「2011年、東京の代官山に蔦屋書店をオープンしたとき、私たちがターゲットにしたのは、レンタル事業を展開する『TSUTAYA』とは異なる客層でした。日本社会の人口構造の変化を念頭に置くと、30、40代が憧れる大人が集まるような『場づくり』を目指さなければならないと考えました。
時期を同じくしてデジタル端末や媒体が台頭してきており、それに抗うよりも『上質な時間と空間を提供する』をコンセプトに『居心地の良さ』や『体験』など、リアルな店舗でしか生み出せない価値を追求してきました」
蔦屋書店を訪れた人なら誰でも気づくことだが、本だけでなく、カフェやショップが併設されている。CCCが「BOOK & CAFE」をコンセプトに店舗デザインを手がけたのは2003年のTSUTAYA TOKYO ROPPONGI(現:六本木 蔦屋書店)が最初だったという。
また、蔦屋書店には深く座れるチェアや何時間でも本を置いて読み続けたくなるテーブルが設置されており、図書館にいるような、ゆったりとした時間を過ごせる。店内には原色のポップなども見当たらず、視覚的なノイズも最小限だ。
こうした「上質な時間と空間」はそこを訪れる人たちに自然と「もっと長くここに留まりたい」「また来たい」という気持ちにさせてくれる。そして、不思議なことに滞在時間が長くなれば、売上もそれに比例するそうだ。
九大伊都 蔦屋書店がオープンしたのは2024年4月。それまで福岡県には福岡市中央区にある六本松 蔦屋書店のみだった。地下鉄の駅のすぐそばにあり、人が行き交うスポットだ。
それとは対照的に九大伊都 蔦屋書店は郊外のロードサイドにある。蔦屋書店は、なぜこの場所を選んだのだろうか?
「糸島市は福岡県の中でも移住者が多く、2045年くらいまで人口が増え続けると予測されているエリアです。30、40代の子育て世代が多く、なおかつ文化的感度の高い人たちが集まっています。
糸島に接する福岡市西区に九大キャンパス移転が完了したのは2018年です。九大伊都 蔦屋書店を立ち上げるにあたって、地元のさまざまな層の方々にお会いしてお話を伺いましたが、分かったのは、意外に九大生との接点が少ないということ。お互いに交流したいと思いながらもじもじし合っているような関係だったんです。そこで、私たちが双方をつなげるような、橋渡し役になれたらなと思いました」
「サードプレイス」というと、都市部のカフェをイメージするが、佐久間氏は郊外にも集う人たちが温かみを感じられるサードプレイスをつくるべきだと考える。
「九大伊都 蔦屋書店がターゲットにしている30、40代のファミリーのことをイメージしてください。共働きしているお父さん、お母さんは週末くらいはゆっくりしたいと思い、家庭でも職場でもない場所が必要になります。それが蔦屋書店なんです」
そうしたニーズを知るために私たちが九大伊都 蔦屋書店を出店する際、地元の方に対して積極的にインタビューを実施したという。
「質問内容としては、毎日の時間の過ごし方など具体的で定性的な情報を中心に伺います。その地域の方々が、どんな一日を送っていて、どこに余白があり、どんな楽しみ方をしたいと思っているのか、単にデータからでは見えてこない、解像度の高い情報を得ることで、訪れてくださる方の顔が見えてくるのです」
都市部と郊外で蔦屋が提供するものは大きく違わないと、佐久間氏は語る。
「『場づくり』に必要なことは、郊外でも都市部でも変わらないと思っています。人がたくさんいれば良いわけではなく、そこに集う人が『誰かに会いに行こう』と思わないと『場づくり』はできません。それが点と点がつながって線になり、場となるのではないでしょうか」
「誰かに会いたい」という個々の気持ちが「場」を作り出すきっかけであれば、蔦屋書店はそのための仕掛けをどのようにしているのだろうか?
九大伊都 蔦屋書店に限ったことではないが、各店舗には「コンシェルジュ」と呼ばれる、本を通じて体験や交流の起点となり、書店を豊かにする人たちがいる。
「『コンシェルジュ』は単なる本のプロではありません。書棚を作ったり、イベントを企画したりして、お客様に新しい世界やライフスタイルを提案するんです。例えば、六本松 蔦屋書店には世界3周132カ国を訪れた『旅のコンシェルジュ』がいます。私たちがコンシェルジュを育成するわけではなく、コンシェルジュはそもそも特定の分野を好きで好きで仕方がない人たちで、突き抜けた知識や体験を持っている人です」
また、九大伊都 蔦屋書店の強みである「九大生」と「ファミリー」を掛け合わせるイベントも企画している。
「九州大学の学生から『アートのワークショップをしたい』という話があり、それが今も定期的に開催しているイベント『Art Meet』につながりました。逆に糸島の地元にお住まいの子育てママのサークルが企画し、子どもたちが店主になってマルシェを開くというイベントが開かれたこともありました。そこに九大生のジャズ研も加わって演奏したりと、インタラクティブな活動が展開されています」
九大伊都 蔦屋書店では、年に4回、各2日間くらい大きなイベントを企画しているという。
「イベントの告知はホームページやSNSを使った情報発信が中心ですが、紙媒体も大事にしています。いずれのイベントも集客よりも子どもの体験につなげることを目的としており、自治体が後援してくれることもあります。その場合は、地域の学校で子どもたちにお知らせという形で配布されることもあります。あとは何といっても口コミでしょうか」
自身も無類の本好きで、自宅の蔵書は3,000冊にもなるという佐久間氏。最後にご自身の思いと蔦屋書店のミッションについて語ってくれた。
「2024年4月時点で『書店ゼロ』自治体は27%に上ります。もちろん、オンラインでも本は買えるのですが、リアル書店に足を運んで、実際に書棚の中を歩き、本を手に取ったときに訪れるような『偶然の出会い』は難しいと思います。これから未来を背負う子どもたちにそんな本との出会いができるような環境を残しておきたいんです」
書店事業が厳しい昨今だからこそ、継続していくためには売上から目を逸らすこともできない。佐久間氏いわく、売上に直結するリピーターを獲得するためには「店舗デザイン」が重要だという。
「店舗デザインは導線などはもちろん、イベントや空気感といった無形のものも含まれます。本はとても間口が広く、懐の深い媒体です。いろんなことにつなげてコトを起こすきっかけになってくれるんです。カフェやショップ、イベントを通じて今後も新たな価値を提供していきたいと思っています」
すでに多くのファンを獲得している九大伊都店の「理想」について、最後に語っていただいた。
「九大伊都 蔦屋書店においても、九大生や子育て世代の方に加え、農家の方、漁師の方などさまざまな人たちが地域活動をここでやりたいと思えるような場所にしていきたいです。イベントにやってきた人が『自分もここでイベントをやれる』と気づき、ここでの出会いや得た知識によって『人生観が変わる』ような体験をし、『ここが自分の場所だ』と感じる場所になる、それが私たちの願いです」
デジタルは私たちの生活を劇的に変化させ、利便性を向上させた。家から一歩も出なくてもワンクリックで好きな本が買える時代だ。しかし、それと同時に私たちが手放したのは「温かみのある出会い」だったのかもしれない。デジタルコンテンツが登場する前、本こそが新しい世界への入り口だった。でも、今では本は一人一人の閉じた世界の中の「道具」のような位置づけになってしまった。これは地域社会という開かれた「世界」があるのに孤立する「個人」の問題とも根底でつながっているようにも思える。「リアル」「体験」にこだわる蔦屋書店の取り組みが地域活性化の起爆剤になるのでは、と考えるとワクワクするのは私だけではないはずだ。
(取材・TEXT:河合良成 編集:藤冨啓之)
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