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日本の半導体は復活するのか〜鍵を握るTSMCとラピダス–藤谷先生と一緒に学ぶ、DXリーダーのための危機管理入門-その2

         

中国の経済・軍事の急激な台頭に伴い、東アジアの安全保障体制は一気に不安定化した。危機感を抱いたアメリカは、中国の急成長を抑止するため、様々な対交策を打ち出している。生産・流通(貿易)・金融の主要な経済分野を巡る対立ばかりか、軍事分野での相互不信に基づく緊張状態が相乗されている。GDP で世界第 1 位と第 2 位の経済力を有する米中が経済・軍事両分野で厳しく緊張している状態が、国際政治経済を俄かに不安定化させる原因となっている。さらにロシア・ウクライナ戦争など世界各地で頻発している軍事紛争、EU への難民の流入と加盟国内の右傾化、同盟国間の対立など、米中関係の緊張がその解決を一層困難にしている。この状態を一般的に「米中新冷戦」と呼んでいる。

中でも半導体はデジタル経済が拡大する中、その重要性はますます高まっている。2020年には新型コロナウィルスの蔓延による半導体工場の操業停止などにより、全世界的な半導体不足があらゆる産業に大きなダメージを与えた。ここで安全保障上の懸念材料となったのが台湾だ。台湾は、世界トップレベルの半導体製造企業TSMCを擁し、世界の半導体の約60%、最先端のロジック半導体の90%以上を製造している(ロジック半導体とは、世界最先端の通信機器やコンピュータの頭脳の役割を担う主要部品で、人口知能の主導権争いにおいても重要な役割)。この台湾を中国が政治的経済的にコントロールするようなことがあれば、中国は世界で最も重要な製品の支配権を握ることになるだろう。アメリカは、同盟国やパートナー国との緊密な関係を活用して、半導体のサプライチェーンのレジリエンスを高め、台湾と協力して軍事力と経済力を強化する必要に迫られている。

我が国はどう対応していくべきなのだろうか。ここで日本の経済安全保障について簡単におさらいしてみよう。

連載第1回|ますます拡大するランサムウェアの脅威に備えて
連載第2回|日本の半導体は復活するのか-鍵を握るTSMCとラピダス(本記事)

日本の経済安全保障

日本政府は、国際情勢の複雑化、社会経済構造の変化等に伴い、安全保障を確保するためには、経済活動に関して行われる国家及び国民の安全を害する行為を未然に防止する重要性が増大しているとの観点に立ち、安全保障の確保に関する経済施策を総合的かつ効果的に推進するため、「経済安全保障」を政策の主要な柱とすることを決定している。

日本の経済安全保障の目的は、第一に「戦略的自律性の確保」であり、第二に「戦略的不可欠性の獲得」である。「戦略的自律性の確保」とは、国民の生活や社会経済活動の維持に不可欠な基盤を強化するためのサプライチェーンの確保のことであり、例を挙げれば、コロナ禍におけるマスクや人工呼吸器の確保などがある。「戦略的不可欠性の獲得」とは、我が国の産業の存在が国際社会にとって不可欠であるような分野を戦略的に拡大することであり、例を挙げれば、半導体の復興、AI、量子コンピュータなど重要技術の発展と流出防止などがある。

そして政府は、2022年5月、経済安全保障推進法を成立させて、(1)重要物資の安定的な供給の確保、(2)基幹インフラ役務の安定的な提供の確保、(3)先端的な重要技術の開発支援、(4)特許出願の非公開という4つの制度を創設した。この中で半導体は、「国民の生活や社会経済活動の維持に不可欠な重要物資」であると同時に「我が国の産業の存在が国際社会にとって不可欠であるような分野」として取り上げられ、極めて重要な役割を持つ。

経済産業省の半導体産業復興戦略

1980年代、半導体は日本の代表的な産業の1つであり、世界シェアの50.3%を占めていたが、今では10%程度のシェアに低下している。その原因について経済産業省は次のように分析している。

日米貿易摩擦によるメモリー敗戦

1980年代、世界を席巻した日の丸半導体メーカーは、日米半導体協定による貿易規制が強まる中で衰退。その後、1990年代、半導体の中心が、メモリー(DRAM)から、ロジック(CPU)へと変わる潮流をとらえられず。

設計と製造の水平分離の失敗

1990年代後半以降、ロジックの設計・製造が垂直統合型から、オープンなアーキテクチャ(ARM)を用いたファブレス企業/ファウンドリー企業の水平分離型の新潮流へ。しかしながら、日の丸半導体メーカーは電機・情報通信機器の親会社が競争力を失う中で、半導体製造部門の切り出し・統合が難航。

デジタル産業化の遅れ

21世紀に入り、PC、インターネット、スマホ、データセンタの普及など、世界的にデジタル市場が進展する中で、国内のデジタル投資が遅れ、半導体の顧客となる国内デジタル市場が低迷。必要な半導体の国内設計体制を整えられず、現状、先端半導体は海外からの輸入に依存。

日の丸自前主義の陥穽(かんせい)

1990年代後半以降、多額の研究開発・技術開発予算を投じてきたものの、日の丸自前主義に陥り、供給側(設計・製造・装置・素材)の担い手はもとより、需要側(デジタル産業)も含め世界とつながるオープンイノベーションのエコシステム(欧州Imec、米国Albany)や国際アライアンスを築けず。

国内企業の投資縮小と韓台中の国家的企業育成

バブル経済崩壊後の平成の長期不況により将来に向けた思い切った投資ができず、国内企業のビジネスが縮小。 一方で、韓国・台湾・中国は、研究開発のみならず、大規模な補助金・減税等で長期に亘って国内企業の設備投資・支援して育成。

こうした日本の半導体産業の現状を踏まえて、経済産業省は、「半導体は、デジタル社会を支える重要基盤・安全保障に直結する戦略技術として死活的に重要であり、経済安全保障の観点から、国家として整備すべき重要半導体の種類を見定めた上で、必要な半導体工場の新設・改修を国家事業として主体的に進めることが重要である」と認識し、具体的には、「先端半導体を国内で開発・製造できるよう、海外の先端ファウンドリーの誘致を通じた日本企業との共同開発・生産や、メモリ・センサー・パワー等を含めた半導体の供給力を高めるための我が国半導体工場の刷新等について、他国に匹敵する大胆な支援措置が必要」との基本方針を決定した。

この基本方針に基づいて、台湾のファウンドリーTSMCの誘致とラピダスの新設が具体化した。

図1 半導体の製造工程のイメージ
半導体製造工程は主に設計、前工程、後工程、販売に分かれる。ファウンドリーとは、半導体委託製造会社のことで、設計と販売を除いて半導体集積回路の生産を専門に行う企業・工場を言う

台湾積体電路製造(TSMC)の誘致と半導体委託製造会社「ラピダス」の新設

(1)台湾積体電路製造(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company、略称TSMC)

熊本県菊陽町の工業団地「セミコンテクノパーク」に近接する約21.3haの敷地に日本最大級の半導体工場が建設されている。スマートフォン、車載用ロジック半導体(22/28nmと12/16nmプロセス)を、12インチウエハ換算で月産5.5万枚を生産する計画で、初回出荷は2024年12月を予定する。このプロジェクトには、ソニー・セミコンダクタ・ソリューションズ(SSS)とデンソーが参入しており、投資額は1兆1,000億円(うち日本政府は4000億円を補助)に上る。

工場の建設は鹿島建設が受注し、他にも関連企業約80社(素材、化学製品、ガス供給など)の施設が建設されている。従業員用の賃貸住宅700~800世帯などが続々と新設されており、周辺はにわかに不動産バブルの状況となっている。また工事車両の往来により道路渋滞が発生しており、工場完成後も通勤による渋滞が予想されるため、複数の道路整備が計画されている。

熊本県の雇用は、TSMCの1,700人~3,000人を含み関連会社計7,500人が見込まれており、熊本大学では、2022年に半導体分野で新しいセンターを設置するなど人材育成に力が入れられている。こうした一連の経済効果は10年間で4兆2,900億円と推計される。

(2)半導体委託製造会社ラピダス

トヨタ自動車、NTT、ソニーグループ、ソフトバンク、NEC、デンソー、キオクシア、三菱UFJ銀行の8社が計73億円を出資して、半導体委託製造会社ラピダス(Rapidus、本社東京)を北海道千歳市に新設する。ラピダスはラテン語で「速い」を意味する。経済産業省は、補助金2600億円を支給して支援して、米国IBMと手を組み2nmの次世代半導体の国産化を目指す。

研究開発を含めて5兆円規模の投資が見込まれており、千歳市周辺に関連産業の集積も進む可能性が高い。さらに経産省は「技術研究組合最先端半導体技術センター(Leading-edge Semiconductor Technology Center、略称LSTC)」を設立し、産業技術総合研究所や理化学研究所、東大などが共同参画。海外研究機関・企業との共同研究プロジェクトを組成し、ラピダスが目指す次世代半導体の量産化技術に応用させていく予定だ。

半導体産業を復興させるためには

TSMCの誘致とラピダスの新設は、日本が半導体産業の復興を目指すための「はじめの一歩」でしかない。東京エレクトロンなど世界的な半導体製造装置メーカーが揃っている日本だが、外国のファウンドリーに左右される現状では、その地位が不安定化する恐れがある。まずは国内に大規模なファウンドリーを設置して半導体製造装置産業や大学、産総研などとのエコシステムを構築する。加えて、国際的な民主主義国の連帯による半導体サプライチェーンを作って、世界的に需要と供給のバランスを図る必要がある。また将来のIoT社会を視野に入れれば、ラピダスが開発しようとしている線幅2ナノレベルの最高水準の半導体は完全自動運転の実現などに必須である。さらにメモリーやセンサー、パワー半導体など、ロジック半導体以外の多様な半導体の生産力を確保する。そして、今でも国際的に大きな影響力を持つ半導体製造装置や素材関連の日本企業の強みを伸ばすため、研究開発や設備投資を一層強化するべきだ。最後に忘れてならないのは人材育成だ。JEITA(電子情報技術産業協会)は「半導体業界の未来のためには若手人材の採用が急務だ」とし、キオクシア、マイクロン メモリー ジャパン、三菱電機、ヌヴォトン テクノロジージャパン、ルネサス エレクトロニクス、ソニー、東芝、ロームの主要8社で、10年間で4万人の半導体人材が必要だと説明している。

図2 素材・製造装置産業等と連携した先端半導体製造プロセス
日本の①製造装置・素材産業の強み、②地政学的な立地優位性、③デジタル投資促進をテコに、戦略的不可欠性を獲得する観点から、日本に強みのある製造装置・素材のチョークポイント技術を磨くために、海外の先端ファウンドリーとの共同開発を推進する。さらに、先端ロジック半導体の量産化に向けたファウンドリーの国内立地を図る。具体的には、先ず先端半導体製造プロセスの①前工程(微細化ビヨンド2nm)、②後工程(実装3Dパッケージ)で、我が国の素材・製造装置産業、産総研等と連携した技術開発を順次開始。さらに、こうした開発拠点をベースに、将来の本格的な量産工場立地を目指す

一方、安全保障に目を向ければ、米中新冷戦の行きつく先にあるとされる「台湾有事」の問題がある。台湾は中国が自国の領土と主張しており、2027年までに軍事的に併合する可能性が高いと指摘されている。台湾が世界的な半導体供給地であることから、台湾有事は世界の半導体供給に壊滅的打撃を与えるおそれがある。日本が台湾のTSMCを誘致して半導体生産を維持することは日本の半導体需要に応えるだけではなく、台湾のリスクを分散して世界の半導体の安定供給に貢献することにもなるのだ。

 
著者:藤谷 昌敏 氏
金沢工業大学客員教授(危機管理論)
経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員
学習院大学法学部卒。法務省公安調査庁に入庁し、中国やロシア、北朝鮮などの外事関係、先端技術流出対策担当などを歴任する。金沢公安調査事務所長を最後に同庁退官。その後、合同会社OFFICE TOYA、TOYA未来情報研究所の代表に就任。2018年、北陸先端科学技術大学院大学を卒業し、2021年より経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員、2023年より金沢工業大学客員教授。専門は経済安全保障全般、インテリジェンス、安全保障論、危機管理論など。
 
 

参照元

  • 経済産業省『半導体戦略(概略)』2021年6月
  • 滝田賢治「米中対立の背景と現状―対中「関与政策」の果てに」『中央大学社会科学研究所年報』 第 23 号、2018年、pp.110-111.
  • 宮本雄二、伊集院敦「技術覇権米中激突の深層」日本経済新聞出版社、2020年
  • 「日本の半導体復活の鍵はTSMCやRapidusだけじゃない」EE Times JAPAN、2023年06月19日
  • ラリー・ダイアモンド、ジム・エリス、オーヴィル・シェル「半導体と米中台トライアングル-TSMCとサプライチェーン」FOREIGN AFFAIRS REPORT NO.9、2023年
 

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