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世が動き、データが動いた、その先は?──高市政権誕生にみる「ジェンダー」と「実態」

世が動き、データが動いた、その先は?──高市政権誕生にみる「ジェンダー」と「実態」

2025年10月、日本に初めて女性の首相が誕生しました。高市早苗氏の内閣総理大臣就任は、データ上も社会上もひとつの「変化」を刻んだ出来事です。
今回は、「2025年のジェンダー・ギャップ指数から世界を見る」番外編として、高市氏の首相就任が日本に与える影響について考えていきます。「データ」としてのジェンダー・ギャップ指数(GGI)の政治分野スコアへの影響。高市氏の政策姿勢やスタイルが、日本という国に与える「実態」としての影響。これまでこの連載で扱ってきたこのふたつの視点から、日本初の女性首相誕生について考察してみたいと思います。

         

歴史的な瞬間を、コンテキストとデータから読む

日本で内閣制度がスタートしたのは140年前、明治18年(1885年)のことです。歴史の教科書で学んだ伊藤博文が初代内閣総理大臣に就任したのがこの年の出来事です。
女性が初めて国会議員になったのは第二次世界大戦終戦の翌年、昭和21年(1946年)のこと。その14年後の昭和35年(1960年)に初めて中山マサ氏が女性として初めて大臣に就任しました。
そこから65年の年月が経過した2025年(令和7年)、高市早苗氏が女性として初めての内閣総理大臣に就任しました。
これは日本の歴史にとって一つのとても大きな出来事と言えるでしょう。

ではこの出来事は、日本にどのような影響を与えるのでしょうか。まずは、データの側面からみていきたいと思います。世界経済フォーラムが毎年発表しているジェンダー・ギャップ指数(GGI)では、 政治分野のスコアを算出する際に、過去50年間に国家元首が女性であった期間という要素が含まれています。この項目が日本で動いたのは、2006年のジェンダー・ギャップ指数の測定の開始以来初めてです。ジェンダー・ギャップ指数の政治分野における、女性首相の在任期間のウェイトは44.3%を占めます。

指標名比重
会議員の女性比率0.31
閣僚の女性比率0.247
女性/男性国家元首の在任期間(直近50年間)0.443

引用元:World Economic Forum, Global Gender Gap Index 2025. P73(筆者訳)

高市氏が1年在任した場合、「女性/男性国家元首の在任期間(直近50年間)」のスコアが0.02に変化します(1年/50年)。
このスコア比重が44.3%の影響を与え、政治分野のスコアが0.00886上昇、総合スコアへの影響は4分野均等割で25%となるので総合スコアへの影響は0.002ポイント。この指標の変化単独では、順位は1~2位上昇するかどうかとなります。こうして見ると数値としては小さいかもしれませんが、0→1というコンテキストを踏まえると、これは極めて大きな変化です。ジェンダー・ギャップ指数はその年の状況を示す指標であると同時に、社会がどんな歴史を歩んできたかを示す地層のようなデータでもあるのです。
今回の出来事により“女性国家元首=1”という事実は今後50年間日本のデータとして残り続けていきます。ここでデータが動いたことにより、高市氏が2年以上在任する、あるいはこれを契機に新たな女性リーダーが誕生して行けば0.04、0.06、0.08…とこの分野のスコアは着実に上がっていきます。

これまでスタートラインに立ったまま動くことのできなかった日本が、ついにスタートラインを一歩踏み越えた。
高市政権の誕生は、今後数十年にわたって日本のデータを更新し続ける出来事なのです。しかし、これまでの記事でもみてきたようにデータが変わることと、社会が変わることは、必ずしも同じ意味ではありません。次に、「実態」として高市政権が日本にどのような影響を及ぼしていくのかに目を向けてみます。

“24時間戦えますか”から35年──女性首相誕生までの変化と不変

高市氏が衆議院議員選挙で初当選したのは1993年。男女雇用機会均等法の施行8年後の出来事です。ISSP(International Social Survey Programme)の1994年の調査を参照すると、当時の日本ではまだ「男性が社会、女性は家庭」という価値観が浸透していたことが読み取れます。

引用元:西川真規子「1990年代の日本女性の労働供給に関する考察」p.116

女性が社会で活躍してきたモデルも少ない中で、標準的なモデルとされたのはこれまで男性たちが行ってきた働き方。長時間、社会の中で、粉骨砕身して働くこと「24時間、戦エマスカ。」のキャッチコピーそのものの働き方です。実際、この三共の栄養ドリンク『リゲイン』のキャッチコピーは1989年に第6回新語・流行語大賞で流行語部門・銅賞を受賞しています(参照:第一三共ヘルスケア「リゲインについて」)
約35年の時を経て、2025年には高市氏自身の自民党総裁就任時の発言「働いて働いて働いて働く」という発言が流行語大賞年間大賞を受賞しました(「現代用語の基礎知識」選 T&D保険グループ 新語・流行語大賞)。これは、日本の政治の中心で求められる働き方が、ほとんど変わっていないことを示唆しています。

1989年と2025年の二つの「働く」を巡る流行語の対比は、女性政治家が戦い続けてきた舞台が、本質的に「自己犠牲を伴う過度な労働」を是とする古い標準モデルから脱却できていない現実を浮き彫りにします。彼女たちは、自らのジェンダーを超えて戦うことで、皮肉にもその古い標準モデルを内面化し、継承しているとも言えるかもしれません。
高市氏の中に「男並み標準モデル」が一つの成功パターンとして存在していることは時代背景を踏まれば当然のことであり、彼女が今後リーダーシップを発揮する際に「24時間、戦エマスカ。」「働いて働いて働いて働く」をご自身に課すのも不思議ではありません。
一方で、日本のリーダーがこうしたあり方でいることは、日本に「男並み標準」を再生産する可能性も持っています。
この点では、高市氏の価値観やあり方がジェンダー平等の推進に対して一定のネガティブな影響を持つ可能性があることも無視できません。
また政策面では、高市氏は保守派の政治家であり、夫婦別姓制度の導入や、選択的姓制度、LGBT関連法制などについては慎重な姿勢を取っています。この点を考慮すると、「女性首相誕生=ジェンダー平等政策が進む」とは単純に言えません。

上野千鶴子氏など「女性の利益になる政治」を望むフェミニズムの立場からは「うれしくもない」と評され、その発言が議論を呼んでいます(毎日新聞「なぜ「高市首相」は喜べないか 上野千鶴子氏が見た女性参政権80年」)。
しかし、批判的な視点だけで保守派女性の台頭を捉えるのは、少々もったいない部分があります。保守派女性政治家高市氏の躍進はむしろ、従来のフェミニズムが想定してきた「女性の利益」や「平等」の枠組みそのものが、多様化する現代の女性のあり方や政治的成功を捉えきれているのか、という再考をフェミニズム側に促している、と解釈すべきでしょう。

保守的な枠組みの中で頂点を目指す女性の存在は、従来のジェンダー論が抱えていた「女性の政治家=リベラル・進歩的」というステレオタイプを揺さぶり、ジェンダーとイデオロギーに関する新たな疑問を投げかけます。

● 女性が最高権力に到達することは、たとえその政策が保守的であったとしても、それ自体が女性のエンパワーメント(地位向上)を示す「勝利」の一つとして評価されるべきなのか?
● 「女性の利益」とは、リベラルな政策を支持する女性だけのものではなく、保守的な思想を持つ女性の生き方や成功も包含すべきなのか?
● 彼女たちは「男並み標準モデル」を内面化することで成功を収めたが、その成功は結果的に、古いシステムや価値観を温存・再生産することにつながるのではないか?

高市氏のような保守派女性の台頭は、「女性の政治進出」という現象の背後に隠された、イデオロギー、構造、そして多様性を巡る新たな課題を提起しているのです。

ジェンダー平等以外のインパクト

ではこうした高市氏のあり方や政治思想を踏まえると、日本の変化はあくまでデータのみの変化であって、「実態」の変革は望み薄なのでしょうか?10月の首相就任以降、国際舞台での高市氏の発言力や、発信の柔らかさ、対話的なスタイルは高く評価されており、11月3日にJNNが公開した世論調査の結果によると、政権発足からわずか2週間で支持率は82%を超えています。

同調査の結果では「高市総裁に期待できるか」という設問に対し、10~30代で80%以上、40~50代で60%以上、60代以上で50%以上が「期待できる」と回答しています(JNN世論調査2025年11月1日、2日実施結果より)。
2022年に公益財団法人日本国際交流センターが実施した調査結果では、周辺アジア諸国と比べて日本は20代、30代まで政治への関心が薄いことが分かります。

左上が日本。青が「関心がある」割合、オレンジが「関心がない」割合。
引用元:公益財団法人 日本国際交流センター「アジア8 カ国の若い世代の政治に対する認識と関与調査報告書

10~30代までの広い世代で政治への関心度が低い日本において、この世代の80%以上の支持率を獲得しているということは、若い世代の政治関心を引き上げているともいえます。政権発足からわずか10日でガソリン税廃止の合意に至るなど政策実行のスピード感への期待も高まっているほか、「AM3:00出勤問題」(参照:朝日新聞「午前3時から異例の予算委対策 高市首相、答弁への強いこだわり」)など働き方やあり方にも注目が集まっている高市政権。
政策的には慎重でも、リーダー像の更新という意味での影響はすでに始まっているといえるでしょう。ジェンダー平等関連政策が進まなかったとしても、外交での日本の信頼回復、経済の安定化、社会全体の対話トーンの変化や若者の政治関心引き上げなど、別の領域で日本という国が良い方向に進む可能性は十分にあると言えます。

女性首相の登場を「ジェンダー」だけの面で見るなら、高市氏の働き方や政策は旧来的なジェンダー観の中で戦う女性の姿に映るかもしれません。しかし、彼女の登場は、従来の「女性リーダー=リベラル・進歩的」という二元的なジェンダー議論に新たな複雑性を持ち込み、議論の質を不可逆的に変化させたという点で、すでに大きな価値を生んでいます。
国際関係や経済、社会心理といった多様な観点から日本という国が良い方向に舵を切ることができたなら、彼女はただの「初の女性リーダー」ではなく、データとともに実態も変革させた「優れた国のリーダー」として確実に記録されるでしょう。

140年動かなかった巨石が動き、データが0→1に動いた──その先で

この原稿の執筆中にも、「データ」に動きがありました。12月10日、米経済誌フォーブスが発表した「世界で最もパワフルな女性100人」で、高市首相が3位に選出されました。1位はEUのフォンデアライエン欧州委員長、2位は欧州中央銀行のラガルド総裁。日本人で100人に入ったのは高市首相のみです。
同誌は高市氏を「激動の時代における不屈の精神の象徴」と称え、「その決断は東アジアのパワーバランスと世界の製造業の安定につながる」と分析しています。0が1になった瞬間から、データは動き続けています。(参照:Forbes Japan
高市氏の首相就任は、歴史的な瞬間であると同時に、その出来事に対する“期待”を検証していくきっかけです。「女性が首相になった」ことはゴールではなく、社会の地層に新しい層が刻まれた、その始まりです。
女性リーダーの出現は長らくデータが「0」だった状態からの大きな一歩です。政策やライフスタイルが旧来的なジェンダー観の枠を完全に抜け出したとは言えないかもしれません。しかし、社会の実態は一方向では語れません。
経済や外交、文化や対話のあり方――そしてジェンダー議論の質そのものといったさまざまな要素が複雑に絡み合いながら、日本という国を少しずつ前へと動かしていきます。

数字や立場のひとつひとつに一喜一憂するのではなく、この一歩の背景にある大きなコンテキストと、その変化の全体を、丁寧に観察していきたい。旧来的なジェンダー観や議論の枠組みを揺さぶるこの新しい「実態」を検証することこそ、社会の変革期にあって、私たちひとりひとりにできることではないでしょうか。 データと実態を往復しながら、日本社会の輪郭が不可逆的に変わっていくプロセスを、自分たちの手で確かめていく。
これこそが、社会の変革期にあって、私たちひとりひとりに求められる視点です。

著者:望月 茉梨藻
1990年生まれ。国際基督教大学卒。ジェンダーと社会構造を学んだのち、ビズリーチやスマートドライブにて業務設計・Salesforce運用を担当。現在はフリーランスとして、データに基づく業務改善や意思決定支援を行う傍ら、OMYOGAにてジェンダー講座を担当。BizOps協会理事。データや制度設計の視点から、ジェンダーを社会構造として読み解く発信を行っている。
 

特集|「感じている平等」と「データで見る不平等」
―2025年のジェンダーギャップ指数から世界を見る

「男女差別なんて、もうあまり感じない」——そう思う方は少なくないかもしれません。しかし、2025年版ジェンダーギャップ指数で日本は148カ国中118位。なぜ日常では「平等」を感じるのに、データでは「不平等」なのでしょうか?

このズレにこそ、私たちが見落としている真実があります。職場での何気ない会話、家庭での役割分担、そして「当たり前」だと思っている日常——実は私たちの「体感」も「統計」も、多様な現実のごく一部でしかありません。

「データを見なければ世の中はわからない、ただデータだけ見ていても世の中はわからない」本連載「『感じている平等』と『データで見る不平等』―2025年のジェンダーギャップ指数から世界を見る」では、誰もが持つバイアスを自覚しながら、数字の奥にある”見えない格差”の正体に迫ります。2025年版ジェンダーギャップ指数をきっかけに、あなたの「当たり前」の向こう側を、ご一緒に探ってみませんか。

本特集はこちら
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