まいどどうも、みなさん、こんにちは。
わたくし世界が誇るハイスペックウサギであり、かのメソポ田宮商事の日本支社長、ウサギ社長であります。いやぁ、それにしてもりくりゅうペアのショートプログラム五位からの大逆転劇は見事なものでしたね。日本のメダルラッシュはまことにもって誇らしいものです。
金メダルを携えて表彰台に立ち、喜びの表情を浮かべる眩しすぎるアスリートたちを眺め、神聖極まりない舞台でたった今生み出された歴史的瞬間を目の当たりにし、感動の涙を堪えつつ、うっかり頭の片隅ではたしてあのメダルの価値というのは一体全体どのくらいのものなのだろうか?とそんな下衆なことを考えるべきではないとは思いながらもついつい考えてしまったことがある方も多いのではないかと思います。わかります。なぜならば、わたくしがそうであるからです。
もちろん、メダルそのものの価値が、メダルが象徴する名誉を上回るはずはありませんが、特に金の価格が高騰している今日この頃ですので、テレビを眺めながら、この金メダルの素材価値がどのくらいなのか、あるいは、もしもこの金メダルが200年後くらいになんでも鑑定団的な番組に登場した場合、どのくらいのお値打ちのものなのか、というのはやはり気になってしまうかと思います。そんなあなたのために、そして、メダルの価値や歴史について詳しく調べてしまったゲスの極みなわたくしのせめてもの罪滅ぼしのためにも、今回はメダルの歴史と価値についてお話してみようかと思います。ぜひ最後までお付き合いください。

テレビで見ているだけでは、メダルが実際にどのくらいの重さであり、どんな素材で作られているのか、かじってみるとどんな味がするのか、というのはなかなかわかりにくいと思います。
まずは金メダルから見ていきましょう。現在の金メダルは純金製ではなく、主に銀(約500g)に6g程度の純金を薄くメッキしたものなのだそうです。2026年2月17日時点の相場では、金1gがおよそ27,000円となっているので、金の部分だけでも16万2000円、銀1gがおよそ411円となっているので、500gとして20万5500円、素材価値としては36万7500円くらいではないかと見積もられています。メッキということは、ハードにかじるとメダルか歯かいずれかが欠けてしまう可能性もあるため、かじることはあまりオススメできないかと思います。味については調べても出てきませんでしたが、おそらくそこらへんの金メッキのものと同じような風味ではないかと思いますので気になる方は金メッキの何かを一度かじってみてください。あまりおいしいものではないかと思いますし、炊き立てのご飯に合わせるならツナマヨの方が価値が高いと思われます。
次に銀メダルですが、銀メダルはメッキではなく、純銀でできています。純銀およそ500gにメッキを施していないバージョン、ということになるので、銀500gの価格である20万5500円くらいということになるかと思います。こちらは金メダルと違ってメッキではないのでかじってもはがれることはありません。
続いて銅メダルです。銅メダルは基本的に銅を主成分とした合金(ブロンズ)で、重さは約420g前後なのだそうです。金や銀は1g換算されることが多いですが、銅はぐっと価格帯が下がるので1kg単位の換算が一般的です。最近のレートだと1kgあたり約1,850円〜2,050円なので、1gあたり2円くらいだとすると、420gでは840円くらいになります。銅メダルの価格は急に庶民的になってくるので、金銀と銅はこんなにも差が激しいのか、ということがなんとなく肌感覚でもわかるような気がしますね。
では、一位には金メダル、二位には銀メダル、そして三位には銅メダルというのは、おもちゃの缶詰めをもらうには「金なら1枚、銀なら5枚」であるのと同じくらい、いやむしろそれ以上にわたくしたちにとって「当たり前レベル」に刷り込まれている価値観かと思います。しかし、実はこの概念自体はそれほど古いものではなく、優勝者に金メダルが付与されるようになったのは、1904年のセントルイス大会が初だったそうです。
そして、1904年から1912年までの3大会では、純金のメダルが優勝者には付与されていたそうです。この頃の金メダルは今ほどの大きさではなく、直径:約33mm、重量:約24g、材質:ほぼ純金(約23金相当、約98%金)というものだったそうです。しかしながら、金24gを今のレートで単純計算すると60万円くらいの価値があることになるので、当時の価値としてどのようなものだったのかはわかりませんが、現在の金メダルのおおよその値段である36万7500円を大幅に上回っていたことがわかります。1912年以降はコストと規格統一の観点から、銀製に金メッキする現在の方式へ移行しました。
1896年、19000年の頃にはまだ一位には金メダルという概念はありません。1896年のアテネオリンピックでは優勝者には銀メダルとオリーブ冠、準優勝者には銅メダル、三位はメダルなし、だったそうです。つまり、一位は銀メダルだったわけです。我々が当たり前に感じている「金銀銅という順番」ですら、人類の歴史で見ると実はごくごく最近のものであるということがよくわかるかと思います。
金銀銅の優位性が最近の概念だったとして、そもそも「メダル」という概念自体はどうなのか、というのが次は気になって調べてみたところ、「メダル」が勲章や名誉の証として制度化されるようになったのは、実はオリンピックよりはるか以前、中世末期から近世初期ヨーロッパにさかのぼります。
古代ギリシアで、競技の勝者に授与されたのは月桂冠やオリーブ冠でした。たとえば古代オリンピックでは、勝者は名誉と象徴的な冠を受け取りますが、金属製の記章は基本的に使われていませんでした。ローマ帝国では、皇帝の肖像を刻んだ記念貨幣やメダリオン(大型記念コイン)が作られ、これが後の「メダル文化」の原型になります。
15世紀になり、イタリアで人物肖像入りの記念メダルが作られるようになり、これが貴族や権力者の名誉を象徴する芸術作品として広まりました。ここから「メダル=人物や功績を刻印する媒体」という概念が確立していったそうです。その後、近世ヨーロッパで勲章制度が発達し、フランスなどで国家制度としての「勲章」の証としてメダルを付与するようになります。
19世紀になると、この「功績を金属の円盤に刻み授与する」という発想が国際博覧会やスポーツ競技会にも応用されるようになり、1896年の近代オリンピック創設時に、その形式がスポーツの勝者表彰へと転用されたことがオリンピックメダルの起源となっています。つまりオリンピックのメダルは、古代の冠の伝統と、近世ヨーロッパの勲章制度の融合といえるのだそうです。
さて、こうして見てみると、メダルの価値とは「素材としての価値」という部分と「名誉の証としての価値」という二重構造でできていることが改めてわかるかと思います。金や銀や銅の市場価格で計算できる「素材としての値段」はたしかに存在します。しかし、その金属の円盤に刻まれているのは、世界一になるまでの歳月、努力、葛藤、そしてその瞬間に立ち会った無数の人々の記憶です。相場は日々変動しますが、あの舞台で生まれた物語の価値は、時間が経つほどむしろ増していくのかもしれません。そう考えると、メダルとは金属の塊ではなく、人類が「名誉」という概念を形にした、小さくも壮大な文明の結晶なのだと言えるのではないでしょうか。
ちなみに、メダルを最初にかじった人物には諸説ありますが、1988年ソウルオリンピックで金メダルを獲得したオーストラリアの競泳選手、ダンカン・アームストロングが世界で初めて行ったという説が有力なのだそうです。純金は非常に柔らかく、噛むと歯形がつくので、かじってみることで純度が確認できる、という意味合いがもともとはあったとされますが、最近ではメダルが純金かどうかを確認するためにかじる人は激減しており、単なる象徴的なポーズとして定着したというのが定説となっています。
完全に余談ですが、二位になり、銀メダルを勝ち取った選手が悔し涙を流している場面にはよく遭遇しますが、三位決定戦で見事に勝利し、銅メダルを勝ち取った選手にはあふれんばかりの喜びしかない気がするので、メダルの価値としては金メダル銀メダルには及ばないかも知れませんが、幸福度では銅メダルを受け取った選手が圧倒的に高いのではないかというのが最近のわたくしの仮説であります。
それでは、また2週間後の水曜日にお会いしましょう。ちょびっとラビットのまとめ読みはこちらからどうぞ!それでは、アデュー、エブリワン!
(ウサギ社長)
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