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デジタルより前に、アナログのクッションがDXへの大切な一歩。医薬品/製麺/介護と枠を超えてDXを仕掛ける八戸東和薬品のDXのキーパーソンに聞く

データのじかんでは、全国47都道府県の各地域のDXやテクノロジー活用のロールモデルや越境者を取材し発信している。「LocalDX Lab」は地域に根ざしたDXのあり方を探るシリーズだ。今回は青森県。2023年版「中小企業白書」にもロールモデルとして紹介された八戸東和薬品にて、立場の異なるDXのキーパーソンCIO 田中洋輔氏、IT事業部テクニカルチーフを務め、関連会社で取締役を務める奥佳祐氏から医薬品/製麺/介護と枠を超えてDXを仕掛ける八戸東和薬品のDXについて伺った。

         

データ活用の前に立ちはだかる社員のコンセンサス。とりわけ裁量性の高い業務ほど、その難易度は高まる。青森・岩手の両県を業務エリアに、ジェネリック医薬品の卸売りを行う八戸東和薬品株式会社では、「みんなで幸せになるデジタル活用」をコンセプトに掲げ、DXに取り組む。個々の営業担当者が持つノウハウの見える化と共有によって組織力の大幅強化を実現、さらに異業種へ挑戦するなどデータを原動力に意欲的な企業変革を進めている。同社は、どのように社員のコンセンサスを得て、DXに取り組める組織へと変貌を遂げたのか。

売り上げが伸びた理由を分析して「再現性」を得る

青森県八戸市に拠点を置く八戸東和薬品株式会社は、青森・岩手県内の保険薬局や診療所、病院を顧客とするジェネリック医薬品の卸売商社だ。2024年には創業から41年を迎える同社が、DXに取り組み始めたのは2013年のこと。きっかけは、この年に国が打ち出したジェネリック医薬品の使用促進政策で、需要が突然跳ね上がったことだった。病院も薬局も一斉にジェネリック医薬品に切り替えたことで、ジェネリック医薬品専業だった同社も追い風を受け、業績を飛躍させた。CIOの田中洋輔氏は、当時のことを振り返る。

八戸東和薬品株式会社 CIO 田中 洋輔 氏

「このとき代表取締役の高橋巧が思ったのは、外的要因で売り上げが伸びるのは喜ばしいが、構造的な理由を理解して再現できるようにしておかなければ、この先に大きな社会変化が起きたときに対応できない。そういう分析・再現の仕組みをつくるには、デジタルやデータの力が必要だということでした。これが当社のDXやデータ活用に踏み出すきっかけとなりました」

加えてこの背景には、自社のルート営業の価値を明確にしたいという、卸売商社としての思いもあったと田中氏は明かす。決まった薬局や病院を定期的に回っていくルート営業は、いわゆる新規営業と異なり、ある日突然得意先が増えるといったことは少ない。にもかかわらず、あるタイミングがくると突然売り上げが伸びることがある。以前から、それを定量化して法則性を見つけられないかといったことを社内で話し合っていたという。

「その当時、私はシステム会社に在籍していて、そうした売り上げの要因を分析して再現性を確立するといった研究を一緒にやっていきたいという話をもらいました。そこからBIツールなどを提案・導入していき、八戸東和薬品の強みはどこか、勝てる要因は何かといったところを可視化していきました」

すでに販売管理や在庫管理などの基幹システムは導入されていたが、田中氏が八戸東和薬品に入社した2016年以降は、データ活用系のシステム強化に拍車がかかり、CRMや、SFA(Salesforce)を次々に導入していった。

八戸東和薬品のDX年表

「この時点で、販売管理システムには過去データと実績データ、SFAには未来のデータが入っている状態でした。次のステップとして、情報を連携させて、過去と未来を結ぶ時間軸でのデータ解釈ができるようにしよう」と、2017年にはBIダッシュボードを導入し、ほぼ現在の基盤となるシステムが出来上がった。

ホワイトボードと付箋、アナログのクッションがDX・データ活用のコンセンサスを育む

経営トップの指揮のもとで、順調かつ急速に進んだように見える八戸東和薬品のデジタル化だが、社員に定着するまでは、手探りの期間があったと田中氏は明かす。

特に薬品の卸売りという昔からの業種の場合、ITシステムがない時代から確立されてきた業務スキームが存在する。とりわけルート営業チームの場合、極論するとシステムなど全くなくても仕事ができてしまう。

「個人の手帳で全てが完結するみたいな世界の中で、そこをあえてシステム化するというと、現場の営業から見れば端末入力などの余計な仕事が増えるように映ります。そのため当初は『今までの(アナログな)やり方で成果が出ている』という反応がありました」(田中氏)

デジタル化推進側としても、現場の理解を得ずに負荷だけかけるようなことは避けなければならない。そこで考えたのが、ITシステムを使うまでに、アナログのみで情報共有・データ活用の魅力(メリット)を実感してもらうことだった。具体的には、各人の手帳に書いてある情報を付箋に書いてもらい、それをホワイトボードに貼っていってもらったのだ。

八戸東和薬品では、デジタル・システム化の前にアナログで全体像の見える化に取り組んでいる。このステップを踏むことで、システム化に必要な要素をあぶり出すことも少なくないという

「やり方はアナログですが、『営業担当者全員が同じ情報を見て、共通意識を持てるようになる』という結果は、ITシステムの導入によって実現したかった状況です。また、貼られた付箋を見ていると、多くの営業担当者が書いているキーワードがあることに気づきました。これはシステム化の際に『外してはいけない要素』として、その後に実装したシステムにも組み込んでいます」

このホワイトボードと付箋を使った方法を続けるうちに、現場からアナログで出てくる情報の共有が確実に売り上げアップに寄与していること、その情報は、経営層と現場の両者とも見たいデータであり、それはデジタルデータに置き換わっても価値が変わらないことが分かりました。その事実に全員が腹落ちした結果、ITシステムへの移行に抵抗感がなくなり、現在のさまざまな業務のコアとしてITシステムが利用される状況につながったと田中氏は説明する。

田中氏とともに一連のデータ活用に取り組んできたIT担当の奥圭祐氏は、「システム化の前に、アナログで回る仕組みが必要」だと強調する。

八戸東和薬品株式会社 IT事業部 テクニカルチーフ 株式会社テルメディ取締役 奥 佳祐 氏

「システム導入したから、いきなり何かが良くなるということはほとんどない。むしろ重要なのは、何のためにそれをシステム化するのかという課題であり目的です。アナログできちんと回る仕組みをデジタル化するから、さらに効率化できて楽になったり価値が増したりするのです。その意味でホワイトボードと付箋を使った方式は、何をするのかという目的の確認と、その仕組みの構築をまずはアナログでやったという、試験的なステップとして位置づけています。アナログでいったん遠回りはしましたが、結果として目指す目標により近いアプローチでした」(奥氏)

2024年問題の解決には、サプライチェーン全体の改革が不可欠となる

八戸東和薬品がDXに踏み出してから今年で10年。現在はCRMからSFA、BIツール、さらには薬剤の在庫管理用IoTまで、多彩なITシステムが導入済みだが、その中からデータ活用に関連した成果をいくつか紹介してもらった。

1つ目は、ジェネリック医薬品特有の価格改定に伴う作業の効率化だ。ジェネリック医薬品は、国の政策で1年に1回、10%程度の価格の引き下げが実施される。このたびに、値下げに伴う売り上げ減少の予測や価格の再設定を行うのだが、従来はExcelを使った手作業だったため、予測の精度などにも限界があったという。

「現在はBIツール上にある1年分の販売データを使って、売り上げ減少予測のシミュレーションを高い精度で行えるようになりました。価格の再設定も、取引先への卸値の条件づけをいろいろ変えながら検討できるため、薬の価格自体が下がる中でも、利幅をうまくコントロールできるようになりました」(奥氏)

また従来は、価格改定で他の卸売り業者に乗り換えられないよう、営業担当者は必要以上に再設定価格を安くつけてしまう傾向があった。しかし現在は、データをもとに具体的な数字を出せるため、それを使った価格改定の根拠の説明や交渉も可能になった。

営業面でのメリットだけではない。以前はこの価格改定にExcelと人海戦術で対応していたため、毎年その時期は1カ月くらい残業が続いていた。それも今は半分以下に短縮され、社員の大幅な負荷軽減が実現できたと奥氏は語る。

「単にデジタル化で集計のスピードが上がっただけでなく、BIツールでは私がある程度条件を決めて、仮の価格設定をシステムにセットした上で、営業担当者に提供しています。営業担当者は『これなら利益が担保できる』という価格帯の中で検討できるので、決定までの時間がより短縮できます」(奥氏)

こうしたデジタル化のさまざまなメリットを体験してきた結果、「今では基本的に、データが行動の原理原則になっています」(奥氏)というほど、データドリブンな体質になっているという。それも営業部門だけでなく、全社にわたって、そうした空気が醸成されている印象だと、田中氏も話す。

「発注チームや、その発注を受け取る事務チームも含め、とにかく社員全員が、同じボード・同じデータを見て、考え、会話し、判断しています」(田中氏)

データを力に業種を超えたビジネスに挑戦

ここまで八戸東和薬品のDXとデータ活用による業務改革の取り組みを見てきたが、もう1つ同社のチャレンジを紹介したい。「データを力に、業種を超えた挑戦」がそれだ。同社では2021年、廃業した青森県内の温浴施設を介護施設に利用した介護事業を開始。翌2022年には、宮城県の名産品である白石温麺のメーカーであり、創業125年の老舗である株式会社きちみ製麺を事業承継して経営に乗り出した。ITベンチャーやファンドなら珍しくないが、同社がそうした異業種にビジネスを広げようとする狙いは何なのだろうか。

八戸東和薬品のグループ企業「テルメディ」が運営している温泉デイサービスである米寿温泉

「私たちは、今後10年くらいの事業のメインコンセプトとして、事業承継と社会課題の解決、そしてそこに地域資源を活用していくという3つを挙げています。現在、日本の中小企業経営者の高齢化が進んでおり、特に地方の中小企業が次々に廃業しています。このままでは、地域の文化が失われてしまうでしょうし、地方の雇用や経済にも影響が及びます。当社の代表取締役の高橋自身も親の事業を受け継いだ経験から、そうした地域の課題解決に強い関心を持ってきました」(奥氏)

奥氏は八戸東和薬品のIT事業部に在籍しながら株式会社テルメディ取締役も務める

だが同社は、介護や製麺業のノウハウは持ち得なかった。その面での不安はなかったのだろうか。

「ある程度のデータが取れる、あるいはデータがなくてもデータ化できる帳票や書類があれば、そこを手がかりに事実を把握することができます。事実が把握できれば、課題を解決し、前に進んでいける。データさえあれば業種の壁は越えられると確信しています。そのデータを使いこなす力が、今の私たちの強みであり、当社が地域課題解決に貢献するための原動力になると考えているのです」(田中氏)

今後もこうしたデータ活用の新たなチャレンジを通じ、「データを使って、人を幸せにするビジネスモデルをつくりたい」「データ活用でビジネスを育て、一緒に楽しく働ける仲間を増やしていきたい」と口々に抱負を語る、田中氏と奥氏。これから先、業種や業態の壁を越え、どのようなビジネスを生み出していってくれるのか大いに期待したい。

事業承継した明治30年(1897年)創業の老舗・株式会社きちみ製麺の看板商品「宮城県白石市名物の白石温麺(しろいしうーめん)

 
田中 洋輔 (たなか ようすけ)氏(写真左)
八戸東和薬品株式会社 CIO
地域資源を活用した事業承継に情熱を注ぐシステム統括責任者。多様な業種でのシステム開発経験を持ち、SaaSサービスの導入支援にも注力。青森県内の企業でWEB通販サイトを立ち上げたのを皮切りに、顧客に寄り添ったシステム支援を志し、医療機関向けシステムのサポートと開発を担当。その後、システム開発会社でセールス兼管理職として幅広い業種業態の経験を積み、現在は八戸東和薬品および関連グループ企業のシステム統括責任者として活動中。タフネス精神とともに、ゆりかごから墓場までの一式を見据える総合力が特徴。
 
奥 佳祐 (おく けいすけ)氏
八戸東和薬品株式会社 IT事業部 テクニカルチーフ 株式会社テルメディ取締役
社会課題×地域資源というテーマで事業展開を進めている。大学時代での統計データの扱いをベースに、データ分析、BIツールを活用した経営判断のための情報提供が得意分野。2021年に子供が産まれたことをきっかけに、社会課題を次世代に残さない、ビジネスの力で解決していくと決意。得意分野はデータ活用、建築関連の知識、情報収集能力。幅広い知識を生かしたプロジェクトマネジメント能力で、廃業温泉をデイサービスにリノベーションするという事業に注力。
 

(取材・TEXT:JBPRESS+稲垣/安田 PHOTO:Inoue Syuhei  企画・編集:野島光太郎)

 

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