと分かれていくだろうと、私は考えています。
矢島 私も、同じ考えです。かつて在籍していたヤンマーでDX推進室をつくろうとしたとき、数百名いる社員の誰を配置するかで迷いました。そこでGoogleの「20%ルール」*をまねて「5%ルール」を策定したのです。すなわち、仕事時間の5%は自分のやりたいプロジェクトに費やしてもよい、とルール化しました。すると翌年には「Pepperを買ってみたい」といったことを、12〜13人が言い出した。結局その人たちが、そのままDX推進室の発足メンバーになりました。
※20%ルール: Googleがかつて社員に対して設けていた、「従業員やチームは、勤務時間の少なくとも20%を (本業以外の)自分自身のやりたいプロジェクトに使わなくてはならない」というルール
藤城 こちらが無理に分けるのではなく、手を挙げた人を選んだら良いのです。仮にそれでうまくできなくても、本人は「自分の責任」と納得しますが、これが上司から「やれ」と言われた揚げ句にうまくいかなかったら、モチベーションが下がってしまいます。
矢島 CIOやIT責任者に求められることの範囲が、年々広がっています。最後に、これからのIT責任者が果たすべき役割について、藤城さんのお考えを教えてください。
藤城 会社の社員はITユーザーであり、私たちIT部門・情報システム部門は、その社員というユーザー相手に仕事をする。そうした考え方の時代は終わりました。全社員がIT・デジタルの当事者であり、彼らにツールやシステムを与えるのではなく、率先して使いこなしてもらうことが必要です。それを実現するのが、IT責任者の大きな役割の一つでしょう。
矢島 今は、ローコード&ノーコードの時代です。誰もが以前よりはるかに簡単にIT・デジタルの当事者になれます。
藤城 そうした時代にわれわれが目指すべきは、単なるIT・デジタルの専門家ではなく、「これを取り入れれば、今の業務がもっと楽になる・新しい価値が生まれる」ことを、みんなに伝える「伝承者」になることだと思います。これからも、そのことを強く心にとどめ、さまざまな試みを実践していきます。
矢島 まさにDXに必要なマインドを、社内の全ての方々に伝え、育てていく重要な役割を担っていかれるわけですね。本日は、貴重なお話をありがとうございました。
1985年4月 小林製薬株式会社入社 、1985年4月 全国製品営業事業部 広島営業所 、1986年4月 管理室 総務人事部 大阪人事課 人事係 、2001年4月 グループ統括本社 人材開発グループ 課長 、2004年4月 グループ統括本社 人材開発グループ 部長 、2006年8月 グループ統括本社 人事部 部長 、2008年4月 グループ統括本社 コーポレートブランド推進室 室長 、2009年4月 グループ統括本社 ビジネスシステムセンター業務改革部 部長(シェアードサービスセンター担当) 、2011年4月 グループ統括本社 ビジネスシステムセンター 業務改革部 部長(IT担当) 、2014年4月 グループ統括本社 経営企画部 部長 、2016年7月より現職。
1979年松下電器産業株式会社(現パナソニック株式会社)入社。三洋電機株式会社を経て2013年1月にヤンマー株式会社に入社。その間、アメリカ松下電器5年、松下電器系合弁会社取締役3年、三洋電機株式会社執行役員、関係会社社長3年を経験。ヤンマー株式会社入社後、執行役員ビジネスシステム部長就任。2018年6月に取締役就任。2020年5月退任。現在NPO法人CIO Lounge理事長。2021年5月よりウイングアーク1st株式会社社外取締役に就任。
「CIO Lounge」は、大手企業のCIO(最高情報責任者)やIT部門の責任者によって構成されるビジネスコミュニティ。「企業経営者と情報システム部門」および「企業とベンダー」の懸け橋となり、各企業の効率化と持続的成長に貢献することを理念としている。
(取材・TEXT:JBPRESS+稲垣 PHOTO:Inoue Syuhei 編集:野島光太郎)
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