生物の行動は複雑で、その集団の行動を理解することは一見、難しいことのように思います。しかし、これまで人類はさまざまな動物(哺乳類から昆虫まで)の動態を理解しようと、複雑系モデルを発展させてきました。
多様多種な動物たちでの研究の蓄積がある複雑系科学の手法を人類の歴史に当てはめて研究する分野は「クリオダイナミクス(歴史動力学)」と呼ばれます。そしてこの手法を開拓した旗手の一人がピーター・ターチンです。
ターチンの著書『エリート過剰生産が国家を滅ぼす』では、複雑系科学の手法を駆使して歴史のパターンを明らかにし、国家の興亡に関わる要因を数式を排した平易な表現で読者に提示します。本書の中核にあるのは、「エリート過剰生産」という概念が引き起こす社会的混乱や革命のメカニズムです。
ターチンはシカやネズミ、チョウなどの生物における個体群動態について研究をする研究者でした。コンピューター科学の発展により、動物個体群が活況・沈滞のサイクルを定量分析で理解できるようになる中で、ターチンは人類の歴史的な社会動態の法則性もこの手法で明らかにできるのではないか、と考えるようになります。その結果として見出された法則の代表例が、「エリート過剰生産」と「国家の不安定化」の関係性です。
エリート過剰生産とは、簡単に言えば、特定の社会において、エリート層が過剰に増えすぎて限られた資源や権力を巡る内部闘争が激化する現象を指します。
ここで扱われるエリートとは権力の保持者です。本書において、権力とは非常に曖昧なものでありながらも、事例として以下の四つが挙げられています。
これらは富を持つものが説得力を持つ、というように相互に関連して、権力を増大させます。
さまざまな形で権力を持つエリートやエリート志望者が急速に増加し、エリートの中で椅子取りゲームが始まることが、国家を不安定にさせるのです。
「エリート過剰生産」において、特徴的なのは、エリート過剰生産が単なる偶発的な現象ではなく、繰り返される歴史的なパターンであるという点です。
これまで、革命といえば大衆から特権階級への変革運動を表すものが多い印象がありました。しかし、歴史の記録を詳細に紐解くと革命の中心には、エリートの内部で格差が深まる中で不満を蓄積した「カウンターエリート」の存在があります。
エリートの供給(大学卒業者や高位の地位を望む人々の増加)と需要(実際のポジションの数)との不均衡が、エリート同士の対立や社会全体の不安定性を生み出すのです。
例えば、19世紀の中国で太平天国を建国した洪秀全の例。家庭教師をつけられる程度には裕福な家庭に生まれた洪ですが、当時の中国においてエリートの道であった科挙の試験に途中で挫折をしたことをきっかけに天啓を得ます。洪の思想に追従したのも、科挙に挫折した「カウンターエリート」たちでした。
ターチンは、「クリオダイナミクス(歴史動力学)」に基づき、二〇二〇年代初頭にアメリカにおいて国家が不安定な状況に陥ると警告しています。実際、直近のアメリカ大統領選挙においてもアメリカ国内の分断が可視化されました。
一方で、このモデルは確率的なモデルでしかないため、何がきっかけでどのように国家を揺るがす事態に繋がるのかはわかりません。
『エリート過剰生産が国家を滅ぼす』は、歴史をデータとして捉え、そこから普遍的な法則を導き出すという野心的な試みに満ちています。書籍の中では歴史上の中国やフランス、イギリスなどさまざまな国での革命をモデルを用いて説明しています。本書は、歴史好きの読者だけでなく、現代の社会問題に興味がある人々にとっても多くの洞察を与えてくれるでしょう。はじめにの全文は下記のリンクで公開されていますので、興味がある方はそちらも読んでみてください。
(大藤ヨシヲ)
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