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トップランナーたちのDXの“ホンネ” 三菱マテリアルCIO板野氏とCIOLounge矢島氏が語る “気付きの種”を使ったDX迷宮からの抜け出し方

多くの日本企業がDX戦略の推進に取り組む一方で、「行き詰まってしまった」「この先どう進めたらいいのか分からない」と明かす声も少なくない。そうした企業の悩みに応えようと、NPO法人CIO Loungeの矢島孝應氏が、注目企業のCIO/情報システム部門などのキーパーソンへのインタビューを行った。語り合う中で、DX推進のターニングポイントや成功の要諦、そしてCIOに求められる資質などが明らかになっていく。

         

第1回目は「updataNOW21」における、三菱マテリアルCIO板野則弘氏とのトークセッションレポート。DXの迷宮に迷い込んだ企業は、どうすればそこから抜け出せるのだろうか。熱いトークを通じて探っていこう。

ITによる企業変革を経営者自身が求め始めている

矢島氏は、大手電機メーカーや機械メーカーのシステム関連役員を歴任。2019年にCIO Loungeを設立して、現在は理事長を務めている。まさにトップマネジメントにおける CIO の理念と現場の双方に通じたオーソリティーだ。

NPO法人 CIO Lounge理事長 矢島 孝應 氏

冒頭、矢島氏はCIO Loungeが行った中堅企業200社に対するアンケート調査(2021年9月実施)の結果を紹介した。これをもとに同氏は、日本企業の DX推進が全体的には遅れているとしながら、一方では200社のうち17%もの中堅企業がCIOやIT責任者を他社から転入させている事実に着目した。

Q. あなたの会社におけるITおよびデジタルの取り組みは?

①我が社はIT先進企業である 1%
②業界においては平均以上である 47%
③他社に比べて遅れている 53%

Q. あなたの会社のCIOまたはIT責任者の経歴は?

①自社の情報システム部門出身者 33%
②自社の他部門からアサイン 50%
③他社から転入された方 17%

「これは、ITによる変革を経営者自身が求めていることの表れではないでしょうか。私たちのCIO Loungeを見ても、所属メンバー約40人中30人がCIOや情報システム部門責任者の現職もしくは出身者であり、そのうち12人は他企業からの転職組です。DXに向けた改革を進める上で、外部からの新しい人材を入れることは、多様性の導入や変革のきっかけづくりとして極めて有効です。もちろん社内の人間だけでは駄目だというわけではありません。自社の課題を客観的に把握して、的確な判断と必要な施策を打てる人であれば、生え抜きであれ変革は十分に可能です。要は、リーダー自身がそういう意識や危機感を持てるかどうかなのです」(矢島氏)

三菱マテリアルのあらゆる分野を網羅するデジタル戦略「MMDX」とは?

三菱マテリアル株式会社 執行役員 CIO システム戦略部長 板野則弘氏は、生産技術エンジニアからIT部門へ転身し、さらに他企業から転職してCIOに就任した経歴の持ち主だ。

同氏は1990年代、三菱化成(現・三菱ケミカル株式会社)で生産技術エンジニアとして活動していたが、当時の上司が非常にユニークな着想と行動力にあふれた人物だったという。

三菱マテリアル株式会社 執行役員 CIO システム戦略部長 板野則弘氏

「海外から生産技術エンジニアのトップエリートを招請して新組織を立ち上げ、工場の課題解決にわれわれ社員とともに取り組みました。そこで一緒に挑戦したプラント運転の最適化やプロセス改善、省エネ、品質管理、設備故障予測、需要予測、そして為替の予測などは、現在のDXにも通じる取り組みだったと思います。このときに最も高かったハードルは、自社の実プラントにそれらの技術を適用・実装させることでした。アイデアは次々に出てきても、実装・実行・運用が非常に難しい。今の製造業DXにも活かせる教訓を得られたと感じています」(板野氏)

2021年4月、板野氏は三菱ケミカルを退職、三菱マテリアルに転職し、執行役員 CIOに就任した。三菱マテリアルは高機能製品(銅加工、電子材料)、加工、金属、セメント、環境・エネルギー、その他の各事業を幅広く展開するグローバル企業で、連結売上高は1兆4851億円、経常利益は445億円にのぼる。同社では2020年4月にDX推進本部を設置。さらにデジタル戦略として「MMDX(三菱マテリアル デジタル・ビジネストランスフォーメーション)」を加速させ、2020~2025年度の実行計画を策定した。

「2021年に創業150周年を迎えるに当たり、コーポレート・トランスフォーメーション(CX)、デジタル・トランスフォーメーション(DX)、ヒューマン・リソース・トランスフォーメーション(HRX)、業務効率化という4つの大きな経営改革を目標に掲げました。中でも当社独自の戦略である『MMDX』は、顧客接点強化・グローバル競争力強化・経営基盤強化という3つのテーマが置かれています。これはさらに具体的な21のテーマにまで細分化され、最終的には人材基盤までを網羅する、全社横断的な取り組みである点が大きな特徴です」(板野氏)

DXの本質は「気付きの種の可視化による事業の高度化・創造」

板野氏は、さらにDXの本質やプロセスにも言及する。経済産業省「DX推進ガイドライン」では、DXの定義として「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」としている。さらに板野氏は、これまでの様々な経験をもとに「DX戦略の本質」を以下のように説明する。

「DX戦略は、企業成長の要であるというのが私の考えです。DXは2段階あり、1段目はデジタル化を推進することで競合他社に後れを取らない成長速度を上げる。そして2段目は、デジタル化によって可視化された『気付きの種』を事業の高度化や創造につなげていく。これまではデジタル化に資源を投入することで成長速度を向上してきましたが、これからは企業活動のあらゆる分野に存在している『気付きの種』からアイデアをいかに創出し、実行に結び付けるかというプロセスが非常に重要になってきます」(板野氏)

すなわち、デジタル化の推進と、可視化された「気付きの種」に対する一人一人の創造性の発揮こそが「DX戦略の本質」であると、板野氏は指摘する。ともすれば、DXは人の仕事がAIに置き換わるといった文脈だけで語られがちだが、「気付く」ことができるのは人間だけの能力だ。しかもデータサイエンティストのような一部の特殊な人だけが、そのヒントに気付けるのではなく、誰もが気付くことが出来ることが特徴なのである。

同社では、DXプロセスを「①基盤の整備」「②施策の立案/実行」「③企業の変革」の3フェーズに分けた上で、②から③へと進む上で必要となる「気付きの種」を可視化するスキル、気付くスキル、気付きからアイデアを創出するスキル、実行・実装に至るスキルを持つ人材を育成するプログラムを全社に展開している。板野氏は、同社のDXプロセスの現状と詳細を次のように分析する。

「社員の意識醸成は進んでいますが、社内で『DXの本質(=気付きの種の可視化による事業の高度化・創造)』を適用できる領域は、量的にまだまだ少ない。しかし事業における『ITの利活用(=新たなITツールの活用による業務の効率化・自動化)』はすでにかなりの段階まで進んでいます。私は、この事業の高度化と業務の効率化を共に重視し、バランス良く伸ばすことが重要だと考えます。どちらが攻めでどちらが守りかという議論に終始するのではなく『どちらもDXなのだ』と考えるのが、成功へのポイントです」(板野氏)

「エンタープライズ・アーキテクチャ」はDXを進めるシステムの原点

では「攻めと守り」をバランスよく伸ばしていくには、どうしたらよいのか。板野氏は、「この両領域に寄与・貢献できる存在である、システム部門を萎縮させてはいけない」と強調。その実現に向けた具体的な方法論として、業務・情報システムの全体像を標準化・可視化し、経営(事業)戦略とIT/DX戦略を全体最適化へと導くためのフレームワーク「エンタープライズ・アーキテクチャ(EA)」を紹介する。

「これまでの情報システム部門や個人(システムエンジニアなど)は、『ビジネスに必要な情報管理・技術(アプリ、インフラ等)』、つまりテクニカルな部分に特化しがちでした。しかし本来は、最初に『経営・ビジネス・業務』というビジネス本来のアーキテクチャを経営、事業、業務側と一緒に策定し、その目的の為に『情報・データがどのように利用されるか』『それを支える情報システム・アプリケーションは何なのか』を議論すべきです。基軸となる戦略がないところで、いくらテクニカル面を探っても進むべき方向は見えません」(板野氏)

その議論がないまま「ITは情シスの仕事」と、テクニカル面を担わせてきた旧来のやり方では、情報システム部門やシステムエンジニアを受け身のままにさせてしまいかねない。全社の経営課題としてDXを推進しようとするならば、EAこそが「システムにかかる原点」と捉え、組織全体で連携してこのフレームワークに則った活動をする必要がある。

「そのリーダーシップを担うのが、CIOやCDO(Chief Digital Officer、最高デジタル責任者)なのです。両者が緊密にコミュニケーションを取り、一致団結して取り組んでいけば、ITとDXを隔てる境界もおのずと消えてなくなっていくでしょう」(板野氏)

これを受けて、矢島氏は自らの取り組みに即して見解を述べた。
「私が在籍した組織でも、EAは重要な軸として考えられていました。しかしこの先EAは、業界内でのつながりや市場との連携が容易になった現在では、企業内にとどまることなく広がっていき、図の三角形全体はもっと大きくなるはず。『テクノロジーの民主化』は日本にとって長年のテーマですが、私自身の反省としても、今後は専門的な難しいことをやっているというイメージを拭い去り、より幅広い領域の方々とつながっていくべきだと感じています」(矢島氏)

さらに日本のDX推進のターニングポイントは、「日本人特有の消極性からの脱却」だと矢島氏は言う。同氏がアメリカ松下電器に赴任していた当時、アメリカ人の部下が日本へ出張した。戻ってきた彼が言うには、道を尋ねようと“Excuse me, can you speak English? ”と日本人に話しかけても “I’m sorry, I can’t speak English.” と断られてしまったという。

「アメリカ人はカタコトの日本語であろうが、積極的にコミュニケーションを取ろうとしますが、日本人はそうしたシーンで確かにひるみがちです。今日のお話でも同様のことが言えると思いました。全社員がITやDXに積極的に関われる状態をつくり、ITやデジタルが当たり前のように使われる社会にしていく。そのためにはCIO、CDOのみならず、CFO、CEO、COOの皆さんが一緒になって戦略を実行していかなければいけません」(矢島氏)

これに対して板野氏は、何よりDX戦略でキーになるのは人と組織のパフォーマンスだと強調して、締めくくった。

「教科書的に言えば、パフォーマンスは『スキル(経験)』×『モチベーション(やる気)』の面積で決まりますが、私はここに『集中(考える)』を加えた三次元でパフォーマンスを考えたい。スキルやモチベーションを高める施策を講じても、考える時間がなければ効果が生まれません。一人のパフォーマンスが上がれば、おのずと組織全体のパフォーマンスも向上します。気付きの源は 『多様性』と『集中』です。国内企業のDX戦略では、人・組織を活性化させ、会社と人・組織が共に成長していく取り組みを、大いに期待したいと思います」(板野氏)

矢島 孝應 氏(写真左)NPO法人 CIO Lounge理事長

1979年松下電器産業株式会社(現パナソニック株式会社)入社。三洋電機株式会社を経て2013年1月にヤンマー株式会社に入社。その間、アメリカ松下電器5年、松下電器系合弁会社取締役3年、三洋電機株式会社執行役員、関係会社社長3年を経験。ヤンマー株式会社入社後、執行役員ビジネスシステム部長就任。2018年6月に取締役就任。2020年5月退任。現在NPO法人CIO Lounge理事長。2021年5月よりウイングアーク1st株式会社社外取締役に就任。
CIO Lounge」は、大手企業のCIO(最高情報責任者)やIT部門の責任者によって構成されるビジネスコミュニティ。「企業経営者と情報システム部門」および「企業とベンダー」の懸け橋となり、各企業の効率化と持続的成長に貢献することを理念としている。

板野則弘氏(写真右)三菱マテリアル株式会社 執行役員 CIO システム戦略部長

1989年三菱化成(現・三菱ケミカル)入社後、生産技術エンジニアとして自動化・機器設計・システム化等を担当。2000年に同社情報システム部に異動してからは、同社IT・デジタル活用の施策をけん引し、2018年に同社情報システム部長兼DX推進プロジェクトマネジャー。2021年4月三菱マテリアル株式会社執行役員 CIOに就任。

(取材・TEXT:JBPRESS+稲垣 PHOTO:Inoue Syuhei 編集:野島光太郎)

 

 

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