リスキリングとは、業務を自分の手に取り戻すこと –グロースX 松本 健太郎氏 × 住友生命 岸 和良氏対談より──(後編) | データで越境者に寄り添うメディア データのじかん
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リスキリングとは、業務を自分の手に取り戻すこと –グロースX 松本 健太郎氏 × 住友生命 岸 和良氏対談より──(後編)

大企業は、戦略にもとづいたスキルマップの作成や学習プログラムを整備するなど、予算と時間をかけてリスキリングを進めているが、今一つ成果につながっていないように見える。何が欠けているのか。グロースXで執行役員マーケティング責任者を務める松本健太郎氏が、住友生命でデジタル共創オフィサーとしてデジタル戦略の立案・執行に携わる一方、社内外のDX人材の育成を手がける岸和良⽒をゲストに招き、「大企業とリスキリング」について意見を交わした。前編に続き、その内容をお届けする。

         

リスキリングの目的は、デジタルという手段で顧客価値を高めることにある

株式会社グロースX 執行役員 マーケティング責任者 兼 UX責任者 松本 健太郎 氏

松本:私たちが目指しているリスキリングは、単にデジタルの知識や技術を学ぶことではなく、デジタルという手段を通じてどのように顧客価値を高めていくかが本質です。

岸:その点について言えば、デジタル特有の顧客価値の高め方を学ぶ必要があるでしょう。例えば対面の接客は、ゆっくり時間をかけた方が顧客満足度は上がりますが、デジタルでは「時間が長い」ということはマイナスに作用する特性があります。このような特性を理解しているかいないかで、成果は大きく変わります。

デジタルの世界で、顧客価値を高める9つの手段(岸氏資料より)

松本:例えば2000年ごろに、「対面で売っていた保険が実はWebサイトでも売れます」と、デジタルマーケティングの専門家が言っても、周囲の人は「そんなわけない」と信じなかったでしょう。マインドの切り替えを進めていくことも、リスキリングの重要なポイントだと感じます。

岸:日本でAmazonがスタートした当時、ネットではお茶などのペットボトルの飲料が売れなかったそうです。なぜなら、食品は新鮮な方がいいという意識があったからです。メーカーも「倉庫に何カ月間保管されていたか分からないから売れるはずがない。だからネット通販には卸さない」という考え方が一般的だったと聞きました。それが今では、大量に売れています。このような変化を柔軟に捉えることができるマインドが必要でしょう。

住友⽣命保険相互会社 エグゼクティブ・フェロー、デジタル共創オフィサー、デジタル&データ本部 事務局⻑ 岸 和良 ⽒

先に挙げた「顧客価値を高める9つの手段」のような「鉄則」は、スタートアップなどでは常識になっています。しかし、大企業の上の方の立場の人にとっては、それが常識になっていないことがあります。すると、その会社に入社してきた若い世代は、そうしたデジタル時代の常識を学ぶ機会がありません。そして、スタートアップに就職した同級生の成長を横目に、不安が募るわけです。

松本:その不安は、「いろいろと経験する機会もなく、このまま40代50代になってしまって大丈夫なのか」という、将来に対する不安なのでしょうか。

岸:先ほども、大企業は仕事が小さなタスクに分けられ、1人1人に割り当てる仕組みになっているという話をしましたが、実際に仕事をリードするような体験をする機会はほとんどなく、そのタスクしかこなせない人になってしまうという不安もあるでしょう。私の部下の一人は、そのような状況に対して「細分化されたタスクをこなすだけなら自分は必要なく、生成AIでいいのでは」という不安を語っていました。

松本:大企業には資本も人材もそろっています。外から見れば「新規事業の立ち上げでもやってみればいいのでは」と思う部分もあります。デジタルツールがある今なら、1人でコツコツできるのではないでしょうか。

岸:実際は「コツコツできる」環境は今の大企業では実現できていないと思います。逆に「コツコツたたかれてしまう」のでしょう。ある人が「こういう新しいことをやりたいんです」といっても、上司から「何か問題があったら、誰が責任を取るのか。やめておいた方が良い」と言われてしまうでしょう。

ビジネスモデルが通用し、安定して収益を生み出せる間はそれでもよいでしょう。でも、「今のままではいけない。何か新しいことを」という時期がきたら、巨体を持て余す恐竜のままでは、機敏な対応ができません。大企業は「1つの仕事を100人で100タスクに分割する」から、「100人で100個の新規事業をつくる」へと変わることが必要です。100人が生み出した100個の事業をうまく組み合わせて、本業に組み込んでいくことで、大企業の優位性を生かした事業革新や事業創出ができるはずです。

大企業の「計画された」イノベーションとリスキリング

松本:大企業の新規事業開発については、どのような考えをお持ちですか。

岸:たびたび、「大企業はイノベーションも計画的にしていかないといけない」という趣旨のお話を聞くことがあります。確かにそうだとは思うのですが、オープンイノベーションは、「オープン」だからこそイノベーションが起きることが多いと思います。計画でイノベーションできたら、最高ですが、難しいとも思いますし。

当社の「Vitality」は、達成目標などはなく、トライしてお客様の反応を見ては、課題を考えて修正・変更を重ねることでつくり上げてきました。

松本:今のお話は、状況に適応しながら進めるアジャイルと、ウォーターフォールのどちらに慣れ親しんでいるかの違いのようにも聞こえました。ウォーターフォールの利点は計画を立てるため、必要なスキルや資源があらかじめ分かり、準備できるところにあります。実際は、計画通りに進むことなどほとんどありませんが、安心感のようなものがあるように見えるのだと思います。

岸:当社の社長とも話すのですが、「会社は計画が全て」という部分があります。売り上げ予想や利益予想があり、変更があれば修正しなければならなりません。そのルールのもとで進んでいます。だから役員や組織の上の方を目指す人には、エフェクチュエーション*はなじまないと感じている方も多いと思います


*未来を予測する代わりに、現在できることをもとに将来を創造していく思考法

では、大企業にアジャイルが無理かというと、そうではないと思っています。当社の代表(高田幸徳氏)は、「ピボット」という言葉をたびたび用います。回転、方向転換しながら進めていこうというマインドです。

ピボットは、「転んでもただでは起きないマインド」ともいえるでしょう。大企業にいる「職業サラリーマン」の人は、転んだらくじけてしまいますが、このピボットのマインドがあれば、リスキングも進んでいくと思います。繰り返しになりますが、社内に個人事業主を育成する意識が正しいと、私は思っています。

リスキリングとは、業務を自分の手に取り戻すこと

松本:昨年のChatGPTの大ブレイクから、一気に生成AIがデジタルの舞台に踊り出てきた感があります。リスキリングに限らず、こうした劇的なテクノロジーの進化が与える影響と、そこに対する向き合い方について、ご意見をお聞かせください。

岸:今のデジタルの進歩は、本当に「荒波」です。2012年くらいまでもさまざまな変化がありましたが、劇的というほどではなかった。それが、Amazonが台頭し、消費者にとってデジタルが当たり前になった。その辺り、Web2.0のころから、ガラッと変わった印象があります。さらに2015年ごろ、DXが話題に上りはじめると、日本の大企業が右往左往し始めました。

それで何が起きたかというと、外資系のSaaSが押し寄せてきました。統合CRMとかSFA、インサイドセールスなどの概念が入ってきました。大企業は「やらなければ」となりましたが、知識やスキルを持つ人材が社内にいないため「分からない」状況になりました。そこからコンサルのマネジメントや外部パートナーのマネジメントを業務にするようになっていったのです(ここでのマネジメントは、丸投げのニュアンスを含む)。これは歴史的な事件(転換期)です。その結果、日本の企業と日本人は、自信をなくしてしまった。

また、コンサルやベンダーの言われるままツールを入れていったため、部分最適が進んでしまいました。当社では現在、「それはできるだけやめようよ」と言って、現時点では最低限のサービスしか入れず、できるだけ自社でやるようにしています。

松本:あるJTC企業では数千万円のコストをかけて海外SFAを導入していたのですが、よくよく使い方を聞いてみると、別にそこまで高度で多機能なツールは必要ないことが分かった。それでツールを変えたら、最初の1年で数億円規模のコストカットにつながったそうです。これをよくよく考えると、とても怖い話だと思います。自分たちで価値も必要性も判断できないものを、「外部のコンサルやベンダーが言うから」と決裁が下りるわけです。そういう組織があるというのが、驚きでした。

これまでの岸さんとの会話を通じて、今、リスキリングというのは、「業務を自分の手に取り戻すこと」なのではないかと感じています。

岸:まさに、おっしゃる通りだと思います。外部に頼ることで、外部に「業務」と一緒に「ノウハウ」も取られていた。それを、リスキリングで自分たちの手に取り戻さなければなりません。新規業務についても、自分たちで一所懸命に頭をひねり、手触り感があるというか、立体感があることを考えて、自分たちでつくっていくことが大切です。その上で本当にできないところを外部のパートナーに頼ればいいのです。

松本:リスキリングという言葉が入ってくるずっと以前、バブル前の大企業では、例えば、法務から入って、経理、財務、マーケティング、営業、海外拠点、子会社の社長など、社内キャリアの中にジョブチェンジが組み込まれており、自然と学び直しをしていたと思います。

しかし、終身雇用がなくなり、さらに「デジタル」という得体のしれないものが入ってきたことで、「自分が勉強しなくても外に出せばいいんだ」という、ずる賢い人たちが少しずつ組織に増えてきてしまったのだと思います。それがいつの間にか、外部へ丸投げすることが本業になってしまった。いつの間にか、資本家のようなポジションになってしまったのかもしれません。

岸:すごい表現ですね。確かに、手を動かして働くことはスマートではないという考えが広まり、業務を手放すことで優越的な地位を得てきた部分もあるのかもしれません。

松本:最後に、リスキリングについて、「分かる」と「できる」の間には大きな隔たりがあるような気がしています。この壁を越えるために、必要なものについてお聞かせください。

岸:実際にやりながら理解を深めていくことが大切なのはもちろんですが、夢やワクワク感など、マインドに火を灯すきっかけが必要だと思います。それさえあれば、何歳からでもリスキリングできます。きっかけは新しい仕事だったり、すごい先輩だったり、社外とのつながりだったり、いろいろなところにあるはずです。

大企業の社員の方に今一度考えてほしいことは、「業務というものは本来泥臭いもの」ということです。それを人任せにして手放していくと、どんどん業務に対する当事者意識や責任感、AI時代にも必要な「大切なビジネスの勘」が養われずに年齢を重ねてしまいます。

年齢や立場にかかわらず、社員の誰もがリスキリングすることで「1人でできる人材」になっていきましょう。そして自分たちの手で、自分たちの新しい仕事をつくっていきましょう。それが日本企業にとって、非常に大切なことだと思います。

松本:本日はありがとうございました。

 
岸 和良 氏(写真左)住友生命保険相互会社 エグゼクティブ・フェロー デジタル共創オフィサー
デジタル&データ本部 事務局長
生命保険基幹システムの開発・保守、システム企画、システム統合プロジェクト、生命保険代理店の新規拡大やシステム標準化などを担当後、健康増進型保険“住友生命「Vitality」”のITプロジェクトリーダーを担当。現在はデジタル共創オフィサーとして、デジタル戦略の立案・執行、パートナー企業や自治体などとの共創活動、社内外のDX人材の育成活動などを行う。著書に『DX人材の育て方』(翔泳社)、『実践リスキリング』(日経BP社)などがある。
株式会社豆蔵デジタル担当顧問
株式会社NODE客員Director
株式会社経済産業新報社顧問
株式会社ネクストエデュケーションシンク最高デジタル担当顧問
EQパートナーズDX顧問
 
松本 健太郎 氏(写真右)株式会社グロースX 執行役員 マーケティング責任者 兼 UX責任者
職業はマーケター、データサイエンティスト。1984年生まれ。龍谷大学法学部政治学科卒業。大阪府出身。社会人として働く中でデータサイエンスの重要性を痛感し、多摩大学大学院に通って“学び直し”。現在は事業会社で執行役員を務める。政治、経済、文化など、さまざまなデータをデジタル化し、分析・予測することを得意とし、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌に登場している。報道にデータを組み合わせた「データジャーナリズム」を志向し、本業のかたわら放送作家ならぬ「データ作家」を請け負う。また、ビジネス書作家として18冊(発行部数は約10万部)を執筆。うち3冊が海外でも刊行されている
 

(取材・TEXT:JBPRESS+稲垣/下原 PHOTO:落合直哉 企画・編集:野島光太郎)

 
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