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私たちは如何にして「データ」から「人」に寄り添っていくべきなのだろうか?――データのヒューマナイジングの取り組みから

         

東京大学大学院の渡邉英徳教授と、東京大学学生の庭田杏珠さんが、AIとヒトのコラボレーションによって写真をカラー化し、対話の場を生み出す「記憶の解凍」プロジェクトを進めている。2020年7月には『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社新書)を出版した。二人が重視しているのが「ひとつひとつのデータの向こうには人がいる」という「データのヒューマナイジング」の姿勢だ。そこにはどのような思いがあるのか、気鋭のデザインエンジニア、Takram代表の田川欣哉氏が聞いた。

左から Takram 田川欣哉氏、東京大学大学院 渡邉英徳教授、東京大学 庭田杏珠さん

「点」であるデータから、如何に生々しい「記憶」を伝え、「思い」を感じてもらうか?

渡邉:田川さんにまず、この「リキッド・ギャラクシー」システムの画面を見ていただきたいと思います。赤と青の点がさまざまな方向に向けて動いたり、止まったりしています。それぞれの点には氏名が添えられています。これは、2011年3月11日に発生した東日本大震災において、地震発生直後から津波襲来までの間に、岩手県の陸前高田市で亡くなった方々の行動の記録です。岩手日報社による聞き取り調査をもとに、最期の30分間の行動を可視化しました。赤い点は女性、青い点は男性です。


「忘れない」震災犠牲者の行動記録 東京大学渡邉英徳研究室 × 岩手日報社

同じコンテンツはWebでも公開しています。ただし、亡くなられたみなさまの実名については、実際の展示会場で、例えば私が隣に立ってプロジェクトの目的・意義を説明できる場合においてのみ、ご遺族の許可を得て表示しています。(現在はウェブでも公開中)

田川:同じ名字の男女で、お二人で同じところに向かわれて亡くなっている方もいらっしゃいますね。ご夫婦でしょうか、ご家族でしょうか。胸が痛みます。

渡邉:震災の犠牲者の実名のようなセンシティブな情報を、公の場で展示することには賛否両論あるでしょう。しかし、やはり「点」は単なる「データ」として捉えられがちです。ここに表示されている一つ一つのデータに「名前」を添えることによって、表示されている「点」は「データ」ではなく「人」なのだ、ということを感じてもらいたい。そして、亡くなった方々が抱いたであろう想い、さらには遺されたかたがたの想いを伝えたいと考えました。

東京大学大学院 渡邉 英徳教授

写真に写る人々の「記憶を解凍」するプロジェクト

田川:渡邉先生はこれまで「ヒロシマ・アーカイブ」や「ナガサキ・アーカイブ」、さらに東日本大震災などのデジタルアーカイブ制作に取り組んできました。

そして庭田杏珠さんと、AIとヒトのコラボレーションによって写真をカラー化し、対話の場を生み出す「記憶の解凍」プロジェクトに取り組んでいます。

庭田さんと共著で出版した『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社新書)も、戦争に関する写真集としては異例のヒットになっていると聞きました。

渡邉:『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』には、庭田さんが高校生のころから「記憶の解凍」に取り組んできた戦前の広島・中島地区(現在の広島平和記念公園)の写真、そして私が毎日ツイッターで投稿してきた、主に戦時中の「その日」の写真,新聞社所蔵の写真などをカラー化したものをまとめています。

活動を開始したころは、AIが自動的に付けた色を重視して、人が恣意(しい)的な加工をするべきではない、と考えていました。その後、庭田さんとともに活動を進めるなかで、AIの付けた色は「下色」として活かしつつ、資料・当事者との対話・SNSで寄せられたコメントなどを参考に、手作業で色補正する手法に進化してきました。

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写真提供:濵井德三 カラー化:「記憶の解凍」プロジェクト 庭田杏珠 × 渡邉英徳

庭田:私がこの取り組みを始めたきっかけは、高校1年の6月に、平和記念公園(広島市)で、偶然濵井德三さんと出会ったことです。濵井さんの生家は中島地区で理髪館を営んでいました。しかし、原爆投下により一瞬のうちに家族全員を失いました。疎開先に持参したために残った戦前のご家族との幸せな日常を捉えた写真を見ながらお話を聞くうちに「カラー化した写真のアルバムをプレゼントして、ご家族をいつも近くに感じてほしい」と想い、カラー化を始めました。実際に写真をカラー化してお持ちすると、「家族がまだ生きているようだ」と喜ばれ、「子どものころこの杉並木でよく遊んだなあ」といった白黒写真では思い出さなかった新たな記憶がよみがえったようでした。

東京大学 庭田 杏珠さん

渡邉:「記憶の解凍」というコンセプトは、この庭田さんの実践をみて生まれたものです。神の視点の「サイエンス」と人の視点の「ヒューマニティーズ」には相いれないところもあります。例えば「記憶の解凍」における重要な要素の「カラー化」についても、サイエンス的に、なるべく人の「主観」とは切り離して取り組んだほうが良いのではと、当初は考えていました。庭田さんと濵井さんのヒューマニティーズ的な交歓に衝撃を受けて、「主観」の領域に踏み出すことになったんです。

田川:構図はまったく同じでも、色彩が変わるだけで印象もだいぶ異なりますね。人間の記憶にどのように残っていくのか、どのように呼び起こされるのかという観点でも、興味深いお話です。

庭田:中島地区で、生家が写真館を営んでいた高橋久さんの写真のカラー化では、とても貴重な経験をしました。

久さんはご高齢で、認知症を患っておられました。最初は娘さんを通して写真を見ていただいていたのですが、少し微笑む程度で、ご自身が写っているかどうかも分からない様子でした。この写真は、ご家族と花畑で撮影されたものでした。AIで自動色付けしたところ、写真全体が黄色っぽくなりましたが、植物図鑑を調べて、これはシロツメクサだろう、と判断し、白く補正しました。そして、久さんのお宅に私も伺って、その写真をお見せした途端に、久さんが「ここはタンポポ畑だった」とおっしゃって、ご家族との思い出を活き活きと話し始めたのです。

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カラー化:「記憶の解凍」プロジェクト 庭田杏珠

娘さんも驚かれるとともに、とても喜んでいました。おそらく、白黒の写真のままだったら、花の色の記憶はよみがえらなかったと思います。しかし、当事者の方と直接対話をすることによって色が分かり、伝わるメッセージが豊かになりました。後日、一つ一つの花を改めて手作業で黄色く塗り直し、ご本人にお渡ししましたが、その時にはもうお話を伺うことはできませんでした。

田川:白黒の写真を見ていても、歴史が今生きている自分たちと地続きになっている印象をなかなか持てません。しかしカラーになると、それが実際に起きたことであり、人間が生きていたことを感じます。

渡邉:庭田さんと共著した論文で、「被写体が備えていたはずの色彩を可視化する」と表現したことがあります。正解かどうかは分からないけれど、「こういう色だったのかもしれない」という仮想的な色を、AIのちからも借りながら付けてみる。さらに、資料などをもとに色補正を加える。そのカラー化写真をもとにして、例えば庭田さんと高橋さんとの間で「タンポポ」について交わされたような対話が生まれる。生まれた対話をもとに、さらに色の精度が向上する…という、サイエンス的な視点とヒューマニティーズ的な視点の循環が起きるのです。

写真集の出版をきっかけに生まれた出会い

庭田:こうしたエピソードは他にもあります。原爆投下から1年後に撮影された、「焼け野原を見つめるカップル」の写真です。これは渡邉先生がアメリカに滞在されていた2016年に、ウィルミントン大学で見つけられ、カラー化して2018年の広島原爆の日に、Twitterで公開したものです。多くの方が「復興に向かう希望が感じられる写真」とコメントされました。写真が新聞記事になったことで、共同通信社の沼田清さんから情報が寄せられ、同社が撮影したものであること、撮影場所などの詳細を伺いました。その後、現地を訪れることもできました。

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渡邉:実はこの写真には後日談があります。沼田さんの調査でも、このカップルが誰なのかについては、分かっていませんでした。しかし『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』の出版をきっかけに、男性が川上清さんであることが判明したのです。

「妻との思い出がよみがえって感無量です」と語る川上清さん(庭田氏撮影)

庭田:これもまた、人のご縁によるものでした。この写真集をつくるにあたっては、多くのかたに写真をご提供いただきました。片山曻さんはそのお一人です。恩師の知人が、片山さんのご親戚の川上さんに、片山さんの写真を見てもらおうと写真集を贈られたところ、「カップル写真」のふたりは、川上さんと、後に奥様になられた百合子さんであることに、川上さんご本人が気づかれたのです。百合子さんは2020年の1月に亡くなったばかりでした。

写真を撮影したときはお二人は交際中で、その5年後に結婚されました。川上さんのお宅を何度も訪問し、お話を伺いました。「復興への希望」を感じさせる写真だとお話したところ、実際のところは、原爆投下後1年が経過しても、街は依然として焦土であり、大切な人を亡くしていたこともあり、明るい気持ちにはなれなかったとおっしゃっていました。渡邉先生が資料をもとにカラー化したもののように明るい色合いではなく、もっとどす黒い色だったこと、またふたりの服装についての証言などを踏まえ、色を修正しました。被写体となった方にお話を伺うことで、当時の「記憶の色」がさらに忠実に よみがえり、現在を生きている私たちに、写真に込められたものがより深く伝わってくる、ということを再認識しました。

田川:非常に興味深い半面、恐ろしさも感じますね。技術が進化することで、細分化とともにサイロ化も進んできた。そうすると自分たちが知っている人たちのコミュニケーションで閉じてしまいます。今回庭田さんが経験された件も、目の前のデータを見ているだけでは分からなかったことが、紙の本を出版し、人に会うことでつながってきたわけです。「データ」の「真実」はそのあたりにあるのではないかという気がします。

写真左|株式会社Takram 代表取締役 田川 欣哉氏

テクノロジーとデザインの幅広い分野に精通するデザインエンジニア。主なプロジェクトに、トヨタ自動車「e-Palette Concept」のプレゼンテーション設計、メルカリのデザインアドバイザーなどがある。東京大学工学部卒業。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート修了。経済産業省 産業構造審議会 知的財産分科会委員。ロイヤル・カレッジ・オブ・アート名誉フェロー。

写真中|東京大学大学院情報学環教授 渡邉 英徳氏

1974年、大分県生まれ。情報デザインとデジタルアーカイブによる記憶の継承のあり方について研究を進める。「ヒロシマ・アーカイブ」「ナガサキ・アーカイブ」などを制作。2016年よりモノクロ写真のカラー化を始め、17年より庭田さんと共同で「記憶の解凍」プロジェクトに取り組む。岩手日報社との共同研究成果「忘れない:震災犠牲者の行動記録」は日本新聞協会賞(16年)を受賞。その他、文化庁メディア芸術祭、アルスエレクトロニカなどで受賞・入選。

写真右|東京大学 庭田 杏珠氏

2001年、広島県生まれ。東京大学で「平和教育の教育空間」について実践と研究を進める。17年、中島地区(現在の広島平和記念公園)に生家のあった濵井德三さんと出会い「記憶の解凍」プロジェクトを開始。これまでに展覧会、映像制作、アプリ開発など、アートやテクノロジーを活かした戦争体験者の「想い・記憶」の継承に取り組む。国際平和映像祭(UFPFF)学生部門賞(18年)、「国際理解・国際協力のための高校生の主張コンクール」外務大臣賞(19年)などを受賞。

(取材・TEXT:JBPRESS+稲垣/下原  PHOTO:Inoue Syuhei  編集:野島光太郎)

 
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