「お好み焼きづくり体験における感性変動」の内容と結果について触れる前に、オタフクソースが4年かけて開発、運用している「AIレシピ検索システム」について紹介します。液体調味料の味という非常に定性的な情報を可視化・データ化するという取り組みを長年続けてきたオタフクソースの積み重ねを知ることで、より今回の検証についても理解しやすくなるでしょう。
①ソースのレシピ開発の効率化を主目的に約4年かけて開発
②AIの教師データとして従来のソースの分析値、味の特徴のほか、IHIの技術である「分光スペクトル」を分析値に応用した
③オタフクソースが開発した30~40年分のレシピデータのうち、直近10年分、約15,000件をAIが学習して活用されている
④試作品と類似した特徴を持つソースを約5分で割り出し可能
⑤成分や色味の類似性をグラフィカルに可視化する
オタフクソースでは、年間1,500~2,000件にもおよぶレシピデータが保存されており、開発においては商品化前の試作品をつくるうえで「手がかり」となる貴重なデータです。従来は検索に30分以上かかっていたことから、AIレシピ検索システムによって大幅に短縮できたのは大きな成果だといえるでしょう。
さらに、AIレシピ検索システムについてオタフクソースの設計開発部開発課(※取材当時)の西原美乃里課長は、データのじかんの取材で以下のように述べています。
西原課長「たとえ“甘さ”が同等であっても、中身が異なるソースとタレをAIが判別できることも重要で、スペクトル分析により中身の違いを見てくれる点にも価値を感じています」
このようなAIレシピ検索システムを運用できているのは、DXが市民権を得るもっと昔から、オタフクソースが「味」という定性的な情報を当時のレベルで「見える化」して「管理」してきたからだろうと取材を通して感じました。事実、データのじかんの取材にて取締役の吉田充史研究室長から、以下のようにコメントをいただいています。
吉田室長「データが紙ベースだったころは、金庫のような場所に保管して鍵をかけてきました。商品開発が主軸となる弊社において、レシピ(情報)は財産です」
従来のレシピデータは2007年以降は電子化されていたものの、それ以前は紙で保存されており、表記のゆれや情報の濃淡、書き方、原料の変化などが多く見られるため、そのままAIに学習させるわけにはいかないものの、そのような情報が残っていることそのものが、開発期間よりも圧倒的に長いDXを実現した大きな企業文化なのではないかと思います。
また、オタフクソースの研究室には、若手・ベテランを合わせて計6名が所属しており、酢酸菌や酵母菌の「バイオ研究」、お好み焼きに関わる「ソースや粉に関わる研究」、研究員個人で興味のある分野に注力できる「イノベーションにつながると考える研究」の3つのテーマが掲げられています。
このような柔軟に研究できる文化や風土があることも、定性的な情報を可視化するうえでは大切な、なかなか目に映らないデータの可視化におけるウラガワではないでしょうか。このような背景について、「お好み焼きづくり体験における感性変動」の検証の中心となった斉藤裕子主任研究員(以下、斉藤さん)について伺いました。
斉藤裕子主任研究員
今回、脳波計測による感性変動の可視化に着目した理由は、新たな視点からお好み焼きの価値をより多くの人に伝える研究ができないかと考えたためです。お好み焼きの魅力は、美味しさだけでなく、一緒に作り、一緒に食べることで得られる楽しさや幸福感にもあります。これらを可視化することで、お好み焼きの魅力をさらに引き出せるのではないかと考えました。また、お好み焼き調理体験を通じて、子供たちの食への関心や親しみが広がれば、食育にも貢献できるのではないかという期待もありました。
「お好み焼きづくり体験における感性変動」では、お好み焼きづくりにおける9工程についてプラスの感性として「ワクワク度」、「興味度」、「好き度」の3つについて満倉教授が株式会社電通サイエンスジャムと共同開発した感性可視化ツール「感性アナライザー」によって数値化。さらにマイナスの感性として「ストレス度」も測ることで、他の3つの数値との関連性なども可視化しています。
まずは調理工程別の項目ごとの数値とヒートマップを確認してみましょう。
上記の数値とグラフから、お好み焼きづくりにおける工程のなかで最も興味度が高まったのは「具材を混ぜる工程」であり、2回ある「お好み焼きをひっくり返す工程」のうち、2回目がワクワク度、好き度が最も高くなることが明らかになりました。その一方、ストレス度は1回目のひっくり返す工程が顕著に高くなっています。また、プラス、マイナスの感性を含めて約15分のお好み焼きをつくる工程で、感情が大きく変化していることもヒートマップで可視化されています。
各項目のうち、より強い関連性が見られたお好み焼きをひっくり返す工程については、以下のように個別に検証されています。
上記の結果について、レポートでは以下のように考察されています。
2回目は一度経験した動作であることや、ある程度お好み焼に火が通り固まっていることもあり返しやすく、ワクワク度と好き度が急上昇しました。特にワクワク度については、ひっくり返す工程の前後のワクワク度は、1回目はひっくり返す前よりも後の方が高かった一方、2回目はひっくり返す前から1回目よりもワクワクしていることがわかりました。1回目の「楽しかった」感覚が、期待感として高まり、「またひっくり返したい」という再体験意欲につながったと思われます。
また、参加者12名のうち2名が上手くできたと回答しなかったものの、「楽しかった」と全員が回答していることから、お好み焼をつくる工程で変動した感性が、もう一つのおいしさとなって、だれかと調理し食べることの楽しさを感じられたとまとめられています。
斉藤裕子さん「今回の実験を通じて、生地を混ぜる工程でのワクワク感や興味度が高まっていたこと、また、ひっくり返すという難しい工程を繰り返すことでお好み焼への好き度に変化が見られたことは、大変興味深い結果となりました。また、全体を通じて感性値が豊かに動いていたことから、お好み焼調理体験は、子どもたちが楽しみながら料理に関心を持ち、食の大切さを学ぶ絶好の機会になると考えています。みんなで作り、食べることで生まれる喜びや、難しい工程をクリアした時の達成感、ひっくり返す瞬間のドキドキ感を共有することは、人と人のつながりも深めます。ぜひ、多くの方にこのワクワクする体験を楽しんでいただきたいです」
今回の実験では、自分でお好み焼きを作ることで自己肯定感や積極性が高まり、家族とのつながりも強まるという興味深い効果が観察され、さらに深堀りしたいと考えました。そこで、第2回目の感性変動検証を計画し、先日、無事に2回目の実証実験を終えたばかりです。感性という定性的な情報を定量化することで、これまで感じていた効果が数値として裏付けられ、弊社のお好み焼き文化の普及活動の意義に対する確信と信頼性が高まったと実感しています。
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