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宮西 京華(みやにし けいか)
保険会社で事務職をやっているデータマネジメント担当。歌い手動画を見るのが好き。
データマネジメント解説、連載の第21回が始まりました。
宮西さんは目標達成のために、実際に現場に赴いて、データを使って利益貢献できそうなビジネスを探しに行くことにしました。
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ビジネスでどのようにデータが使われているのか知るためには現場に行った方が良いのは理解しているが、足は動かない。
「やっぱり、現場を見なきゃわかんないか」
パソコンの画面を閉じて、私は自分に言い聞かせるように呟いた。データアーキテクチャだの、成熟度だのといった言葉は頭の中に並べるだけなら簡単だけど、実際にどこでどう使われているかなんて、座って考えていても見えてこない。だから私は現場に行ってデータを使っていて時間のかかっている業務を聞き出してみることにした。
きっかけがなければ何も始まらない。まずは保険申込受付のチームに声をかけた。ここの業務は、データ入力が多くて大変だと噂で聞いていたからだ。
「え、あのデータについて? ……紙の申込書を見ながらExcelに転記してるやつ」
「あれ、全部手作業なんですか?」
「そうだよ。スキャンしてPDFにして保管はしてるけど、肝心の入力は全部手」
「何で自動化されてないんですか?」
「……そういう仕組みが、うちにはないんだよね」
そう言って、チームのリーダーさんが苦笑する。Excel画面とにらめっこしている担当者の手元を見ると、紙を見てはキーボードを叩いて、また紙をめくっている。ああ、そういえばウチの現場はこんな感じだった、私も昔はやっていた。データ利活用とも言えないようなもっと根本的なものだが、改善の余地がある。それが目に見えてわかった。
現場に行ってみると、自分では気が付いていなかった改善点が見えた。そして何か手を打てないかと考えながら帰路に就いた。
「OCR、使えないかな……」
帰り道、私はひと息つきながら、ふと思いついた。紙の文字を読み取って、デジタルデータに変換する技術。今どきは手書きの申込書でもかなりの精度で読み取れるし、最近はクラウドサービスでも手軽に使える。
「もし、OCRを使えば……紙をスキャンした時点で、データ化できるんじゃないか?」
それをシステムと連携させて、社内のデータベースに反映できるようにすれば、転記作業は激減する。人手も減らせるし、ミスも減る。時間が浮けば、別の業務に使ってもらえる。なにより、データが生まれた瞬間から使える状態になる。
これだ。これが「データ利活用」ってやつなんだ。いままでどこか他人事だった言葉が、自分の中にストンと落ちてくる感覚があった。
「松田先輩。OCRって、うちでも使えると思いますか?」
翌朝、出社してすぐに聞いてみた。松田さんは、いつものようにおっとりとした声で答える。
「使えると思うわよ、ただ、どうやって業務で使うかの方が大事だと思うな」
「どうやって業務で使うか、ですか?」
「うん。現場にもいろんな業務があるんだから、他の業務と兼ね合ってこれで楽になるって思えるように設計できれば、使える。逆に、押し付けっぽく見えちゃうと、どんなに便利でも敬遠されちゃう」
なるほど。技術があれば解決、というわけじゃない。現場にとってわかりやすくて、ありがたいものでなければ、定着しない。
でも、それでも私は思った。これを積み上げていけば、貢献利益1億円に近づける。まだ実現方法は荒削りだ。でも、あの現場で見た人たちの表情。紙とExcelの間で忙しく作業していた様子。その一つひとつが、私のモチベーションに火をつけてくれる。
実際現場を見てみるまでは、「一億円」なんて遠すぎて、夢みたいだった。でも今は違う。このOCRの仕組みを入れれば、1人1日30分の作業を削減できる。これはもう、ただの理想じゃない。数字で語れるビジネス価値が見えてきた。
「一億円。意外と……現実味、出てきたかもしれない」
呟いた言葉に、自然と笑みがこぼれた。データ利活用という言葉は、どこか無機質で、距離があるように感じていた。
でも、今は違う。それは誰かの時間を救い、誰かの仕事を変え、会社の未来を少しずつ動かしていく――そんな力を持っている。そして、その始まりは、私が「現場に話を聞きに行った」たったそれだけのことだった。
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データ利活用という言葉が独り歩きしている場面をよく見かけますが、そもそも「何のために」「どこに向かって」利活用するのかが曖昧なまま、ツール導入や可視化だけが進んでしまうことが少なくありません。そうしたアプローチは、短期的な活動実績としては評価されても、長期的なビジネス価値には繋がりにくいのが実情です。
宮西さんが計画を立てる過程で直面したように、データマネジメントの成熟度を高めるにはアーキテクチャ、特にビジネスアーキテクチャへの理解が不可欠です。つまり、どのような業務の流れの中で、どのようなデータが発生し、どのように使われているか。それを把握しなければ、どんなに整備されたデータ基盤があっても、それはただの「立派な箱」に過ぎません。
その意味で、彼女が現場に足を運んだ行為は、非常に本質的なアプローチでした。データ利活用を通じて成果を出すには、まずどこに改善の余地があるのか、どこにデータを活かせる可能性が眠っているのかを、現場の肌感覚を通じて掘り起こすことが出発点になります。
今回注目したのは、手作業で負担が大きい業務でした。これはとても良い着眼点です。現場の人たちにとっては日常的すぎて問題だと気付いていない作業でも、外からの視点で見れば、非効率なプロセスであることが浮かび上がることがあります。手入力や転記、紙からの読み取りといった作業は、改善によるインパクトが大きい典型です。こうした作業の自動化は、単なる業務効率化に留まらず、そこから得られるデータの即時性や信頼性向上にもつながります。そうした小さな成功体験の積み重ねが、データ利活用の社内浸透にとって非常に重要なステップになります。
データ利活用で成果を出すには、現場の業務を知り、どこにデータを活かす余地があるのかを共に考える姿勢が不可欠です。そして、その第一歩は、机の上で戦略を練ることではなく、実際に現場に出向いて話を聞くことです。自分の目で見て、耳で聞いて、肌で感じることで、初めてデータと現場の接点が見えてきます。
よしむら@データマネジメント担当
IT業界、金融業界、エンタメ業界でデータマネジメントを担当した経験を持ち、現在もデータマネジメント担当している。データマネジメント業界を盛り上げるために、経験を通して得た知識の発信活動を行っている。
本記事は「よしむら@データマネジメント担当」さんのデータマネジメントを学べることをコンセプトの4コマ漫画「AI事務員宮西さん–データ組織立ち上げ編」のコンテンツを許可を得て掲載しています。
保険会社で事務員として働く宮西さんは、会社がAI時代に対応するために新設したデータ部門に突然配属されました。事務員からデータマネジメントのリーダーへと成長していく宮西さんの奮闘記を描いた物語。
本シリーズ「データ組織立ち上げ編」では、宮西さんがデータ利活用組織を立ち上げるまでの挑戦を描きます。IT業界、金融業界、エンタメ業界でデータマネジメントを担当した経験を持つ著者「よしむら@データマネジメント担当」さんが豊富な経験を基に執筆しています。データ組織の一員の皆様には、ぜひご一読ください。
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