ホフステードの6次元モデルは、人々の価値観が国民文化によってどのように異なるかを6つの次元(ものさし)でスコア化したものです。グローバルなスケールでデータを扱う際、特に人々の意識や動向に関わるものの場合は必須のデータベースといえます。
さらに異文化間のコミュニケーションや組織マネジメントといった観点からも大きな示唆を与えてくれます(第1回)。
オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステード博士(1928 – 2020)は、1960年代の後半から「国民文化」という曖昧な対象をモデル化する研究に着手しました。その成果は半世紀以上にわたって引き継がれ、現在ではホフステード・インサイツ・グループが100か国以上の国と地域の文化スコアを開発し、それを活用して企業などの組織のグローバル対応支援を行っています。
海外赴任、外国企業のM&A、多国籍メンバーのチームで仕事をするといった場合に、現在では異文化間で仕事をする機会が大幅に増えています。日系企業に勤めるビジネスパーソンであれば、ツールはたいてい英語で、パートナーも基本的にはグローバルなビジネススタイルを身につけているので、それほど国民文化の違いを感じることはないかもしれません。
国民性や国民文化を強調することは、むしろバイアスの掛かった見方や偏見を助長するのではないかと懸念する向きもあるでしょう。
一方、日系企業と外資系企業という異なる成り立ちの会社で働いた経験のある人であれば、そこには歴然とした違いがあることを実感されていることと思います。まずは人事のシステムが大きく違います。そして、そうした違いには、発祥した国の仕事観や人間観つまり国民文化の違いが色濃く反映されているのです。
それでは、国民文化をいったいどのように捉えるべきなのでしょうか。6次元モデルの生みの親であるホフステード博士は、それをジグゾーパズルに例えています。パズルのセットには2つとして同じピースが含まれることはありません。そのように、同じ国民であっても1人ひとりは違う個性を有しています。
しかし、それが全体として組み合わされると、1つの明確な像を結びます。このように、個々人は異なるとしても社会全体としては、共通した「ある価値観」を持っています。それが国民文化なのです。ちなみに、価値観とは「ある状態のほうが他の状態よりも好ましいという傾向」と定義されています。
国民文化とはジグゾーパズルのようなもの――1人々は違っていても、社会全体として共通したある価値観を持つ |
価値観とは、ある状態のほうが他の状態よりも好ましいという傾向 |
ホフステード博士は、人の行動に影響を与えるプログラムは3つのレベルで捉えることができると考えています。
1つ目は、生理的欲求や喜怒哀楽といった基本的な感情であり、人類共通のものです。これが最も低い「ボトム」にあります。その上にある2つ目のレベルが文化です。社会的動物であるわたしたちが集団のなかで生きていくために埋め込まれたプログラムです。そして、3つ目が個々人の性格です。
文化には集団のグループごとにさまざまですが、ビジネスパーソンにとってなじみが深いのは会社といった組織の文化であり、日本などの国の文化でしょう。後者がいわゆる国民性といわれるものです。6次元モデルが対象にしているのが、この国民文化です。そのほかにもZ世代といった世代や、医療関係者などの職業など集団の数だけ文化は存在しています。
国民文化とは、10歳前後までに無意識に身につける価値観と考えられます。そしてその後、外国で暮らしたり、ビジネスで外国人と共に働くなど、他の文化に適応しなければならないことがあったとしても、10歳までに学んだ価値観=国民文化の違いを消すことはできないのです。
また人生の極めて早い時期に形成され、内面化されるので、わたしたちは基本的に自分自身がどのような国民文化を持っているのかを“知らない”のです。
このように、わたしたちは自分が体現している国民文化をなかなか自覚的に捕捉することができません。そして、それを客観視できるようにするツールが6次元モデルなのです。これによって、自国の国民文化を客観的に把握するとともに、各国ごとの価値観の違いを理解することができるようになります。
ホフステード博士は「組織の合理性は国民性で決まる」という言葉を残していますが、とりわけ異文化の組織マネジメントには、国ごとの国民文化の理解が欠かせないのです。
わたしたちは自分が体現している国民文化を自覚的に把握することができない |
6次元モデルによって、①自国の国民文化を客観的に把握することができる ②各国ごとの価値観の違いを理解することができる |
ビジネスパーソンが国民文化の違いに直面するのは、まずは会議や交渉の場ではないでしょうか。筆者自身、日系のメーカーに勤務していたときに、アジア、米国、欧州と多くの国と地域で社内のミーティングに参加した経験があります。
アジアであれば、タイ、中国、台湾、シンガポール、マレーシア、ベトナム、フィリピンといった国や地域です。どの国においてもメンバーの発言は活発で、会議は活性化していました。
ただし、ひとつだけ際立って発言が少ない国がありました。それが日本です。そうした経験を通じて、筆者は日本は世界のなかでも極めて特殊な文化風土の国ではないかと考えるようになりました。
ちなみに、当時のアジア各国の会社のCEOは日本の駐在員でしたが、彼らと現地のメンバーの距離感は微妙で、かなり打ち解けた雰囲気の会社もあれば、距離を感じさせるケースもありました。
それが駐在員のマネジメントスタイルによるものか、それとも現地の国民文化によるものか計りかねていましたが、もし事前に6次元モデルを知っていれば、もう少し的確に観察できたように思います。
ここで、CQ(Cultural Intelligence:文化の知能指数)という考え方を紹介します。これは、「多様な文化的背景に効果的に対応できる能力」と定義されています。国民文化の違いを意識化したうえで、異文化間で効果的に成果を出していく力がCQです。
たとえば、M&Aで海外の会社を買収することはいまや珍しいことではなくなりましたが、その際は無意識の裡に存在する価値観=国民文化を意識し、互いの違いを認めたうえで、新たな組織文化をつくっていくことが欠かせません。そうしたときに求められるのがCQです。
では、どのような人材がCQが高いと考えられるでしょうか。まず、海外駐在経験が長い人ということが考えられます。
しかしいくつかの研究では「海外に住んだ経験と異文化適応力は比例しない」という結果が出ています。むしろ、駐在経験が長いことによって、前任地と新しい赴任地を比較して批判的な見方をするなど、かえってバイアスが掛かることが多いといったことが挙げられます。
CQで重要なのは、相手の価値観に関心を持つことです。相手がどのような社会に属していて、どのようなシステムで動いているのか、また何を大事にしてどのようなコミュニケーションをしているのかを「知識」として理解することです。6次元モデルは、そのための”いまのところ”最も強力なツールなのです。
CQ(Cultural Intelligence:文化の知能指数)=多様な文化的背景に効果的に対応できる能力 |
海外に住んだ経験と異文化適応力は比例しない |
それでは具体的に、6次元モデルの6つのものさしを紹介しましょう。
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本連載では、今後それぞれの次元(ものさし)について詳しくみていく予定です。
(著者:しいたに 編集:藤冨啓之)
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