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創造性研究の歴史を振り返ると、大きな転換点があった。1950年代、アメリカの心理学者J.P.ギルフォードがアメリカ心理学会の会長演説で創造性研究の重要性を訴えた。それは、「天才」のような特別な個人の資質として捉えられがちだった創造性を、誰もが持ち得る認知能力の一つとして科学的に研究する大きな転換点となった。そして昨今では、創造性は「誰しもが持つもの」と捉えられるようになってきている。この変化は、創造性を組織マネジメントの対象として扱う道を開いたが、同時に、新たな課題を生んだ。佐藤氏は次のように指摘する。

株式会社ベネッセコーポレーション ベネッセ教育総合研究所研究員 佐藤徳紀氏
「これまでの創造性研究の蓄積から、創造性は一部の特別な人だけが持つものではなく誰もが備えており、学びや経験を通じて育まれていくものだと考えられます。そう捉えたとき、社会や組織において求められるのは、個人の創造的なアイデアをいかに統合していくかという視点ではないでしょうか。創造性を構成する要素の1つに『独自性』がありますが、その独自性同士をどう組織として束ね、事業に生かしていくかは簡単ではありません。むしろ、相反する考えや価値観を内包するジレンマやパラドックスをどう乗り越え、全体として機能させていくか──その力こそが、今まさに求められているのだと思います」(佐藤氏)
全員が独自性を追求すれば、組織には多様なアイデアがあふれる。しかし、それらをどう統合するかという難題に直面する。発散すれば収束が困難になり、収束すれば多様性が失われる。このパラドックスこそが、現代の創造性における本質的な課題である。
稲水氏と佐藤氏の共同研究は、創造性の新たな捉え方を模索する中で始まった。2020年に実施したアイデアソン実験では、「宇宙と教育」をテーマに、オンラインで即席チームを組み、2カ月弱の活動を観察した。
当初、稲水氏は創造プロセスの定石として、いわゆる「進化論モデル(evolutionary model)」を想定していた。これは、まずブレーンストーミング(以下、ブレスト)で大量のアイデアを発散(変異)させ、その中から最良のものを選抜(アイデアの淘汰)して深掘りしていくアプローチだ。
しかし、最も成果を上げたチームは、この「常識」とはまったく異なる動きをしていた。
「アイデアソン実験で得られた定性的なデータを分析していく中で、ブレストをベースとしてアイデアをピックアップしていく進化論モデルとは全然違う進め方で、うまくいったチームがありました」と稲水氏は語る。

東京大学大学院経済学研究科准教授 稲水伸行氏
そのチームは、ブレストをしっかりするのでもなく、ほぼ最初の会議のタイミングでコアコンセプトのもとになっているものが出ていたという。「それをベースに、ひたすら楽しく議論を重ね、一気に盛り上がっていく様子が見てとれました」(稲水氏)
発散と収束を明確に切り分けるのではなく、両者が自然に混ざり合いながら進んでいく。そうした独特な動きを佐藤氏に共有したところ、同氏はサラ・ハーベイ氏が提唱する「創造的合成モデル(creative synthesis model)」の概念を議論のテーブルに乗せた。それは、異なる視点を統合し続けることでアイデアを練り上げるモデルであり、まさにそのチームのあり方と合致していた。
両氏は、さらにここから「進化論モデル」と「創造的合成モデル」のどちらが正しいかを選ぶのではなく、両モデルが抱える「パラドックス(矛盾)」そのものに着目したのだ。
「多くの研究は、発散か収束か、独自性か統合性か、といった二項対立で語られがちです。しかし現実の優れたチームは、そのどちらか一方ではなく、矛盾する要素を同時に成立させているのではないか。そう考えたことが、『進化的合成モデル』へと発展する重要な起点となりました」(稲水氏)
この気づきは、創造性を単なるアイデアの量や質として捉える従来の見方から、「アイデアを生み出し、組み合わせ、統合しながら実装へと導くプロセス」そのものとして捉え直す転機となった。
このアプローチの違いは、その後のチームの状態にも表れた。従来型のブレストによる発散から収束というプロセスを経たチームでは、アイデアが選ばれなかったあるメンバーのモチベーションが下がっていた。対照的に、創造的合成モデル的なプロセスを経たチームは、実験終了後もチームを維持し、そのまま社内のビジネスコンテストにエントリーした。
この違いは、創造性を単なる「アイデアの生成」として捉えるのではなく、「チームづくりと一体不可分のプロセス」として捉え直す必要性を示唆していたと稲水氏は語る。
「アイデアを出して終わり、ということではなく、そのアイデアを起点に人を巻き込み、組織の中に実装していく次のフェーズへと自然につながっていく。その流れがとてもスムーズに成立しているように感じました。単に発想を生み出すだけでなく、チームをつくり、組織を動かしていく。そうした『アイデア創出』と『組織づくり』が分断されることなく、一体となって進んでいくようなモデルはつくれないだろうか。そんな思いがありました」(稲水氏)
創造性を「個人の認知能力」から「チームの協働プロセス」へと捉え直すこと。これが、両氏の研究が示す創造性の新たな捉え方となった。
稲水氏と佐藤氏が提唱する「進化的合成モデル」の最大の新規性は、既存の「進化論モデル」と「創造的合成モデル」がそれぞれ抱えていた4つのパラドックスを、対立ではなく「バランスすべき要素」として統合した点にある。4つのパラドックスとは以下である。
要素還元論 vs. 全体論:個々のアイデアの独自性を重視するか、全体としての統合性を重視するか
独立評価 vs. 統合評価:アイデアを個別に評価するか、相互の関連性を含めて評価するか
発散 vs. 収束:多様なアイデアを生み出すか、一つのアイデアに絞り込むか
ラディカル vs. インクリメンタル:既存の枠を破る革新的変化か、既存の延長線上の改善か
従来は、これらのパラドックスを相反する要素と捉えていた。進化的合成モデルでは、これらを対立的に捉えるのではなく、バランスする(マネジメントする)ことの重要性を説くものだ。そこで、両要素を組み合わせたときに創造性の成果がどのように変化するか理論構築型のシミュレーションを行った。
シミュレーションの結果、これら4つのパラドックスがいずれも「中程度」でバランスされたときに、チーム全体として最も高い創造性が発揮されることが明らかになった。
「これらのうちどれか1つだけバランスしていれば良いのではない。これらの4つのバランスが同時に満たされるときに、創造性が最も高まっていました」(稲水氏)
重要なのは、創造性を「どちらか一方を選ぶ」という二者択一ではなく、「両方を同時に追求する」という矛盾を抱えたプロセスとして捉え直すことである。この捉え直しこそが、進化的合成モデルが提示する創造性の新たな理解である。

理論の妥当性を検証するため、両氏は社内新規事業提案制度をフィールドとした研究を継続した。そこで観察されたのが、最終的にグランプリを獲得したチームの特徴的な動きである。この検証では創造性を「独創性」と「妥当性(有用性)」の二観点から自己評価した回答と審査結果との関連を分析している。
「グランプリを獲得したチームは、一次審査の段階では発案者が個人でエントリーしていました。そこから一次審査を通過し、二次審査に進む過程でチームを組成していきました。社外メンバーも一部加えた少人数のチームで、チームメンバー以外の外部にはほとんど相談せず、限られたメンバーの中だけで徹底的に議論を重ねていました」
その段階で、アイデアの独創性は一気に高まったという。しかし、そこがゴールではなかった。
「そのプロセスを経て独創性が一気に高まり、二次審査も通過しました。その後、最終審査に向けては、今度は一転して外部に向かって積極的に相談を行っています。特に、課題の当事者や関係者など、解決の鍵を握る人たちに対して、アイデアを当てにいく形で意見を求めていった。そうすることで、チームの熱量もさらに高まっていきました」(稲水氏)
内部での集中的な議論による「収束」と、外部への積極的な検証による「発散」。個人の発想からチームが生まれ、さらに外へと開かれていく、そのプロセスは進化的合成モデルが示す「バランス」の実践例とも見てとれる。
この一連のプロセスは、創造性を「個人のひらめき」としてではなく、「個と集団」「内と外」の相互作用の中で立ち上がるものとして捉え直す視点を提示した。
佐藤氏は、進化的合成モデルを実践に落とし込む上で、評価制度の再設計が必要だったことを明かす(佐藤氏は社内提案制度を調査する傍ら、提案制度の事務局長を担当していた)。新規事業提案制度の評価軸には、新たに「チームの熱量」といった観点が加えられた。
「アイデア単体では、社会実装までなかなかたどり着けません。新規事業の世界ではよく言われていることですし、私の前任者も同じ考えを持っていました。ただ、これまでの評価シートには、そうした要素が十分に反映されていませんでした。だからこそ、そこをきちんと可視化して、努力しているチームが正当に評価される仕組みにしたいと思いました」(佐藤氏)
従来の評価制度では、アイデアの独自性や完成度といった「成果物」そのものが主な評価対象とされてきた。しかし実際には、アイデアを事業として成立させるためには、チームの結束力や推進力、多様な視点を取り込みながら試行錯誤を重ねるプロセスそのものが極めて重要である。
そこで、こうしたプロセスを評価軸として制度の中に組み込むことが求められる。成果が表出する以前の段階にある努力や挑戦、試行錯誤の積み重ねを可視化し、正当に評価することで、挑戦を後押しする制度設計が可能になる。これは単なる評価基準の変更ではなく、創造的な行動を継続的に生み出すための組織設計そのものを再定義する試みといえる。

佐藤氏の研究の根底には、「創造性は個人の資質なのか、それともマネジメントできるものなのか」という問いがある。
「創造性は個人の才能として語られがちですが、本当にそれだけなのか。経営学の視点から、創造性を伸ばしたり、支えたりすることはできないのかを確かめたかった」(佐藤氏)
この問いを考える上で示唆的なのが、ベネッセがトヨタ自動車とともに実施した、「Udemy Business」の利用に関する調査結果である。調査では、個人で学習に取り組んだ場合と比べ、組織として学習に取り組んだ場合のほうが、「学びによって新しい業務への対応や業務改善ができた」と回答する割合が高いことが示されている(図2)。
この差は単に「学習量」や「個人の意欲」だけで説明できるものではない。この調査では、学びを促進した要因として、上司や研修担当者による定期的な声かけ、学習者同士の交流や成果共有、学習ツールや教材の紹介・推薦といった、職場からの働きかけが多く挙げられている(図3)。

学びを促進したと回答した「組織利用」と「職場からのサポートや働きかけ」
(出典:ベネッセ×トヨタ自動車「Udemy Business」利用に関する調査から引用)
これらの結果は、学びの成果が個人の内面だけで完結するものではなく、学んだ内容を共有し、試し、振り返ることが許容される環境――いわゆる心理的安全性が確保された職場において、業務や成果と結びつきやすくなる可能性を示している。佐藤氏が指摘する「心理的安全性」や「学習推進」といった要素は、こうした職場の関与を通じて具体的な行動として立ち上がってくる。
「学びは内発的なもので、強制できるものではありません。だからこそ、学んだことを生かせる場がなければ、やがて学習意欲は失われてしまう。そこをどう支えるかが重要です」(佐藤氏)
学びを創造性と置き換えて考えると、個人の創造性を組織の力へと転換するには、成果だけを見るのではなく、そこに至る学びを実践へとつなぐマネジメントの関与を可視化することが不可欠だ。佐藤氏は、学習のプロセスを可視化し、組織側がその成長を受け止められる状態をつくることで、個人とマネジメントの間に橋を架けようとしている。
稲水氏と佐藤氏の研究は、創造性の捉え方そのものを問い直すものである。進化的合成モデルが示すのは、創造性を「個人の能力」ではなく「チームのプロセス」として捉える視点だ。成果よりも過程に目を向け、知識の量よりも知識の結びつきに価値を置く。そして創造性を事業へとつなげるには、見えにくい努力を可視化し、学びを生かす機会を意図的に設計することが必要となる。創造性は偶発的に生まれるものではなく、適切な環境とプロセスによって育まれるのだ。
では、創造性を育む環境はどう設計すればよいのか? 後編では、会議に縛られる「操り人形仮説」、空間と時間の「20%ルール」、そして生成AI時代に人間の創造性が発揮される条件について、両氏が語る。

(取材・TEXT:JBPRESS+稲垣/下原 PHOTO:落合直哉 企画・編集:野島光太郎)
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