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住む場所が人の幸せを形作る–幸福になるための街の選び方

         

『毎度話題の「街の幸福度ランキング」–本当に「住みやすい街」に住めばみんな幸せになれるのか?』では、毎度話題になる「街の幸福度ランキング」をいくつか取り上げることで、それらを比較することで、各メディアで「幸福度」を定量化する方法にバラつきがあることが分かります。居住者の主観に重きを置いているため「イメージ」や「好感度」に左右されている思われるものがあれば、街の「ハード面」ばかりにフォーカスしており、単に「便利な街ランキング」になっているケースもありました。

近年、個人レベルではウェアラブルデバイスなどを活用することで、データを可視化・分析し、幸福を定量化する試みがなされてきました。もし、幸福が測定でき、定量化することが可能なら、誰にとっても住みやすい街を定義することも可能かもしれません。

今回は、私たちの幸福と住む場所との関係について探っていきましょう。

「幸福」は定義できるのか?

2010年代に入って、それまで個人の領域とみなされがちだった「幸福」が企業経営の文脈でも取り上げられるようになりました。例えば、「ウェルビーイング経営」は企業が従業員の幸福や生きがいを積極的に支援しようとする取り組みです。ウェルビーイング経営の前提には、幸福や生きがいは人それぞれバラバラではなく、最大公約数を客観的に定義できることを前提にしています。

では、ここでいう「ウェルビーイング」とは何でしょうか?

1947年に採択されたWHO憲章の前文は、健康を次のように定義していますが、その中に「ウェルビーイング(Well-being)」が登場します。

Health is a state of complete physical,mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.

――健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることである。

このWHOの訳文によれば、「ウェルビーイング」とは、肉体的、精神的、社会的に「満たされた状態」にあることをいいます。そして、この定義によるなら「ウェルビーイング」は「精神的健康」である点で主観的ですが、「社会的に満たされた状態」を含むため、客観的でもあります。

つまり、「幸福な街」を定義するためには、居住者の感情や認識を知るためのアンケート調査も必要ですが、幸福に寄与する社会条件を分析するための客観的情報も不可欠であり、双方を組み合わせることで総合的な理解が可能になるといえそうです。

「新国富指標」とは?

「幸福」という目に見えないものを主観と客観の両面からアプローチすることであぶり出せそうなのは分かりますが、実際にどんな指標があるのでしょうか?その一つに2012年に開催された「国連持続可能な開発会議」で提示された「新国富指標(Inclusive Wealth Index)」があります。

九州大学主幹教授、都市研究センター長を務める馬奈木俊介氏によると、新国富指標とは「現在を生きる我々、そして将来の世代が得るであろう福祉を生み出す、社会が保有する富の金銭的価値」を指します。そして、ここでいう「福祉」が英語では「Well-being(ウェルビーイング)」と表記され、人が享受する幸福を指します。

馬奈木氏によると、新国富はストックあり、ウェルビーイングはフローの特徴を持っています。

※出典:新国富論 新たな経済指標で地方創生 馬奈木俊介・池田真也・中村寛樹、岩波ブックレットを元にデータのじかんで作成

上の図に示されているように、新国富は人工資本(工場や交通、エネルギーインフラなど)、人的資本(教育、健康)、自然資本(森林や農地)から構成されており、それらが生産活動に供されることでフローを生み出します。

フローは消費と投資の2つの使われ方がありますが、消費が多ければ現在の世代の豊かさ(ウェルビーイング)は向上します。一方で投資は新国富として蓄えられ、将来の世代の豊かさ(ウェルビーイング)につながります。もし、現在の世代の幸せばかりを追求すれば、将来世代の福祉は損なわれますし、その逆も然りです。つまり、ある市町村の消費と投資のバランスがとれていれば、現在の居住者だけでなく、将来の世代に対しても持続可能な豊かさを提供できることになります。

このように考えると、幸福度調査などから明らかになる居住者の幸福度はフローで表され、幸福を生み出す資本はストックとしてデータに表れます。慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長で、ウェルビーイング研究の第一人者である前野隆司氏によると、統計学的に考えて「幸せの四つの因子」を満たすと人は幸せになるそうですが、それには「やってみよう」「ありがとう」「なんとかなる」「ありのままに」が含まれるとのことです。それは、上図の生産活動によって新国富を消費するときに生み出される心のありようともいえるでしょう。そして、これらのフローが生み出されるには、ストックがきちんと備わっており、生産活動が持続可能であるという安心感が不可欠なのです。

健康資本が鍵になる

どの市町村にとっても将来に向けた持続可能性を難しくしている問題の一つは、少子高齢化に伴う人口減少です。人口、つまり人的資本が減少すれば、当然ながら生産活動もダメージを受けます。

前出の馬奈木氏によると、健康資本には三つの価値が含まれます。

・生産性の上昇:例えば、超過労働に伴う睡眠不足が解消されれば労働生産性が向上し、その結果得られる所得の剰余を消費に回せる。

・直接的福利:経済の生産過程を通さず、直接的に健康になることによる価値。例えば、痛みがなくなれば、人は幸せを感じる。

・長寿の価値:死亡確率が低下すれば、より長期的な視野に立って生産的に仕事ができ、余暇も楽しめる。

では、人口減少が進む中、どうすれば各市町村は健康資本を維持できるのでしょうか?これら3つの価値を実現するためには高齢者の就労の場づくりが鍵になります。

大正大学地域構想研究所教授の村木太郎氏によると、高齢者や障害者が支えられるだけでなく、就労することで支え手にもなれる社会を「共生社会」と呼びます。高齢者も就労することで自ら生産活動に加わり、経済的に自立できますし、自己肯定や成長につながります。その結果、高齢者も幸せを感じることができるようになります。また、働くことで生活のリズムが生まれ、適度な緊張感を保てるため、心と体の健康にもつながるのです。

確かに住みやすさを考える上でそのエリアの医療機関や介護施設がどれだけ充実しているかを考えることも重要です。しかし、それはどちらかといえば自分が支えられることを前提としており、ウェルビーイングにつながるフローの外側に自分を置いていることになります。むしろ、高齢者であっても就労の場などが確保されており、自分の居場所や出番があるかどうかが「幸せになれる街」を探す鍵になるといえるでしょう。

まとめ

この記事では、ウェルビーイングの定義に「精神的に満たされた状態=主観的幸福」と「社会的に満たされた状態=客観的社会条件」が含まれていることを前提として、幸せになれる街探しには、生産活動(フロー)と新国富(ストック)の両面からアプローチすることが欠かせないことを示しました。

さて、幸福がストックとフローから構成されているとするなら、その相関関係を辿ることで、ウェルビーイングをデザインすることも可能なはずです。次回は、地方創生の文脈で行われている取り組みを含めて、「幸せな街づくり」について考えます。

著者:河合良成
2008年より中国に渡航、10年にわたり大学などで教鞭を取り、中国文化や市況への造詣が深い。その後、アフリカのガーナに1年半滞在し、地元の言語トゥイ語をマスターすべく奮闘。現在は福岡在住、主に翻訳者、ライターとして活動中。

(TEXT:河合良成 編集:藤冨啓之)

 

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