まずは職員が陥りがちなDX推進の「落とし穴」について聞いてみた。信太氏は、DXは決してデジタルツールを導入したり、データ化したりすることではないと強調した。福島市役所にも、かつては紙の申請書をExcelで管理すればDXだ、と思っている人もたくさんいた。これに関しては、「業務の見直しをした上でデジタル化を進めないとDXは前進しない」という理解がまだ浸透していなかったことの表れだという。
福島市 最高デジタル責任者補佐(CDO補佐) 信太(しだ)秀昭氏
「あくまでも業務の見直しが最重要なのであり、より良い業務フローを考えながらそれに合わせたデジタルツールを入れないといけないので、私も内製をする上では、業務フローを全部聞き取りした上で、『ここをやめてもいいんじゃないか』『これとこれを逆にすればいいんじゃないか』と提案するようにしています。さらに、『こうすればヒューマンエラーを防げますよ』というところまで提案した上でBPRを進めていますね」(信太氏)
業務の見直しからデジタル化を進めた例を見てみよう。福島市は富士フイルムシステムサービス株式会社と共同研究を行っている。具体的には同社が提供する「罹災証明迅速化ソリューション」と、福島市で内製した「罹災証明書交付管理システム」に蓄積された実務経験を活かし、罹災証明書のオンライン申請から被災者支援まで、事務手続きを短縮させるというものだ。2025年4月には、全国の自治体ではじめてシステム関連特許を共同出願している。
この「罹災証明書交付管理システム」ができたきっかけは、福島市に甚大な被害をもたらした台風19号だった。
「大きな台風が来ると予想されていた夜に、福島市内で5,000人ほど避難していることがわかりました。危機管理室の課長とも『これは罹災証明書も必要になりますよね』と話していました。東日本大震災の際には罹災証明書も16万件程度必要になったのですが、その際は手作業で対応していました。暗闇のなか台風が来ていて、家屋の被害も予想されているわけなので、何らかのシステムを作ったほうが良いですねと話が進みました」(信太氏)
システム化することで罹災証明書の発行は効率化された。しかし、課題も浮き彫りになった。実地調査は資産税課がアナログで行っていた。地区ごとに担当者がおり、担当者は自分の地区にどのような申請が来ているのかデータで抽出することはできるが、その後の作業は紙中心だった。担当地区の台帳、住宅地図、その他参考資料などを紙で持参して実地調査し、「半壊」「全壊」という結果だけをシステムに入れるという冗長的なフローだったのだ。
また住居に関して「半壊」「全壊」という情報は出るが、そもそも支援はそこに住んでいる世帯の人に対して行うものだ。罹災証明書とその住居の構成員の情報がまとまって部署に届けば、担当部署の仕事はスムーズに進むはずである。しかし、現状はそうなっておらず、すべての申請を受け付けた部署がそれぞれに整理しなければならなかった。
一方の富士フイルムシステムサービス側は、マイナンバーの「ぴったりサービス」を使うことを考えていた。ぴったりサービスならどの自治体でも入り口として利用できるため、罹災証明書のシステムとして最適だからだ。しかし、ベンダーだけでぴったりサービスにアクセスし開発を進めることは難しい。そのため自治体と一緒になって開発する必要がある。家屋調査については、富士フイルムシステムサービスが優れたシステムを持っていた。一方、市役所にはオンライン申請受付で実績がある。ニーズが一致したため、2024年7月に共同研究協定を結び、開発をスタートした。
令和6年7月24日、福島市と富士フイルムシステムサービスが災害時の早期生活再建に向け自治体業務効率化の共同研究協定を締結。写真=富士フイルムシステムサービス 常務執行役員 槙島章之氏/福島市 木幡浩市長
参照元:福島市公式HP
月に1〜2回、富士フイルムシステムサービスのエンジニアが、東京から福島市役所を訪問。一方の市役所側は危機管理室、デジタル改革室、資産税課の3部署から数名が参加し、チームを編成した。チームを作った理由には、『答べんりんく』開発時の反省があったという。答べんりんくは完全に個人プレーで進めた案件だ。個人で進めると属人化するリスクがある。だからこそ本案件はチームで進めるべきだと考え、関係各所に声かけをしてチームを作り、開発を進めている。
福島市は内製化がうまく機能しており、BPR後にツールを選ぶ流れで、特定のノーコード・ローコードツールを使わずとも自分たちでたいていのことは構築できている。ただ、信太氏は先の話として内製化できる限界が必ず来ると話す。その上で、内部で解決できない部分を民間ベンダーに助けてもらう必要があると語っている。
「そもそも住民に向けたサービスの商品は、様々なベンダーから出ています。しかし、庁内の内部事務に関するシステムは、庁内で実際に業務に携わっている者にしかわかりません。ぜひベンダーさんには業務担当者と一緒に内部事務に関わるシステムを開発してほしいという希望があります」(信太氏)
内部事務の効率化は市役所職員を助けることになるが、結果として住民へのレスポンスが早くなることにつながる。富士フイルムシステムサービスはその点、熱心に市役所職員の仕事を深掘りして取り組まれており、非常にありがたいとのことだった。
福島市 主任DX推進員 川村剛史氏
一方の川村氏は、福島市が「かえるチャレンジ」を含め、庁内にデジタル改革マインドが作られており、内製化していくことに楽しさを感じているという。ところが全職員が皆、改革意識を持っているわけではない。いくら内製化を喧伝したとしても、庁内にはまだ業務効率化が進んでいないところもある。そのような部署の職員をどのように内製化に誘導させるか、そこが課題であると川村氏は話す。自らも部署をまわり、内製化を提案することもあるとのことだが、どうしても今までの仕事のやり方を変えたくないとか、内製化と言う言葉自体を知らない職員も一定数いる。長年続けてきた仕事のやり方ほど、変えていくのは難しいと感じているという。
福島市役所の業務改善運動「かえるチャレンジ」。
職員一人ひとりが日々の業務を見直し、コスト削減/事務効率化/市民サービス向上につながるアイディアを発表・共有している。
参照元:福島市公式HP
信太氏は、システムで業務の効率化、省力化するとき、内部開発するのか、外部開発するのか、検討段階からベンダーさんに関わっていただき、その成果が商品として横展開できたら嬉しいと感じているとのことだ。
「ぜひベンダーさんには福島市をフィールドとして、商品開発を進めていただきたいと思っています。福島市で試行実験してもらえると嬉しいですね」(信太氏)
もちろん福島市の内製化を推し進めたい動機もあるが、福島市自体の知名度向上にもつながるのではないかと信太氏は話す。
人口減少時代、自治体も競い合うようになっていくと思われる。そこで福島市を知ってもらい、「福島市は面白いことやっているね」と思ってもらえるよう、ベンダーさんには福島市をシステム開発の試験場として使ってほしいと信太氏は語った。
実は福島市、民間の人材交流も活発である。
「福島市は民間人材の受け入れも行っています。以前、富士通Japanの福島支店にいらっしゃった方が、今は本社地区に異動になっていますが、まさに自治体に職員を派遣することを采配する部署に配属されていたのです」(信太氏)
信太氏たちは内部事務のことは自分たちでできる。一方で、地域とデジタル領域での接点をつくるのは弱いと感じていたという。そこで上述の富士通Japanの担当者から、福島市に来て頂ける方を募集したところ、秦清隆氏が手を挙げた。秦氏はデジタル推進課に配属され、市職員がなんとなく尻込みしてしまうような、地域のデジタル人材と地元企業とのマッチングなどを担当している。
川村氏は、今後も内製化の青写真を示していきたいと語る。その上で、職員の業務を効率化し、空いた時間に政策的なことを考えられるような時間を創出したいと話していた。
「目の前の業務に忙殺されて、福島市の未来のことを考えられないのは本末転倒ですからね。だからこそ業務を効率化して福島市の現状とこれからを考えられるような時間を作れたらと思いながら、日々内製化を進めています」(川村氏)
(TEXT:安齋慎平 PHOTO:渡邉大智 編集:野島光太郎)
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