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全職員を巻き込み、自ら改革する市役所を作る!–福島市役所のDXを進めるキーパーソンたちに聞く(前編)

福島県の県庁所在地・福島市。県の北部に位置し、桃などの果物や温泉街などで有名な市だ。同市では、行政を中心にDXが進んでおり、福島市役所は「日本DX大賞2024」行政機関・公的機関部門において優秀賞を受賞している。2025年は地域DX部門・庁内DX部門の2部門で奨励賞を受賞した。

今回はその福島市のDXのキーパーソンである、信太(しだ)秀昭氏と川村剛史氏にインタビュー。いかにして市役所全体を巻き込んだのか、その過程を探った。

         

最高デジタル責任者補佐(CDO補佐)の信太氏は『答べんりんく』を開発

『答べんりんく』は自治体の議会における質問取りから答弁検討までを、オンラインで一元管理するシステムだ。2023年4月のリリース当時、約200自治体から問い合わせがあった(2025年現在、25団体導入済み、当面5団体程度導入見込み)という、自治体からの注目度の高いシステムである。

答べんりんくのベースとなるシステムを開発したのは信太氏。以前より議会対応に追われる職員の忙しさを目の当たりにしており、何かできないかを考えていたという。2018年に総務部に異動になり、趣味が高じて身につけたプログラミングスキルを活かして「議会答弁検討システム」を作った。前から取り組みたいと思っていた、所属を超えた庁内横断のプロジェクトを立案できる立場になり、中でも答弁の検討は全庁に関わることであったため、やってみようと思ったのがきっかけだった。

この「議会答弁検討システム」が庁内で好評で、木幡浩市長の目にも止まることとなる。木幡氏自身、総務省の出身であり、また数多くの自治体を経験していたこともあって、「これは商品化できるかもしれない」と販売の検討を指示した。これが信太はデジタルに向くと印象付けるきっかけとなり、信太氏は2024年に市役所を退職して最高デジタル責任者補佐(CDO補佐)に就任した。

福島市 最高デジタル責任者補佐(CDO補佐) 信太(しだ)秀昭氏

信太氏は「何か困ったことがあれば、いつでも言ってね」と常にまわりに話していたと語る。パソコンが一気に普及した2000年代、職員が皆パソコンを使うようになったのは良いことだったが、一方で信太氏は、どこかパソコンに「求めすぎている」ような雰囲気も感じていた。あくまでもパソコンは職員の業務を楽にするものであって、決して使用者に負荷を掛けるものではないという持論を持っていた信太氏。「デジタルは職員皆さんの業務を楽にするものだ」と啓発し続けた。

「趣味が高じて身につけたプログラミング」と書いたが、信太氏はもともとパソコンに興味があったという。例えば1980年代、信太氏は大学生だったが、当時はMS-DOSなどはあったものの、Apple社の『Macintosh』が日本に上陸し、そのGUI(グラフィカルユーザーインターフェース:画面上のアイコンやボタンなどを操作するインターフェース)を見て衝撃を受けた。これが、信太氏がコンピュータに興味を持つきっかけだった。当時のMacintoshは学生の手の届かない価格だったが、その後ようやく手の届く価格になり、実際に購入した。MacintoshにはHyperCardというアプリが入っており、趣味で遊んでいた。これが言語学習につながったと話す。

初代Macintosh 128Kは、9インチのビットマップディスプレイとWIMP(ウィンドウ、アイコン、メニュー、ポインター)というGUIの基本要素を初めて備えた、まさにGUIの草分けだった。これは、Windowsの登場に1年先行する快挙である。
※写真は、取材当日に信太氏にご持参いただいた実機と当時発刊された関連書籍である。

職員がワープロを使っていた1990年代、信太氏は9インチのMacintoshを机の上に置いて、机の下にインクジェットのプリンターを置いて仕事をしていた。もちろんHyperTalk(HyperCardに用いられるプログラミング言語)は庁内で横展開できず、「完全に趣味の世界でした」と信太氏は当時を振り返る。

時代は変わり、Microsoft社のWindowsが職場に導入され、一人一台パソコンが支給されるようになった。セキュリティポリシーで「私用パソコンは持ち込んではいけない」ということになり、Mac製品は庁舎に置けなくなった。しかし、今度はOfficeのアプリに興味を持つようになる。ExcelのVBAにも触り、そこからAccessに興味が湧いたと信太氏。徐々にAccessにのめり込み、VBAを駆使していろいろ触っていたのだが、本格的に学びつつ作ったのは「議会答弁検討システム」が最初だった。

もしかしたら庁内にもAccessやVBAを使っていた人はいたかもしれないが出遭えず、本を読んでも一般論しか書かれておらず、自分が躓くところまで説明されているものは無かった。ただ、ネットで検索すると、自分と同じところで躓いている人もいて、検索を続けるとそこに解決方法がいろいろと載っていた。そのようにして、学びを深めていった。

ちなみに信太氏は学生時代、情報通信系ではなく、経済学を学んでいた。ただ、1980年代はパソコンが一気に普及した時期、大学の各学部にPC室があり、文系学生でもパソコンに触れる機会があった。それも信太氏の人生を変えるきっかけとなったという。

主任DX推進員の川村氏はコロナ禍をきっかけに「内製化」に着手

一方の川村氏は現在、福島市役所政策調整部デジタル改革室情報企画課という部署におり、DX推進チームを先導している。

福島市 主任DX推進員 川村剛史氏

現在はデジタルの部署に所属しているが、大学は農学部出身で、パソコンには一切触れていなかった。実は市役所に入る前、民間企業で自動車の営業をしていた川村氏だが、パソコンが好きというよりは仕事が非効率なところを効率化したいという考えで業務に取り組んでいた。今でいうBPRだが、Excelを使って業務効率化を図り、関数などわからないところはネットを使って調べていた。その中で「Accessが便利だ」というところに行き着き、Accessを使うようになった。

コロナ禍に「特別定額給付金」が支給された。川村氏は当時、生活福祉課のケースワーカーとして働いていたのだが、2020年のゴールデンウィーク中に500人の申請予約を管理するデータベースを作った。それは窓口での給付にも対応しており、給付金通知書まで作れるよう構築した。福島市保健所ワクチン接種対策チームにいた際も、感染症患者の管理をAccessで一元管理した。その経過を市長が見ており、コロナが比較的落ち着いた2023年に内製化を進めるべく、今の情報企画課に異動となった。

現在は、主任DX推進員として業務の内製化を推進している。人材育成のための勉強会を実施しているが、メインは庁内の業務効率化を目指すための「内製化」と「人材育成」であり、DX研修、Access研修、生成AI研修、DXの基礎研修などの講座を職員に向けて開講している。

ここで信太氏はこんな裏話をしてくれた。特別定額給付金の件で職員の負担が大変なことになるのではないかということで、実は生活福祉課の課長が信太氏にデータベースの作成を依頼しようとしていたようだ。その際に川村氏が「私にできるかもしれません」と手を挙げた。その課長も柔軟で「じゃあ川村、やってみるか」と、川村氏にデータベース作成を任せた。結果としてそれが良かった。民間でもそこまで柔軟に采配できるところは珍しい。

自然とまわりを巻き込んでいた『答べんりんく』開発秘話

信太氏がシステムの基礎を作った『答べんりんく』。信太氏の構築した「議会答弁検討システム」をベースに市と株式会社ぎょうせいで商品化をすすめ、最終的に株式会社エフコムがウェブ版としてより使いやすいものに仕上げたが、開発するにあたって壁となったのが「開発コスト」だった。そもそも市議会は年4回しか開かれず、開発コストを掛けてまで実装するのにはリスクがあった。

そのリスクをどう解消したのか。信太氏は「議会答弁検討システム」開発時に所属していた総務部に動きがあったと話す。

「私が離れてしまうことでシステムのアップデートなどに対応できなくなる、つまり便利に使えていたシステムが使えなくなる懸念が総務部にあったようです。そこで総務部で予算を取り、メンテナンスを外注することにしました。それがエフコムさんだったわけです」(信太氏)

『答べんりんく』は福島市役所で2022年に試験運用を行い、2023年4月より全国に向けて販売を開始した。
参照元:株式会社ぎょうせい株式会社エフコムHP

株式会社エフコムには意欲的なエンジニアがたくさんおり、信太氏の開発したシステムも興味を持って解析した。かくして懸念だった開発コストも解決して答べんりんくは商品化できたのである。

DXで後進育成に取り組む川村氏

一方、DX研修という形で人材育成に取り組んでいる川村氏。研修は対面講座形式で、DXの基礎的な内容から生成AIまで幅広く開講している。例えば生成AIの講座は「とりあえず触ってみましょう」というところから始め、DXのスキルを少しずつ高められるようにしている。

福島市は福島県の県北地域にある市だが、福島市を除く県北7自治体の職員も受講できるよう、開かれた講座にしている。「小さな自治体でも、DXの知見のある職員が一人いるだけで組織は変わります」と語る川村氏。実際に市外の多くの職員も参加している。

川村氏が研修をする目的はDX意識の浸透だが、別の目的として「内製化につなげる」ことも想定している。職員が自ら内製化できない場合は、「依頼してもらえればすぐ手伝いますよ」と声を掛け、気軽に内製化の相談を受け付けているのだ。「課題があったら動く」ではなく「能動的に課題を見つけにいく」。そのために研修をしている、と川村氏。庁内DXを進めるとともに、後進育成にも力を注いでいる。

業務変革を歓迎する市役所の風土はいかに作られたのか

ここまで話を聞いてきて、疑問に思ったことがある。それが、業務変革に対する庁内の雰囲気だ。民間企業でも、今までの仕事のやり方に固執してしまい、なかなか新しいツールを使ってくれない社員が少なからずいる。しかし、なぜ福島市では変革に対してポジティブな職員が多いのか。

福島市は「かえるチャレンジ」という、自分の職場で改善したことを全庁に発表して、3ヶ月に1回表彰する制度があり、市長が積極的に奨励している。年間大賞もある。業務改革が進む背景には、この制度がうまく機能しているということだろう。実際、自分たちの改革を発表し、それを見た他部署の同僚が参考にし…という良い作用が庁内全体で起きているという。その点で、福島市には業務改革のマインドが醸成されている。

さらに、各所属で課長が「いいよ」と言えば実行に移してしまう雰囲気もあるという。稟議をどう通そうかというより、かえるチャレンジにどう報告しようかを重視する傾向があるらしく、基本的には稟議に関係なく改革を遂行していることが多いようだ。

なお、課長が動かないときは、係員あるいは係長レベルで川村氏に相談がある。川村氏も「『ご相談はいつでもどうぞ』と言っています」と話す。上長に稟議を上げるときは「『川村さんが言っているので大丈夫です』と言ってもらって問題ないとお伝えしています」とのことだった。つまり依頼者の所属の了承さえ得られれば、川村氏が支援して業務効率化が進んでいく仕組みになっている。

このようにして福島市役所では、業務改革が当たり前のように進んでいくのである。(後半に続く

民間企業をも巻き込み、市を挙げてDXを推進–福島市役所のDXを進めるキーパーソンたちに聞く(後編)

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川村 剛史 氏(写真左)福島市 主任DX推進員
福島市出身。平成10年に市役所に入庁以来、福祉、下水道、市場など多岐にわたる部署を経験。その知見を活かし、令和5年よりデジタル部門に配属され、全庁的なシステム内製化を担当。2年間で年間9,000時間もの事務効率化を達成し、業務改善のけん引役として庁内DXを力強く推進している。
 
信太 秀昭 氏(写真右)福島市 最高デジタル責任者補佐(CDO補佐)
福島市出身。昭和62年市役所入庁、税、教育、国保、消防などの部署を経験し、平成30年に議会答弁検討システムを開発した以降デジタル業務に携わる。現在は内製を支援する傍ら、自治体職員としては珍しいJDXアンバサダーとして福島市の活動の外部発信にも努めている。
 
ライター:安齋慎平
福島市出身。福島大学附属中学校、福島県立福島高等学校、東北大学経済学部卒。金融機関を経てウェブメディア会社へ転職し、オールアバウト編集部などに在籍。編集者としてのキャリアを重ねつつ、ライターとして政府広報や総務省案件を担当。現在は福島市のデジタル推進パートナーとして、福島市役所のホームページ記事などを担当した。データのじかんではライターとして取材を担う。
 

(TEXT:安齋慎平 PHOTO:渡邉大智 編集:野島光太郎)

 

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