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特集「CIOの履歴書」 ビジネス部門に深く入り込み、 ともにサービスを生み出すIT部門を実現 シーメンスヘルスケア株式会社 長谷川勇一氏

特集「CIOの履歴書」では、CIOとして活躍されている方々の「CIOに至るまでのキャリア」、「CIOの後のキャリア」について迫りCIOのキャリアについて考察するとともに、読者の皆様に「CIOの魅力」をお伝えします。第四弾となる今回は、シーメンスヘルスケア株式会社 IT本部長を務め、一般社団法人CIOシェアリング協議会のアドバイザリメンバーでもある長谷川勇一氏。事業部門と伴走し新規サービスの開発に携わる長谷川氏のこれまでのキャリアやIT本部長(日本法人のCIO相当*)に至った経緯、また、CIOというポジションの魅力、今後の展望についてお伺いしました。 *シーメンスヘルスケア(グローバル)のルールにより、CIOという職名はグローバルで1名であり、各国法人ではCIOという職名は付かない。

         

IT本部長に至るまでのキャリアについて

── ITベンダーやコンサルティングファームからシーメンス株式会社への転職はどのようなお考えでしたか?

長谷川氏:前職以前で関わるお客様は事業会社の方で、中でも事業会社のIT部門、情報システム部の方と関わる機会が多くあり、いずれはその立場として働くのもいいなと考えていました。

国内ITベンダーや外資系コンサルティングファームで働いていた当時、お客様であるシステム部の方が自社のビジネスやサービスについて説明している様子を見ると、自分自身は自社のビジネスやサービスについて自信をもって説明できないと自覚することがあり、自分自身の誇りになるモノやサービスを作っている会社で働きたいという気持ちを持っていました。

── シーメンス株式会社に入社してからはどのような役割で働かれていたのでしょうか?

長谷川氏:シーメンス株式会社に入社直後は情報セキュリティおよびITインフラを中心に担当し、後にIT全般を担当するようになりました。

その中で、シーメンスヘルスケアに出向をする機会があり、ヘルスケア産業への興味が深まっていました。

12年ほど前、シーメンス株式会社からシーメンスヘルスケア株式会社へ転籍が決まり、正式にシーメンスヘルスケアの構成員になりました。自分自身の事業だという実感を持てるようになり、非常に良かったです。

── IT責任者を目指そうという考えはいつごろからお持ちでしたか?

長谷川氏:シーメンスヘルスケアへの転籍時点で、上司から明確に言われたわけではありませんが、社内(日本ローカル法人)のIT担当としては2番目に位置していたと思います。シーメンスヘルスケアに入って少し経って自社への愛着も高まり、事業部門の責任者など何らかの責任者になりたいと強く意識するようになりました。CIOを意識したというよりも、何らかの責任がある立場で仕事がしたいと感じていました。

ただ、ローカルのIT責任者といっても、必ずしも現地から選ばれるわけではありません。実際、当時の日本法人のIT責任者は外国人でしたし、競争相手は日本人だけではありませんでした。人事権限を持っているシーメンスヘルスケア(グローバル)のCIOとは、こちらからドイツに会いに行ったり、CIOが来日した際に食事に行ったりしていましたが、日本のIT責任者として手を挙げている人は他の国にもいるぞ、と常々言われていました。内情はわかりませんが、おそらく様々なセレクションの機会を経て、結果としてIT責任者となることができました。

── IT責任者として不可欠な業務に対する理解や事業マインドはどのように習得されてきましたか?

長谷川氏:ローカル法人の場合、グローバル本社から予算を確保して業務を実施する必要がありますが、それに対応しているだけでは事業がわからない、自社の商品・顧客・マーケティング戦略・セールスがわからないIT部門になってしまいます。

ビジネスへの理解を深めるために、ビジネスのMTGに徹底的に顔を出すことをしてきました。コーポレートIT部門としてできることは事業のバリューチェーンに横串を刺すことです。自社のプロセスを完璧に理解した上でIT部門としてどのように価値が出せるのかということを常に考えています。

事業がわからないIT部門になってしまうと、コストセンターとしてのIT部門としてしか見てもらえません。ここ10年くらいはそうならないようにしたいと常に考えてきました。

── IT部門の責任者としての職責を果たす上で、ベンダー側での経験は有効だと思われますか?

長谷川氏:あるに越したことはありません。テクノロジーの基盤を身に着けるには、事業会社のIT部門にいきなり入社することは最善ではないと思います。

日本のIT部門の仕事は、ITの購買部門のような役割に留まっている組織が多く存在します。しっかり内製化していて、コアになる事業部門のIT業務に関われるのであれば良いですが、モノづくりの観点が絶対に必要です。モノづくりの経験をするという意味では、ベンダーでの経験は有用なものと考えています。また、事業会社を外から見た際の視点を持つことや、会社の代表として顧客の前に立った経験というのは結構重要なのではないかと思います。IT部門しか経験したことが無い方は、顧客の緊急度や期待、期待に応えられなかったときの会社への影響を肌身で感じることは難しいのではないかと思います。

現職での取り組みについて

── IT部門責任者としてどのような取り組みをされているか教えてください。

長谷川氏:例えば、IT部門として関わりをもつことが出来た、弊社の新規医療サービスの開発を例にあげます。弊社はいち医療機器メーカーという枠組みを飛び出して、災害医療、グローバルパンデミックにどう対応していくのかを考え、移動ができる病院というものを展開しようとしています。私たちの検体検査装置や診断装置を積み込んだ移動式の病院なのですが、とあるお客さんに納品が完了し、これから事業展開しようとしているところです。

そのような新規医療サービスの開発の中でも、IT部門として貢献できると思う領域があります。

例えば、移動式という前提のため、データをどうやって連携させるのという問題があります。他にもデジタルテクノロジーを利活用して何か付加価値を付けられないかということを考えてきました。そのように新規サービス検討の中核としてIT部門が関われたことは、IT部門にとって大きな飛躍だったと思います。社内からIT部門がこんなことまでやるのかと言われたことで、大きく貢献できたことを実感しました。

もう1つは業務・ビジネスプロセス変革です。2年前からカスタマーサービス部門との協業プロジェクトとして、単なるITツールのインプリメンテーションではなく、いかに業務プロセスを変革していかに売り上げ貢献ができるかということに注力してきました。この取り組みも大きな成果を上げ、プロジェクトメンバーが社内で表彰されました。

この取り組みは、グローバルから指示され動いたのではなく日本独自で行ったものです。日本で持っている課題をきちんとキャッチアップして、カスタマーサービス部門と共同で実施できたということがうまくいった理由だと思います。ただ、グローバルを無視しているということではありません。どういうプラットフォームやツールが必要かということは、きちんとグローバルと会話しています。グローバルで利用しているものを日本でも利用し、なおかつ日本の変革も進めることができたことが会社への貢献につながったと考えています。

ある種、八方美人でなければいけません。グローバルとのアラインメントもとり、ローカルのビジネス部門とも協業しなければならないため、大変ではありますが非常にやりがいがあります。

── 続いてDX責任者としてどのような取り組みをされているか教えてください。

長谷川氏:よく攻めのDX、守りのDXという言葉が使われますが、攻めがビジネスの売り上げ貢献なのに対し、守りは会社の中を見直して筋肉質なプロセスにしていく、オートメーションする、経営ダッシュボードを作る等が中心になると考えています。デジタルの責任者として、特にここ2年は後者の取り組みに注力してきました。ある程度筋肉質なものにするというデジタル化の成果は出ています。今年3年目のPJで、今は何をしているかというと、顧客とのタッチポイントのデジタル化を行っています。

弊社のビジネスには、大きく4つのプロセスがあります。①マーケティングセールス、②装置・周辺機器を調達してお客様に納めるフェーズ、③インストレーションと呼ばれる装置を設置するプロセス、そして④メンテナンスです。このライフサイクルは長いもので15年、短いものでも8年と言われています。お客様にこの8年間をいかにハッピーな状態でいてもらうかを考えたときに、①~④を一気通貫でまとめられないかという思いでPJを立ち上げました。

さらに、お客様である院内のデジタル化にも着手し始めました。まだ成果は出ていませんが、事業部門と一緒になって大学病院などの大きなお客様に対して施策を打っているところです。

── ヘルスケアメーカーが院内のデジタル化を推進するというのは斬新ですね。院内デジタル化の余地はすごく大きそうでしょうか?

長谷川氏:ヘルスケア産業は規制産業なので、デジタル化が最も遅れていると感じます。

治療分野・手術に関してはイノベーションが起きていて、私たちもいろいろな装置を納めていますが、患者体験の向上や医師の働き方改革に関してはまだまだやれる余地があると考えています。

会社として、1つの医療機器メーカーという枠を超えて、医療の全体のワークフローを変えていくことにも挑戦しています。

簡単ではありませんが、バックオフィス、コーポレート部門だからといって関係ないという姿勢ではなく、協力して取り組んでいくマインドセットを持って臨んでいます。

── 患者体験においても医師の働き方においても、医療機器メーカーだからこそできる働きかけがあるのではないか、ということでしょうか?

長谷川氏:はい、その点が私たちの強みだと思っています。我々がアプローチする相手は医療機関のCXO、経営企画の方々です。そういう方は医療改革等の動きに非常に前向きです。

一般的にデジタル化を提案するのはITベンダー等になりますが、ITベンダーは、電子カルテシステムを提案する場合も医療情報システム部にはアプローチしてもCXOレベルの方にはアプローチしていないと聞きます。CXOレベルにチャネルがあることは非常に価値が高く、財産でもあります。CXOレベルの方からアプローチすることで、話を聞いてくれる可能性も上がります。それがきっかけで実際に進んでいるプロジェクトもあるので、できることの余地がたくさんあるのではと考えています。

もう1つITベンダーと違うところとして、医療機器というプロダクトを持っていることも強みです。患者体験を向上させる医療機器と組み合わせた提案ができるのです。

── 後進指導、組織づくりにおいて取り組んでいることを教えてください。

長谷川氏:自身の役割はやはりトランスフォーメーションです。IT部門のプレゼンスを上げるには、単に技術やテクノロジーの知識を身に着けるのではなく、ビジネスのことを理解する必要があります。チームメンバーには、マーケティング・営業・サービス等どれでもよいので一般論ではなく自社のビジネスを深く理解をすることが必要だと伝え続けています。

アジャイル的に変革を起こしていくカルチャーを根付かせようとしています。全社的に見ると、IT部門は虐げられている部門です。ビジネスに食い込んでいけるように、日々精進していく必要があります。そういったことを軸に組織作りをしています。

外資系企業で働くことについて

── ヨーロッパの企業は本社が導入した本社の国のシステムを使うというような統制が厳しい印象がありますが、シーメンスヘルスケアではどうですか?

長谷川氏:確かに統制は強いと思います。まず、ERP等各国で導入するのは非効率と考えられるものは、当然本社が導入したシステムをローカルでも導入します。ハードウェアについても統一して調達することでコストが抑えられるという意味で、本社と同じものをローカルでも利用します。HPやマイクロソフトともリレーションが深く、世界共通で使うようにしています。あくまでその方が効率的だからです。

ただし、各国商習慣が違うためローカライズする必要はあり、その部分については各国のIT部門が裁量を持っています。ビジネスをする上ではどうなのか、各国がビジネスドリブンで判断しています。

── IT部門責任者、デジタル部門責任者として働かれていて、どうしても難しい、きついと思うことはありますか?

長谷川氏:何をやるにもチャレンジが必要なことは前提ですが、その中でも難しいなと思うことはあります。

今の会社に20年在籍していますが、どうしても難しいのは本社がドイツ、かつ、本社メンバーのほとんどがドイツ人いうことです。本当のグローバル組織になりきれていないと実感しています。ダイバーシティ&インクルージョンを経営の課題に掲げていながら、本社をドイツ人で固めていること、グローバルのIT部門ではビジネスを中心にした議論がなされないというのが難しいところです。

ドイツで決めたスタンダードが日本にフィットしない等、機能しないことは往々にしてあります。しかし、訴えたとしても、現状を変えることは非常に難しいです。

── 各国に裁量があるというお話をされていましたが、きちんと本社との折衝を行っているからこその裁量であると思います。その折衝には非常に労力がかかると想像しますがいかがでしょうか?

長谷川氏:コミュニケーションコストは極めて高いと思います。しかも、ビジネス側の部門からはなかなか見えない苦労です。

難しい部分ではあるものの、グローバルと適切な折衝を実施した上で、国内IT部門としての裁量をもってビジネス部門と協働で日本にマッチしたビジネス展開に貢献することは、最もやりがいのあることとも言えます。

── グローバル企業ならではのガバナンスのベースがあるから、取組みの質が上がっていると感じることはありますか?

長谷川氏:ガバナンスがしっかりしているなと思うことはあります。ローカルな立場では文句ばかり言いますが、非常に難易度が高いはずで、逆の立場だったらこのような仕事が自分にできるだろうかと思います。シーメンスヘルスケアは66,000人、シーメンスグループ全体では300,000人います。66,000人のITを、何のガバナンスもなく統制できるはずがありません。優秀な人が考えに考え抜いてくれているから、ローカルな立場の人間は安心して文句が言えているのだと思います。

IT部門をセットアップする上でガバナンスは欠かせません。そして、ビジネスの中でどうバランスをとっていくかが重要です。各国の責任者がそれぞれの責任を果たすことができれば、おのずと正しい形になっていきます。

日系企業のIT部門であれば、ローカル法人としての苦労はないであろうものの、逆に様々な国の要求が日本のヘッドクォーターに集まってくるのではないでしょうか。そしてその要求を却下すること、納得してもらうことに労力をかけているのではないかと思います。

日系企業のことはわかりませんがもし多くの企業でそこが弱いのであれば、ガバナンスが強い企業での経験がある人材が入らないと、ゼロから構築することは難しいのではないかと思います。

元P&G喜多羅さんや元アクサ生命保険の玉置さんのように、外資での経験者の方が日系企業に入り、ガバナンスを強化するという動きが目立つようになってきています。

21年間外国人上司に囲まれてきましたが、教育を受けたのは日本であり、家族も全員日本人で、私も最後は日本のために働きたいと思っています。

組織の立ち上げや組織としての戦闘力を上げるという面では貢献できると考えています。

お付き合いしているITベンダーにはガバナンスがしっかりしていると言われますが、それは暗にグローバル企業なので自由度がないと言われていると思っていました。ですがその言葉は皮肉ではなく、日系企業がガバナンスの課題を抱えているということであれば、私自身そういった企業に貢献できると考えています。

CIOシェアリングの働き方であれば、転職しなくても実現できるのではと思っています。

今後のキャリアについて

── 今後のキャリアについて、考えられていることを教えてください。

長谷川氏:国内でのCIOレベルの仕事をするようになった後、弊社で目指すべき次のポジションの1つはアジアエリアでのポジションか、本社でのポジションになろうかと思います。そうなると、管掌範囲もかなり広がります。もう1つは、デジタルのプロとしてのポジションもあると考えています。

その他の選択肢としては、一般的には、別の企業に活躍の場を求めることも選択肢の1つにはなるでしょう。企業によってはIT部門の担う役割が異なると思いますので、責任の範囲を広げるという方向であれば選択肢には入ってくるとは思います。また、現業を続けながら、副業でフルタイムではない形で他の企業様に貢献することも出来るのではないかと思います。

一方でビジネス部門での経験がなければ、CIOから事業部門のトップになることは難しいと考えます。そういう意味では、社内のキャリアの選択肢が広い役職ではないかもしれません。

CIOを目指す方へのメッセージ

長谷川氏:ITの知識だけでは全くもって通用しません。誰かが決めたシステムを導入するだけであれば、それはCIOの役割ではありません。自社のビジネスにおいて深い理解が必要です。自分の言葉で自社のビジネスを説明ができるかどうかを気にしてください。どのようにお金が流れていて、顧客が自社のビジネスによってどのような体験をしているのか、自身で説明できるようになるまで勉強する必要があります。

あとは組織作りを経験してください。PL責任を持ち、可能な限りの緊張感を組織に作ってほしいと思います。投資対効果やエンゲージメント等組織作りのコアとなる、キーになる指標を見つけてください。組織ケイパビリティを作り、それがビジネスにどう貢献するのかをデザインすること、実行し成果を出すことがCIOの役割だと思います。

お話を伺ったCIO:長谷川勇一氏のプロフィール

長谷川 勇一(はせがわ・ゆういち)氏
シーメンスヘルスケア株式会社 IT本部長

国内ITベンダー、外資のコンサルティングファームを経てシーメンス株式会社に入社。情報セキュリティおよびITインフラを中心に担当後、IT全般を担当。その後、シーメンスヘルスケア株式会社へ転籍し、2018年にIT本部 本部長に就任。現在は全社的なDX責任者(Co-owner)、デジタル中心の新規事業・新サービス開発にも関わる。


聞き手:坂本俊輔
CIOシェアリング協議会 副代表理事、GPTech 代表取締役社長、元政府CIO補佐官

大手SIerでの業務従事ののち、ITコンサルティングファームの役員を経て、2010年にCIOアウトソーシングを提供する株式会社グローバル・パートナーズ・テクノロジーを設立。以降、一貫してユーザ企業のIT体制強化の活動に従事している。2017年からは政府CIO補佐官を兼業で務めた他、IT政策担当大臣補佐官や株式会社カーチスホールディングスのCIOなども務めた。

 
 

本記事は「一般社団法人CIOシェアリング協議会」に掲載された「CIOの履歴書」のコンテンツを許可を得て掲載しています。(インタビュー実施日 2021年5月7日)

 
 
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