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プログラムの後半では、島津秀雄氏(NECソリューションイノベーター執行役員)、末澤克彦氏(香川県農業試験場府中果樹研究所前所長)、難波喬司氏(静岡県副知事)、別所智博氏(農林水産省技術統括審議官)の4氏をパネラーとするパネルディスカッションが行われた。ファシリテーターは、日本総合研究所シニアスペシャリストの三輪泰史氏が務めた。
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冒頭で農業ICTの普及を阻む壁としてNECの島津秀雄氏は「熟練した就農者の経験や勘をデータ化しようとしても、『自分たちの技術を当たり前だと思って日々作業をしているので言語化するのは難しい』と言われます。
また、サービスを提供する際に、高齢の就農者のスマートフォンの利用率が低いことが妨げになっています」と報告。一方で、こうした壁は工夫で突き崩すことができるのではないかと語り、NECでの作業日誌システムの事例を挙げた。
当初就農者の反応は鈍かったが、ある時、就農者たちが他の仲間が今どんな作業をしているかに強い興味を抱いていることに気付き、近隣農家の作業内容を見える化した機能を付加して「隣の園地」という商品名で売り出したところ、利用率が大きく上がったという。強い関心がスマホの苦手意識を乗り越えたのだ。
一方、香川県 農業試験場 府中果樹研究所 前所長の末澤克彦氏は別の視点を提起する。同じ農作物のブランディングがそれぞれの産地ごとに行われているため、合成の誤謬(一つひとつが正しくても、それが合わさった時に必ずしも正しいとはいえない結果をもたらすこと)が起きていると指摘。「プラットフォームを活用し、産地が協調してブランディングを行って、その上で競争していく必要があります」と述べた。
「データの圧倒的なコンテンツ不足」を指摘したのは、農林水産省の別所智博氏だ。特に生育環境関連の情報が不足しており、土壌肥料、植物病理、栽培管理といった分野の農学研究者と情報工学の専門家との連携強化が求められているという。またデータの相互活用においては、例えば同じ作業でも「稲刈り」と「収穫」など、使う言語が異なるとデータベースとしての利用価値が低くなるため、ルールを定めて使用用語の共通化を図っていく必要があるとした。
次にデータプラットフォーム普及のカギについて、静岡県副知事の難波喬司氏が発言。
「みなさんがいかに利用するかが重要」と会場に呼びかけた。
難波氏はプラットフォームの有用性を、『戦略がすべて』(瀧本哲史著、新潮新書刊)の例を引いて示した。それによれば、アイドルグループのAKB48はプラットフォームであり、各芸能プロダクションはそのプラットフォームに優秀なタレントを送り込もうとする。「協調と競争」でいうと、各事務所はAKB48という共通のプラットフォームを協調的に活用しつつ、そこで盛んに競争を繰り広げていると紹介する。これによりプラットフォームが活性化し、参加しているプレーヤーも成功を収めれば利益を得ることができる。「農業分野においても、こうしたプラットフォームの存在がICTの普及を促進させるはず」と難波氏は見る。
続いて島津秀雄氏は、「現在多くのベンダーやメーカーが、人が行っている農作業の一部をICT化するといったサービスの提供に取り組んでいるが、これだけではブレイクスルーにはならない」と問題提起した。必要なのはビジネスプロセス・リエンジニアリングによって農業の業務プロセス自体を根本から変えることとし、大規模農業、企業的農業、集落営農といった農業のタイプごとに、ビジネスプロセス・リエンジニアリングを実現できるサービスを提供できた時に、ブレイクスルーが起きると予測する。
「必要とされる情報は階層によって異なるため、現場の作業レベルや経営マネジメントレベルなど、階層ごとに適切な情報を提供できる体制を整えることが大事」と語ったのは末澤克彦氏だ。氏によれば、例えば現場レベルなら、スマートフォン上のある品種の作物の写真をタップすると、栽培適地や作型、必要な肥料、農薬、その他栽培のポイントなどのデータが同時に提示されるようなサービスが提供されれば、現場レベルにとっては非常に有用性の高いものとなる。こうしたデータベースを現場レベル、トップマネジメントレベル、あるいは産地レベルといったように、さまざまなレイヤーで用意することが求められると述べた。
ファシリテーターの三輪泰史氏は「今回の農業データプラットフォームは、バーチャル・フードバレーになるのではないか」とその可能性を語る。
フードバレーとは、オランダがワーヘニンゲンという街に構築した農と食の一大集積拠点で、農業や食品関係の研究機関や大学が集まる。
こうした発言を受けて三輪氏は、「日本の場合は研究機関を一カ所に集めることは、逆に国内の多様な地域特性に対応できなくなるというデメリットがある。しかしバーチャルであれば、多様性を維持しながらオランダのフードバレーに匹敵する存在となり得る」と示唆した。
三つ目のテーマ「農業ICTやデータの活用によって農業や地域をどう変えていくか」では、島津秀雄氏が発言。ヨーロッパの農家が農作物の生産だけにとどまらず多角経営によって収益を上げている例を示し「日本の農家に対しても、農業ICTを活用しながら、6次産業化や多角経営のお手伝いがしたい」と思いを語った。
一方で別所智博氏は、農作物の生産、流通、販売の各プロセスにおいて、互いに情報やデータの連携や共有を図ることで、例えば消費者がどのようなものを求めているかを生産者が把握、消費者により高い価値を感じさせる農作物の生産につなげていくといったことが可能になると述べた。
難波喬司氏は、静岡県が行っているアグリ・オープンイノベーション拠点「AOI-PARC」での取り組みを紹介した。これは農業、食品、健康関連の研究機関や企業が、静岡県沼津市内にあるAOI-PARCに参集。互いにアイデアを持ち寄り連携しながら研究開発を進
めていこうとするものだ。「これまでのような自前主義ではなく、互いの技術やデータをシェアしながら、オープンイノベーションによって新たな知を生み出して、農業を儲かる産業にしていくことが大切です」と難波氏は語る。
パネルディスカッションの最後に発言を求められた末澤克彦氏は、現場レベルで求められる情報やデータ活用の三つの視点を提示した。一つ目は地域が連携して情報提供を行うことで可能となる、高い専門性を持った人材の育成。二つ目は弱点の補強による農業レベルの底上げ。末澤氏いわく「いつも同じミスをする人に、事前にプッシュ型の情報提供を行ってミスを防ぐことが可能になる」とする。
三つ目は地域をまたいだ企業的就農者の連携。就農者がマーケティングやリスクマネジメントなどについて連携しながら農業経営を行い、それを自治体などが支援していくことが重要であるとした。
パネルディスカッションを経て、農林水産副大臣の谷合正明氏が登壇。閉会のあいさつを述べ、今回のセミナーは終了した。
「農業データ連携基盤協議会」(WAGRI)では、生産現場でのデータの利活用に加え、流通から消費まで連携の取り組みを広げるために、現在さまざまな分野の企業、組織に門戸を開き、WAGRIへの参画を受け付けている。
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