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従来、同社は液体調味料を新規開発する際、個人の経験を頼りに膨大なデータから目標とする味に近いレシピを抽出して試作を行っていた。このシステムによって瞬時にレシピを見つけられるようになった。およそ100年の歴史をもつこの企業は、いかにしてこのDXプロジェクトを成功させたのか。中心人物である同社の研究室長・吉田充史氏に話を聞いた。
#DX(デジタル・トランスフォーメーション)#Local DX Lab
オタフクソースとIHIが共同開発したのが「AIレシピ検索システム」だ。プロジェクトが本格的に立ち上がってから、2023年5月に使用を開始するまで、実に4年もの歳月がかかったという。
吉田室長に苦労したことを尋ねると、「とにかくゴール設定が大変だった」という答えが返ってきた。様々な可能性をもつシステムだからこそ、何を最終目標に据えるかが悩ましかったという。開発段階においても、新たな機器の導入により、数値を安定させるまでに時間を要した。
試行錯誤を経て完成したシステムは、より様々なデータをAIに学習させるなどして今後も活用の幅が広がっていきそうだ。そんな期待を込め、吉田室長は「ゴール」に到達したはずのこのシステムを「試作品一号機」と表現する。プロジェクト成功の裏には何があったのか、オタフクソースがこれから目指す未来とは──。
オタフクソースはソースなどの新商品を開発する際、既存の商品や過去の試作品のレシピから、目指す味に近いものを探し出す。そして抽出したレシピのデータを基準に、何度も試作を繰り返して目標の味に近づけていく。
こうして数々の食卓を彩る商品を世に送り出してきたが、この製法には課題もあった。同社が作り上げてきたレシピのデータベース量は膨大で、目指す味に近いものを探すのには時間がかかる。熟練の社員なら「これはあのとき作った味に近いな……」などとあたりをつけて短時間で探し出せても、経験の浅い若手社員だとそうはいかず、試作の回数が増えてしまう。データベースの備考欄の書き方においても、味のみに絞って表現している場合もあれば、容器や原料にまで言及している場合もあるなど、個人による表記のゆれも問題だった。
同社の吉田室長は日々研究の場に身を置きながら、「デジタル技術を活用して開発効率を上げられないだろうか」と考えていた。5年ほど前からデジタル・トランスフォーメーション(DX)という言葉が世に広がり始め、同社でも顧客対応や開発など様々な分野においてDXを推進しようという機運が高まった。そこで前述のレシピ検索にも活用できないか考えた。
「デジタルで味を数値化できたら、業務効率が格段に向上するはずだ」(吉田室長)。
吉田室長がプロジェクトの陣頭指揮を執り、具体的な検討が始まったのはおよそ4年前のことだった。
吉田室長は「とにかくゴール設定が難しかった」と振り返る。
デジタルによる味の見える化、AIによる検索は、様々な可能性を秘めている。一方で人員や時間、費用といったリソースとのバランスも考えなくてはいけない。そしてゴールがいつまでも決まらないままでは動き出せない。
「幹部が集まる会議で、この取り組みについて説明したときのことを思い出します。何人かから、『研究・開発分野だけで取り組むのはもったいないのではないか』という指摘がありました。例えば、この取り組みを営業にも展開して、お客様が要望された味を即座に提示できるようなサービスを実現する可能性も検討しました。ただ、それにはより高い精度が必要で、より多くのコストや時間もかかってしまいます。いつかは目指すけれど、今じゃない。できる範囲で結果を出そうと決めました」
「まず一度、完成品をつくる」(吉田室長)という強い意志のもと、これまでも工場で使う設備などで取引があったIHIと組み、走り出した。
このプロジェクトでは、オタフクソースにとって新たな手法が採用された。IHIが光の波長ごとに吸収度を表す分光スペクトルを分析値に応用したのだ。「数値の安定にも時間がかかった」(吉田室長)が、試行錯誤のすえに計測方法が構築された。
このIHIの技術で得られた値と、オタフクソースがこれまで活用してきたソースの分析値や味などの特徴をAIに学習させていったのだ。
今回のシステムには、ソースのレシピデータおよそ15,000件が活用されている。しかし、この数はオタフクソースに眠るデータの一端に過ぎない。同社には古くからデータを大切にする文化があった。
「弊社では年間およそ1,500〜2,000件のレシピデータを保存しています。今回はまずソースのレシピを10年分、AIに学習させました。実際には30~40年分ほどのレシピがありますが、あまりに古いものになると、原料なども変わっているため、置き換えが必要になるからです」
データは2007年ごろに電子化されたが、それまでは紙で保存されていた。吉田室長は「商品開発が主軸となる弊社において、レシピは財産だ」と語る。「データが紙ベースだったころは、金庫のような場所に保管して鍵をかけていた」(吉田室長)。たとえ同じ会社の社員であっても簡単には入れない部屋に保管し、厳重に管理してきた。
AIにものごとをうまく学習させるには、膨大なデータの有無が鍵となる。当然、今回のレシピ検索システムにも大量のデータが欠かせなかった。昔から積み上げてきたデータをしっかりと蓄積する企業文化がプロジェクト成功の立役者となったのは間違いない。
開発課の西原美乃里課長は「AIの導入により、試作品と類似した特徴を持つソースを過去10年間の約15,000種の中から、わずか5分で割り出すことが可能となりました。これにより、開発プロセスが大幅に時間短縮され、経験が浅い開発担当者でも、効率的に理想のレシピに近づく手がかりを得ることができます。」と語る。AIは商品化に向けた試作段階のソースの“とっかかり”を提供し、成分や色味の類似性をグラフィカルに可視化。その精度は、試作品の後味や色味と、AIが高い類似性を示したサンプルとの比較により証明された。一方で、西原課長は「たとえ“甘さ”が同等であっても、中身が異なるソースとタレをAIが判別できることも重要で、スペクトル分析により中身の違いを見てくれる点にも価値を感じています」とAIのポテンシャルを強調する。
注目すべきは、今回使用されたデータはあくまで一部であり、品目もソースに限られることだ。同社にはタレやお酢など、他にも様々な商品が存在し、ソース同様に保管されてきたデータがある。こうしたいわば「宝の山」により、AIレシピ検索システムはさらに飛躍する可能性を秘めている。
6人の社員が日々研究に励むオタフクソースの研究室には「研究の柱」が三つある。一つ目はお酢の商品開発に役立つ酢酸菌や酵母菌のバイオ研究、二つ目はお好み焼きに関わるソースや粉に関わる研究だ。そして三つ目は、それぞれ得意分野をもつ各研究員がイノベーションにつながると考える研究だ。三つ目に関しては、研究員個人で興味のある分野に注力してよいという、懐の深いものになっている。
「研究室長として、その研究に将来性があるかなどの基準からGOサインを出すか出さないか判断はしますが、若手の研究員などが自由な形でモチベーションをもって取り組んでほしいという思いから、自由な研究を柱の一つにしています」
若手にかける期待は、AIレシピ検索システムの開発にも表れている。
「若い研究員のほうがきっと頭もやわらかいでしょう。たくさんアイデアを出してほしいですね。このシステムはまだまだこんなもんじゃないだろうと私は思っているんです」
フレッシュな力がデジタル技術を通し、同社が提供する数々の商品の価値を向上させていくかもしれない。前述のように、吉田室長はプロジェクトにおいて「ゴール設定に苦労した」と語った。試行錯誤しながら一度はそのゴールを達成したが、若手に温かいまなざしを向けるその目はさらに先を見据えている。
「あまり良い言い方じゃないかもしれませんが、これからの期待を込めて、今のシステムはまだ『試作品一号機』の感覚でいます。より多くのデータをAIに学習させ、品目を広げるなどして精度を上げていきたいです。また、今回このプロジェクトを知ってくださった方からシステムの可能性について様々なご提案を頂けるかもしれません」
同社でDXが進んでいるのは、研究開発分野だけではない。2022年には商品のパッケージ選定にAIを活用し、訴求力の高いパッケージを効率的に採用することができた。
「こうしたDXへの取り組みは全社的に広がっています。若手社員はもちろん、学生さんが当社に興味をもつきっかけになったら嬉しいです」
(取材・TEXT:藤冨啓之/まゆ PHOTO:渡邉大智 企画・編集:野島光太郎)
「データのじかん」がお届けする特集「Local DX Lab」は全国47都道府県のそれぞれの地域のロールモデルや越境者のお取り組みを取材・発信を行う「47都道府県47色のDXの在り方」を訪ねる継続的なプロジェクトです。
Local DX Labへ「HPお好みソースの味をAIで分析 15,000種類のレシピから5分で似た味を探し出す」, テレビ新広島, 2023年7月26日(水) 公開
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