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アートとビジネス(後編):アートワールドとテクノロジー

ビジネスの世界において、アーティストが作品を創造する方法である「アート思考」の考え方が広まってきています。しかし自由であるはずのアート業界は、実は因習にとらわれた狭く閉ざされた世界です。今回は、そんなアートワールドの概要とそこに押し寄せるテクノロジーについて紹介します。


第1回|アートとビジネス(前編):AI社会のサバイバルでアーティスト思考は武器になるか
第2回|アートとビジネス(後編):アートワールドとテクノロジー

         

登場人物

大学講師の知久卓泉(ちくたくみ)
眼鏡っ娘キャラでプライバシーは一切明かさない。

五里雷太(ごりらいた)
IT企業に勤めるビジネスパーソン。

テックジー
主にCGを制作しているアーティスト、最近は生成AIも駆使する。

アートワールドとは:権威者が「アート」といえばアート

チクタク先生
今回のテーマですが、アートワールドとテクノロジーの関係についてです。アーティストでもあるテックジー先生にお話ししてもらいます
テックジー
テクノおたくでもあるテックジーだ。前回はアート思考というテーマだったが、今回はアートワールドについて話してみることにしよう
ゴリくん
前回は、アートワールドのルールでアートが高額売買されている、という意外な話でした。しかし聞いたことがないアートワールドという言葉の説明からお願いします。普通のビジネスパーソンが対象なので、芸術論ではなくビジネスやテクノロジーも交えてください
テックジー
分かっている。アートワールドなどという言葉は、大半の日本人には関係のない世界での言葉だからな

※出典:Gerhard Richter Graues Bild II(註1)

テックジー
ではゴリくん、この絵を知っているかね?
ゴリくん
絵?これはただの四角です。グレーで塗りつぶされていますが
テックジー
何を言っているんだ。この絵画は、ドイツ最高峰の画家であり現代アートの代表的作家であるゲルハルト・リヒターの有名な絵画だ。2800万円という値段がついているのだぞ
ゴリくん
そんなバカな話はないですよ。これなら小学生でも描けます。なんでこれが絵画で、しかもそんな高額で取引されるのですか?
テックジー
なぜなら、これがアートワールドでの話だからだ。アートワールドとは、ギャラリー、美術館、キュレーター、評論家などのアート制度を支えている欧米白人男性だけの、いわばギルド的団体のことだ。アート業界でもよいのだが、この言葉のニュアンスでは閉鎖的タコツボ的特徴が伝わらないのでアートワールドと言っている
チクタク先生
ちょっと待ってください。アートワールドが白人男性だけとは、聞き捨てならない話です。女性や有色人種の画家は、そこに入れないのですか?
テックジー
そうだ。つい最近まで女性が描いた絵画は、無視され評価対象にすらなっていない。だから売買対象にならず美術館に女性画家の作品はなかったのだ。ただ近年のフェミニズム運動の結果、このジェンダー差別は遅々としてだが解消されつつある。この話は重い別テーマなので、ここでは止めよう
ゴリくん
そこは了解しましたが、なぜただの四角形の図が絵画とされるのですか?
テックジー
端的に言うとだな、アートワールドの権威者がこれは重要な絵画だ、とのたまったからだ。この業界では、何を描いたかは問題ではなく、誰がいつ描き誰が評価したか、で絵の価値が決まるのだ。世界中の美術館は、このアートワールドのルールに則ってアートを収集している。大半の日本人には理解できないところだな
ゴリくん
それだと、どんなに素晴らしい絵を描いても、その権威者に認められなかったら評価されないじゃないですか
テックジー
ゴリくん、素晴らしい絵とは、どんな絵だね?
ゴリくん
えーと、綺麗で美しく、感動的でさえある絵ですか・・・?
チクタク先生
その感想では、あまりに曖昧すぎて基準になりませんね。客観的に評価するには、評価基準が必要なはずです

※図版:筆者作成 アートの評価基準とは?

テックジー
この図はだな、我輩がアート作品を制作しようとした際に、アートはどのように評価されているのかを私が考えて図にしたものだ。我輩は美術を系統的に習っているわけではない。これは独自の考えなので、美術評論家たちの考えとは異なると思う。はじめは、この程度のことならアートの世界では教科書的な考えがあるだろうと思い、探してみたのだが見つからなかった。そこで仕方なく自分で考えたという経緯がある
チクタク先生
一見すると一般の社会人にはわかりやすい図ですが、これは評価の観点にすぎません。ここから客観的に数値化しようとしても、直観が大半なので絶対的評価はできませんね
テックジー
手厳しいがその通りだ。”美しさ”とか”面白さ”は、しょせん個人の好みだ。歴史的宗教画の場合、その宗教の知識が無いと、その絵が描こうとした物語の意味が理解できないしな。ではどうするかな、ゴリくん
ゴリくん
そんな先生たちが分からないものを、ボクが分かるわけはないですよ。でも良いか悪いか決められないときは多数決ですね
チクタク先生
さすがゴリくん。素晴らしい答えです。正解が不明の場合には、統計的処理を施すことによってより正しい答えに近づきます。AIの原理であるニューラルネットワークは、多層ネットワークの最終段で、複数ある選択肢の中から確率が高いものを選び出力します
テックジー
まぁロジカルに考えればそうだな。しかしアートワールドの住人は違う。先ほども言ったが、アートワールドの権威者が”これはアートだ”と言ったものがアートなのだ。便器に著名なアーティストがサインしただけで美術館に飾られるアートとなる(便器事件)。2022年秋のブリロボックス騒動は、鳥取県の美術館が3億円で購入したのが、なんとアメリカで大量に販売されている普通の家庭用タワシの箱だったので、納税者が怒って騒動となった。まぁ当然だな
ゴリくん
なんでそんな箱に税金を使ったのですか?
テックジー
それはもちろん、ポップアートの巨匠とされるアンディ・ウォーホルが、これはアートだと主張したからだ。発表当時アメリカでも、それでは工場に大量にあるブリロの段ボール箱もアート作品なのか、と批判されている。日本の美術評論家はアートワールドの住人なので、これは歴史的意義があるので安いと言っていたがね。美術研究員とやらは、”目を喜ばせるだけの絵画は網膜的であると否定”までしている。アートに美しさを求めてはいけないようだ。しかし美しさの対極にあるような陳腐な箱に歴史的価値があると言い張るなら、美術館ではなく博物館に置くべきだと、我輩は主張するな。それに英語の”Museum”は、博物館・美術館・科学館の総称だ。アメリカの”The Andy Warhol Museum“は、美術館ではなく博物館としてアメリカ人は見学しているのかもしれないぞ
ゴリくん
それにしてもボクが聞きたかった答えではないですね。アートとは何か、と聞いたらエライ先生がアートといったものがアートだ、では情けない話です
チクタク先生
私も、そこまでアート業界が権威主義だとは知りませんでした
テックジー
それが一般大衆の健全なる感覚だな。現在のモダンアート業界は、数千億円が飛び交う金持ちたちだけの道楽にすぎない。富裕層が大勢いる国力のある国に、美術品が集まってくるのは大昔からある有名な話だろう
チクタク先生
印刷された紙のカードにすぎないトレーディングカードが、数百万円で売買されている趣味の世界と同じ理屈だとは理解できます。しかしそこに我々の税金が使われるとなると腹が立ちますね
テックジー
そうだろう。納税者は常に眼を光らせねばならないのだ
ゴリくん
そうだ、すっかり忘れていましたが、アートにおけるテクノロジーの話がまだですよ
テックジー
そういえば、当初はその話をする予定だったな。閉鎖的なアートワールドに戦いを挑むアーティストたちの話や、アートワールドに苦心惨憺して潜り込んだ日本人アーティストの話をしようと思っていたのだが、それは別の機会にするかな。それでは我輩も使っている生成AIの話をしよう
チクタク先生
生成AIの原理や画像生成の仕組みは、以前の講座で説明しています。ですから、アートとAIに関してだけで大丈夫です
テックジー
それは助かるな

AIアートの評価基準とは

テックジー
最近公開された論文に面白いものがあった。”AIアート vs Humanアート 〜人はどちらを好むのか〜(註2) “という、刺激的なタイトルの論文だ。要約すると以下の通りで、詳しくはオリジナルの論文で確認してくれ

【実験内容】

  • 人はAIが作ったアート作品に対して、どう感じるのかという課題
  • すべて生成AIを使って制作したアート作品30枚を、具象絵画15枚と抽象絵画15枚に分け,AI-createdラベルかhuman-createdラベルのどちらかをランダムに付与し,150人の被験者の応答がどう変化するかを調査
  • 評価指標は、好み(Liking)、美しさ(Beauty)、奥深さ(Profundity)、価値(Worth)の4項目を5段階で評価

【実験結果】

  • 4つの指標いずれにおいても,human-createdラベルがAI-createdラベルより、高く評価された。
  • 具象絵画が抽象絵画より、高く評価された。
  • すべて生成AIを使って制作した画像にもかかわらず、誰もAI生成物であることに気づかなかった。

チクタク先生
結果に意外性はなく、予想の範囲ですね。しかし被験者が150名では、サンプル数が足りません。統計学上、標本誤差5%以下が有意水準とされているので400名の被験者が必要です
テックジー
まぁそうなのだが、我輩がこの論文を取り上げた理由は、結果より評価指標なのだよ。好み、美しさ、奥深さ、価値という4つの観点をどのようにして決めたのか知らないが、研究者らしい評価観点だ。好みや美しさは分かるが、奥深さ(Profundity)を被験者がどう解釈するか、価値(Worth)とは金銭的価値なのだろうか。なかなか興味深い。美術関係者なら、テクニックとか独創性という観点を必ず入れるだろうし、アートワールドの美術批評家なら前例のない革新性でしか評価しない
ゴリくん
たぶんそこが、一般人と美術界の人との差なのでしょうね。ボクは、好み・美しさ・奥深さ・価値という指標に疑問はないですよ。テクニックなどは分からいし、そもそもアートの知識がないのでユニークなのかありきたりなのかの区別はできません
チクタク先生
全部生成AIの画像だったことに、誰も気が付かなかったということは、いかに今の生成AIが優秀だということですね。それにしても、具象画の方が抽象画より好まれていることが判明して安心しました
テックジー
画像生成AIは、発表からわずか1年程で大幅に進化し、プロのイラストレーターと区別できないほど品質が向上した。しかし現時点では、指示された画像を統計上高確率な画像を複数出力しているだけだ。自ら評価しているわけではない。判定はユーザーの選択に任せている。これは客観的評価基準がないからだ。だから我輩はアートに関する客観的な評価基準ができないものかと探しているのだよ。もしこれが出来たら、生成AIはイラストの世界的な需要を満たしてくれるだろう
ゴリくん
そうなると、世界に大勢いるイラストレーターたちは、みな失業してしまいますよ
テックジー
まぁ全員ではないが、大半はそうなるな。“現在のAIが担うのは、イラストのような見る快楽に奉仕する芸術です。エンターテイメントのような需要に応えるアートをAIに任せることで、人間はそうした需要から解放され、芸術の本質を問う活動に専念できるようになる。”(註3)

この言葉は、人工知能美学研究会 中ザワヒデキ氏のものだ。19世紀に写真が発明されると、多くの画家たちは絵を描くのを断念したり、写真家に転身した人もいた。しかしあきらめずに印象派のような新しい表現方法を獲得した画家が、その後のアートブームを興したのだよ。人間の創作意欲は、過去の遺産からしか画像生成できないAIなど、きっと乗り越えられるさ

 終わり

図版・著者:谷田部卓
AIセミナー講師、著述業、CGイラストレーターなど、主な著書に、MdN社「アフターコロナのITソリューション」「これからのAIビジネス」、日経メディカル「医療AI概論」他、美術展の入賞実績もある。

(TEXT:谷田部卓 編集:藤冨啓之)

 

参照元

(註1)Grey Picture II
(註2)Humans versus AI: whether and why we prefer human-created compared to AI-created artwork
(註3)人工知能と美学と芸術─人工知能が真に鑑賞し創作し,人間の美学と芸術が変貌する─

データ活用 Data utilization テクノロジー technology 社会 society ビジネス business ライフ life 特集 Special feature

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